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コラム:香港の不動産問題、世界で最も住宅価格が高い都市

香港の不動産問題は、土地制度、政府財政、財閥の寡占、中国本土からの投資、国際資本の流入など複数の要因が絡み合った「構造的問題」である。
香港の集合住宅(Getty Images)

香港は「世界で最も住宅価格が高い都市」の一つとして国際的に知られている。国際住宅負担能力調査によると、香港は過去十年以上にわたり世界で最も住宅価格が高い都市ランキングの首位を維持してきた。住宅価格と平均所得の比率(住宅購入負担倍率)は20倍を超えるとされ、一般市民にとってマイホーム取得は極めて困難である。このため、多くの若年層が一生を賃貸住宅に依存せざるを得ない状況に置かれている。

賃貸市場も深刻で、中心部の小規模マンションの家賃が月額数十万円に達することも珍しくない。最低賃金で働く人々や中間層にとっては、住宅費が収入の大部分を占め、生活の質を著しく低下させている。2020年代に入ってからはコロナ禍による経済停滞や人口流出で一時的に価格が下落したものの、それでも依然として世界的水準で見れば極端に高い水準にある。

こうした状況は、香港の住宅問題を単なる不動産市場の話にとどめず、社会格差、政治、経済の根幹に関わる重大課題へと押し上げている。

歴史

香港の不動産問題は、その独特な土地制度と歴史的背景に根ざしている。香港の土地は「すべて国有」であり、民間は政府から土地を借りる「リース方式」で利用する。この制度は19世紀のイギリス植民地時代に導入され、1997年の中国返還後も基本的に維持された。つまり、香港政府は土地の供給を独占し、そのリース権を販売・更新することで財政収入の大部分を得てきた。

1970年代以降、香港はアジアの金融センターとして急速に発展し、人口流入と経済成長に伴って住宅需要が爆発的に増加した。しかし、土地供給を制御する政府の姿勢と、不動産を収益源とする財閥・ディベロッパーの存在が、供給不足を慢性化させた。その結果、住宅価格は上昇し続け、資産格差を拡大させていった。

返還後は中国本土からの投資家や企業が香港の不動産市場に参入し、さらに価格を押し上げる要因となった。こうして香港の不動産市場は、単なる住宅供給の場ではなく、資本と政治が複雑に絡み合う場となった。

経緯

2000年代以降、グローバル化と中国経済の急成長を背景に、中国本土の富裕層や投資家が香港の不動産市場に積極的に参入した。香港は中国に比べて法制度が透明で、資産保全や投資の安全性が高いとみなされていたためである。結果として、香港の不動産は「安全資産」として世界中の投資家の資金を集め、価格は一層高騰した。

2010年代に入ると、不動産価格は平均的市民の購買力を完全に超える水準に達した。例えば2019年の統計によれば、香港の住宅価格は平均世帯所得の20倍以上であり、ニューヨークやロンドンの約7〜8倍と比較しても突出していた。こうした経緯の中で、住宅を購入できるのはごく一部の富裕層か、多額のローンを背負う中間層に限られるようになった。

一方、庶民の多くは「公営住宅」への入居を希望するが、その待機期間は平均5〜6年に及ぶ。低所得者層は狭小なアパート、さらには違法建築の「ケージホーム(鳥かご部屋)」や「棺桶部屋」に押し込められることになる。

問題点

  1. 住宅価格の高騰
    一般市民の所得水準に対して住宅価格が高すぎ、住宅購入が不可能に近い状況である。これにより若者は結婚や出産を躊躇し、社会全体の活力低下につながっている。

  2. 貧富の差の拡大
    不動産を保有する富裕層は資産を膨らませ、持たない層はますます取り残される。住宅は単なる居住空間ではなく、格差拡大の象徴となっている。

  3. 生活の質の低下
    高い家賃負担により、低所得者層は生活費を切り詰めざるを得ず、健康や教育への投資が犠牲になっている。

  4. 人口動態への影響
    若者が結婚や出産を避け、人口減少や高齢化の加速を引き起こしている。これは香港社会の長期的な持続可能性に深刻な影響を与える。

政府の対策

香港政府は住宅問題に対応するため、以下のような対策を講じてきた。

  • 公営住宅の供給拡大:政府は「長期住宅戦略」に基づき、公営住宅建設を進めているが、土地供給や建設コストの制約で目標達成は難航している。

  • 不動産投機抑制策:外国人購入者に対する追加課税、短期転売への課税強化などを実施したが、価格抑制効果は限定的であった。

  • 土地供給の拡大:埋め立てや新界の再開発計画が進められているが、環境保護や住民の反対により進展は遅い。

これらの対策は一定の効果を持つものの、抜本的な解決には至っていない。むしろ政府が土地収入に依存している構造が改革を難しくしている。

富裕層による不動産への投機

香港の不動産市場は投資の対象として世界的に注目されてきた。特に中国本土の富裕層にとって、香港は資産を国外に分散させる「安全港」として利用されてきた。彼らが高級マンションを現金一括で購入することで、市場価格はさらに引き上げられた。

