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コラム:東南アジアで水害が「激甚化」している背景

東南アジアで水害が「激甚化」している背景には、気候変動による極端降雨・高潮の強化と、急速な都市化・土地利用の変化という二重の圧力がある。
2025年11月27日/タイ南部、大雨により冠水した道路(AP通信)
現状(2025年11月時点)

2025年11月時点で、東南アジアは広範囲にわたる深刻な水害リスクと実被害に直面している。直近では台風や異常豪雨が各国で大規模な洪水・地すべりを引き起こし、多数の死者・行方不明者、数十万規模の被災者・避難者、甚大な経済的損失が報告されている。2025年秋からの豪雨・サイクロン関連の事象ではインドネシア、タイ、マレーシアなどで多数の死者と大規模避難が発生し、政府・自治体の警報や対応の遅れが批判されている。こうした事象は単発の自然災害というより、地域全体で「水害が激甚化」している兆候と見なされている。

東南アジアで水害が「激甚化」

東南アジアにおける水害の激甚化は、(1)極端降雨や台風(熱帯低気圧)の強度・頻度の変化、(2)海面上昇と地盤沈下を背景とする沿岸・デルタ域の複合的浸水脆弱性、(3)急速な人間活動(都市化・土地利用変化・環境破壊)によるリスク増大、という要因が重なっている点で特徴づけられる。IPCCや地域の災害・気候報告は、アジア全域で「平均降水量および強い降水の増加」を示しており、これが洪水や土砂災害の頻発化・激甚化に直接結びついていると評価している。

主要な要因(総括)

水害激甚化の主要要因は大別して「気候変動に伴う大気・海洋の変化(自然要因)」と「人為的・地域的要因(社会・開発要因)」の二つである。以下でそれぞれを詳述する。

気候変動の影響(自然要因)

降雨パターンの変化と豪雨の増加

  • IPCCの評価や地域気候報告は、温暖化の進行に伴って大気中の水蒸気量が増え、極端な短時間強雨や総量の多い降水事象が増加することを示している。東南アジアは熱帯収束帯やモンスーンの影響を受けやすく、重い降雨イベントが従来より強く・集中的に発生する傾向が確認されている。これが河川の急激な増水、短時間洪水、斜面崩壊を引き起こす主要因になっている。

台風・モンスーンの変化

  • 台風(熱帯低気圧)や季節風(モンスーン)は強度や進路の変動を示し、極端な暴風雨や大雨をもたらす頻度が上がっている。観測・モデルの評価では、台風の発生数が一概に増えるとは限らないが、強度(カテゴリーの上位側)や降水量の極値が増える傾向が示されているため、台風通過域での洪水被害が増幅されている。

海面水位の上昇

  • 地球温暖化に伴う海面水位上昇は、沿岸低地や河川河口域(デルタ地帯)における高潮リスクと常時の洪水リスクを引き上げる。海面上昇と合わせて都市部や農地の地盤沈下が進む地域では、干潮時にも浸水が生じやすくなっている。沿岸の高潮被害と河川氾濫が同時に発生する「複合災害」リスクも増大している。
人為的・地域的要因(社会・開発要因)

急速な都市化と人口集中

  • 東南アジアの多くの国では都市化が短期間で進行し、沿岸都市や河川沿いに大量の人口・インフラが集中している。非計画的な市街地拡大(スラム化)や土地の埋め立ては自然の排水能力を低下させ、浸水被害を増幅する。都市の不透水面増加により降雨が地面に浸透せず、短時間での流出が促進される。

インフラ整備の遅れや不備

  • 下水道・雨水排水・堤防・河川整備・ダム管理などの防災インフラが不十分あるいは老朽化している地域が多い。加えて維持管理体制や運営能力が追いついていないため、本来軽微ですむはずの豪雨でも被害が拡大する。世界銀行やアジア開発銀行は域内でのハイドロメット(観測・予測)強化や堤防整備などの支援プロジェクトを展開しているが、必要量には達していない。

