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コラム:パスキーとは、セキュリティ向上に貢献、注意点も

パスキーはFIDO標準に基づく公開鍵暗号を利用した認証方式であり、フィッシング耐性、サーバー側の機密情報漏洩リスクの排除、ユーザビリティの向上といった大きな利点を持つ。
パスキーのイメージ(Getty Images)

日本の認証技術の状況は世界的なパスワード依存からの脱却の潮流に追随しており、パスキー(passkey)への関心と導入が着実に進展している。企業や大手サービス事業者、パスワード管理製品ベンダー、ブラウザ/OSベンダーの対応が加速しており、スマートフォンを中心にパスキーの利用が現実的な選択肢になりつつある。国際標準であるFIDO Alliance(Fast IDentity Online)に基づく仕様の実装が主要プラットフォーム(Apple、Google、Microsoftなど)で進んでおり、これによりパスキーの相互運用性と利便性が向上している。世界的な調査や業界レポートでもパスキー認知度や採用が増加していると報告されている。特にFIDO Allianceによる普及キャンペーンや「World Passkey Day」などのイベントにより、消費者認知度が上がっている。ユーザー側では「パスワード疲れ(password fatigue)」が依然問題であり、サービス提供側はより安全でユーザーフレンドリーな認証方式を模索している。

日本国内では、金融や大手インターネットサービスで段階的に対応が進んでいるものの、まだすべてのサービスが対応済みという段階ではない。国内固有のサービスや業務システム、古い認証基盤を使用している企業では移行負担が残るため、段階的な共存期間が続いている。特に官公庁や医療、産業用システムなどでは要件や規制対応の検討が必要で、導入に時間を要する分野がある。ユーザー教育や端末環境の整備、デバイス紛失時の運用設計など運用面の整備も引き続き必要である。

パスキーとは

パスキーは従来の「文字列としてのパスワード」に代わる認証方式であり、公開鍵暗号方式に基づく「公開鍵(サービス側に保存)/秘密鍵(ユーザーの端末に保持)」の鍵ペアを用いる認証クレデンシャルである。パスキーという呼称は、FIDO Allianceが推奨する用語であり、技術的にはFIDO2/WebAuthn(Web Authentication)仕様に沿った認証情報(FIDOクレデンシャル)を指す。パスキーはユーザーの端末上で生成・管理され、ログイン時には端末側で署名処理が行われ、サービス側は公開鍵で検証する仕組みである。これによりパスワードのようにサーバー側で秘密情報を集中管理しないため、サーバー側でのパスワード漏洩リスクが根本的に排除される。

主な特徴(箇条的要約)

・パスワード不要:ユーザーは文字列パスワードを入力・記憶する必要がない。
・公開鍵暗号:秘密鍵は端末に残り、サーバーには公開鍵のみが保存される。
・フィッシング耐性:ドメイン(オリジン)バインドされるため、偽サイトでは有効な署名が得られない。
・多様な認証要素: PIN、生体認証(指紋・顔認証)、端末所有の組合せでユーザー確認を行える。
・同期可能:エコシステム(iCloud Keychain、Googleの同期機能、またはパスワードマネージャーの同期)によって複数端末間で利用可能にできる。
・標準ベース:FIDO Alliance の仕様(FIDO2 / WebAuthn)に準拠している。

パスワード不要であることの意味

「パスワード不要」は、ユーザーが複雑な文字列を作成・記憶・管理する負担がなくなることを意味する。結果としてパスワード再利用、簡易パスワード、辞書攻撃に起因する突破のリスクが軽減される。運用面ではパスワードリセットやサポートコールの削減、アカウント復旧プロセスの簡素化(ただし復旧の設計は別途重要)などの利点がある。ただし「完全に人手が不要」になるわけではなく、初回登録時やデバイス追加、紛失時の復旧設計とユーザー教育は不可欠である。

高いセキュリティ(技術的根拠)

パスキーが高いセキュリティ性を持つ理由は主に以下の点にある。

  1. 秘密鍵は端末から出ない:秘密鍵は端末の安全な領域(Secure Enclave、TPM、Trusted Execution Environment等)や外部セキュリティキーに保存され、サーバー側に秘密情報を保管しないためサーバー側のデータベース漏洩による影響が極めて小さい。