また、香港の不動産財閥(サンフンカイ不動産、長江実業など)が市場を独占的に支配しており、土地供給をコントロールすることで価格を高止まりさせているとの批判もある。これにより、一般市民は「土地と住宅を財閥と富裕層に奪われている」という感覚を強めている。

鳥かごのような狭い部屋の実態

香港の住宅問題の象徴的な現象が「ケージホーム」や「棺桶部屋」である。これらは一つのアパートを複数人で仕切り、1人あたり1〜2平方メートル程度のスペースしかない極小住居である。実際に人々は金属製のケージや木製のボックスに押し込められるように生活しており、まるで鳥かごや棺桶に入っているかのような劣悪な環境である。

報道によると、こうした住居に暮らす人々は数万人にのぼり、低所得者や高齢者が中心である。家賃は決して安くはなく、狭い空間に住まざるを得ない人々の生活苦を示している。国際社会からは「香港は世界で最も市民にやさしくない都市の一つ」と評されることもある。

総合的分析

香港の不動産問題は、単に市場メカニズムの失敗ではなく、歴史的な土地制度、政府の財政構造、富裕層や財閥の利害、そして国際資本の流入といった多層的要因によって生み出された構造的問題である。

短期的な価格調整や政策介入では解決が難しく、根本的には土地供給制度の改革、社会住宅の大規模供給、富裕層の投機規制、そして市民生活を優先する都市政策の実行が不可欠である。しかし、土地収入に依存する香港政府の構造や、中国本土との政治的関係が、その実行を難しくしている。

結果として、香港市民は高騰する住宅価格、狭小な住居、将来への不安という「三重苦」に直面し続けている。

現状のさらなる詳細

香港の住宅価格水準は、世界の都市と比較しても極端に高い。国際調査によると、2022年時点で香港の住宅購入負担倍率は23倍以上に達していた。つまり、平均的な世帯が住宅を購入するためには、年収の23年分以上を必要とする計算になる。これは、米サンフランシスコの約9倍、イギリス・ロンドンの約8倍を大きく上回っている。

賃貸住宅の状況も深刻である。中心部のワンルームマンションの月額家賃は、広さがわずか20㎡程度でも日本円で30万円を超える場合がある。一方、最低賃金は時給約40香港ドル(約800円前後)に過ぎず、フルタイムで働いても家賃だけで所得の大半が消える。結果として、香港の労働者の多くは「家賃貧乏」に陥り、生活の質を著しく下げざるを得ない。

さらに、香港は新規の住宅供給が限定的であるため、中古住宅価格も下がらない。人口減少や国外への移住者増加が見られても、住宅価格は「下がりにくい構造」に組み込まれている。このことが、香港の住宅問題を長期化させている。

歴史と制度の背景の補強

香港の土地制度は特異である。土地はすべて香港政府(返還後は中華人民共和国香港特別行政区)が所有し、民間には最長で99年の使用権(リース権)が与えられるのみである。これはイギリス統治時代の植民地政策の名残であり、返還後も基本的に変更されなかった。

この制度は政府財政に大きな利益をもたらす。土地使用権をオークション形式で売却・更新することで、香港政府は巨額の収入を得る。実際、香港政府の歳入の約2〜3割は土地収入に依存しており、税率が低く抑えられる理由の一つでもある。つまり、土地価格の高騰は市民にとって負担である一方で、政府にとっては財源確保の手段であり、政策的に「価格を下げにくい構造」となっている。

また、不動産市場の支配構造も問題である。長江実業(李嘉誠一族)、新鴻基地産、恒基兆業、九龍倉置業といった不動産財閥が土地供給や開発を寡占的に支配しており、市場における競争原理が十分に働かない。彼らは土地を長期保有して供給を絞り、価格を維持・上昇させる戦略をとってきた。結果として、市場は「一部財閥に有利、市民に不利」という非対称性を内包するに至った。

経緯の補強:本土中国からの影響

香港返還後、とりわけ2000年代から2010年代にかけて、中国本土の経済成長と富裕層の台頭が不動産市場に大きな影響を与えた。中国本土の投資家は、資本規制や政治的リスクを回避するため、香港の不動産を資産の「避難先」として活用した。

本土富裕層が香港で不動産を買い漁る動きは、需要を一気に押し上げた。例えば、2010年代前半には新築マンション販売の半数以上を本土からの購入者が占めるケースも報告されている。これにより、市場価格はさらに高騰し、地元の若年層や中間層の住宅取得はほぼ不可能になった。

