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コラム:クマによる「人身被害」、対策は?共生への道

クマによる人身被害の防止には、単なる駆除や一時的な対応だけでなく、源管理(餌の管理)、非致死的な物理的防御、地域参加型の計画、継続的なデータ整備と研究、そして社会的・経済的インセンティブを組み合わせた総合戦略が必要である。
スロバキアの国立公園、ヒグマ(Getty Images)
現状

近年、日本を含む世界各地でクマと人間の衝突が増加している。日本ではツキノワグマ(Asiatic black bear)とヒグマ(Ussuri brown bear)の両種が人里で目撃・被害を生む事例が相次ぎ、死亡事故や重傷事例も報告されている。環境省は自治体からの速報値で出没情報や人身被害件数を公表しており、年々の被害件数や出没件数の増加が確認されている。

日本のクマ(種と分布)

日本のクマは主に二種類である。北海道を中心に分布するヒグマ(Ursus arctos系統)は体格が大きく、人への危険度が高い場面がある。一方、本州に分布するツキノワグマ(Ursus thibetanus)はヒグマより小さいが、農作物被害や里山での遭遇が増えている。クマの個体数や生息域は地域差が大きく、特に人里近くに餌が豊富な地域では出没が頻発する。生息域の断片化や気候変動、餌資源の変動が分布と出没パターンに影響していると考えられる。

世界のクマ(概況と比較)

世界的には、ヒグマ属(brown bears)やツキノワグマ属、アメリカクロクマ(American black bear)など複数種が分布し、それぞれ生態や行動パターンが異なる。学術的なレビューでは、ヒグマによる攻撃事例を地域横断的に解析した研究があり、2000–2015年の事例を集積した分析では、レジャー中の遭遇や子グマ(親子)との接触が主なシナリオであること、攻撃は高クマ密度かつ低人間密度の地域で多い傾向があることを示している。世界的にも人間とクマの接触が増加しており、多様な社会的・環境的要因が関与している。

日本のクマによる人身被害(現状と統計的傾向)

環境省によると、都道府県別に出没情報や人身被害件数が集計されており、近年は出没件数と人身被害が増加傾向にある。地域別には、山村の過疎化や里山の廃棄物管理の不徹底、果樹園や棚田等の残存農地がクマを引き寄せる要因となりやすい。報道ベースでも、スーパーマーケットや温泉施設での襲撃、ハイキング中の遭遇といった事案が伝えられている。これらの被害は単発の偶発事故というよりも、人里とクマ生息域の接点が増えた構造的な問題として理解する必要がある。

世界の被害(事例と傾向)

世界では種や地域によって被害の性格が異なる。例えば北米では人間の食べ物やゴミに依存する「フード」個体が増えると被害が発生しやすいという指摘がある。ヒグマの研究では、母グマが子を守るための攻撃が主要なシナリオであり、レジャー活動(登山・キャンプ等)中の遭遇がしばしば重大な事故に繋がる。攻撃の傾向や増減は土地利用、狩猟政策、餌資源の年変動、気候変動(木の実やベリー等の生産変動)など複合的要因で説明される。

クマが人を襲う理由(生態学的・行動学的要因)

クマが人を襲う背景は複数あるが、主に以下の類型に分けられる。

  1. 防御攻撃:親が子を守るために攻撃するケース。驚かせたり、間近で接触したりした際に発生しやすい。

  2. 先制攻撃(食欲関連):人間の食物・生ゴミ・畜産物に慣れた個体が人を食物源と見做して接近・攻撃するケース。都市近郊やキャンプ場でのゴミ管理不良が原因となる。

  3. 偶発的遭遇:登山や林業作業中に不意に近接し、驚いた個体が攻撃するケース。視界や足音が遮られる環境で発生しやすい。

  4. 病的・老齢行動:人を恐れなくなるような病的(例えば人慣れ)個体や、食料探しのために極端にリスクを冒す個体も存在する。気候変動や生態系の変化で通常の餌が不足するとこのような行動が増える可能性がある。

これらの原因は相互に絡み合い、単一の対策で全てを解決することは難しい。

日本の現状(社会的・制度的背景)

