コラム:人類が地球温暖化を止められない理由
脱炭素を目指す努力と並行して被害の適応策を強化し、同時に制度改革や投資の方向を変えることで長期的に望ましい軌道へと転換していくことが求められる。
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地球の平均気温は産業革命前と比べて既に約1.1〜1.2℃上昇しており、人為的な温室効果ガス排出がこの上昇の主因であると科学的に結論付けられている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の総合的評価は、さらに温暖化を抑えるためには即時かつ大規模な排出削減が必要であると指摘している。
一方で、国際的な排出量は減少せず、むしろ回復・成長傾向にある。グローバル・カーボン・プロジェクトによると、化石燃料由来のCO2排出は年々高水準で推移し、2023年には過去最高水準に近い約367〜368億トンの化石燃料CO2が排出されたと推計されている。大気中のCO2濃度は400ppm台で推移し、安定する兆しがない。これらの動きは地球温暖化の進行が現在進行形であることを示している。
エネルギー供給構成をみると、世界の一次エネルギーに占める化石燃料の割合は長年約80%前後で推移しており、再生可能エネルギーの伸長があっても総量ベースでの化石燃料依存は依然として高い状態である。IEAの分析では、現状のままでは化石燃料が2030年以降も大きな割合を占め続ける可能性が示されている。
以上の現状は、「問題を理解しているが、排出は減らない」という矛盾を生み出しており、なぜ人類が温暖化を止められないのかという問いの出発点となる。
問題点(複合的要因)
人類が地球温暖化を止められない理由は単一の要因に還元できない。以下に主要な要因を列挙し、相互に関連して問題を複雑化している点を示す。
1)経済成長とエネルギー需要の矛盾
経済成長はエネルギー需要を押し上げ、現代文明は化石燃料に深く依存している。産業活動、輸送、発電、製造業のほとんどが化石由来のエネルギーに依存しているため、経済成長を維持したい国や企業は短期間での脱炭素転換よりも安定供給を優先する。新興国では電化と産業化の過程でエネルギー需要が急増しており、現実的に安価で安定した化石燃料を使わざるを得ない場面が多い。例えば中国やインドは再エネを大量導入しつつも石炭火力も増強しており、全体としての排出削減効果が相殺されることが起きている。
2)政治の短期志向と制度の欠陥
民主主義社会では次の選挙を意識した短期的判断が政策を支配しやすい。脱炭素政策は効果が長期にわたり現れる一方で、規制・税・補助の導入は当面のコストや雇用削減、不利益を招くことがあるため有権者の反発を受けやすい。さらに国際協定は各国の自主的な貢献(NDC)に依存しており、法的強制力が弱い点もある。結果として、国際目標は存在しても実行が伴わない「ギャップ」が発生する。
3)技術的・運用上の制約
再生可能エネルギーは成長が著しいが、発電の変動性(太陽光・風力の不安定さ)、送電網の未整備、大規模蓄電池コスト、素材供給(リチウムなどの資源制約)といった課題が存在する。カーボンキャプチャー・利用・貯留(CCUS)技術は可能性を示すが、経済性と長期信頼性が未確立であり、現状でスケールさせて即効的に排出を削減する手段とは言い難い。
4)文化・消費行動の矛盾
個人や企業は環境保護を掲げる一方で大量消費型のライフスタイルや「利便性」を求め続けている。電子商取引、冷暖房の普及、プラスチック消費、遠距離移動の頻度増加などが温室効果ガスを押し上げる。特にデジタル経済の拡大は巨大なデータセンター需要を生み、これが電力消費の新たな需要源となっている。IEAはデータセンターと通信ネットワークが世界の電力需要の約1〜1.5%を占めると推定しており、今後AIやクラウドの拡大で電力需要がさらに増加する見込みがある。
5)国際的不平等と歴史的責任の問題
