コラム:花粉症、今からできる備え(セルフケア・予防)
花粉症は日本で高頻度の疾患であり、個人のQOLや社会的コストに大きな影響を与えるため、早期診断と適切な管理が重要である。
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花粉症は日本における最も頻度の高いアレルギー疾患の一つであり、有病率は高止まりあるいは増加傾向にある。政府の報告や環境保健マニュアルは、国民のおよそ3割〜4割が何らかの花粉症(アレルギー性鼻炎)を経験しているとする報告を紹介しており、花粉症は社会的にも医療的にも重要な課題であると位置づけられている。近年は都市化や生活環境の変化、スギ・ヒノキの植生や気候変動に伴う飛散パターンの変化が影響し、飛散期間の長期化や重症化する例が増えているとの報告がある。これによりQOL(生活の質)の低下や労働生産性の低下も社会問題として注目されている。
花粉症とは
花粉症は、花粉という外来抗原(アレルゲン)に対して免疫系が過剰反応(アレルギー反応)を起こすことによって生じる季節性ないし通年性のアレルギー性鼻炎・結膜炎などの総称である。典型的にはスギやヒノキなどの樹木花粉が原因となる季節性花粉症が多いが、草や雑草、カビの胞子などが原因となる場合もある。病態学的には、感作(初回曝露によるIgE抗体の産生)→再曝露によるIgE依存性の即時型反応(肥満細胞・好塩基球由来のヒスタミン放出)→遅延型の炎症反応(好酸球やサイトカインによる慢性炎症)が関与する。症状は鼻症状だけでなく目のかゆみ、喉の違和感、全身のだるさ、睡眠障害など多彩である。
主な原因
代表的な原因アレルゲンは以下である。
スギ花粉:日本では最も多い原因の一つで、飛散期は地域差があるが一般に春(2〜4月)に多い。
ヒノキ花粉:スギの後に続くことが多く、春期遅めに飛散する。
イネ科や草本(カモガヤなど):春〜初夏や秋に症状が出ることがある。
ブタクサ・ヨモギなどの雑草:夏〜秋にかけて飛散するアレルゲンで、秋の花粉症原因となる。
室内アレルゲン(ダニ・ペット・カビ):通年性のアレルギー性鼻炎を引き起こす。
発症には遺伝的素因(家族歴)や環境因子(大気汚染、生活習慣の変化、幼少期の環境)など複数の要因が関与する。
主な症状
花粉症の代表的症状は鼻と眼を中心とした以下の症状である。
くしゃみ(多発性・発作性)
鼻水(透明で水様)
鼻づまり(鼻閉、呼吸困難感)
眼のかゆみ・充血・流涙(結膜炎様症状)
痒み(のど・耳介・口蓋)や嗅覚障害(重度の場合)
これらの症状は季節性に反復することが多いが、重症化すると睡眠障害や集中力低下を引き起こし、学業や業務に支障を来す。ガイドラインは症状の程度をもとに重症度評価を行い、治療方針を決定することを勧めている。
くしゃみ・鼻水・鼻づまりのそれぞれのメカニズム
くしゃみは鼻粘膜の刺激に対する反射反応で、即時型免疫反応で放出されるヒスタミンなどのメディエーターが神経終末を刺激して起こる。鼻水は血管透過性の亢進や粘膜腺の分泌亢進によるもので、初期は水様であるが二次感染や慢性炎症を伴うと粘性の鼻汁に変化する。鼻づまりは粘膜の浮腫や血管拡張、粘液の停滞による物理的閉塞が主因で、鼻呼吸困難や睡眠時無呼吸様の訴えを生じることがある。遅延相には好酸球による慢性炎症が関与し、慢性的な鼻粘膜肥厚につながる。
日常生活でできる対策(セルフケア・予防)
花粉症は完全に避けることが難しいため、曝露低減と症状管理の組合せが重要である。以下に具体的な対策を示す。
外出時の対策
花粉情報に注意し、飛散量が多い日は不要不急の外出を控える(ただし生活上難しい場合も多い)。
マスクの着用:不織布マスクや高性能マスクは花粉の侵入をかなり減らす。鼻の周囲をフィットさせることが重要で、バルブ付きマスクは湿気や息苦しさが軽減されるが花粉防御性能を下げる場合がある。
