コラム:長引く「せき」、どう対処すべき?
2025年の疫学動向では、百日咳の流行と耐性化の問題、マイコプラズマ肺炎の季節性の増加が見られる。
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咳の症状と定義
咳(せき)は呼吸器系の防御反応であり、外的刺激や感染・慢性疾患など様々な原因で発生する。臨床的には、経過時間により以下の3つに分類されることが一般的である:
急性咳嗽:発症後3週間以内
遷延性咳嗽(subacute cough):3〜8週間続く咳
慢性咳嗽(chronic cough):8週間以上続く咳
各期間は発症機序や鑑別疾患が異なり、診療戦略も変化する。
2025年の疫学的背景
2025年の日本国内では百日咳(Pertussis)が全国的に増加し、過去7年間の平均を大きく上回る流行が示唆されている。これは乳幼児だけでなく全年齢層に影響し、医療機関での報告増加が継続している。マクロライド耐性菌の出現も確認され、ワクチン接種と基本的な感染対策が強調されている。
なお、秋から冬にかけてはマイコプラズマ肺炎の報告増加傾向がみられ、一般的な風邪症状と区別が困難な場合もある。これら流行性疾患の影響で、長引く咳への対応の重要性が高まっている。
長引く「せき」への対処(総論)
咳は一過性の症状で終わることも多いが、長期化すると日常生活の質(QOL)を低下させるだけでなく、重篤な基礎疾患のサインである可能性がある。したがって、単なる症状として軽視せず、持続期間や喀痰の有無、関連症状などを詳細に評価することが不可欠である。
対処とは単なる咳止めではなく、原因の見極めと適切な診療科受診のタイミングを含む包括的な戦略であり、それは他者感染防止を含む公衆衛生的視点も伴う。
その持続期間と性質(乾いているか湿っているか)を正しく見極めることが重要
咳の持続期間による分類
上述の通り、咳は 急性(〜3週間)・遷延性(3〜8週間)・慢性(8週間以上) に分けられる。これらは単なる時間区分ではなく、疾患の鑑別と治療アルゴリズムにおける基本となる。遷延性に至る場合は感染後咳嗽、非定型感染症(百日咳・マイコプラズマなど)を十分に考慮しなければならない。
咳の性状:乾性咳と湿性咳
咳の性状は重要な診断的指標となる:
乾性咳(乾いた咳)
痰を伴わず、刺激性・持続性が強い場合がある。咳喘息、百日咳、アトピー咳嗽、GERD(胃食道逆流症)などが原因として挙げられる。湿性咳(痰を伴う咳)
気管支炎、慢性気管支炎、肺感染症、COPDなどでみられる痰を伴う咳である。
ガイドラインでは症状の性状に応じて検査や治療方針が異なるため、初期評価で乾性/湿性を正確に聴取・観察することが推奨される。
受診の目安と診療科
受診の基本目安
咳が続く場合、受診を考慮すべき目安は以下である:
2〜3週間以上 咳が改善しない
発熱、倦怠感、呼吸困難、血痰などの重篤な症状を伴う
喘鳴(ぜんめい)、胸痛、体重減少などの異常所見
高齢者、免疫不全者、基礎疾患を有する者
3週間を超える場合には遷延性咳嗽として評価を要し、8週間を超える場合は慢性咳嗽として専門的な評価が望ましい。
適切な診療科
一般内科・呼吸器内科
咳が主体の場合、まずは呼吸器系の評価を行う。小児科
子どもの場合は感染症、喘息、百日咳等を評価。耳鼻咽喉科
上気道咳症候群、後鼻漏が疑われる場合。消化器内科
GERD が関連する場合。
2週間以上続く場合
2週間以上続く咳(遷延性咳嗽)は、通常の風邪症状から逸脱する兆候である。この期間に特異的な感染症(百日咳、マイコプラズマ)を見落とさないことが重要で、必要な診断検査(喀痰検査、血液検査、胸部X線など)を含めた評価が求められる。
3週間以上(遷延性)