先進国は産業化の過程で大量の排出を行ってきた歴史的責任を持つが、現在の発展を求める途上国は「発展の権利」を主張する。先進国側は排出削減を要求するが、途上国からは「われわれには先進国のように成長する権利がある」との反発がある。気候資金や技術移転の約束が不十分であると感じる国々は国際協定への積極的貢献を躊躇する。結果として国際的な協調は困難を極め、全体としての排出削減が停滞する。
6)自然フィードバックのリスク
気温上昇が進むと永久凍土融解や森林の劣化が進行し、土壌や生態系からのメタン・CO2の放出が増える自己強化的なフィードバックが起こる恐れがある。フィードバックが起これば人間側の努力だけでは対応が難しい非線形的な温暖化加速が起こりうる。IPCCはそうしたリスクを警告している。
IPCC以上の要因は互いに補強し合い、単独では解決しやすい問題も複合的になると急速に難しくなる。
経緯(国際的・国内的な流れ)
気候問題は少なくとも1970年代から科学者によって指摘されてきたが、国際的な政策枠組みが整い始めたのは1990年代以降である。1992年のリオ地球サミットで気候変動枠組条約が採択され、1997年に京都議定書、2015年にパリ協定が成立した。パリ協定は全ての国に対して削減目標設定を求める枠組みを作ったが、各国の約束(NDC)は自主的であり、実行と検証の間に大きな乖離が生じる仕組みである。
2000年代以降は技術的進歩(太陽光、風力、リチウム電池など)によって再エネコストが低下し、導入は加速した。しかし同時に発展途上国の電力需要や産業需要も膨張し、化石燃料需要も根強く残った。2010年代〜2020年代にかけては、極端気象や山火事、洪水などの被害が明確に増え、政治的関心は高まったが、世界全体としての排出削減の「量的」達成には至っていない。グローバル・カーボン・プロジェクト等のデータは、2010年代後半から2023年まで排出は横ばいか増加し、国際目標から乖離している現実を示している。
技術や市場の進展、政策の試行錯誤、地政学的ショック(燃料供給の不安、戦争、パンデミック)などが混在した結果、経路依存性(既存インフラや投資が今後の選択肢を限定すること)が強まり、脱炭素への転換が遅れている。
実例と詳細データ
以下では、温暖化が止められない構造を示す具体的な事例とデータを挙げる。
1)化石燃料の排出量動向
グローバル・カーボン・プロジェクトの2023年報告は化石燃料由来のCO2が2023年にも記録的な水準に近いと示しており、世界全体の排出削減が十分でない事実を裏付けている。2020年のパンデミックで一時的に排出が落ちたが、その後急速に回復して前回水準を上回ったことは、経済再開が排出回復を加速した証拠である。
2)森林の損失と吸収源の弱体化
森林はCO2の吸収源であり、特に熱帯雨林は重要であるが、グローバル・フォレスト・ウォッチのデータは2022年に熱帯の一次林の喪失が2021年より10%増加したと報告している。ブラジルのアマゾン地域では2022年に大きな一次林喪失が観測され、農地拡大や違法伐採、鉱業が主因である。森林喪失は吸収源の減少を意味し、排出削減の努力を相殺する。
3)原子力の扱いと排出への影響(日本の例)
原子力発電は運転中のCO2排出が非常に少ない発電方式であるが、2011年の福島第一事故以降、国内外で原発の停止・縮小が行われた。日本では原発停止に伴い代替として火力発電(石炭・天然ガス)の依存度が増し、一時的に電力のCO2排出強度が上昇したという分析がある。原発を社会的に否定する動きがある一方で、代替が化石燃料になれば排出削減の逆行を招くジレンマが生じる。
4)山火事と管理資源の不足
近年、米カリフォルニアやオーストラリア、地中海沿岸などで大規模な山火事が頻発している。高温・乾燥化は山火事の発生確率と被害規模を増加させ、さらに焼失の過程で大量のCO2が放出される。これらは気候変動の影響と人間の土地利用管理の失敗が重なった現象である。山火事対応に資源が割かれると、長期的な脱炭素投資や保全活動に回す資金が減少しやすい。
5)デジタル化・データセンターの電力需要
