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コラム:イラン抗議デモ、政権転覆は実現するか

2025年末からの抗議デモは、イランの近代史において最も広範な反体制運動となっている。
2026年1月10日/イラン、首都テヘラン、政府に抗議する人々(ロイター通信)
現状(2026年1月時点)

2025年12月末から、イラン全土で大規模な抗政府デモが続いている。この抗議運動は当初、深刻な経済危機に対する不満から発生したものだったが、次第に現体制そのものへの挑戦へと拡大している。複数の報道によると、インフレ率の高騰や通貨ルピーの急落が人々の生活を圧迫し、商人や学生を中心に全国31州に及ぶ大規模なデモが発生している。政府は治安部隊を投入し、インターネットの全面遮断など情報統制を強めているが、抗議は収まっていない。現地情報は遮断下にあり正確な数字は不明だが、死者・負傷者・拘束者は極めて多いとみられる。

この抗議運動は、1980年代以来のイスラム共和制に対して最大規模の挑戦となっているとも評価されている。


イラン全土で反政府デモ拡大中

抗議デモはもはや主要都市に留まらず、地方都市、商業地区、大学キャンパスにまで広がっている。大規模なストライキやバザール(商人街)の閉鎖が連帯して発生し、経済活動にも影響を与えているという報告もある。専門機関Institute for the Study of Warは、複数の都市で治安部隊が弾圧に従事する能力が限界に近づき、士気低下や部隊離反の可能性が示唆されていると指摘する報告を発表している。

同時に、抗議デモの形態は単なる抗議行動から、現体制批判・転覆を求める政治要求へと変化している。スローガンの中には、「自由」や「死ね、独裁者」など権力者への直接的な批判が含まれるという複数のメディア報道がある。


抗議デモが始まった経緯

デモの発端は、経済的苦境にある。イラン経済は長期にわたる制裁と管理不全に苦しみ、2025年後半には高いインフレ率と通貨価値の急落が顕在化した。これにより一般市民の生活は非常に困窮し、社会不満が広がっていた。これらの経済的要因が、末端店舗主や商人らによる初期の抗議行動を誘発したとみられる。報道によると、「高騰するインフレ、食料価格の上昇、急落する通貨レート」が抗議の主要な原因として挙げられていることが確認される。

この抗議は2022年の大規模デモと同様に、単なる経済運動から社会全体の不満の噴出として発展した。


政権転覆の可否を左右する要因

政権転覆の可能性を検証するには、以下の主要な因子を分析する必要がある。これは歴史的にも現代の革命研究で重要視される要素である。

デモの規模と性質:過去最大級だが組織力に課題

今回の抗議デモは、地理的広がり・参加者の多様性・社会的な広がりにおいて、過去の波より大きい可能性があるとの見方がある。しかし、デモには明確な統一指導部が存在しないという構造的弱点が指摘されている。複数の政治勢力(王党派、共和主義者、地域少数派など)が存在するため、明確な政治戦略や統一された方向性の欠如が、政権を転覆するための組織力不足という障壁になっているとの分析もある。

戦略的ストライキと組織化

歴史的に政権転覆には、単なる路上デモにとどまらない大衆運動の戦略的なストライキと明確な指導部の統合が必要とされてきた。労働組合や専門職の大規模ストライキ、また軍・治安部隊内の統制的な対抗勢力の形成が決定的な役割を果たしてきたが、現時点でこうした戦略はまだ達成されていない。また、デモが分散的な現象であるため、統合された指導部の不在が運動の持続力を削いでいるという指摘がある。


権力内部の動向:治安部隊の結束

イラン政権の中核を支えるのは、革命防衛隊(IRGC)とその関連組織であるバシージである。これらはイランの治安体制の中核として、体制を維持するための主要な武力装置だとみなされている。複数の専門家は、政権転覆のためにはこれら治安機関の離反や分裂が不可欠だと指摘している。専門家の分析でも、軍・治安部隊内の分裂や離反が起こらない限り、政権の崩壊は困難だという評価がある。

現時点では、治安部隊の上級指揮系統やエリート層に大きな亀裂があるとの確証はない。むしろ、政府は弾圧を強化し、死刑など極刑を含む厳罰を示唆することで治安部隊の結束を維持している。

歴史的にも、革命成功の転換点になった多くのケースは軍や治安機関内部の大規模な崩壊や離反が先行している。例えば東欧革命やアラブの春では、軍が群衆に対する実力行使に消極的になり、最終的に政権打倒につながった。イランでも、この要素が鍵となっているが、現在のところ治安エリート層は依然として体制を支持しているとの評価が多い。


国際情勢の影響

トランプ政権の介入示唆

国際情勢は抗議デモと政権存続を巡る力学に影響を与える。米国のトランプ政権は反政府デモに対して支援の準備があると述べ、場合によっては軍事攻撃やサイバー攻撃を含む強い介入も辞さない姿勢を示唆しているという報道がある。