  2. オリジン(ドメイン)バインド:署名は特定のオリジンに対して行われるため、攻撃者が偽サイトを用いて認証情報を盗もうとしても署名は偽サイトのオリジンに対して行われない(もしくは検証に失敗する)。このためフィッシングやリプレイ攻撃に強い。

  3. 暗号強度:現代の公開鍵暗号と挑戦応答(challenge-response)プロトコルを利用するため、総当たりや中間者(MITM)攻撃に対する耐性が高い。
    これらはFIDO仕様とそれを実装する主要プラットフォームの設計思想に由来する。

利便性(ユーザー体験)

パスキーはユーザーにとって「早く」「直感的に」ログインできる利点がある。スマートフォンの生体認証(指紋・顔)や端末ロック解除の操作を用いれば、ワンタップ程度でログインが完了する設計が多い。パスワード欄に長い文字列を入力する必要がなく、誤入力やタイピングミスが減るためログイン成功率が向上し、カート放棄やログイン失敗に伴う離脱を抑えられる。業務利用でもSSO(シングルサインオン)と組み合わせることで利便性が高まる。業界レポートではパスキー導入によりログイン成功率が上昇した例が報告されている。

国際標準規格「FIDO」ベースであること

パスキーはFIDO Allianceの仕様(FIDO2、WebAuthn)に基づくものであり、標準化されたプロトコルで相互運用を目指している。これによりブラウザやOS、ハードウェアセキュリティモジュール間での互換性が保障されやすく、ベンダーロックインを避けることができる。またFIDO Allianceは認証機器や実装の認証(Certification)や研究を公開しており、産業界と連携したエコシステム形成が進んでいる。標準ベースであることは長期的な信頼性と相互運用性を担保する上で大きな利点である。

仕組み(やや技術寄りの説明)
  1. 登録(作成)フェーズ:ユーザーがサービスで「パスキーを作成」すると、端末側で公開鍵と秘密鍵のペアが生成される。秘密鍵は端末内の安全な領域に保持され、公開鍵と関連情報(credential ID、ユーザー名等)はサービス側に送信され、保存される。
  2. 認証フェーズ:ログイン要求があるとサービス側はチャレンジ(ランダム値)を生成して端末に送る。端末はチャレンジに対して秘密鍵で署名し、その署名と公開鍵IDを返す。サービス側は保存している公開鍵で署名を検証し、正当なユーザーであることを確認する。
  3. ユーザー確認(User Verification):端末上でPINや生体認証を使って本人確認を行い、秘密鍵の使用を許可する。これにより端末を盗まれた場合でも生体認証やPINがなければ簡単に使えない設計になる。
  4. 同期とデバイス間のやり取り:パスキーは端末にバインドする方式(device-bound)とクラウド経由で暗号化同期される方式(syncable)がある。各プラットフォームは独自の同期バックエンド(例:AppleのiCloud Keychain、Googleのアカウント同期、サードパーティのパスワードマネージャー)を提供しており、利用者は自分のエコシステムに合わせた運用が可能である。
パスキーのメリット(詳細)
  1. フィッシング詐欺に強い:偽サイトがあっても正しいオリジンでないと有効な署名が得られないため、ユーザーが誤って偽サイトに情報を入力しても再利用できない。これがパスキー最大の強みである。

  2. パスワード漏洩リスクの排除:サービス側にパスワードのような再利用可能な秘密情報を保管しないため、サーバー側での漏洩リスクが大幅に減少する。これにより大規模な認証情報漏洩事件の影響を抑えられる。

  3. 複雑なパスワードの記憶が不要:ユーザーの利便性向上につながり、サポート負担(パスワードリセットなど)を軽減する。

  4. 高い利便性と高速なログイン:操作は短く、UXが向上するためビジネス上の離脱率低減や業務効率化が見込める。レポートではログイン成功率の上昇や導入後のユーザー満足度向上が報告されている。

パスキーのデメリット(現実的課題)
  1. デバイス紛失・破損時のリスク:秘密鍵が紛失した場合、端末単体での回復はできない(秘密鍵は端末上にしかないため)。クラウド同期を有効にしていない場合、復旧は難しくなる。復旧には別デバイスの同期、サポートの復旧フロー、あるいはリカバリーコードや別の認証手段が必要になる。サービス事業者側は安全なアカウント復旧プロセス(多段階認証や本人確認書類確認、既知デバイスからの承認等)を設計する必要がある。

