コラム:便意があるのに出ない、便秘の新常識
便秘は単なる排便回数の低下ではなく、排便のしやすさ・苦痛・残便感などの総合評価が重要である。
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慢性便秘は世界的に非常に高頻度な症状であり、日常生活のQOL(生活の質)に深刻な影響を与える一般的健康問題である。日本では『便通異常症診療ガイドライン2023—慢性便秘症』が刊行され、従来の便秘観を刷新する新たな定義・病態分類・治療ガイドラインが示された。便秘の診療は排便回数だけではなく、排泄の「快適さ」「出しやすさ」「残便感」などを評価することが標準となりつつある。便秘治療における薬物療法も新規作用機序の薬剤が登場し、多様な選択肢の適正使用が強調されている。これらは専門医療のみならず一般診療においても反映されつつある。
2020年代中盤には、便秘を単なる頻度減少ではなく「排便困難」「残便感」など患者中心の評価が重視されるトレンドが顕著である。さらに直腸内の「出口」機能に焦点を当てた診断・治療が注目されている。
便秘とは
便秘とは一般に「本来排泄すべき糞便が大腸内に滞留し、兎糞状便・硬便、排便回数の低下、排便困難感、残便感、直腸肛門の閉塞感を認める状態」を指す。この定義は2023年の『便通異常症診療ガイドライン』で明確化された。慢性便秘症は「慢性的に続く便秘により日常生活に支障が生じる病態」と定義され、単なる頻度低下だけではなく患者への影響が重視される。
病態分類では一次性便秘症(機能性便秘、便秘型過敏性腸症候群、非狭窄性器質性便秘)、二次性便秘症(薬剤性・症候性・狭窄性器質性)などがあり、排便回数の多寡だけではなく原因別の分類が治療選択に重要となる。
症状評価
日本のガイドラインでは排便回数のみで便秘を評価せず、残便感、過度な怒責(いきみ)、排便困難感など患者報告アウトカムが重視される。これは臨床現場で「毎日出なくても問題ない場合」と「出ても苦痛が強い場合」を区別するためである。
最新の知見と対策
便秘に関する最新の医学的知見は、単に便通の頻度を増やすことに止まらず、腸運動・直腸機能・肛門括約筋・生活習慣など様々な要因を統合的に評価する時代に転換している。
回数よりも出しやすさが重要
これまで便秘の評価は「1日1回以下=便秘」といった回数基準が一般的であった。しかし最新のガイドラインや疫学データでは、排便が快適で残便感がなく、排便困難感がないことこそが重要とされるようになっている。頻度そのものは個人差が大きく、例えば毎日1回出なくても、排泄時に苦痛がなく残便感がない場合は病的な便秘とはみなさない方向へとパラダイムシフトしている。
これは患者中心の評価基準として世界的にも受け入れられつつある。
「回数」よりも「出しやすさ」が重要
実際に最新の便秘診療ガイドラインでも、排便回数のみならず、患者がどれだけ容易に快適に排泄できているかを評価することが推奨されている。残便感や強いいきみ、高い排便労力がある場合は、介入の必要性が高いとされる。
新常識: 毎日出なくてもスッキリ排便できていれば問題なし
既に述べたように、便秘の病態評価は「頻度」だけではなく「排便の質」が重要である。これにより、従来の「毎日出なければ便秘」の定義は見直されつつあり、患者一人一人の生活の質(QOL)を基準に判断することが新常識となっている。
「出口の渋滞」=直腸性便秘の増加
近年、便秘の原因として「出口の渋滞」、すなわち直腸性便秘(排便障害型便秘)が増加しているという知見が臨床で指摘されている。直腸性便秘は、結腸通過時間の正常〜遅延に加えて、直腸肛門の機能異常や感覚低下が原因となって便が肛門から出にくくなる状態である。
直腸性便秘は単に腸の運動が低下しているだけではなく、骨盤底筋の協調機能の低下や直腸感覚の鈍麻が重なることが多い。高齢者や長期便秘者ではこの「出口」機能の障害が頻度を増しており、直腸指診や直腸エコーなどを用いた機能評価が重要とされる。
出口の渋滞がある場合、単に刺激性下剤を使うだけでは改善しにくく、機能評価に基づく治療戦略が必要となる。
原因
便秘の原因は多岐にわたるが、主に以下の要因が指摘されている。
生活習慣:食物繊維不足、低水分摂取、運動不足、ストレスなど
腸管運動異常:大腸通過遅延型便秘、大腸通過正常型便秘
直腸・肛門機能障害:出口閉塞、骨盤底筋機能不全、直腸感覚低下
薬剤性便秘:オピオイド、抗コリン薬など