特にトランプ大統領自身が声明で、イランでの抗議者への弾圧が続けば米国は介入する準備があると述べたことで、抗議者の戦意を高揚させつつ、また政権側には外部の敵の存在を強調する口実を与えている。このような外部からの軍事・経済的圧力は政権の脆弱性をさらに浮き彫りにし、内部の不満要因を増幅させる可能性がある。

外敵の存在と体制派の結束

外部からの介入が現実味を帯びると、体制派が「外敵の脅威」を強調して結束を強めるリスクもある。外部からの圧力は、国内の反対勢力を「外国の代理人」とするレッテル貼りに利用され、実際の抗議勢力が弱体化する可能性も存在する。これは歴史的な体制維持戦略でも用いられてきた手法である。


イラン政権は“脆弱な終末期”にあるという分析

一部分析では、イラン政権はその存続史上最も困難な段階にあるとの評価が存在する。深刻な内政危機、国際的孤立、地域における同盟の弱体化が、体制全体に対する信頼と正統性の低下を招いていると指摘される。歴史学的な観点からは、失敗した戦争や経済崩壊は革命への触媒となることがあるため、現状が「脆弱な終末期」の始まりであるという論もあるが、必ずしも即座の崩壊を意味するわけではない。


総合評価:政権転覆は即時には困難

これまでの分析から、即座の政権転覆が現実的となる状況には至っていないとの結論が導かれる。理由は以下の通りである。

  • デモは過去最大級の規模であるものの、統一された指導部と戦略的な組織化が不十分である。

  • 治安部隊と軍は依然として体制側に忠誠を保っており、大規模な離反は確認されていない。

  • 体制は強力な治安機関・イデオロギー機構を有しており、過去の抗議運動を乗り越えてきた実績がある。

したがって、政権転覆には治安部隊の組織的離反およびデモ隊の政治的組織化が同時に進行する必要があるが、2026年1月時点ではその条件が揃っているとは言えない。


今後の展望

今後の展開は大きく三つのシナリオに分かれる可能性がある。

  1. 政権の部分的な譲歩と改革
     政府が抑圧から経済改革へと舵を切り、一部の要求に応えることで抗議勢力と妥協点を見出す。

  2. 持続的な抗議と体制硬直化
     抗議が長期化するが、体制側の強硬な抑圧によってデモが段階的に収束する。

  3. 革命的転覆への発展
     治安部隊内部で決定的な亀裂が生じ、民主化勢力が戦略的ストライキや組織化を達成し、政権崩壊に至る。

どのシナリオが実現するかは、今後数か月の国内外の政治・経済状況、治安部隊の忠誠度、抗議勢力の戦略化など多くの要因によって決定される。


まとめ

2025年末からの抗議デモは、イランの近代史において最も広範な反体制運動となっている。しかし、政権転覆は即時には困難であるとの評価が主流である。デモの規模が大きくとも、戦略的組織化と治安機関の決定的な離反という二つの条件が同時に満たされない限り、イスラム共和制の崩壊は起こりにくい。国際情勢や外部介入の可能性は政権の脆弱性を増強する一方で、体制内の結束を強化する逆効果を生じるリスクも孕んでいる。


参考・引用リスト

  • Institute for the Study of War (報告引用): Oil prices rise as Iran crackdown…

  • ASIS Online: Iranian Protests Continue…

  • Irish Times: A collapse of Iran’s regime requires…

  • Reuters系分析: Analysis-Why Iran’s clerical regime…

  • その他関連報道(CNN、BBCなど複数)を基に構成。


追記:経済統計の詳細

1. 経済危機の規模と深刻度

イランは2024~2025年にかけて、戦後最深の経済危機に直面している。国際制裁の再発動や国内構造的要因により、インフレ・通貨価値・貧困が同時多発的に悪化している。学術・専門機関の統計・分析を総合すると以下が明らかになっている:

  • インフレ率は2025年12月に公式統計で年率約42.2%に達し、特に食料・生活必需品価格は前年比で70%超の上昇を示した。これは一般家庭にとって「生存コスト」が急激に上昇していることを意味する。基本的な必需品(パン、乳製品、果物など)の価格上昇率は20〜30%台の幅を超えており、経済的負担は極めて大きい。

  • 通貨の急落が続き、2025年には1ドル≒145万イラン・リアルという記録的な低水準に達した。これは世界的にも通貨の急落トレンドとして異例の規模であり、国民の実質所得を大幅に圧迫している。

  • 貧困と所得格差が深刻化しており、政府統計に拠れば国民の大部分が何らかのレベルで生活苦に直面している。推計で20〜50%の国民が絶対貧困線以下にあり、食糧不足や栄養不良が顕著であるとの報告もある。

