コラム:中国が世界のレアアース市場を掌握した方法
レアアース鉱石自体は世界各地に存在するが、採掘と精製・分離・高純度化工程の技術的難易度とコストが極めて高いことが特徴である。
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2026年現在、中国は世界のレアアース(希土類元素)市場において圧倒的な支配力を保有している。具体的には、世界全体の生産の約70%を中国が占め、特に精錬・分離工程では90%以上のシェアを握るという評価が専門機関やメディア報道で繰り返されている。また2025年以降、中国政府はレアアースに対する輸出規制の強化や供給管理制度の厳格化を実施しており、これは単なる資源供給の統制でなく、国際政治のカードとしても用いられていることが示唆されている。
一方でアメリカやオーストラリアなどでは、中国依存度の高さが経済安全保障上の脆弱性として批判され、サプライチェーンの多角化を目指す動きが活発化している。
レアアースとは
レアアースとは、17種の希土類元素(スカンジウム・イットリウムおよびランタン族15元素)を指す金属群であり、磁性材料、触媒、蛍光体、合金など、現代のハイテク産業に不可欠である。特にネオジム・ジスプロシウム・テルビウム等は風力発電機、電気自動車(EV)、スマートフォン、軍事機器の中核部品である高性能磁石の製造に不可欠である。これらの性質と用途から、レアアースは単なる鉱物資源ではなく戦略資源(critical mineral)として位置づけられている。
レアアース鉱石自体は世界各地に存在するが、採掘と精製・分離・高純度化工程の技術的難易度とコストが極めて高いことが特徴である。これが後述の市場支配構造の根底にある。
中国が世界のレアアース市場を掌握した方法(総論)
中国がレアアース市場の支配地位を確立した要因は、国家戦略、法制度、価格政策、環境規制、産業集約、技術蓄積、外交・輸出管理の総合的な組み合わせによるものであり、単一のメカニズムでは説明できない。
中国は1980年代以降、レアアースを「単なる資源」ではなく国家戦略物資としての位置づけで扱い、政治的・経済的に統制する構造を構築してきた。1990年代以降の価格競争、2000年代の統制強化、2010年代〜2020年代の産業統合と輸出管理強化は、その連続した政策の表れである。
国家レベルの戦略的価値付け
中国政府はレアアースを戦略物資として国家安全保障・産業競争力の基盤と位置づけた。これは20世紀末から政策として現れ、1990年代にはすでに「レアアースは中国の戦略的資源である」との国家判断が形成されていた。
当時の指導者の一人が「中東には石油があるが、中国にはレアアースがある」と語った逸話は広く引用され、レアアースへの戦略的価値付けを象徴する。中国政府は鉱山権・生産権の管理強化、輸出枠の設定、主要企業への資金援助などを通じて、産業全体を国家戦略の下に組み込んだ。
法的・制度的保護
中国はレアアースを国家戦略物資として扱うため、法制度による囲い込みを強化した。例えば、鉱山開発権や採掘ライセンス制度、輸出許可制の導入、環境基準の制定などによって、産業参加者を国家が管理統制する枠組みを整備した。
特に2000年代以降、厳しい採掘・生産クォータ制度が導入され、2006年以降は中国国内での合法的な生産権と輸出権が国家によって厳格に割り当てられた。これにより無秩序な採掘や密輸が減少し、国家の監督下で市場が統制されるようになった。
1990年にレアアースを「保護的・戦略的鉱物」に指定
1990年代初頭、中国政府は公式にレアアースを国家の保護対象・戦略的鉱物資源のリストに加えた。これにより、国家開発戦略上の優先度が高まり、関連産業への政策支援と規制強化が進んだ。この指定は中国の政策立案者がレアアースを単なる商品ではなく、長期戦略的資産とみなす明確な宣言であった。
この施策により、国家は鉱山の開発権を管理し、生産者のライセンスを制限し、外資の参入にも制限を課す法的基盤を整えた。
低価格攻勢による競合の駆逐
中国のレアアース産業は初期段階で低価格を武器に国際市場でシェアを拡大した。中国は労働コストの低さ、政府の補助金や安価なエネルギー提供を活用し、競合国よりも低廉な価格でレアアース精鉱・冶金製品を輸出した。
この低価格攻勢(ダンピング)により、アメリカのマウンテンパス鉱山やオーストラリアのいくつかの鉱山・精製企業は採算を失い、操業停止や撤退に追い込まれたとされる。結果的に中国は国際市場における生産者を排除し、価格決定力を高める道を選んだ。
市場の独占
競合国の撤退や生産縮小により、中国はレアアース供給の大部分を掌握した。特に精錬・分離・高純度材料化の工程において他国を圧倒し、世界の製造業は中国の供給に強く依存する構造となった。この構造は単に生産シェアだけでなく、価格形成力・供給安定性・供給調整能力において優位性を中国にもたらした。