遷延性咳嗽では、感染後咳嗽が最多だが、非定型の感染症が含まれる可能性がある。マイコプラズマ感染や百日咳(Bordetella pertussis)はこの時期の鑑別に含めるべきであり、特に百日咳では発作性の咳嗽、呼気時の笛声(whoop)、嘔吐を伴うことが報告されている。
2025年の動向
2025年の日本国内では、百日咳の報告数が過去水準より大きく上回る流行が示唆され、全年齢にわたって注意が必要となっている。特に乳幼児や妊婦、ワクチン未接種者への感染対策が重要視されている。マクロライド耐性菌の出現も確認されており、適切なワクチン接種と感染予防策が推奨されている。
百日咳の流行
百日咳は一般に激しい発作性の咳を特徴とし、感染後の咳嗽が長期化する要因となる。診断には咽頭ぬぐい液PCRなどが必要である。治療はマクロライド系抗菌薬が中心であるが、耐性化の問題も指摘されている。
秋から冬にかけてマイコプラズマ肺炎が増加
マイコプラズマ肺炎は秋冬に増加傾向があり、風邪様症状とともに持続する咳を呈することがある。一般の風邪薬では効果が限定的であり、必要に応じて血液検査やレントゲン検査が行われる。
8週間以上(慢性)
慢性咳嗽は8週間以上続く咳であり、感染性の原因を超えた慢性疾患の可能性が高くなる。日本の臨床調査では、慢性咳嗽の主要原因として以下が挙げられている:
咳喘息
副鼻腔気管支症候群
アトピー咳嗽
これらは単一の原因とは限らず、複数原因の重複も報告されている。診断には胸部X線、呼吸機能検査、血液検査(e.g., FeNO)などが推奨され、日本呼吸器学会ガイドラインでも詳細に示されている(2025年版)。
咳の性質による違い
乾いた咳(乾性)
乾性咳は痰を伴わないため、環境刺激、アレルギー、咳喘息、百日咳、GERD などが主要原因として挙げられる。慢性化しやすく、通常の去痰薬では改善しにくいことが多い。
湿った咳(湿性)
湿性咳は気道内に分泌物がある場合にみられるもので、慢性気管支炎、COPD、細菌性肺感染症などが背景にある。湿性咳は痰の性状、色、量が疾患推定に寄与するため、詳細な問診と検査が必要である。
これらの性状の違いは、治療戦略(鎮咳薬 vs 去痰薬 vs 原因療法)を決定する重要なファクターである。
自宅でできる応急処置
長引く咳に対して自宅でできる応急処置は以下の通りである:
喉と体を温める
暖かい飲み物やスープで気道を保湿し、刺激を軽減する。
寝る前に温かい蒸気を吸引することも症状緩和に有効なケースがある。
加湿と保湿
室内の湿度を40〜60%に保つ(特に冬季は空気が乾燥しやすい)。
喉を乾燥させないよう水分をこまめに補給する。
ハチミツの活用
成人・幼児(12ヶ月以上)では、ハチミツを少量摂取することで咳の軽減が示唆されることがある(喉の潤滑作用)。ただし1歳未満には与えないこと。
これらは対症的なケアであり、長引く咳の根本原因を解決するものではない。改善がみられない場合は医療機関受診を検討する。
市販薬・セルフケアの注意点
咳止めの乱用厳禁
長期的・頻繁な鎮咳薬の使用は根本原因を隠蔽し、重大な疾患の診断を遅延させるリスクがある。
市販薬の長期使用
鎮咳去痰薬は短期的・対症的な使用に留めるべきであり、数週間以上使用する場合には医師の判断が必要である。
早期受診の判断
以下の症状がある場合は、早期受診が望ましい:
呼吸困難、胸痛、血痰など
高熱や倦怠感が強い
基礎疾患(喘息、COPD など)を有する
咳が8週間以上持続する
今後の展望
2025年の疫学動向では、百日咳の流行と耐性化の問題、マイコプラズマ肺炎の季節性の増加が見られる。今後の展望としては:
ワクチン接種率向上とサーベイランスの強化
咳診療ガイドラインの継続的更新