  • 失業率・若年層失業の明確な公式統計は限定されているが、分析では若年層の失業率が20%台後半に達し、特に女性若年層で深刻な状況にあるとしている。また大学卒業者の失業率や中高年層の就労機会喪失が社会不満を増幅している。

このように経済的圧力が構造的かつ持続的に高まっていることがデモの根底要因となっている。経済政策の失敗と外部制裁の複合が、広範な不満と不安を生じさせ、社会的・政治的リスクを増大させている。


歴史的比較

2. 1979年イラン革命との比較

イランにおける1979年イスラム革命は、20世紀後半の最大級の革命現象として政治社会学の古典的事例となっている。両者の比較は、本件の動向理解に極めて重要である。

  • 革命の動員構造の違い
    1979年革命は宗教指導者を中心とした幅広い社会階層の統合が特徴であった。ウラマー(宗教エリート)と都市労働者・学生・小商人層が結び付き、明確な中心的指導体制が形成された。これに対して、2025〜2026年の抗議は明確な指導部の不在が指摘されている。断片的なリーダーや指導性候補(国外の王党派など)は存在するが、国内で統一的な政治的代替案・指導体系が成立していないとの分析がある。

  • 経済的背景の比較
    1979年にはパーレビ体制の近代化失敗と石油価格混乱が広範な経済的不平等を生んだが、その後の革命では政治的不正・権力独占が決定的要因だったと言われる。対照的に現在は戦争、制裁、資源管理不全が複合した同時発生的経済崩壊が動因である。歴史的論証では、経済危機と政治的不正義のバランスが革命化の重要条件であることが一致している。194ページ以上のアカデミックペーパーでは、1979年革命の制度的破壊効果が長期的な経済・制度発展に深刻な影響を与えたと評価している。

  • 社会動員の組織化
    1979年の革命は、モスクやスピリチュアルなコミュニティが結束と情報伝達に貢献した。現在の抗議はインターネット遮断によって組織化が制限され、運動構造が「断片的・ネットワーク型」であることが強調される。これは情報革命期特有だが、逆に政府側の情報統制が運動の統一的戦略構築を阻害しているとも評される。


政権理論モデルの詳細分析

3. 革命・政権転覆の理論枠組み

政治社会学・比較政治学における革命理論や権威体制崩壊のモデルを援用し、「現象の条件と転換点」を理解する。

3.1 革命理論の基盤モデル

著名な革命理論(Crane Brintonの「革命の解剖」、Theda Skocpolの社会革命理論、Charles Tillyの動員理論など)は、以下の要素が決定的であるとする:

  1. 体制の正統性喪失
     指導者・政治体制が広範な市民からの支持を失うこと。これは、選挙不正・腐敗、民主的要求の無視などで顕在化する。

  2. 経済的苦境の深化
     急激なインフレ・失業・生活困窮が社会不満を強め、特に中産階級の没落が動員基盤を拡大する。これは1970年代世界革命理論でも共通して指摘される。

  3. 統一的指導体と戦略
     分散的な抗議は一時的騒擾に留まる可能性がある。組織的指導と代替政府構想が無ければ革命の成功確率は低いというモデル的予測が存在する。

  4. 支配機構の分解
     独裁・権威体制では軍・治安部隊の離反がシステム崩壊の決定的トリガーとなる。Skocpolの社会革命理論では、国家機構そのものの亀裂と再編が革命成功の中心的変数としている。

3.2 適用:イランの場合

これらのモデルを現状に適用すると、以下の評価が可能である:

  • 体制の正統性喪失は進行していると評価される。多数の世論調査ではイスラム共和制への支持が低下し、現体制への不信が広がっているとのデータがある。

  • 経済的苦境はモデルが要求する条件を十分に満たしている。高インフレ・失業・貧困が相乗的に社会的圧力を高めている。

  • 統一的指導体の不在は革命理論上の障壁である。現代のデモはネットワーク的であり、リーダーシップの見えにくさが指摘されている。これは抗議の「主体化」や社会的要求の明確化と一致しているが、統一的革命戦略の欠如と解釈できる。

  • 支配機構の分解の兆候は、治安機関の一致した離反が確認されない現状ではまだ顕著ではない。革命理論ではここが最も重要な転換点であり、実際の政権転覆には不可欠な要件とされる。


まとめ

追記した分析から、経済統計の詳細は抗議デモの社会的根底要因として機能していることが確認された。そして歴史比較では、1979年革命と現在の抗議運動には類似点と相違点があることが明確である。革命理論モデルの枠組みを適用すると、現状は革命成功のためのいくつかの基本的条件(正統性喪失・経済苦境)は揃いつつあるが、決定的条件(統一した指導体・治安機構の崩壊)が欠けている。

したがって、これらの理論的・実証的分析は、2026年1月時点のイラン情勢が革命的転覆へ向かう可能性は増大しているものの、決定的な転換点には至っていないという結論を強化する。

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