SHARE:

コラム:高校無償化、何が変わった?

高校無償化は単なるコスト削減政策ではなく、教育の機会均等と社会的流動性の強化を図る国家戦略の一環とも位置づけられているため、今後も多角的な検討が求められる政策分野である。
日本の学校のイメージ(Getty Images)
現状(2025年12月時点)

日本における高校無償化は、公教育の機会均等と家計負担の軽減を目的として段階的に進められてきた。2020年代初頭には、低所得世帯に対する就学支援金制度が公立・私立問わず提供されていたが、2025年度からは所得制限の撤廃や支給額に関する大幅な制度改正が実施された。これにより、日本全国の多くの家庭が実質的に授業料無償化の恩恵を受けている。また自治体による独自支援制度が全国で運用されており、都道府県ごとに支給条件や内容が異なる。これらの政策は財政負担・公平性・教育の質といった観点から活発な議論を巻き起こしている。


高校無償化(高等学校等就学支援金制度)とは

「高校無償化」と一般に呼ばれている制度の正式名称は高等学校等就学支援金制度であり、「就学支援金」と呼ばれる国の給付型支援制度を中心に構成される制度体系である。本制度の目的は、家庭の経済的事情を理由として高校進学を断念することがない社会を実現すること、教育の機会均等を推進することである。そのため、授業料に充てる支援金を国が支給し、対象となる高校生等の在籍する学校へ直接支給する仕組みとなっている。就学支援金は返済が不要な給付型支援であり、支援を希望する場合は申請が必要であることが制度運用の基本である。具体的には、学校から配布される申請書類等を提出することで資格判定され、支給決定後に支援金が学校へ支払われ授業料に充当される。支援対象は高校生のほか、特別支援学校高等部や高等専門学校1〜3年生等も含む幅広い教育機関が対象となる。実際に支給される支援金の額や対象条件は制度年度によって変動し、最近の改革では所得制限の撤廃や支援額の拡充が進められている。さらに、就学支援金とは別に授業料以外の費用を支援する「高校生等奨学給付金制度」も設けられている。


国の制度概要(2025年度〜)

①制度の基本的構造

文部科学省が運営する高等学校等就学支援金制度は、授業料に充てる支援金を国が支給するものであり、原則として申請要件を満たせば支給される。対象は日本国内に住所を有する高校生等であり、国立・公立・私立を問わない。支給条件には所得等の要件があり、従来は世帯年収約910万円未満が基準にされていたが、2025年度からは所得制限なくすべての世帯に対して標準支援が提供される方向に制度が変更されている。

②2025年度からの変更点

2025年度からは、公立高校授業料の実質無償化が 全国の世帯を対象に所得制限なしで実行されることが制度上の大きな改編である。これまでは年収910万円以上の世帯に対する支援が限定的であった支援が、標準支援額をもって無償化扱いとなっている。

③2026年度以降の計画

2026年度からは私立高校に対する支援も所得制限なくなる予定であり、支給上限額が現行支援額から引き上げられ私立高校の全国平均授業料程度まで支援される方向の制度改編が計画されている。これにより、国公私立問わずすべての家庭で事実上授業料が無償となる見通しである。

④支給額のイメージ

制度上の支給額は支給年度や学校の種類(全日制・定時制・通信制)によって異なるが、基準支援額が公立高校で年間およそ11万8800円程度、私立高校で段階的な加算支給がある仕組みだった。この支援額は、年度ごとに見直されており、2025年度は全世帯に均一の一定額支給という形態となっている。

⑤支給手続き

申請は在学する学校を通じて行われ、基本的には4月入学時に申請案内がなされ、その後も毎年申請手続きを行う必要がある。支給決定前に授業料を支払った場合は後日還付されるケースもある。


公立高校

公立高校における無償化は長年の政策課題であり、2000年代以降部分的な支援が進められてきた。2010年代からは全国的な支援制度が整備され、従来の授業料無償化制度が高等学校等就学支援金制度に統合された。2025年度以降は所得制限なく標準支援が全世帯に支給されるため、公立高校については実質的に授業料が無償化されたと評価できる段階にある。この結果、経済的要因によって高校進学を断念するケースは大幅に減少することが期待される。