地理的特性

  • 東南アジアは河川デルタ(メコン、チャオプラヤ、サマルなど)や低平な沿岸域が多く、台風やモンスーンの影響が直接的に被害に結びつく地形を持つ。泥砂堆積や地形変化、河道の狭窄などが治水能力を弱めている。

環境破壊(森林伐採、湿地の改変、河川改修)

  • 森林伐採や湿地の埋め立て、河川の直線化などが土壌の保水力や洪水緩和能力を低下させている。自然生態系が洪水時の「緩衝材」として機能する場面が失われている。これらの改変は短期的には土地利用の効率化をもたらすが、長期的には水害リスクの増大を招く。

防災意識・対策の格差

  • 国別、地域別、都市と農村の間で防災備えや警報システム、避難インフラの整備度に大きな差がある。教育・啓発、避難経路の確保、避難所の耐水化などに欠ける地域では同じ豪雨でも被害が甚大化しやすい。
多様な対策(総論)

水害激甚化に対応するには、単一手法では不十分であり、ハード(構造物)対策、ソフト(制度・運用・コミュニティ)対策、生態系ベースの自然解決(NbS: Nature-based Solutions)を組み合わせた「多層防御(multiple lines of defense)」が必要である。以下に主要な対応策を分野別に整理する。

構造物によるハード対策

堤防や排水インフラの整備

  • 堤防の強化・嵩上げ、都市雨水排水の拡張・分流化、河床浚渫(しゅんせつ)や河道整備による流下能力向上が重要である。ただし、堤防依存は「安心感の逆効果(開発の促進→被害拡大)」を招くことがあるため、設計は将来気候シナリオを反映して余裕を持たせる必要がある。世界銀行が支援するプロジェクトでは河岸保護や観測網の近代化を通じて数万人規模の人命を守る試みが進められている。

ダムの適切な運用

  • 洪水調節機能を持つダムは有効だが、上流ダムの貯留管理と下流域への情報伝達が不適切だと逆にリスクを生む。ダム運用は気象予測と連動させ、豪雨直前の調整(予防放流)と日常的なメンテナンス・安全対策を組み合わせるべきである。
ソフト対策(制度・情報・コミュニティ)

早期警報システムとモニタリング

  • ハイドロメテオロジーの観測網強化(自動雨量計・水位計・流量観測)とそれに基づく短時間予報・警報配信が最も費用対効果が高い対策の一つである。予報はローカル言語で迅速に配信し、携帯ネットワークやコミュニティ避難計画と直結させる必要がある。世界銀行やADBがモニタリング強化を支援するプロジェクトを進めている。

防災計画の策定と啓発

  • 避難所整備、避難経路の標示、地域住民への定期的な避難訓練、学校カリキュラムへの防災教育組み込みなどのソフト対策が重要である。コミュニティ主導のリスク評価と住民参加型の対策は、制度だけの対策よりも現場で効果を出す傾向がある。

複合的なリスク管理

  • 洪水は他のリスク(地滑り、高潮、感染症、食料・水供給中断)と連動するため、複数リスクを統合的に評価して対策を組む必要がある。保健・社会サービス・インフラ運営部門間の連携を強化することが肝要である。

企業のリスクマネジメント

  • サプライチェーンの断絶や操業停止は経済被害を拡大するため、企業自身が立地リスク評価、防水対策、BCP(事業継続計画)、保険の導入を進める必要がある。災害リスクファイナンス(保険・再保険・キャタストロフィ債等)も成長分野である。
国際協力と技術支援

ASEANによる連携

  • ASEANは域内の災害情報共有、災害リスク金融、共同対応計画などを推進しており、域内の能力格差を是正する枠組み作りに取り組んでいる。地域レベルでの災害データ共有やモニタリング協力は越境洪水や台風対応で重要である。