メガネの着用:ゴーグル形状に近いメガネは目への花粉侵入を減らし、目のかゆみや充血を軽減する。花粉用の密閉性のあるゴーグルは効果的である。
服装の工夫:屋外での服は花粉が付きにくい素材(ツルツルとした合成繊維)を選び、帰宅時には衣服を払うか上着を外して室内に持ち込まない。帽子やフードを使用すると頭部への付着が減る。
帽子やフード、スカーフで首元を覆うと花粉の付着を減らす。
花粉の飛散が多い時間帯(午前中や風が強い日)を避ける。
マスクの着用
マスクは鼻・口を覆うことで吸入花粉を低減する最も簡便な手段である。不織布マスク(プリーツ型)の性能は高く、隙間が少ないほど効果が高い。布マスクや手作りマスクはフィルター性能で劣る場合があるため、外出時は医療用に近いフィルター性能のあるものを選ぶとよい。なお、マスクによる防御効果は“完璧”ではなく、眼症状には効果が限定的であるため、メガネ併用が推奨される。
メガネの着用
一般的な眼鏡でもある程度の花粉防御効果があるが、側面からの侵入を防ぐ密閉性のある花粉用ゴーグルの方がより効果的である。コンタクトレンズ装用者は目の乾燥や異物感が強くなるため、使い捨てコンタクトの頻度変更や眼科受診を考慮する。
服装の工夫・帰宅時の行動
外出から帰ったら衣服に付着した花粉を落とし、可能なら上着は玄関で脱いで収納する。室内に入る前にシャワーや顔・鼻周囲の洗浄を行うと良い。洗髪も髪に付着した花粉を落とすために有効である。
室内での対策
適切な換気:外気に含まれる花粉を室内に取り入れないよう、花粉飛散の多い時間帯は窓を閉める。換気は花粉の少ない時間帯に行う。
洗濯物は部屋干しまたは乾燥機を使用する:外干しは衣類や布に花粉が付着するため、部屋干しや乾燥機の使用が推奨される。
掃除と空気清浄機:こまめな掃除(床・家具の拭き掃除、掃除機の使用)で室内の花粉を減らす。HEPAフィルター等を搭載した空気清浄機は浮遊粒子を低減し、症状緩和に寄与する場合がある。
湿度管理:適正な湿度(一般に40〜60%程度)を保つことで鼻粘膜の乾燥を防ぎ、症状を和らげることがある。ただし、過湿はカビやダニを増やすため注意する。
布製品の管理:カーテンや寝具はこまめに洗濯・交換する。寝室は特に花粉が入りにくい工夫をする。
生活習慣の見直し
規則正しい生活:睡眠不足やストレスは免疫応答を乱すため、十分な睡眠と休養を心がける。
飲酒・喫煙を控える:飲酒は鼻粘膜の血流を変化させ鼻閉を悪化させることがあり、喫煙は気道粘膜を刺激・炎症化させて症状を増悪させる。これらを控えることで症状管理に寄与する。
栄養と運動:バランスの良い食事と適度な運動は免疫系の健全性に寄与するため、総合的な体調管理が重要である。
医療機関での治療
花粉症の医療的管理は、症状の重症度やQOLへの影響、既往歴や合併症を踏まえて個別に決定される。主な治療の選択肢は以下の通りである。
薬物療法(対症療法)
抗ヒスタミン薬(経口):第一世代は眠気などの副作用が強いが、第二世代以降は眠気が少なく日常生活に支障をきたしにくい。最近のガイドラインも適切な選択と用量調節を推奨している。
ステロイド点鼻薬:鼻症状(特に鼻づまり)に非常に有効で、慢性炎症を抑える中心的治療である。長期使用は医師の指示のもとで行う。
点眼薬:目の症状には抗ヒスタミン点眼薬やステロイド含有点眼の短期使用などが選択される。
抗ロイコトリエン薬などの併用療法:症状や個人差に応じて処方されることがある。
抗IgE抗体療法(ゾレア®:オマリズマブ)
重症の季節性アレルギー性鼻炎(特にスギ花粉症)に対して、抗IgEモノクローナル抗体(オマリズマブ;商品名ゾレア®)が保険適用されている。オマリズマブは遊離IgEを捕捉してFcεRIへの結合を阻害し、肥満細胞や好塩基球の活性化を抑制する機序で作用する。臨床データでは鼻症状や眼症状の改善が報告されており、内服薬や点鼻薬で十分なコントロールが得られない重症例に対する選択肢として有用である。日本でも承認文書や製薬情報で適応や用法が示されているため、重症例は耳鼻咽喉科やアレルギー科で相談することが勧められる。
