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コラム:日本におけるクリスマスの歴史「伝来・定着・進化」

日本のクリスマスは文化的・歴史的な受容過程を経て、宗教的な祝祭から消費・体験中心の文化行事へと転換した。
ケンタッキーのフライドチキン(Getty Images)
現状(2025年12月時点)

2025年における日本のクリスマスは、宗教的祭日としてではなく、広義の文化行事・商業イベントとして社会全体に定着している。主要都市や商業地域では11月末ごろから大規模なイルミネーションが展開され、街角にはクリスマスツリーや装飾が設置される。企業や百貨店、小売店はクリスマス商戦を展開し、消費者の関心を高める。クリスマスイブ(12月24日)とクリスマス当日(12月25日)は一般企業・学校とも通常営業・授業日であるものの、多くの若者や家族層がロマンチックなイベント・外食・プレゼント交換・イルミネーション観光などを楽しむ日として過ごしている。イルミネーションスポットは観光コンテンツ化し、国内外の旅行者を引きつける冬の代表的イベントともなっている。このような状況は、明治時代から現代までの長い文化的・商業的な変遷の結果である。

また、日本のクリスマスは欧米のキリスト教圏とは大きく異なり、宗教色が薄く、恋人と過ごすロマンチックな日・商業イベントとしての性格が強い。例えば、日本では七面鳥ではなくフライドチキンがクリスマスの食文化として広く受容され、クリスマスケーキ(いちごショートケーキ)が定番であるという独自性がある。これらの習俗は世界的に見ても日本に特有のものとして注目されている。


そもそもクリスマスとは

クリスマス(Christmas)は本来、キリスト教における「イエス・キリストの降誕を祝う祝祭」であり、12月25日を中心として行われる。英語の“Christmas”は Christ(キリスト)と Mass(ミサ=聖餐式)を組み合わせた語である。西方教会では4世紀頃から12月25日がキリストの誕生日として定められ、以後世界的に広まった。クリスマスの起源には冬至祭やローマの太陽神崇拝と結びついた伝統があり、イエスの降誕が「光の回復」と結びつけられた側面があるとされる。

キリスト教圏では教会でミサが行われ、家族や親族が集まって祝う宗教的・家庭的な祝日であるが、日本におけるクリスマスは歴史的に宗教としてではなく、文化・商業行事として受容されてきた。


日本におけるクリスマスの定着

日本におけるクリスマスの定着は、16世紀の伝来→江戸時代の禁教→明治期の再輸入→戦前の都市文化→戦後の商業化→現代の文化イベント化という複層的な歴史的プロセスによって成り立っている。日本においてはキリスト教徒が人口の1〜2%程度と少数であるにもかかわらず、クリスマスが国民的行事として根付いている背景には、日本人の宗教観の柔軟性、近代化の過程での西洋文化の受容、企業のマーケティング戦略、メディアと消費文化の影響が複合的に作用している。


伝来と初期の受容(16世紀〜明治初期)

日本へのキリスト教伝来と初のクリスマス(16世紀)

1549年、スペイン出身のイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に到来し、日本に初めてキリスト教を伝えたことが記録されている。ザビエルらは九州各地で布教活動を行い、多くの日本人を洗礼へ導いた。

そして1552年(天文21年)12月24日〜25日、現在の山口県山口市でザビエルらが日本人信徒とともに降誕祭(クリスマスのミサ)を行った記録が残されている。これは日本史上で最古のクリスマス祝祭の記録として広く認識されている。このミサは宗教的行事として行われ、当時の日本社会にとって異文化的なイベントであったが、地域社会の一部では降誕祭が行われたことが後世に伝わっている。

隠れキリシタンと江戸時代の禁教

戦国時代末期から江戸時代初期にかけて、日本ではキリスト教に対する政策が厳格化し、1614年に江戸幕府はキリスト教を全面禁止した。これにより宣教師の国外追放、信者への弾圧が行われ、公式なクリスマスの祝祭も消失した。隠れキリシタンと呼ばれる信徒たちは密かに信仰を守り続けたが、クリスマスの公的な存在は長らく消え去った。


日本初のクリスマス(1552年)