私立高校

私立高校における無償化は全国的に見ると公立以上の課題があった。私立高校は公立高校に比べて授業料が高額なため、支援金額が十分に授業料総額をカバーしきれず、世帯負担が残るケースが多かった。しかし、2010年代後半以降の制度見直しにより、私立高校に対する加算支給の仕組みが導入された。2025年度以降は全国的に所得制限撤廃を見込む動きが進んでおり、2026年度以降は私立高校に対しても全国平均授業料相当額まで支援される方針とされる。これにより、公立・私立の授業料差は縮小する見込みである。


今後の予定

今後の制度改編では以下の主要な政策動向が見込まれている。

  1. 私立高校支援の全国的拡大
    所得制限を撤廃するとともに支給額を全国平均授業料程度まで引き上げ、私立高校の授業料負担を事実上なくす方向で調整が進んでいる。

  2. 支援対象の拡大
    就学支援金の対象となる教育機関や支援内容の多様化が議論されている。例えば外国籍家庭や特殊事情をもつ家庭に対する個別支援策が検討されている。

  3. 授業料以外の支援強化
    授業料以外の教育費負担軽減策(教材費・修学旅行費等)の支援制度拡充等も政策課題として議論されている(次節以降で詳述)。


何が変わった?

2025年度の改正で最大の変化は所得制限の撤廃および支給対象の全世帯化である。従来は「年収910万円未満の世帯」が主な対象であり、それを超える世帯には支援が限定的だったが、制度改正により公立・私立ともに基準支援が所得制限なく提供されるようになった。これにより、教育費負担が中所得・高所得世帯にも軽減されることとなり、事実上の全国的な授業料無償化が進んだ。


自治体独自の取り組み

国の制度とは別に、多くの自治体が独自の就学支援制度を設けている。これにより所得制限の有無や支給額が自治体によって異なり、地理的な格差が追加で生じる場合がある。


東京都

東京都は2024年度から私立高校授業料に対する所得制限を撤廃し、すべての世帯に対して実質無償化に近い支援を行っている。具体的には、東京都内在住の世帯には私立高校授業料分の助成金が支給される制度が運用されている。


大阪府

大阪府も所得制限の段階的撤廃を進めており、一定の条件を満たす世帯に対して私立高校授業料の支援を提供している。これにより、自治体として国の制度以上の補助が行われている。


注意点

高校無償化は授業料の負担軽減に寄与しているが、 注意すべき点がいくつか存在する。以下で整理する。


授業料以外は対象外

現在の制度の支援対象は授業料の負担軽減が中心であり、それ以外の費用(教科書代、修学旅行費等)は原則として対象外である。就学支援金制度は授業料支援に特化しており、教材費や部活動費、修学旅行費等は別枠の奨学給付金等で対応される。したがって、家庭の負担は授業料以外の部分で引き続き残ることが多い。


入学金

高校入学にあたっての入学金は無償化制度には含まれていない。入学金は学校ごとに定められた費用であり、国の就学支援金では補助の対象外である。また自治体によっては独自に入学金助成制度を設けている地域もあるが、全国一律ではない。


修学旅行費

修学旅行費や実習費などの授業料以外の教育関連費用は支援対象とならないのが原則である。これらの支出は家庭が負担する必要があり、実際の教育費総額を考えた場合は授業料無償化だけでは負担が完全になくなるわけではない。


教科書代

教科書代も授業料無償化の対象外である。教科書代は学習に直接必要な費用ではあるが、授業料支援金の仕組みには含まれておらず、家庭の負担として残る。独自の助成制度によっては教科書代支援を行う自治体もあるが、全国一律ではない。


施設設備費など

学校によっては施設設備費や実習費、制服費等の名目で授業料以外の費用が発生する。これらも国の就学支援金制度では対象外であり、家庭負担が残る要因となっている。


申請が必要

就学支援金制度は受動的な無償化ではなく「申請が必要な制度」である。学校から配布される申請書類に基づき、保護者が必要書類をそろえて申請しなければ支援を受けられない。年度ごとに申請期限や必要書類があるため、申請漏れによって支援を受けられないリスクがある。