病態性・基礎疾患:糖尿病、自律神経障害、甲状腺機能低下など
これらが単独または複合して便秘症状を引き起こす。
新常識
便秘対策の基本は、患者中心の評価と、原因に基づいた治療戦略の選択である。最新のガイドラインでは、まず一次性便秘(機能性)と二次性便秘の鑑別、次に排便障害や通過時間の評価を行うことが推奨される。
薬選びの劇的な変化
従来、便秘治療では刺激性下剤(センナ、ピコスルファート等)が広く用いられてきたが、近年では作用機序の異なる薬剤が登場し、治療アルゴリズムが変わりつつある。
非刺激性下剤(酸化マグネシウム等)
酸化マグネシウムは浸透圧性下剤として広く使用され、日本のガイドラインでも長年推奨されてきた。マグネシウム塩は腸腔内に水分を引き込み、便を柔らかくし排便を促進する作用を持つ。臨床データでは排便頻度増加および便性状の改善が認められている。ただし過剰投与や腎機能低下患者では高マグネシウム血症のリスクがあるため注意が必要である。
浸透圧性下剤(PEG等)
ポリエチレングリコール(PEG)は欧米で最もエビデンスのある浸透圧性下剤とされ、便性状を柔らかくしながら排便頻度を増加させる作用が報告されている。PEGは高齢者や腎機能障害者にも比較的安全とされる選択肢である。
刺激性下剤(センナ等)
刺激性下剤は腸管運動を直接刺激して排便を促す薬剤であるが、長期連用による耐性や腸機能低下の懸念から、一時的・補助的な使用に限定する方向が推奨されている。
新常識の選択肢
実際の臨床では以下の薬剤選択肢が評価される。
非刺激性(酸化マグネシウム等)
比較的安全性が高く一般的な第一選択肢となる
便性状改善と排便頻度の向上が期待される
ただし腎機能低下時は注意が必要
浸透圧性下剤(PEG等)
便を柔らかくしながら自然排便を促進
長期使用に向くとされる
欧米では最も評価が高い
刺激性下剤(センナ等)
排便促進効果が強い
連用による副作用リスクを考慮し、短期間・補助的に使用
すぐに実践できる「新・排便習慣」
薬物療法に加え、日常生活での工夫が重要である。以下はすぐに実践可能な方法である。
ロダンのポーズ(前かがみ)
前かがみ姿勢(いわゆる “ロダンのポーズ”) は直腸と肛門の角度を整え、排便を容易にする。足台に足を乗せて前かがみになることで直腸の角度が変わり、スムーズな排便に寄与する。
朝の「腸活」マッサージ
朝起床時に腹部を時計回りにやさしくマッサージすることで腸蠕動運動を促進する。特に右下→上→左下の順に数分間行うと効果的とされる。
水分の摂り方
十分な水分摂取は便を柔らかく保つ基本であり、1日1.5〜2L程度(個人差あり)の水分を分散して摂取することが排便改善に寄与する。
今後の展望
便秘研究は今後さらに進展し、腸内細菌叢(マイクロバイオーム)や腸−脳相関、センサー技術を用いた機能評価、および個別化治療が進むと考えられる。直腸エコーやセンサー評価などが標準化され、個々の病態に応じた治療戦略がより精密化されることが期待される。
まとめ
便秘は単なる排便回数の低下ではなく、排便のしやすさ・苦痛・残便感などの総合評価が重要である。最新のガイドラインでは、病態分類に基づいた評価・治療が推奨され、薬剤選択も浸透圧性下剤や非刺激性薬剤の有用性が重視されている。また、生活習慣・姿勢・水分・マッサージなどの日常的な工夫も治療戦略の中心となる。最終的には患者中心の評価と個別化治療が今後の標準となることが期待される。
参考・引用リスト
『便通異常症診療ガイドライン2023 ― 慢性便秘症』 日本消化管学会 2023年刊行。
便秘病態分類と診断法に関するレビュー(『医学のあゆみ』2024)
慢性便秘症と診断・治療(日本医事新報/春日井邦夫)
Dietary management and magnesium supplementation in chronic constipation(Cambridge & MDPI)
Chronic constipation treatment practices and laxative pharmacotherapy (AAFP, MSD Manual, ScienceDirect)
同友会メディカルニュース「便秘・慢性便秘症について」
追記:便秘になりやすい食べ物
便秘は生活習慣病的側面を持ち、その中でも食事内容は最も影響が大きい因子の一つである。ここでは「絶対に食べてはいけない食品」ではなく、便秘になりやすい条件を満たしやすい食品群として整理する。
低食物繊維・高精製食品