初期療法
花粉飛散初期(飛散開始直後)に早期に治療を開始することで、そのシーズンの症状悪化を抑制する「初期療法」が有効であるとされる。症状が出た段階で早めに抗ヒスタミン薬や点鼻ステロイドを開始することで、症状のピークを抑える効果が期待される。ガイドラインも初期療法の有用性に言及している。
アレルゲン免疫療法(根治療法)
アレルゲン免疫療法(AIT; 舌下免疫療法 SLIT・皮下免疫療法 SCIT)は、アレルゲンを投与して免疫寛容を誘導し、長期的に症状を軽減・根治に近い効果を目指す治療である。日本ではスギ花粉に対する舌下免疫療法が広く実施されており、継続投与(一般に3〜5年)が効果の持続に重要であるとされる。アレルゲン免疫療法は長期的に喘息発症抑制や薬物使用量の減少をもたらす可能性があり、ガイドラインや手引きに基づいた適応選定が必要である。治療には定期的な通院とアドヒアランスが求められる。
各治療法の詳しいポイント
抗ヒスタミン薬:選択肢は多く、副作用プロファイル(眠気、口渇)を確認して個別化する。日常生活や運転への影響を考慮する。
ステロイド点鼻薬:鼻閉改善に最も有効な薬剤群であり、正しい噴霧法(頭位や噴霧角度)を医師・薬剤師に確認して使用する。副作用は比較的少ないが長期使用時は注意が必要である。
抗IgE(オマリズマブ):重症例の選択肢となり得るが、投与は注射でありコストや安全性(アナフィラキシー等)を考慮して医療機関で行う。適応基準や投与期間は専門医と相談する。
アレルゲン免疫療法:長期的メリットは大きいが即効性は乏しい。小児から成人まで適応が拡がっており、コンプライアンスや重篤な副反応に対する体制を整えた施設での施行が望まれる。
今後の展望
今後の花粉症治療・対策には以下のような方向性が期待される。
新規生物学的製剤の開発と利用拡大:抗IgE以外にもType2炎症を標的とする生物学的製剤が研究されており、重症例や併存症(喘息など)を持つ患者に対する選択肢が増える可能性がある。
精密医療・個別化療法:患者の免疫学的プロファイルに基づいた治療選択(誰に免疫療法が最も効果的かなど)やバイオマーカーの確立が進むと予想される。
予防的公衆衛生施策:植生管理、都市緑化政策の見直し、学校・職場での環境整備など社会レベルでの花粉曝露低減施策が重要になる。政府による包括的対策の継続や地域ごとの対策強化が必要である。
気候変動の影響評価と対応:温暖化に伴う花粉飛散期の変化や増加に対する監視と予報技術の高度化が進むことが期待される。
まとめ(臨床現場と家庭での実践的ポイント)
花粉症は日本で高頻度の疾患であり、個人のQOLや社会的コストに大きな影響を与えるため、早期診断と適切な管理が重要である。
日常生活では曝露低減(マスク・メガネ・衣服管理・室内対策)と生活習慣の改善が基礎となる。
医療的には抗ヒスタミン薬やステロイド点鼻薬で多くの症状がコントロール可能であり、重症例には抗IgE療法などの新しい選択肢がある。
根治を目指す場合はアレルゲン免疫療法が有効であり、長期的視点での治療継続が鍵である。
地域や個人の状況に応じて、耳鼻咽喉科・アレルギー専門医と相談し、最適な治療プランを立てることが推奨される。
参考にした主要資料(抜粋)
環境省 花粉症・花粉対策に関するマニュアル等(環境省のレポート)等。
鼻アレルギー診療ガイドライン 2024 年版(第10版)。
アレルゲン免疫療法の手引き 2025(日本アレルギー学会等の手引き)。
PMDA 医薬品承認・添付文書(オマリズマブ=ゾレア®の承認情報)。
医療機関や学会の解説資料(ゾレア®の臨床説明等)。