1552年に山口県で行われた降誕祭は、日本でのキリスト教伝来後の信徒と宣教師による最初のクリスマスであるとされる。この歴史的出来事は現代でも山口市が「日本のクリスマス発祥の地」として位置づけられ、地域の文化遺産としてクリスマス関連のイベントも開催されている。

当時のクリスマスは日本語で「ナタラ」と呼ばれることもあり、イエズス会士の記述にはミサや聖歌などの宗教的要素が含まれていた。この初期のクリスマスの記録は、日本におけるクリスマスの歴史的ルーツを示す重要な根拠となっている。


明治の再導入

開国と西洋文化の流入

幕末・明治維新を経て、日本は急速に開国し、西洋との交流が活発になった。1873年(明治6年)キリスト教は公式に解禁され、外国人居留地を中心にクリスマスの文化が再び日本社会に流入した。欧米から来日した外国人コミュニティは独自のクリスマスを祝っており、この文化が日本人の目に触れる機会となった。

商業文化としての受容と日本初のサンタクロース

明治期には外国人居留地や都市部でクリスマスツリーの展示やイベントが紹介され、徐々に日本人にも認知され始めた。19世紀末〜20世紀初頭には東京や横浜、神戸などでクリスマスツリーが飾られるようになり、商業施設や百貨店は西洋の祝祭文化を取り入れる動きを見せた。またサンタクロースのイメージも輸入され、日本国内で「西洋の冬の風物詩」として紹介されていった。

この時期に日本に紹介されたサンタクロース像には様々な説があり、一部では外国文化の伝播によって殿様姿や和洋折衷の装いとして描かれた例も言及されるが、主として西洋イメージのまま紹介されたとされる。


一般庶民への普及と商戦の開始(明治中期〜大正期)

クリスマス商戦の誕生

明治中期以降、都市部の百貨店・商店はクリスマスを商圏拡大の機会として活用し始めた。1900年前後、銀座の明治屋などがクリスマスの装飾や商品販売を行ったことが注目され、クリスマスは商業イベントとしての性格を強めていった。

大正期(1912〜1926年)にはさらに百貨店や都市文化が発展し、クリスマス関連の飾り付けやパーティー、ギフトの習慣が一般消費者の間でも話題となった。その背景には、欧米文化への憧れや都市生活者の余暇消費の増加があり、クリスマスは都市文化として受け入れられる土壌が整っていった。


ケーキ文化の始まり

クリスマスケーキ、特にいちごのショートケーキが日本で定着した背景は戦後の高度経済成長期にある。戦後まもなく、生クリームや砂糖を多用した洋菓子は贅沢品として扱われ、メーカーやパティシエは「豊かな生活の象徴」としてクリスマスケーキを宣伝した。このケーキは白地に赤いイチゴという色彩的なコントラストが日本の冬の祝祭感と合致し、定番化していった。


大正天皇崩御による定着

大正天皇は1926年12月25日に崩御し、この日がかつて「大正天皇祭」として国民の祝日とされた時期があった。この出来事は、日本人にとって12月25日が特別な日として意識される一因となった可能性がある。戦前におけるクリスマス商戦や文化行事としての広がりは、このような社会的事象とも交差していた。


日本独自の文化の確立(昭和〜現代)

戦後の急速な普及

第二次世界大戦後、日本はアメリカ文化の影響を強く受けた。映画・音楽・テレビを通じてクリスマスのイメージが広まり、1950年代以降、百貨店や小売店が「クリスマス商戦」を本格化させた。デパートのショーウィンドウにはクリスマス装飾が施され、一般消費者の「冬の楽しいイベント」としてのイメージが浸透した。

チキン文化の誕生

日本で「クリスマスにチキンを食べる」という習慣が広まったのは1970年代のことである。日本ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)が1974年頃から「クリスマスにはフライドチキンを」というキャッチコピーでキャンペーンを展開し、消費者の関心を誘った。これによりフライドチキンがクリスマスの食卓の定番となった。 日本では七面鳥(ターキー)の流通量が少ないため、鶏肉が代替として受容され、戦後の食文化の変化とも相俟って定着していった。