デジタルトランスフォーメーションやAIの普及に伴い、データセンターの電力需要が急増している。IEAの分析では、データセンターと通信ネットワークが世界の電力需要の約1〜1.5%を占め、データセンター消費は近年年間10%を超える成長率で増加していると推定される。企業はSDGsや脱炭素目標を掲げる一方で、AI計算やクラウドサービスの拡大がエネルギー需要を生み出し、それが新たな発電需要を必要とする現実がある。結果として「環境配慮」と「利便性拡大」の矛盾が生じる。
6)森林保全や自然資本への投資不足
森林保全や土壌回復などの自然ベースの解決策はコスト効果が高いが、違法伐採、土地権問題、経済圧力により十分に実行されないことが多い。保全よりも短期利益を優先する農牧業拡大や鉱業の圧力の前に、自然の吸収力が失われる事例が世界各地で発生している。
7)政策と資金配分のミスマッチ
再エネ導入や送電網整備、蓄電池導入などに対する投資は増えているが、依然として化石燃料関連のインフラ投資が継続している。短期的な経済刺激策やエネルギー安全保障の名目で化石燃料に資金が割かれることがあり、これが脱炭素スピードを遅らせる要因となっている。さらに気候資金(途上国支援)が約束通りに到達しない事例があり、国際協調の信頼性を損ねている。
今後の展望(現実的なシナリオと選択肢)
今後の展望は大きく二つの方向に分かれる。「強力な国際協調と技術革新で脱炭素を急速に進めるシナリオ」と「部分的な対策と適応に頼ることで温暖化の影響を受けつつ生存戦略を強化するシナリオ」である。現実には両者が混在する可能性が高い。
A)脱炭素への急速転換シナリオ(可能だが困難)
このシナリオでは、先進国・新興国を含めた大規模な資金供給、技術移転、政策整合(カーボンプライシング、補助金の転換、網羅的なエネルギーインフラ投資)が短期間で実施される。再エネ導入、送電網強化、蓄電技術の普及、電化(交通・産業)、産業プロセスの脱炭素化、そして必要に応じて原子力やCCUSを一時的に活用する柔軟な戦略が取られる。だがこの道は政治的合意、財政負担、社会的受容のハードルが高く、迅速な実行が難しい。
B)適応重視のシナリオ(現実性が高いが脆弱)
脱炭素が遅れる場合、各国は被害の最小化に資源を集中する。沿岸防護、農業の耐乾燥化、都市のヒートアイランド対策、保険制度の整備、移住計画などの「適応策」に予算が回る。これにより短期的被害は抑えられるが、気象災害や食糧問題、気候難民といった構造的問題は残り、長期的な経済・社会コストは膨らむ。
C)技術的ブレイクスルーへの期待とリスク
核融合やコスト効率の高い大規模蓄電、低コストの大気中CO2除去などの技術的ブレイクスルーが起これば状況は劇的に変わる可能性がある。しかしこれらの技術は実用化に不確実性があり、現時点で「待ち戦略」はリスクが大きい。現行の問題はブレイクスルーに頼ることが現実的解決策になり得ない点である。
結論(なぜ止められないのか)
人類が地球温暖化を止められない理由は、次のようにまとめられる。
構造的依存:世界経済は化石燃料に深く依存しており、既存のインフラと経済構造が脱炭素を妨げる。
政治・社会の短期主義:選挙や短期的利益を優先する政治体制では、長期的負担を伴う脱炭素政策の継続が難しい。
技術と供給のギャップ:再生可能エネルギーや蓄電の進展はあるが、送電網、素材供給、蓄電規模といった制約が残る。
国際的利害対立:先進国と途上国の間で責任と負担の配分に合意が得られにくく、資金・技術移転が不十分である。
自己強化する自然フィードバック:森林減少や永久凍土融解などの自然側のフィードバックが進むと人間の対策効果を相殺するリスクが高い。
文化と行動の矛盾:個人や企業の「環境思想」と日常行動の間に乖離があり、利便性や成長要求が環境負荷を増やし続ける。
以上の理由により、「人類は分かっているが止められない」という現象が生じている。したがって現実的には、脱炭素を目指す努力と並行して被害の適応策を強化し、同時に制度改革や投資の方向を変えることで長期的に望ましい軌道へと転換していくことが求められる。だがその道は容易ではなく、多くの国や社会が短期的利害を超えて協調することが成否を分ける。