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コラム:NY次期市長、ゾーラン・マムダニとは

ゾーラン・マムダニの当選は、経済的な実生活の課題(家賃、保育、交通)に対する市民の直接的なニーズが政治の動力になり得ることを示している。
米ニューヨーク市、ゾーラン・マムダニ氏(AP通信)
1. 2025年11月4日の市長選(概況と結果)

2025年11月4日のニューヨーク市長選は、進歩的な若手候補である民主党のゾーラン・マムダニが制した。マムダニは民主党予備選(6月)で元知事アンドリュー・クオモを破って事前の予想を覆し、一般選挙では共和党候補や無所属のベテラン勢を抑えて当選を確定させた。主要メディアは即時に当選を報じ、投票率は近年の市長選として高水準で、支持基盤の広がりが勝因として挙げられている。

選挙の結果は単に個人の勝利にとどまらず、ニューヨーク市の政治的地図を塗り替える出来事だと見なされている。彼の得票は都市部の若年層、ラテント(潜在)ボーター、そして移民コミュニティで強く、経済的な生活費負担(とくに家賃)への不満が政策選好を動かした。主要な調査機関の世論調査でも選挙前に優位が示されており、資金の小口化、ボランティア動員、強力なソーシャルメディア戦略が勝利を下支えしたと分析されている。

2. ゾーラン・マムダニとは(総括的プロフィール)

ゾーラン・クウェイム・マムダニ(Zohran Kwame Mamdani)は1991年生まれの若手政治家で、ウガンダ・カンパラ生まれで幼少期に家族とともにアフリカ、南アフリカを経てニューヨークに移住した経歴を持つ。州議会(ニューヨーク州議会下院=アセンブリー)でクイーンズの第36選挙区を代表しており、2019年に出馬、2020年の予備選で5期在任の現職アラヴェラ・シモタスを破り当選、以降再選を重ねている。政治的には民主党に所属するが、自らを「民主社会主義者」(democratic socialist)と明言し、米国の進歩的左派に位置する。彼の公的プロフィールやキャンペーン資料、州議会の公式ページに経歴がまとめられている。

父親は学者、母親は映画監督という知的・文化的バックグラウンドの下で育ち、公教育を受けた後にボードウィン・カレッジ(Bowdoin College)でアフリカ研究を専攻している。若年からコミュニティ組織や住宅支援の活動に関わり、差し迫った生活課題に対する実践的な取り組みを政治の基盤としていることが彼の特徴だ。

3. 生い立ち

マムダニはカンパラ(ウガンダ)で生まれ、幼少期に家族とともに南アフリカへ移り、その後およそ7歳のときにニューヨークに移住している。ニューヨーク市の公立学校、名門のブロンクス・ハイ・スクール・オブ・サイエンス(Bronx High School of Science)を経てボードウィン・カレッジ(Bowdoin College)で学んだ経歴を持つ。家庭の学術的・文化的背景(父は学者、母は映画製作者)により、早期から多文化的視点と社会問題への関心が育まれたことが本人の発言やメディアでの紹介から読み取れる。移民としてのルーツは選挙運動における重要なテーマで、移民コミュニティの支持を広げる要因になっている。

4. 経歴(政治以前・政治での歩み)

政治キャリア以前、マムダニは住宅差し押さえ防止(foreclosure prevention)や地域組織活動に関わっていた。組織者としての経験を経て2019年に州議会選挙へ立候補、2020年の予備選で現職を破るという「急進的インサージェンシー(体制外からの急浮上)」を果たした。州議会では運賃無料バスのパイロット導入に関与し、タクシー運転手らと連帯してハンガーストライキに参加するなど実務志向の活動を展開した。州議会での法案提出や委員会活動を通じて都市政策・住宅政策・交通政策に関する経験を蓄積している。