支給方法

支給方法は国から学校への直接支給であり、家庭の口座に直接振り込まれるわけではない。学校は支援金を授業料に充当する形となるため、家庭は支給決定を待たずに授業料を納付し、その後還付されるケースがある。支給決定後は授業料納付額が支援金分相殺される仕組みである。


反対意見も

高校無償化政策に対しては、支持意見と同時にいくつかの反対意見・懸念点が表明されている。これらは政策評価のうえで重要な視点である。


財源確保と将来世代への負担

無償化政策の拡大には多額の財源が必要であり、将来世代に税負担や社会保険料の増加を招くとの懸念がある。税金による支援が拡大するほど、給付を受けない世帯にも負担が及ぶ可能性が指摘される。


増税や社会保険料の上昇

無償化には国・自治体の予算投入が必要であり、財源確保のために将来的な増税や社会保険料の上昇が懸念されている。特に少子高齢化が進む日本社会において、教育支援政策に伴う財政負担の持続性が議論されている。


他の予算の圧迫

教育無償化政策が優先されることで、他の社会保障費や公共サービス予算が圧迫されるとの懸念もある。限られた財源をどの分野に配分するかという政策選択の問題が生じる。


公平性と逆転現象

無償化が高所得世帯にも適用されることに対して、「余裕がある世帯にまで税金を使うべきではない」という意見が存在する。この論点は教育政策と税負担の公平性という一般論とも関連する。


子どもがいない世帯との格差

無償化政策が子育て世帯を支援する一方で、子どもがいない世帯との税負担の格差が問題視されることがある。自身の子どもが既に独立している世代などからの反発も議論の対象となっている。


私立学校の経営への影響と教育の質の懸念

私立高校への支援が拡大することで、学校経営のあり方が変わるとの指摘がある。教育の質を維持するための内部資源が不足する場合、支援金の使い途や教育成果への影響が懸念される。


私学の自主性の喪失

支援金依存が強まることで、私立学校の自主性が損なわれる可能性があるという批判がある。教育内容や運営方針が外部資金に左右される懸念である。


定員割れ校の延命

一部の意見として、無償化政策が学生確保が困難な学校の延命につながり、教育市場の効率性を損なう可能性が指摘される。供給過剰な学校が淘汰されにくくなるという議論である。


高校教育の「義務教育化」への疑問

高校無償化を拡大することは、事実上の高校教育の義務教育化に近づくとの見方もある。義務教育化の是非と高校教育の位置づけをめぐる議論がある。


学習意欲の低下

無料で通えるという意識が学習意欲を低下させるのではないか」という懸念も一部で述べられている。ただし、これを裏付ける実証データは限定的であり、因果関係には慎重な議論が必要である。


進路選択の歪み

授業料負担がなくなることで、家庭の経済事情に左右されない進路選択が可能になる反面、進学先選択に偏りが生じる可能性が指摘される。たとえば、より高額な教育サービスを提供する学校に進学しやすくなる一方で、地域の公立教育機関が影響を受けるとの論点がある。


自治体間の格差

自治体独自の支援制度が存在することで、居住地による教育負担の差が生じる可能性がある。東京都や大阪府のように高水準の支援を提供する自治体と、財政力の弱い自治体との間で支援格差が指摘される。


今後の展望

今後の日本の高校無償化政策は、支援対象の拡大と公平性の確保をいかに両立させるかが主要な政策課題となる。教育機会の均等と長期的な財政持続性を両立させるため、制度設計を進化させる必要がある。また、授業料以外の教育関連費用への支援強化や、自治体間格差の是正、支援制度の透明性向上などが今後の展望として挙げられる。さらに、教育の質向上と経済的負担の軽減を同時に実現する政策パッケージとして、就学支援金に加え教育給付型奨学金制度等の連携が検討される可能性がある。

高校無償化は単なるコスト削減政策ではなく、教育の機会均等と社会的流動性の強化を図る国家戦略の一環とも位置づけられているため、今後も多角的な検討が求められる政策分野である。

この記事が気に入ったら
フォローしよう
最新情報をお届けします