  2. 複数デバイス間での扱いの違い:AppleのiCloud Keychain、Googleの同期、またはサードパーティのパスワードマネージャー間で同期の方法やユーザー操作が異なるため、異なるエコシステムを横断して使う際に煩雑さが残る。エコシステム間の移行やマルチOS環境での一貫した運用はまだ整備途中である。

  3. まだ非対応のサービスが存在する:多くの主要サービスは対応を進めているが、特に古い業務システムや一部の中小サービスでは未対応のケースが残るため、完全移行には時間がかかる。導入コストや既存認証基盤の改修が必要なことが採用の障壁になる。

  4. 共有の難しさ(家族アカウントなど):家族共用アカウントや共有端末、業務で共有するIDの扱いは従来のパスワード共有と比べて設計が難しい。共有が必要なケースでは専用のIAM(Identity & Access Management)ポリシーや組織向けの資格情報管理が必要になる。

  5. 万能ではない:パスキーはフィッシングやパスワード漏洩の多くを防ぐが、端末感染(端末が完全に掌握されるマルウェア)、サプライチェーン攻撃、実装ミス、社会工学的手法(電話やサポートを悪用する手法)などには別途対策が必要であり、総合的なセキュリティ対策の一部として利用する必要がある。

デバイスの紛失・破損時のリスクと復旧手順(実務的アドバイス)

1)事前対策(推奨)
・同期を有効にするか、信頼できるバックアップ手段(エコシステム同期やパスワードマネージャーの安全なバックアップ)を設定しておく。
・重要サービスのために代替認証手段(別のデバイス、セキュリティキー、アカウント回復用連絡先)を用意しておく。
・リカバリーコード(サービス側が提供する場合)を安全に保管しておく。
2)紛失・破損発生時の一般的な復旧手順
・別デバイスで同期済みの端末やクラウド同期を経由してパスキーを復元する。同期がない場合は、サービス側のアカウント復旧フロー(身分証明や多要素の確認)を通じて再認証し、新しいパスキーを登録する必要がある。
・可能であれば速やかに紛失端末のアクセス権を取り消す(デバイス紛失通知・セッション解除)。
・組織で使っている場合はID管理者に連絡し、アカウントの一時停止や再発行を行う。
なお、復旧フローはサービス事業者によって差があるため、利用するサービスの復旧手順を事前に把握しておくことが重要である。業界記事やベンダーFAQでも紛失時の扱いが解説されている。

複数デバイス間での扱いの違い(プラットフォーム差)

プラットフォームごとにパスキーの同期と管理方法は異なる。AppleはiCloud Keychainを通じたエンドツーエンド暗号化同期を提供し、Appleデバイス間でパスキーを簡単に共有できる。GoogleはGoogleアカウントの同期を通じてAndroidやChromeでパスキーを共有する機能を提供する。サードパーティのパスワードマネージャー(1Password、Dashlane、Bitwarden等)もパスキー同期に対応しつつあり、クロスプラットフォームでの利便性を高めている。しかし、エコシステム間の同期には制限や操作性の違いがあるため、複数OSを横断するユーザーは同期方式とリスクを理解して運用する必要がある。

まだ非対応のサービスが存在する点(移行の現実)

パスキーは急速に普及しているが、全サービスが対応済みではない。特にオンプレミスの古い認証基盤、産業系や特定業界の特殊要件を持つシステムは対応が遅れがちである。サービス提供者は既存顧客への影響、移行コスト、互換性テスト、法規制(本人確認やログ管理に関する規制)などを検討しながら段階的に対応する必要がある。ユーザー側は主要サービスでの対応状況を確認し、重要なアカウントは移行手順と復旧手順を事前に確認しておくべきである。

共有の難しさ(家族アカウントなど)

家族で同一アカウントを共有するシナリオや、共同作業用のサービスで1つのログインを複数人で使う必要がある場合、パスキーは従来の「ID/パスワード共有」モデルと互換性が低い。これを解決するには以下のようなアプローチがある。
・家族共有機能を提供するサービスを利用する(家族メンバーを管理者が招待する方式)。
・組織向けソリューション(IDプロバイダ、IAM)を導入し、個別のパスキーを付与して権限ベースでリソースにアクセスさせる。
・共有する必要がある場合はセキュリティキーを共有せず、代わりにSAMLやOIDCなどのシングルサインオン技術と組み合わせる。
いずれにせよ、単純なパスワード共有の代替には運用設計が必要である。