5. 2020年のニューヨーク州議会議員選挙

マムダニは2020年の民主党予備選に出馬し、当時の現職アラヴェラ・シモタスを破って勝利した。以降、2022年、2024年も再選している。正確な選挙記録は州の選挙管理当局や主要報道で確認できる。

6. 政策(主要公約と提案)

マムダニの政策は「生活費の負担軽減」と「公的サービスの拡充」を中心に据えている。主な公約は次の通りである。

  • 家賃の凍結(rent freeze)や賃料抑制策の強化。特に家賃統制・賃貸市場規制を通じて高騰する家賃に歯止めをかけることを強調している。

  • 市営バスの無料化(fare-free buses)の恒久化・拡大。既に州レベルや市レベルで行われたパイロットを拡大して「バスは無料で素早く」を掲げている。

  • 幼児保育(チャイルドケア)の無償化・普及。保育サービスを公共の優先課題として位置づけ、労働参加と子育て負担の軽減を目指す。

  • 富裕層(年収100万ドル以上)や大企業への増税で財源を確保するプラン。超富裕層や法人課税を強化して公共サービスの拡充に充てるという分配的政策を主張している。

  • 警察改革とコミュニティベースの安全対策。NYPDの役割を見直し、予算の一部を地域の社会サービスに振り向けることを基本線にしている。

これらの公約の実現可能性については、財源の確保、州および連邦政府との協調、市議会との関係構築、司法審査リスクなどの課題が横たわる。後節で詳述する。

7. 政治的な姿勢(イデオロギーと実務)

マムダニは自らを「民主社会主義者」と表明しているが、これはヨーロッパ流の社会民主主義や米国のグラスルーツ左派を意識した表現で、公共サービス拡充と資本の規制を通じた経済的再配分を重視する立場を示している。日常的には、実務的なソリューション(バス無料化のパイロット、保育の拡大など)を掲げて有権者に直接的利益を訴求するやり方をとるため、純粋なイデオロギー論に終始しないポピュリズムとも区別される。

市政運営にあたっては、急進的なレトリックと同時に行政経験の獲得を重視する姿勢が見られ、選挙後の交渉や移行期に経験者を登用するなど現実主義的な側面も示している。実際、選挙勝利後の移行チームには過去の市政や財政に関する経験者を加え、実務的な運営体制を整備しようとしている。

8. 民主社会主義者の意味と評価

「民主社会主義者(democratic socialist)」の自称は、マムダニが属する政治潮流(DSA=Democratic Socialists of Americaや、Working Families Partyと近しい左派グループ)との関係を示すと同時に、経済的不平等に対する明確な立場表明である。アメリカの政治文脈では「社会主義」という語が持つネガティブなイメージを敵対勢力に突かれるリスクがあるが、マムダニは公共サービスの拡充や課税強化を「投資」として説明して支持を拡大してきた。支持者はこれを「政治的正直さ」と捉え、反対派は「極端な経済政策」と批判するという構図になっている。

9. 支持を拡大した背景(社会的・戦術的要因)

マムダニが支持を拡大した背景には複数の要因がある。第一に、ニューヨーク市民の生活負担、とくに家賃と保育費、交通料金の高騰に対する不満が高かったことがある。第二に、彼のキャンペーンは小口の個人献金と草の根動員に依拠しており、巨大資金に依存した相手候補(クオモなど)に比べて「市民が作る運動」としての信頼を得た。第三に、若年層と移民・有色人種コミュニティへのリーチが強かったこと、労働組合などの進歩的組織からの支持が組織動員を後押ししたことがある。世論調査では、主要候補を大きく上回る支持率を示した時期があり、これは選挙戦の決定打となった。

また、対立候補による攻撃(イスラム教徒への攻撃的な描写や写真の改ざん問題など)が一部で報じられたが、そうしたネガティブキャンペーンは逆に同情票や反発を生み、結果的にマムダニの支持拡大に寄与したとの分析もある。