安価なレアアースを大量に輸出して市場価格を暴落
中国は1990年代から2000年代にかけて大量の安価なレアアースを輸出し、国際価格を抑制する戦略をとった。この価格抑制は、他国の新規参入の収益性を低下させ、新規プロジェクトの採算ラインを引き下げた。
結果として市場価格の低迷が長期化し、他国による採掘・精錬プロジェクトは億単位の資本投下に見合わない採算性となり、新規生産者が育たない環境が形成された。
環境規制とコストの「外部化」
レアアースの採掘・精製工程では、酸性廃液、放射性廃棄物、有毒ガスなど環境負荷の高い廃棄物が発生する。このため欧米先進国では厳格な環境規制が適用され、廃棄物処理・環境保全コストが大きくなる。一方、中国は長年にわたり環境規制を緩和・実施段階でのコスト負担を企業や地域社会によって背負わせる傾向があり、その結果として環境コストを社会的に外部化しながら低コスト生産を維持してきた。
この環境コスト構造の差が、中国の鉱山・精製業者に競争上の大きな優位性を与え、西側企業が同規模の生産ラインを持つことを困難にした。
サプライチェーンの垂直統合と企業の集約
中国政府は2010年代以降、レアアース産業の川上〜川下(採掘〜精製〜加工〜応用製品)までの垂直統合を進めた。特に2011年以降、産業集約政策の下で数百あった中小企業は国家主導で統合再編され、中国稀土集団(China Rare Earth Group)や中国北方稀土集団(China Northern Rare Earth Group)など数社の巨大企業に集約された。これにより国家は供給量・価格・技術開発を一括して管理できる体制を確立した。
この再編は一般に「ビッグシックス」と言われる巨大企業グループの形成につながり、レアアース全体の供給を国家が統制する基盤となった。
加工・応用技術の蓄積
単に原材料を生産するだけでなく、精製・分離・高純度化・磁性材料化・最終製品化までの技術蓄積を進めることも、中国の支配力を高めた要因である。中国は関連特許、プロセス技術、設備製造能力において世界でも突出しており、特に精密磁石・高度電磁材料の製造能力は他国と比較して優位にあるという分析もある。
これにより、サプライチェーン全体を中国国内で完結させることが可能となり、国外企業は原材料だけでなく中間材・最終製品の供給にも中国の関与を必要とする構造となっている。
輸出規制と技術移転の強要
中国政府は単なる輸出数量制限だけでなく、輸出許可制度・用途報告制度・技術移転条件付きの輸出枠設定などを導入している。たとえば、国外企業がレアアースを輸入する際には用途を申告し、政府の承認が必要である制度が存在すると報道される。
これにより、特定の軍事用途や先端技術用途に対する供給制限や優先順位の調整が可能となり、外交交渉のカードとしての利用が可能となっている。
誘致戦略
中国は国内外の投資誘致戦略を通じて、外国企業のレアアース関連プロジェクトを中国国内へ誘導してきた。これは技術移転や協業を通じた技術・資本の獲得と、サプライチェーンの中国内結集をより強固にする狙いがある。
今後の展望
2026年時点で中国の支配力は依然として圧倒的であるが、アメリカ・オーストラリア・アフリカ諸国による中国依存脱却の動きが強まっている。サプライチェーン多角化、レアアース採掘・加工技術の国際協力、循環資源・リサイクル技術の開発強化が進行中である。
また、米欧日などはレアアース関連産業への投資を増やし、環境規制をクリアしつつ高品質な生産能力を構築する戦略を採用しているが、既存インフラと技術人材の差を埋めるには時間を要する可能性が高い。
まとめ
中国が世界のレアアース市場を掌握したのは、国家戦略による価値付け、法的制度化、価格戦略、環境規制の扱い、産業集約、技術蓄積、輸出・外交政策の多層的な組み合わせによるものである。単に資源量が多いだけでなく、国家の統制力と長期戦略に裏打ちされた市場形成が、他国を圧倒してきた。今後の国際政治経済の中で、この構造がどのように変わるかは、サプライチェーン再構築と環境配慮型投資の成否にかかっている。
参考・引用リスト
Reuters報道(中国レアアース部門の統制強化と国家統合)
Le Monde(2025年の輸出制限と地政学的影響)
The Week(中国の輸出統制拡大)
NY Post(米国が中国依存脱却を目指す動き)
The Australian(中国国家戦略と指導者の発言)
レアアース供給支配の技術的・制度的要因分析
世界のレアアース産業と中国支配の歴史分析(クーリエ・ジャポン)
以下は、中国のレアアース支配をより立体的に理解するために、①サプライチェーンモデル、②政策年表、③中国が加工分野で成功した経緯、④欧米諸国が同じ手法を真似できない理由、の4点を整理したものである。
Ⅰ.中国主導のレアアース・サプライチェーンモデル