現代の傾向

現代日本では、クリスマスは家族よりむしろ恋人や友人と過ごすロマンチックな日若者文化の一環としての祝祭という性格が強まっている。この傾向は1980年代〜1990年代のバブル期以降に顕著になり、メディアや広告、レストラン・ホテル業界のプロモーションによって強化された。また、イルミネーションやクリスマスマーケット、音楽イベントなど多様な参加型コンテンツが生まれ、文化的祝祭として消費者に支持されている。


海外のキリスト教文化圏とは大きく異なる独自の進化

欧米ではクリスマスは宗教的行事としての側面が強く、家族・伝統的な食事・宗教行事が中心である。一方、日本では宗教的意味よりも商業的・文化的な側面が強調される。日本独自の進化として、恋人同士のイベント化、チキンとケーキという食品文化、イルミネーション観光、賑わいのある商業消費イベント化などが挙げられる。これらの特色は欧米の伝統とは大きく異なっており、日本のクリスマスを独自の文化にしている。


宗教色がなく商業イベントとして定着

日本ではキリスト教信者が少ないこともあり、クリスマスは一般的に宗教的意義を持たない。宗教的ミサや礼拝に参加する人は限られ、多くの日本人にとっては「冬の文化行事」として理解されている。この非宗教化の背景には、日本人の宗教観の柔軟性(八百万の神・季節行事を受容する文化)や戦後の西洋文化の消費的受容があるとされる。


「恋人と過ごす」ロマンチックな日

日本におけるクリスマスはしばしば「日本版の第二のバレンタインデー」とも表現され、若年層・カップルにとって特別な日として認識される。デート・ディナー・イルミネーション鑑賞が主要な過ごし方となり、プレゼント交換やロマンチックな演出が商業的にも推奨されている。これらの傾向は日本の都市文化と消費文化の文脈に深く根差している。


フライドチキンを食べる習慣

日本ではクリスマスにフライドチキンを食べる習慣が広く定着している。これはKFCのマーケティングキャンペーンが成功したことと、七面鳥の希少性・家庭での調理困難性のため、鶏肉が代替食品として受容された社会的・経済的背景がある。消費者調査によると、クリスマスにチキンを食べる人が多数を占めるという結果も報じられている。


クリスマスケーキを食べる習慣

日本のクリスマスケーキは戦後の洋菓子文化の発展と結びつき、豊かな生活・祝祭感の象徴として定着した。特にスポンジケーキに生クリームといちごを飾るスタイルは日本国内の文化として定着し、クリスマス時期になると予約販売が増える季節商品となっている。


平日であること

クリスマスは日本の国民の祝日ではなく、通常は平日のままである。そのため、クリスマスイブや当日は通常勤務や学校が行われるが、夜間や週末にイベントが集中する傾向がある。こうした点も、日本のクリスマス文化が欧米の宗教祝日とは大きく異なる要素である。


追記:クリスマスが日本経済に与える影響

概要

日本におけるクリスマス文化は、単なる祝祭行事を超えて経済活動に大きな影響を及ぼしている社会経済的現象である。クリスマスシーズンは日本経済にとって重要な商戦期間(ウィンター商戦)となっており、小売、飲食、観光、サービス、流通といった幅広い産業に波及する。また、都市観光や地域経済の活性化、季節雇用の創出および消費者行動の変化は、日本経済の冬の季節性を特徴付けるものとなっている。


クリスマス商戦としての位置づけ

日本のクリスマス商戦は11月下旬から12月25日、場合によっては年末年始の準備期間を含む一連の消費行動を指す。百貨店、大型小売店、コンビニエンスストア、EC(電子商取引)事業者などは、この期間を年間売上の重要なピークと位置づけ、歳末商戦の一角として多額の販売促進活動を行う。広告ではクリスマス特需を狙った商品パッケージ、ギフト提案、限定販売商品、ポイントキャンペーンなどが盛んに展開される。


小売・百貨店業界への影響:売上の底上げ

クリスマスシーズンは多くの商品カテゴリーにおいて年間売上を押し上げる役割を果たす。玩具・家電・ファッション・コスメティック・ギフト用品などのカテゴリーでは、クリスマスプレゼント需要が顕著に現れる。