10. 具体政策の詳細

(a)高騰する家賃の引き上げ凍結
マムダニは当面の緊急措置として特定の賃貸物件に対する家賃引き上げ凍結(rent freeze)を提唱している。政策設計としては、既存の家賃規制制度(rent-stabilized units)を拡充し、賃上げを制限する措置を含むが、所有者補償、改修投資、司法的な抵抗といった課題がある。州法や連邦法との整合性、住宅供給への長期影響(投資減退のリスク)をどう緩和するかが重要となる。

(b)年収100万ドル以上の富裕層への市営バスや保育の無料化の適用
マムダニは財源として超富裕層や大企業への課税強化を掲げ、その財源でバス無料化や保育の大幅な無償化を実施するというビジョンを提示している。政策の対象設定(誰が無料の恩恵を受けるのか)や逆進性の有無、実際の歳入見積もりが重要で、たとえば年収100万ドル以上に特別課税を設定する案は政治的にも法的にも議論を呼ぶ。財源見通しには州の税制、連邦税制、課税逃れ・移転リスクの試算が必要だ。

11. トランプ大統領との関係(対立と反応)

当選に際して、ドナルド・トランプ大統領や保守系の勢力はマムダニを「極左」や「共産主義者」と批判して激しく反発した。トランプや一部の上院議員・保守メディアは、マムダニの政策が連邦政府からの支援の妨げになる可能性や、治安や経済に悪影響を及ぼすと主張した。これに対してマムダニは地方自治と市民サービスを守る立場から反論し、党派を超えた連携の必要性を説いている。保守派からの攻撃は選挙戦では一定のダメージを与えたが、同時に左派有権者の結束を高める側面もあった。

12. 国際社会の反応

マムダニは移民ルーツと多文化的背景を持つことから、国際的にも注目を浴びた。ウガンダなど彼の出身地や南アフリカで彼の勝利を喜ぶ声が上がったと報じられている。また、中東や南アジアのメディアは、米国の都市政治においてムスリムや南アジア系が市長選で勝利した歴史性に注目した。国際的には、ニューヨーク市の新たなリーダーが都市外交(姉妹都市、経済関係、移民政策)でどのような姿勢を見せるかが関心を集めている。

一方で、外交政策に直接影響を及ぼす立場ではない市長職であるため、国際的懸念は主に象徴的・経済的側面に集中する。特に、都市の多様性を盾に国際企業や文化機関がどのように反応するか、金融市場や不動産市場がどう受け止めるかは注視される。

13. 支持拡大のための戦術的要因(データと組織)

支持拡大の背景として、以下の点が データやメディアで指摘されている。

  • 小口寄付とマッチング制度を活用した資金調達の成功。多数の小口寄付者がソーシャルメディア上での拡散を生み出した。

  • 労働組合や進歩系政党(Working Families Partyなど)による組織票の動員。Working Families Partyのランキングや支援は選挙運動での重要なリソースになった。

  • 世論調査での優位。クイニピアック大学(Quinnipiac)やその他の調査で支持率が高く安定していたことが選挙戦後半の勢いにつながった。

これらは定量的データ(寄付件数、投票率、世論調査)と定性的要因(メディアの扱い、反攻撃キャンペーンへの反発)双方が混じる複合的要因である。

14. 国政・州政との関係(連携と対立の可能性)

ニューヨーク市長は州政府や連邦政府と密接に関係を持たねばならないため、マムダニの政策は州知事や連邦当局との交渉が不可欠だ。たとえば大規模な家賃政策や課税の変更は州法の制約を受ける可能性があり、州議会や連邦裁判所の介入リスクがある。選挙後、マムダニは州政界や連邦代表者と協調する姿勢を示しつつも、都市の利益を優先する強い立場を維持しようとしている。

15. 課題(実現可能性とリスク)