日本では過去数十年で山間部の人口減少と高齢化が進行し、里山管理の担い手が減っている。これにより廃屋や放置農地、廃棄物の適切管理が困難になり、クマの主要な餌場や人里接近の誘因が増加している。また狩猟者の高齢化や狩猟禁止・規制の変動はクマ個体群や行動に影響を与える。行政は捕獲・駆除(殺処分)や防護柵、学習啓発、出没情報の公開などで対応しているが、単発措置に留まることが多い。環境省の公表資料は出没と被害の速報を示し、地域ごとの対策が求められている。

駆除以外の対策(技術的・管理的手法)

殺処分に頼らない人身被害防止策は多層的に設計する必要がある。以下に主要な選択肢を挙げ、それぞれの利点と限界を述べる。

  1. 食物・ゴミ管理(源管理)
     人里周辺でクマを誘引する原因の多くは餌へのアクセスである。家庭・観光施設・農業現場での防臭・防獣容器、封鎖的なゴミ置き場、定期的な回収、電気柵での囲い込みが効果を持つ。ただし導入コストや維持管理が課題となる。

  2. 電気柵・防護柵・フェンス設置
     畑や果樹園、家畜柵に電気柵を設置することで接近を物理的に阻止できる。長期的には効果があるが、破損やメンテナンス不足で効果が落ちる点に注意する。

  3. 行動変更(人間側の配慮)
     登山ルートの表示、発声・鈴の使用、ゴミを持ち帰るルールの徹底、ハイキング時間帯の設定などで偶発遭遇を減らせる。教育・啓発キャンペーンが鍵となる。

  4. 非致死的追い払い・忌避技術
     フレアや閃光、催涙剤に似た非致死的手段、ドローンによる追い払い、嫌悪学習(例えば電撃付き餌箱でクマに負の経験を与える)などの技術が試されている。ただし、動物福祉や効果の持続性、他野生生物への影響を慎重に評価する必要がある。

  5. 生息環境管理・生態系対策
     餌資源(果実やドングリなど)の年変動に対応した森林管理、クマの主要生息域と人里の回廊を確保するランドスケープ計画、適切な狩猟管理(必要なら限局的な個体管理)など、長期的な生息地と人間活動の共存戦略が重要である。

個人で取れる対策(住民・利用者向け)

個人が実践できる具体策は次のとおりで、日常的な行動の「小さな変更」が大きな効果を生む。

  1. ゴミ管理の徹底:生ごみを放置しない、専用の防獣コンテナを使用する、夜間の外置きを避ける。

  2. 周辺の清掃・コミュニティ協力:近隣住民と協力してゴミ置き場や空き家周辺の管理を行う。

  3. 山行時の備え:複数人で行動する、鈴や笛で存在を知らせる、子グマ付きの母グマがいる可能性を意識して近接しない。

  4. 農業者向け対策:電気柵・防護ネットの導入、夜間の収穫・保管方法改善、被害情報の自治体への速やかな報告。

  5. 地域情報の活用:出没情報や警報を日常的にチェックし、危険地域への不用意な立ち入りを避ける。

双方(人とクマ)を守るために求められる統合的方針

人命とクマの保存を両立するためには、単一の技術的対策だけでなく、社会制度、地域経済、環境政策が連携した統合的アプローチが必要である。主要要素は次のとおりである。

  1. データ駆動型管理:出没・被害データを統合的に収集・公開し、ホットスポットを特定して優先的に対策を講じる。環境省の速報値は基礎資料となるが、地域レベルでの詳細なモニタリングが必要である。

  2. 地域参加型の共存計画:住民、農業者、自治体、学術機関、NGOが協働してリスク低減策を設計・実行する。補助金やインセンティブで電気柵や防獣容器の導入を支援することが現実的である。

  3. 非致死的管理技術の普及と評価:忌避剤、電気柵、追い払い手法などの効果と副作用を学術的に評価し、成功事例を横展開する。

  4. 人間の土地利用設計の見直し:里山再生や農地の管理、廃屋対策、ゴミインフラ整備といった地域の「物理的環境」の改善が重要である。

各国の対応(国際比較)