精製度の高い食品は腸管内容量を増やさず、蠕動刺激が弱くなる。
白米のみの食事
白いパン、菓子パン
精製パスタ、うどん中心の食事
加工食品、インスタント食品
これらは不溶性・水溶性ともに食物繊維が乏しいため、便量が増えにくく、直腸への刺激が不足する。
高脂肪・高タンパクに偏った食事
極端な糖質制限や高タンパク食では、以下の問題が生じやすい。
腸内細菌の多様性低下
便の嵩(かさ)が減少
胆汁酸代謝の変化による腸運動低下
特に以下の食品を野菜・水分不足の状態で摂取すると便秘リスクが高まる。
赤身肉中心の食事
チーズ・バターなど乳脂肪
卵・プロテインのみの食事
水分を奪いやすい食品・嗜好品
アルコール
カフェイン過多(コーヒー・エナジードリンク)
塩分過多の食品
これらは利尿作用や脱水傾向を助長し、便中水分量を低下させることで硬便化を招く。
「健康そうで便秘を悪化させる」食品の誤解
一部の食品は健康イメージが強いが、摂り方によっては便秘を悪化させる。
不溶性食物繊維のみを大量摂取(生野菜、きのこ、玄米過多)
ヨーグルトのみで食物繊維不足
バナナ未熟果の過剰摂取
特に直腸性便秘では、不溶性繊維の過剰摂取はかえって排便困難を悪化させることがある。
便秘解消のポイント・習慣
便秘対策は単一の方法ではなく、排便生理に沿った複合的アプローチが重要である。
① 排便反射を逃さない習慣化
排便は「直腸反射」によって起こる。特に以下の時間帯が重要である。
起床後30〜60分以内
朝食後
朝食摂取により胃結腸反射が起こり、大腸運動が促進される。このタイミングでトイレに座る習慣を作ることが重要である。
② 我慢しないことが最大の予防
便意を慢性的に我慢すると、直腸感覚が鈍化し、直腸性便秘の原因となる。これは若年層から中高年まで幅広く見られる。
仕事・学校でのトイレ我慢
外出先での排便回避
排便環境への心理的抵抗
これらは長期的に「出口の渋滞」を固定化させる。
③ 水分摂取は「量」より「タイミング」
水分摂取は以下のタイミングが特に有効である。
起床直後:コップ1杯の水
朝食前後
就寝前少量
一度に大量摂取するより、腸が動くタイミングに合わせて分割摂取することが排便促進に寄与する。
④ 食物繊維は「バランス」が鍵
理想的な構成は以下の通りである。
不溶性食物繊維:便の嵩を増やす
水溶性食物繊維:便を柔らかくする
水溶性繊維(海藻、オートミール、果物、イヌリンなど)を意識的に増やすことで、直腸通過が改善しやすい。
⑤ 運動は「腸を揺らす」意識
激しい運動は不要であり、以下が有効とされる。
ウォーキング
軽い体幹運動
腹圧をかけるストレッチ
腸は物理的刺激にも反応するため、毎日の軽い運動習慣が便秘予防となる。
女性が便秘になりやすい理由
疫学的に、女性は男性より便秘有病率が高いことが一貫して報告されている。その背景には生理学的・社会的要因が複合的に存在する。
ホルモンの影響
女性ホルモン(特にプロゲステロン)は腸管平滑筋の動きを抑制する作用を持つ。
黄体期〜月経前:腸蠕動低下
妊娠中:腸管運動抑制+子宮圧迫
更年期:自律神経バランスの変化
これにより、周期的・慢性的便秘が生じやすい。
筋力・腹圧の問題
女性は男性に比べて以下の特徴がある。
腹筋力が弱い
骨盤底筋の協調低下
出産後の骨盤底機能低下
これらは排便時の腹圧不足や、直腸肛門協調運動障害につながる。
心理・社会的要因
トイレ環境への抵抗感
外出先で排便しにくい
ダイエットによる食事制限
これらは便意抑制を助長し、慢性便秘を固定化させる。
女性のための便秘対策の新常識
女性の便秘対策では、以下の視点が特に重要である。
「我慢しない」環境づくり
自宅での排便リズム固定
トイレ環境の快適化
排便は生理現象であるという認識転換
ホルモン変動を前提とした対策
月経前は便秘が起こりやすいことを理解
その時期は水溶性繊維・水分を意識的に増やす
必要に応じて非刺激性下剤を早めに使用
骨盤底と姿勢への意識
ロダンのポーズ
腹式呼吸
骨盤底筋を緩める意識
これらは直腸性便秘の予防・改善に重要である。
追記まとめ
便秘は単なる腸の問題ではなく、食事・生活習慣・姿勢・ホルモン・心理が複雑に絡み合った全身的問題である。
特に現代では「回数」ではなく「出しやすさ」を軸に、出口(直腸)まで含めた排便生理を理解することが新常識となっている。
食事内容の見直し、排便習慣の再構築、そして性差を踏まえた対策こそが、慢性便秘から抜け出す最も現実的で再現性の高いアプローチである。