マムダニ政権が直面する主な課題を列挙する。

  1. 財源確保の現実性:富裕層課税や法人課税強化で試算上の歳入は一定見込めるが、課税回避、資本流出、法的挑戦のリスクがある。長期的な持続可能性を示す必要がある。

  2. 州・連邦との権限競合:家賃規制や土地利用、税制は州法や連邦法の影響を受けるため、州政府との関係構築が鍵となる。

  3. 行政経験と官僚統制:若年で革新的だが市役所という巨大組織の運営は難題であり、経験豊富なスタッフと現場との橋渡しが必須だ。移行期での人事や予算管理が初期の試金石となる。

  4. 社会的分断と治安の懸念:警察改革と公共安全は敏感な分野であり、中道層や治安懸念を持つ有権者への説得が課題だ。

  5. メディア・政治的攻撃:イスラム教徒であることや「社会主義」表明に起因する偏見的攻撃・偽情報が続く可能性がある。これにより支持基盤が揺らぐリスクがある。

16. 国際・経済的影響(投資・企業の反応)

ニューヨーク市は国際金融・文化の中心地であり、市長の政策は世界の投資家や企業の注視を浴びる。マムダニの税・規制強化のメッセージは短期的には不安を招く可能性があるが、長期的には住民の購買力向上や公共サービスの安定が消費・労働参加を支え、結果的に経済の基礎を強化するという見方もある。投資家や企業の反応はセクター(金融、不動産、テクノロジー等)で分かれるため、政権は透明で信頼できる経済プランを提示する必要がある。

17. 国際社会(外交関係)における注目点

都市外交(都市間協力、気候イニシアチブ、経済協定、文化交流)は市長にとって重要だ。マムダニは移民と多様性を強調しており、これを軸に国際的なソフトパワーを活用する可能性がある。一方で、連邦政府との関係が緊張すると、連邦資金の配分や政策協調に摩擦が生じることがあり得る。国際的な反応は象徴的な祝意から、経済的な懸念表明まで幅がある。

18. 今後の展望(短期・中長期)

短期的には、移行チームの構築、人事、予算編成、新政権の初期施策(パイロットの拡大、緊急家賃支援など)によって評価が始まる。マムダニは移行に際して経験者を登用し現実的な運営を志向しているため、初期の政策実行力が試される。

中長期的には、以下が鍵となる。

  • 家賃抑制や保育・交通無料化が実際に市民の生活改善につながるか、経済に悪影響をもたらさないか。

  • 州や連邦、司法とどう折り合いをつけながら制度改革を進めるか。

  • 市の財政持続性とサービス品質の両立を実現できるか。

成功すれば、マムダニの当選は米国の都市政治における進歩的政策の実現可能性を示す重要な前例となる。失敗すれば、進歩派に対する反動や次期選挙での失速につながるリスクがある。どの道、ニューヨーク市は全米の政治潮流に対する試金石となる存在であり、その動向は国内外で注視される。

19. まとめ

ゾーラン・マムダニの当選は、経済的な実生活の課題(家賃、保育、交通)に対する市民の直接的なニーズが政治の動力になり得ることを示している。彼は自らを「民主社会主義者」と位置づけつつ、実務的な公約を掲げて支持を広げた。今後は選挙で掲げた急進的な公約を、制度的制約と財源の現実の中でどう実行に移すかが最大の課題になる。市長としての手腕は移行期の人事と初期政策で大きく問われるだろう。国際的には象徴的に注目され、経済・投資面では短期的な不安と中長期的な期待が交錯するだろう。


参考主要出典(本文で引用した代表的ソース)

  • The Guardian: “Zohran Mamdani elected mayor of New York on winning night for Democrats.”

  • Politico: “Mamdani names his transition team.”

  • Time: マムダニの当選概況記事(解説)。

  • New York State Assembly(公式プロフィール)。

  • Quinnipiac poll(市長選情勢調査)。

  • AP / PBS / Al Jazeera 等の報道(国際的反応や選挙報道)。

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