日本の支援

  • 日本は長年の治水・河川工学、気象観測技術、防災管理ノウハウを持ち、技術協力(JICA等)、資金支援、官民連携プロジェクトを通じて東南アジア各国の防災能力強化に貢献できる。例えば河川堤防設計、都市排水改善、ハイドロメット強化、DRR(Disaster Risk Reduction)分野での専門家派遣や研修が期待される。

官民連携

  • 公共部門のインフラ投資と民間の技術・資金を組み合わせたPPP(公民連携)が効果的だ。民間保険・再保険市場、気候リスク評価サービス企業、インフラ投資家との連携で資金面と運用面のギャップを埋めることが可能である。
適応策の強化(実務的アクション)

水資源の効率的な利用

  • 洪水対策と同時に、乾期の水不足対策としてダムや地下水管理、貯水の効率化が必要である。貯留と洪水調節を兼ねる多機能インフラの設計が望ましい。

生態系を活かした対策(自然基盤の活用)

  • マングローブの回復、湿地帯の保全・再生、河畔植生の復元は高潮緩和・波消失・流量緩和に寄与する。自然に基づく解決策(NbS)は長期的な費用対効果が高く、共同体の生計とも両立しやすい。
実施上の課題と提言
  1. 観測・予測の強化と情報共有:短時間強雨に対応するために観測網を密にし、データを地域間でリアルタイム共有する仕組みを整備する。

  2. インフラ整備の優先順位付け:人的被害を減らす観点で最優先すべき地点(人口集中域・避難経路・医療機関)に資源を集中する。

  3. コミュニティ主導の対策:住民参加型のリスク評価・避難訓練を制度化し、脆弱層(高齢者・障がい者)の保護策を明確にする。

  4. 環境保全と土地利用規制の強化:森林や湿地の保全、沿岸埋立の規制、洪水想定区域での開発制限を導入する。

  5. 資金調達とリスクファイナンス:防災インフラ・保険・災害復旧資金のメカニズムを整備し、低所得国でも持続可能な資金構造を設計する。

今後の展望

気候変動は既に現在の洪水リスクを増幅させており、今後数十年で「現在の想定」を超える極端事象が出現する可能性が高い。IPCCなどの科学的知見は、強い降水や高潮のリスクが今後も高まることを示唆しているため、東南アジア各国は短期的な応急対応と並行して中長期の適応戦略(インフラの気候レジリエンス化、土地利用の再設計、コミュニティ強化、自然ベースの解決策の拡張)を速やかに実施する必要がある。

また、域内の経済的結びつきが強いため、一国の洪水被害がサプライチェーンや地域経済に波及するリスクも無視できない。従って国際協調による観測データ共有、被災時の迅速な人道支援、資金支援・技術移転は地域全体の安定に直結する。ASEANの連携枠組みや国際金融機関(世界銀行、ADB)と先進国の支援(日本など)は、能力格差是正と実行支援の重要な手段である。

まとめ

東南アジアで水害が「激甚化」している背景には、気候変動による極端降雨・高潮の強化と、急速な都市化・土地利用の変化という二重の圧力がある。単独の技術的対策だけでなく、観測・予測能力の強化、ハードとソフトの統合、自然基盤の再生、資金と制度の整備、国際的な協力の拡充を組み合わせた多層的アプローチが必要である。今後は「被害の軽減」だけでなく「システムとしての適応力向上(レジリエンス)」を目標に据え、地域と国際社会が協調して行動することが不可欠である。


参考(抜粋)

  • 地域・国際の報道(2025年11月の豪雨・サイクロン事象報道)。

  • IPCC第6次評価報告(アジア領域の事実シートおよび地帯別章)。平均・極端降水の増加、海面上昇による沿岸リスク増大についての評価。

  • ASEANのハイドロ・災害トレンド報告(域内のハイドロメテオリスク動向)。

  • 世界銀行・ADBの地域プロジェクトとレポート(ハイドロメット強化、河川保護、都市洪水対策等)。

  • WMO・地域気候報告(2025年のアジアにおける極端気象の概況)。

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