その一方で、中国政府が資本流出を規制する動きを強めると、香港不動産市場の取引量は急減した。だが、価格は「高止まり」したままで、市場の硬直性を示している。

問題点の補足:心理的・社会的影響

住宅問題は経済的負担だけでなく、心理的・社会的な影響をもたらしている。

  • 若者の絶望感:高すぎる住宅価格は「夢を奪う存在」となり、若者の間には「一生懸命働いても家は買えない」という無力感が広がっている。

  • 結婚・出産の忌避:住宅取得が困難なため、多くの若者が結婚を先延ばしにし、結果として出生率の低下につながっている。香港の出生率は世界でも最低水準であり、この背景には住宅問題が影響している。

  • 移住の加速:カナダやオーストラリア、イギリスなどに移住する香港人が増加しており、その理由の一つに住宅価格の高さがある。

政府の対策の補足と限界

香港政府は過去十年以上にわたり、住宅問題解決を掲げてさまざまな政策を実施してきた。

  1. 土地供給計画:新界地区の再開発や埋め立てによる土地供給拡大を試みているが、環境団体や住民の反発で進展は遅い。

  2. 公営住宅供給の拡大:数十万戸規模の供給を目標に掲げているが、実際の完成数は需要に追いつかない。待機期間が平均6年を超えることも珍しくない。

  3. 投機規制:外国人購入者に対する追加印紙税や短期転売への課税が導入されたが、市場の抜け道は存在し、効果は限定的である。

  4. 「Lantau Tomorrow Vision」計画:ランタオ島周辺で大規模埋め立てを行い、新たに数十万戸の住宅を供給する計画だが、環境破壊と膨大な財政負担が懸念され、実現には長期を要する。

根本的な課題は、政府が土地収入に依存しているため、土地価格を大幅に下げる政策を取りづらいという構造的ジレンマにある。

富裕層による不動産投機の補足

香港の不動産市場は「投資商品化」が極端に進んでいる。富裕層や外国人投資家は住宅を購入しても住まずに空き家にするケースが多い。統計によると、香港には十数万戸以上の「未使用住宅」が存在するとされ、これは実際に住む人々の需要と乖離している。

さらに、地元の大手ディベロッパーは土地を長期保有し、価格を維持するために供給を絞る「土地バンク戦略」をとる。このため、住宅の「適正価格供給」が意図的に妨げられていると批判されている。

鳥かご部屋・棺桶部屋の実態補足

「ケージホーム」は、アパートの一室を鉄製の檻で仕切り、複数人が生活する形態である。一人あたりのスペースは1〜2平方メートルしかなく、ベッドと最低限の収納スペースしかない。入居者は主に低所得者や独居高齢者で、家賃は月数万円にもなる。

「棺桶部屋」と呼ばれるタイプは、木製や合板で仕切られた箱型の空間に横たわるだけのスペースしかなく、まるで棺桶のようだと形容される。ここに住む人々は、エアコンや換気設備のない劣悪な環境で生活している。国際メディアはこうした住居を「人間の尊厳を奪う空間」として報じてきた。

統計では、こうした狭小住宅に暮らす人々は香港全体で20万人以上に達するとされる。これは世界有数の豊かな金融都市としての香港のイメージとは裏腹の現実であり、「二重社会」の象徴となっている。

将来展望と課題

香港の住宅問題は今後も継続する可能性が高い。理由は以下の通りである。

  • 土地供給の拡大には長期を要し、短期的な価格下落は見込めない。

  • 政府財政が土地収入に依存しており、根本的な構造改革が困難である。

  • 中国本土との関係が強まり、政治的な要素が市場に介入する可能性がある。

  • 若年層の不満や社会的な格差の拡大が続き、社会の安定性が揺らぐ。

一方で、人口流出や経済成長の鈍化により、長期的には価格調整が起こる可能性もある。しかし、調整が起きても、市民にとって手頃な水準に下がるかどうかは不透明である。


まとめ

香港の不動産問題は、土地制度、政府財政、財閥の寡占、中国本土からの投資、国際資本の流入など複数の要因が絡み合った「構造的問題」である。市民にとっては住宅取得が不可能に近く、狭小住宅や鳥かご部屋に押し込まれる現実が広がる一方、富裕層は投機で資産を膨らませる。政府の対策は存在するものの、構造的ジレンマにより抜本的解決には至っていない。

この問題は経済格差だけでなく、若者の未来、社会の持続可能性、国際都市としての競争力にも直結する重大な課題である。もし今後も根本的な改革が行われなければ、香港は「世界有数の豊かな都市でありながら、市民に最も厳しい都市」という矛盾した状況を抱え続けることになるだろう。

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