診断精度の向上(PCR・血清学的検査の活用)
AI・音声解析技術による咳の性状解析など技術革新
などが期待される。
まとめ
咳は急性〜慢性に分類され、8週間以上の場合は慢性咳嗽として専門的評価が必要である。
咳の性状(乾性・湿性)は診断手がかりとなる。
百日咳・マイコプラズマ肺炎など非典型感染症は遷延性咳嗽の重要な鑑別診断である。
自宅ケアは対症的であり、長引く咳は医療機関での評価が推奨される。
2025年は百日咳の流行が注目され、基礎疾患を持つ患者には特に注意が必要である。
参考・引用リスト
Chronic cough classification and management, StatPearls, NCBI Bookshelf (2025)
Prolonged cough in pediatric population (mycoplasma, pertussis), PMC (2025)
Delayed and chronic cough guideline in Japan (咳嗽ガイドライン等)
Infectious Disease Weekly Report 2025: Pertussis outbreak in Japan, NIID
長引く咳の診療と鑑別(乾性/湿性と疾患対応)
追記:風邪による咳とそうでない咳の違い
風邪(急性上気道感染)による咳
風邪による咳は主にウイルス感染に起因し、特徴として以下が挙げられる:
発症後1〜2週間で自然軽快することが多い
痰の有無は個人差があり、初期は乾性で後期に湿性に変化することがある
全身症状(発熱、倦怠感、鼻水、のどの痛み)を伴う場合が多い
咳は軽度〜中等度で日常生活に大きく支障を及ぼさないケースが多い
ガイドラインによれば、健康な成人・小児ではウイルス性風邪による咳は通常自然経過で1〜2週間で改善し、抗菌薬は原則不要である。
風邪以外の咳(非感染性・特殊感染症)
一方で、長引く咳や急速悪化する咳は風邪以外の原因を疑う必要がある。特徴として以下がある:
持続期間が3週間以上続く(遷延性咳嗽)
発作性の強い咳、夜間・早朝の咳が主体の場合(咳喘息、百日咳)
血痰、呼吸困難、胸痛、体重減少などの症状を伴う場合
基礎疾患(喘息、COPD、GERDなど)が関与している場合
特殊感染症(百日咳、マイコプラズマ肺炎、結核など)の可能性がある
風邪由来でない咳は、単なる自然経過に任せるだけでは症状が悪化・慢性化するリスクがある。
対処法の違い
| 項目 | 風邪による咳 | 風邪以外の咳 |
|---|---|---|
| 自宅療法 | 水分補給、加湿、喉を温める、休養 | 対症療法は補助的。原因治療が必要(抗菌薬、吸入薬、胃酸抑制薬など) |
| 市販薬 | 短期間の鎮咳去痰薬使用可 | 長期使用は避け、医師判断で使用 |
| 受診タイミング | 1〜2週間経過しても改善しない場合 | 初期から早期受診を推奨(発作性・慢性化・重篤症状) |
注意点
咳の持続期間を正確に把握する
風邪では通常1〜2週間で改善
3週間以上続く場合は非風邪性咳の可能性がある
咳の性状と全身症状に注目する
乾性咳や発作性咳、血痰、呼吸困難がある場合は早期医療介入が必要
市販薬の使用に注意
風邪による軽症咳では短期使用が可能
非風邪性咳では症状を隠す危険があるため、自己判断での長期使用は避ける
小児・高齢者・基礎疾患患者は特に注意
重症化リスクが高いため、早期受診・適切な検査が望ましい
まとめ(追記部分)
風邪による咳は一般に自然経過で改善し、自宅療法や短期間の市販薬で対処可能
風邪以外の咳は、持続期間、発作性、血痰、呼吸症状などを指標に鑑別する必要がある
非風邪性咳では早期受診と原因療法が重要であり、長期的な市販薬使用は避けるべきである