1.全体構造(川上から川下まで)
中国のレアアース・サプライチェーンは、以下のような完全垂直統合型モデルとして構築されている。
採掘(鉱山開発・採掘)
選鉱(鉱石の濃縮)
精錬・分離(17元素への分離、高純度化)
中間材製造(酸化物、金属、合金)
部材製造(永久磁石、研磨材、触媒)
最終製品(EVモーター、風力発電機、電子機器、軍需品)
この全工程の8〜9割が中国国内で完結している点が最大の特徴である。特に③精錬・分離工程と④⑤の加工工程において、中国は世界的に代替不可能な地位を占める。
2.国家統制型サプライチェーン
このサプライチェーンは市場任せではなく、以下の要素によって国家が強く関与する。
生産・精錬・輸出のクォータ管理
主要企業の国有化・準国有化
国家発展改革委員会(NDRC)・工業情報化部(MIIT)による需給調整
戦略用途向けの優先供給
結果として、中国のレアアース・サプライチェーンは「企業連合体を用いた国家管理モデル」として機能している。
Ⅱ.中国レアアース政策の年表(要約)
1970〜80年代:基礎研究と資源認識
内モンゴル自治区・包頭におけるレアアース鉱床の本格調査
国立研究機関・大学で分離・冶金技術の研究が進展
1990年:戦略鉱物指定
レアアースを「国家の保護的・戦略的鉱物」に指定
外資参入・輸出に対する管理の法的根拠を確立
1990年代後半〜2000年代前半:低価格大量輸出
安価なレアアース製品を世界市場に供給
米国・豪州・EUの鉱山・精錬産業が相次ぎ撤退
2006〜2010年:輸出管理強化
輸出クォータ・関税導入
WTO紛争の引き金となる
2011年以降:産業再編と集約
レアアース企業を6大グループ(ビッグ・シックス)へ統合
違法採掘の取り締まり強化
2021年以降:中国稀土集団の発足
国有企業の再統合による中央集権化
国家による需給・価格管理能力が飛躍的に向上
2023〜2026年:経済安全保障資源化
輸出許可制・用途管理の厳格化
半導体・軍需・EV分野との連動強化
Ⅲ.中国がレアアース「加工」で大成功を収めた経緯
1.「価値の源泉」が加工工程にあると見抜いた点
中国の最大の成功は、レアアースの価値が採掘ではなく加工・分離・応用技術にあると早期に見抜いた点にある。レアアース鉱石は世界中に存在するが、元素分離・高純度化は高度な化学工学と長年のノウハウを要する。
中国は1980年代から、
国立研究所への集中投資
大学・企業・軍需研究の連携
実験的失敗を許容する政策環境
を整え、「量産可能な分離技術」を国内に蓄積した。
2.試行錯誤を許容する産業環境
中国では長期間にわたり、
環境負荷
労働条件
収益性の低さ
を理由に事業を止めない政策がとられた。これは社会的には大きな犠牲を伴ったが、結果として西側諸国では不可能な規模と速度で技術の実装と改良が進んだ。
3.需要産業との同時成長
中国国内で、
家電
EV
風力発電
軍需産業
が急成長したことにより、レアアース加工技術は国内需要に支えられて高度化した。加工技術が「輸出向け試作品」ではなく、「巨大な内需向け量産品」として進化した点が決定的である。
Ⅳ.欧米諸国が中国のやり方を真似できない理由
1.環境規制の非対称性
欧米諸国では、
放射性廃棄物処理
有毒廃液の完全無害化
長期的環境修復責任
が厳格に義務付けられている。その結果、レアアース精錬コストは中国の数倍から十数倍に達する。
中国は長年、これらのコストを地域社会や将来世代に外部化してきたが、欧米では政治的・法的にそれが不可能である。
2.「国家が赤字を許容する産業政策」が困難
中国では、
国家補助金
国有企業の赤字容認
長期視点での市場支配戦略
が可能であった。一方、欧米では株主責任・競争法・財政規律が強く、数十年単位の赤字覚悟の投資は政治的にも制度的にも困難である。
3.サプライチェーンの空洞化
1990〜2000年代に中国の低価格攻勢を受け、欧米は、
鉱山
精錬施設
技術人材
を次々に失った。現在再構築を試みても、人材・設備・ノウハウの同時回復が必要であり、短期的な復活は困難である。
4.国内需要の規模不足
中国と異なり、欧米諸国は単独ではレアアース加工を支えるほどの巨大な国内需要を持たない。結果として、量産効果が得られず、コスト競争力で劣後する。
Ⅴ.補論まとめ
中国がレアアース市場を支配した本質は、「資源保有」ではなく、
国家戦略としての一貫性
環境・財務コストを度外視した初期投資
川上から川下までの完全統合
巨大内需による加工技術の量産化
にある。
欧米諸国は現在、中国モデルの危険性を理解しつつも、同じ道をそのまま再現することは制度的に不可能である。そのため今後の対抗策は、中国型の模倣ではなく、
同盟国間での分業
環境配慮型技術への転換
リサイクル・代替材料開発
といった、異なる価値体系に基づく戦略にならざるを得ない。