インターネットのセキュリティを大幅に向上させる技術だが万能ではない

パスキーはフィッシング耐性やサーバー側の漏洩リスク排除という点で画期的な改善をもたらす一方、万能の解決策ではない。端末自体のセキュリティ(マルウェア対策、OS更新、アプリ供給元の信頼性)、社会工学への対処、サプライチェーン管理、ログ監視やインシデント対応能力の整備など、包括的なセキュリティ対策の一部として導入すべき技術である。また、実装ミスや仕様の誤用、旧仕様との互換性問題など運用的なミスが発生すると脆弱性となる可能性があるため、ベンダーとサービス事業者はFIDO認証とベストプラクティスに従って実装・監査・更新を行う必要がある。

今後の展望(短中期〜長期)

短中期(1〜3年):主要プラットフォームと大手サービスはデフォルトでパスキーをサポートする方向が強まり、ユーザー認知と採用が急速に進む。企業のID基盤は段階的にパスキー対応を進め、パスワードを補完あるいは置換するケースが増える。教育や標準化ドキュメント、ベストプラクティスが普及し、復旧フローやエコシステム間の相互運用が改善される。

中長期(3〜10年):FIDOベースの認証が広く浸透し、パスワードに依存した攻撃(資格情報詐取やリプレイ)が大幅に減少する見込みである。官民での標準運用、法規制の整備、金融や行政手続きでの採用が進み、IoTや産業機器などの認証モデルにも波及する可能性がある。ただし、完全な置換は段階的であり、古いシステムの更新や相互運用性の完成度が鍵になる。

専門家データの引用・参考(要点抜粋)

・FIDO AllianceはパスキーをFIDO仕様に基づくパスワードレス認証として位置づけ、普及活動と仕様更新を継続している。技術ドキュメントと実装ガイドが公開されている。
・業界レポート(Dashlane 等)は2024年〜2025年にかけてパスキー採用の急増を報告しており、特に主要アプリやeコマースでの導入が目立つ。ユーザー側のログイン成功率向上や導入効果の報告がある。
・セキュリティベンダー(Kaspersky、Thales等)は、パスキーがフィッシング耐性を高める一方で端末保護や復旧設計が重要であると指摘している。研究や実運用の知見に基づいたガイダンスが公開されている。
・実務的FAQやベンダー資料(Corbado 等)は、デバイス紛失時の扱いやクラウド同期の注意点を明示しており、事前のバックアップと復旧ポリシーの策定が必須であるとしている。

まとめ

パスキーはFIDO標準に基づく公開鍵暗号を利用した認証方式であり、フィッシング耐性、サーバー側の機密情報漏洩リスクの排除、ユーザビリティの向上といった大きな利点を持つ。日本においても主要プラットフォームやサービスでの採用が進んでおり、今後の普及が見込まれる一方で、端末紛失時の復旧、エコシステム間の同期、システムの移行、共有アカウント運用など解決すべき実務課題が残る。したがって、パスキーはインターネット認証のセキュリティを大幅に改善する強力な技術であるが、包括的なセキュリティ対策の一部として適切に実装・運用し、ユーザー教育や復旧手順の整備を行う必要がある。導入を検討する組織はFIDOの実装ガイドラインやベンダーのベストプラクティスを参照し、段階的移行と運用設計を進めるべきである。


参考・出典(主要引用)

  1. FIDO Alliance — Passkeys / Specifications / Research(FIDO Alliance の公式ドキュメント).

  2. FIDO Alliance — World Passkey Day 2025 レポート(普及動向).

  3. Dashlane / 業界報告(パスキー採用の増加に関する報告).

  4. Kaspersky(パスキーの実務ガイド).

  5. Corbado(紛失時のFAQ)およびセキュリティベンダー記事(復旧・運用).


補足(実務者向け短いチェックリスト)
・主要サービスでのパスキー対応状況を確認する。
・端末同期・バックアップ方針を明確にする(個人はiCloud/Google/パスワードマネージャー、企業はIDプロバイダと連携)。
・紛失時の復旧フローを文書化してユーザーに周知する。
・共有アカウント・業務アカウントの運用方針を再設計する(IAM導入など)。
・FIDO認証の実装は既存のセキュリティポリシーと整合させ、運用監視とインシデント対応を整備する。

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