アメリカ合衆国

アメリカでは国立公園局(National Park Service)と州政府が中心となり、「Bear Management Plan(ベア管理計画)」を各地で策定している。特にイエローストーン国立公園やヨセミテ国立公園では、防獣コンテナ(Bear-proof container)の使用を義務化し、違反には罰金を科す厳格な制度を導入している。さらに「ベア・スプレー(熊撃退スプレー)」の携行を推奨し、全米登山連盟(American Hiking Society)も使用指導を行っている。また、被害発生時は非致死的追い払いを優先し、個体の殺処分は最後の手段として位置付けている。

カナダ

カナダでは地方自治体が「Human–Bear Conflict Program(人間とクマの衝突対策プログラム)」を運営し、地域住民にゴミ保管ルールの徹底を求めている。特にブリティッシュコロンビア州は「Bear Smart Community Program(クマ対策コミュニティプログラム)」を展開し、ゴミ管理、教育、都市計画、緊急対応の4本柱で体系的にクマ対策を行っている。これにより、プログラム導入地域では出没件数と攻撃件数の双方が減少しているとの報告がある。

欧州連合(EU)諸国

EUでは「生息地指令(Habitats Directive)」に基づき、ヒグマは保護対象種に指定されている。そのため、殺処分は例外的措置に限られ、原則は共存戦略(coexistence strategy)が取られている。スロベニアやフィンランドではGPS首輪を用いた監視と、農家への電気柵補助制度を導入している。ルーマニアでは逆に個体数増加による被害が問題化し、2023年から一定数の管理捕獲を再認可するなど、国によってバランスの取り方は異なる。

ロシア

シベリアや極東ロシアではヒグマが広く分布するが、国土の広大さゆえに被害の統計は十分整備されていない。地域行政が捕獲・駆除に頼る傾向がある一方、WWFロシア支部などのNGOが教育キャンペーンを行い、森林労働者や観光客向けに非致死的対応法を普及させている。

アジア諸国

ネパールやインドではツキノワグマやヒマラヤグマが生息し、人身被害も報告されている。これらの国では生計型農業地域が多いため、被害補償制度や村落単位の「Community Forest Management(地域森林管理)」が共存政策の中核となっている。日本に比べて経済的資源は限られるが、地域主導の共存文化が形成されつつある。

各国比較から得られる教訓

複数国の実践から以下のような教訓が得られる。

  • 「魅力源(餌・ゴミ・食料)管理」が、クマを人里に引き寄せる最重要因の一つであるという点。

  • 住民・地域・観光利用者が参画する仕組みなくして、対策は現場で定着しづらいという点。

  • 駆除・狩猟をただ拡大するのではなく、“被害予防・共存”という視点を組み込んだ管理計画が、長期的には双方(人とクマ)にとって望ましい。

  • また、各地域ごとの生態・文化・土地利用構造が異なるため、北米のモデルをそのまま他地域で使うことには限界があるという指摘が多い。

問題点(現行対策の限界)

現状の問題点は以下のとおりである。

  1. リアクティブ(事後対応)的な措置が多いこと。被害が起こった後で駆除や一時的な追い払いが行われる一方、長期的に出没を防ぐ源管理・生息地管理が不十分である。

  2. 財源と人材の不足。電気柵の整備や維持、監視体制の構築には資金と技術者が必要で、地方自治体や住民の負担が大きい。

  3. データの精度と共有の課題。出没情報や被害の記録が自治体ごとに差があり、横断的な分析が難しい。環境省のデータは有用だが、研究や現場での即時活用には粒度が足りない場合がある。

  4. 社会的コンセンサスの欠如。殺処分に対する賛否、狩猟や個体管理の是非、地域振興と保全のバランスに関する合意形成が容易でない。報道や感情的反応に左右されやすい点も課題である。

課題(研究・政策上のニーズ)