百貨店ではクリスマスギフトフェアやウィンターセールが開催され、集客力を高める。特に都市部の百貨店ではクリスマスイルミネーションやイベントが集客の核として組み込まれており、地域経済にとっても重要な消費喚起要因となる。2010年代以降、EC市場の拡大によりオンライン販売もクリスマス商戦に組み込まれ、ネット通販各社は12月初旬から配送・割引キャンペーンを強化する。


飲食・外食産業への影響:クリスマス需要の強さ

クリスマスは日本の飲食業界においても重要な需要期となっている。外食チェーン、高級レストラン、ホテルのレストランでは、クリスマス向けコース料理や特別メニューを提供することで売上を伸ばす。特にクリスマスイブのディナー予約は数週間前から埋まる傾向がみられ、飲食店にとっては年間の重要な稼ぎ時となっている。

フライドチキンの消費もクリスマス時期に急増し、専門チェーンやスーパーマーケット、精肉店はクリスマス需要に対応した商品形態・販売戦略を展開する。近年はクリスマスケーキの予約販売や限定販売も大きな経済活動となり、洋菓子・スイーツ市場全体の販売量を押し上げる。


観光・エンターテインメント産業への効果:イルミネーションと冬の観光スポット

都市部の大型イルミネーションイベント、クリスマスマーケット、ライトアップされた観光地は冬の観光資源として定着し、国内外からの来訪者を惹きつける。例えば東京・大阪・札幌などのイルミネーションイベントは、冬期観光の目玉となり、レジャー消費を刺激する。地域商店街が連携したクリスマスプロモーションは、地元経済の活性化に寄与している。また、イルミネーション鑑賞を目的とした宿泊需要も冬季観光の一部を形成する。


労働市場への影響:季節雇用・人手需要

クリスマスシーズンは小売・物流・飲食・観光各業界で繁忙期人員の増加が求められ、パートタイマー・アルバイトの採用需要が高まる。特に配送業界では12月の繁忙期に対応するための臨時雇用が増加し、一時的雇用機会の創出につながる。これにより若年層や学生にとっては季節収入を得る機会となる一方で、労働力不足や過重労働の課題も指摘されている。


消費者行動と購買心理:クリスマス消費の特徴

クリスマス消費は感性的・祝祭的購買行動が強い。ギフト選定・プレゼント需要は個人消費の増加を促し、特に若年層・ファミリー層・カップル層の支出意欲を喚起する。クリスマス関連商品の購入動機は、贈与・記念日消費・季節感演出の欲求に基づき、他の季節需要とは異なる特徴を示す。

また、消費者はクリスマス時期に限定商品・体験型イベント・プレミアム感のある商品サービスに高い関心を持つ傾向があり、この「祝祭的価値」が企業側のマーケティング戦略と結びついて、消費行動を刺激する構造となっている。


デジタル経済との連動:EC・デジタルマーケティング

近年、日本におけるクリスマス商戦はEC市場の拡大と密接に連動している。ネット通販大手・プラットフォームはクリスマスギフト需要を取り込むためのプロモーション施策(配送日時指定・ギフトラッピング・ポイント付与)を提供し、消費者のデジタル消費行動を活性化している。さらにSNS・動画プラットフォームでの広告・口コミ情報が消費者需要を後押しし、リアル店舗とネット販売の両面からクリスマス経済圏を形成している。


地域経済への波及:地方商店街の活性化

都市部だけでなく地方の商店街でもクリスマスイベントの実施により集客が促進される。地域イルミネーション、クリスマスマーケット、小規模店舗の連携企画などは地域経済の活性化に寄与する。これらの取り組みは、大都市に限らないクリスマス経済の波及効果を生んでいる。


まとめ

日本のクリスマスは文化的・歴史的な受容過程を経て、宗教的な祝祭から消費・体験中心の文化行事へと転換した。それに伴い、クリスマスは日本社会の冬季消費を牽引する重要な商戦となっている。小売、飲食、観光、サービス、デジタル経済、季節雇用といった複数の経済活動がクリスマスシーズンに結集し、日本経済全体に大きな季節的インパクトを与える社会現象となっている。

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