今後克服すべき課題は次のとおりである。

  1. 長期的な生態的研究とモニタリング:気候変動や餌資源の年変動がクマの行動に与える影響を長期データで解析し、予測モデルを作る必要がある。

  2. 効果的な非致死的対策の標準化とコスト低減策の開発:忌避技術や電気柵のコスト効果分析、メンテナンスの省力化が求められる。

  3. 地域社会の参画促進と教育:学校や地域コミュニティでの教育プログラム、観光客向けの啓発、住民対策マニュアルの整備が必要である。

  4. 法制度・補助制度の整備:被害防止設備の導入支援、被害発生時の迅速対応体制(出動班、非致死的追い払いチーム等)を法的・財政的に支える仕組みが必要である。

今後の展望(政策提言と研究の方向性)
  1. データ基盤の強化とAI・リモートセンシングの活用:監視カメラ、音声音解析、GPS個体追跡、リモートセンシング等を組み合わせ、出没のリアルタイム予測やハザードマップ作成に資するシステムを構築する。これにより予防的管理が可能となる。

  2. 地域間連携と成功事例の水平展開:うまく行っている自治体事例を横展開するためのモデル事業と補助金制度を設ける。例えば、コミュニティ主導で電気柵と廃棄物管理をセットで導入し、その成果を地域ネットワークで共有する。

  3. インセンティブ設計:農家や地域住民が被害防止策を導入する際の経済的負担を軽減するため、国や地方の補助、保険商品、被害発生時の迅速補償制度を整備する。

  4. 国際協調と学術交流:クマの生態や人獣衝突(human–bear conflict)に関する海外の成功例・失敗例を収集し、学際的な研究と政策設計に生かす。海外の文献や事例研究では、母グマ接触やフード個体が主要因であることが示されており、国際的な知見を取り入れることが有用である。

まとめ

クマによる人身被害の防止には、単なる駆除や一時的な対応だけでなく、源管理(餌の管理)、非致死的な物理的防御、地域参加型の計画、継続的なデータ整備と研究、そして社会的・経済的インセンティブを組み合わせた総合戦略が必要である。被害を減らすためには地域社会と行政、研究者が協働して長期的視点で環境と人間活動を調整し、同時に個々の住民や利用者が日常で取れる対策を徹底することが重要である。公的統計や学術研究、報道が示す現状を踏まえ、予防重視の政策へと転換することが、双方を守る最も現実的な道筋である。


参考(本文で参照した主な資料)

  • 環境省「クマに関する各種情報・取組」および「クマ類による人身被害について(速報値)」。

  • Bombieri et al., “Brown bear attacks on humans: a worldwide perspective” (2019).

  • Herrero et al., Fatal attacks by American black bear on people (レビュー/報告).


追記:日本・海外対応から見た考察

日本政府の対応と海外の対応を比べてみると、以下のような観点が浮かび上がる。

  • 日本では制度改正(管理対象化・銃の使用緩和)やAI警報システムといった比較的“新しい技術・制度”の導入が進んでおり、緊急性の高まりを反映している。一方で、北米・欧州では既に「魅力源管理」「地域参加」「マニュアル化」「住民教育」という予防側の基盤が長年整備されてきている。

  • 海外のケースでは「地域コミュニティが主体的にクマ共存計画を策定・実践する」点が特徴的である。日本でも住民参加型の訓練などが始まっているが、全国水平展開・定着には今後さらに強化が必要である。

  • また、海外では「データ・モニタリング・評価」の循環(実態把握 → 対策実施 → 効果検証 →改善)というワークフローが明示的に設けられている国・地域が多い。日本でも正確なクマ個体数推定や出没データの精度向上が課題となっており、制度的な枠組みを超えた実践的な“モニタリング‐改善”体制が求められる。

  • 駆除・狩猟の比重についても、海外では“最終手段”として位置付けられており、基本は非致死的・予防的対策である。日本では対応の“駆除寄り”という批判もあり(例えば市町村長による銃使用許可など)、今後は殺処分以外の対策を更に重視する方向性を強める必要がある。

  • 最後に、国際的には人とクマの「共存(coexistence)」という理念への転換が進んでおり、日本政府もこの視点を強めていくことが期待される。

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