コラム:腰痛を乗り越えよう、不安を和らげるために必要なこと
腰痛は誰にでも起こりうる身近な問題であるが、正しい知識と適切な対応によって多くの場合はコントロール可能である。
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日本の現状(2025年12月時点)
日本において腰痛は、国民病とも呼ばれるほど身近で深刻な健康問題である。厚生労働省の「国民生活基礎調査」や「患者調査」によると、腰痛は自覚症状として常に上位に位置しており、男女を問わず幅広い年齢層で認められている。特に高齢化が進行する日本社会においては、腰痛は要介護状態や生活の質(QOL)低下の主要な要因の一つとなっている。
2025年時点では、65歳以上人口が総人口の約3割に達しており、加齢に伴う脊椎変性、筋力低下、骨粗鬆症などを背景とした腰痛患者が増加している。また、若年層においても、長時間のデスクワーク、スマートフォンやタブレットの使用、運動不足などに起因する腰痛が問題視されている。医療費の面でも、腰痛に関連する診療費やリハビリ費用は年間数千億円規模に達すると推計されており、個人の問題にとどまらず社会全体の課題となっている。
腰痛とは
腰痛とは、一般に肋骨の下縁から臀部にかけての腰部に生じる痛みや不快感を指す総称である。痛みの性質は、鈍痛、鋭い痛み、重だるさ、焼けるような感覚など多様であり、急性に発症するものから慢性的に持続するものまで幅広い。
医学的には、腰痛は症状名であり、単一の病気を意味するものではない。この点が腰痛理解を難しくしている大きな要因である。原因が明確に特定できる腰痛もあれば、画像検査などを行っても明らかな異常が見つからない腰痛も多く存在する。
世界で最も一般的な健康問題の一つ
腰痛は日本に限った問題ではなく、世界的に見ても最も一般的な健康問題の一つである。世界保健機関(WHO)や国際疾病負担研究(GBD)の報告によると、腰痛は「障害生存年数(YLD)」の原因として世界第1位または上位に位置している。これは、腰痛が死亡原因にはなりにくい一方で、長期間にわたり生活機能を制限し続ける疾患であることを示している。
生涯のうちに一度は腰痛を経験する人の割合は、先進国では約70〜80%に達するとされている。つまり、腰痛はほぼすべての人が直面しうる普遍的な健康問題であり、特定の職業や年齢層に限られたものではない。
腰痛の種類と原因
腰痛は大きく「非特異的腰痛」と「特異的腰痛」に分類される。この分類は、日本整形外科学会や欧米の診療ガイドラインでも広く用いられている。
非特異的腰痛(一般的な腰痛)
非特異的腰痛とは、画像検査や血液検査などを行っても、明確な器質的原因が特定できない腰痛を指す。全腰痛患者の約80〜85%がこのタイプに該当するとされている。
生活習慣
長時間同じ姿勢を続ける生活習慣は、腰部の筋肉や靱帯に過度な負担をかける。特にデスクワークや運転業務では、腰椎前弯の崩れや骨盤後傾が生じやすく、筋疲労や血流低下を招く。また、運動不足による体幹筋力の低下も腰椎の安定性を損ない、痛みの発生に関与する。
環境要因
職場環境や生活環境も腰痛に大きく影響する。椅子や机の高さが身体に合っていない、床に座る生活が多い、重い物を頻繁に持ち上げるなどの要因が蓄積することで腰痛が生じやすくなる。
心因性
近年特に注目されているのが、心理社会的要因である。ストレス、不安、抑うつ、職場や家庭での人間関係の問題などは、痛みの感じ方を増幅させ、腰痛の慢性化に深く関与する。脳科学や疼痛研究の進展により、痛みが単なる身体の問題ではなく、脳の情報処理とも密接に関係していることが明らかになっている。
特異的腰痛(疾患による腰痛)
特異的腰痛とは、原因となる疾患が明確に存在する腰痛であり、全体の約15〜20%を占める。
椎間板ヘルニア
椎間板ヘルニアは、椎骨の間にある椎間板が変性・突出し、神経根を圧迫することで痛みやしびれを引き起こす疾患である。比較的若年〜中年層に多く、腰痛に加えて下肢への放散痛や感覚障害を伴うことが特徴である。
腰部脊柱管狭窄症
腰部脊柱管狭窄症は、加齢に伴う骨や靱帯の変性により脊柱管が狭くなり、神経が圧迫される疾患である。高齢者に多く、歩行時に下肢のしびれや痛みが出現し、前かがみになると症状が軽減する間欠性跛行が典型的である。
脊椎圧迫骨折
骨粗鬆症を背景として、軽微な外力でも脊椎が潰れるように骨折することがある。急激な腰背部痛が出現し、寝返りや起き上がりが困難になる。高齢女性に多く、日本では重要な腰痛原因の一つである。
内臓疾患
腎臓、膵臓、大動脈などの内臓疾患が原因で腰痛が生じることもある。この場合、安静にしても改善しない、発熱や体重減少を伴うなどの特徴があり、早期の医療機関受診が重要である。
一般的な症状まとめ
腰痛の症状は多様であるが、以下のような特徴がよく見られる。腰部の痛みや重だるさ、動作開始時の痛み、長時間同じ姿勢を取った後の違和感、下肢への放散痛やしびれなどである。症状の強さや持続期間は個人差が大きく、日常生活への影響度もさまざまである。
対処法と治療
安静
急性期の強い痛みがある場合、短期間の安静は有効である。ただし、過度な安静や長期の寝たきりは回復を遅らせることが、多くの研究で示されている。
適度な運動
近年の腰痛治療では、可能な範囲で身体を動かすことが推奨されている。ウォーキングやストレッチ、体幹トレーニングなどは、再発予防にも有効である。
姿勢の改善
日常生活や職場での姿勢を見直すことは重要である。椅子の高さ調整、骨盤を立てた座り方、こまめな姿勢変換などが腰部への負担軽減につながる。
受診と治療
痛みが強い場合や長引く場合は、整形外科などの専門医を受診することが望ましい。治療には、薬物療法、理学療法、神経ブロック注射、手術などがあり、原因や重症度に応じて選択される。
なぜ怖いと感じるのか
腰痛が怖いと感じられる理由は複数存在する。
痛みの強さ
腰痛は動作に直結するため、激しい痛みは生活全体を制限する。そのため、強い恐怖や不安を伴いやすい。
長期化への不安
腰痛が慢性化するケースが多いことから、「治らないのではないか」という不安が生じやすい。
原因が分からない不安
非特異的腰痛では、検査で異常が見つからないことが多く、原因不明であること自体が不安を増幅させる。
日常生活への影響
仕事、家事、趣味などへの影響が大きく、将来への不安につながる。
不安を和らげるために
正しい知識を持つ
腰痛の多くは重篤な病気ではなく、自然経過で改善することが多い。この事実を知ることは安心につながる。
専門家の受診
適切な診断と説明を受けることで、不必要な恐怖を軽減できる。
医師とのコミュニケーション
疑問や不安を率直に伝え、納得できる説明を受けることが重要である。
無理をしない
痛みを過度に恐れる一方で、無理をして悪化させないバランスが大切である。
腰痛を乗り越えよう、今後の展望
腰痛は誰にでも起こりうる身近な問題であるが、正しい知識と適切な対応によって多くの場合はコントロール可能である。近年は、運動療法や心理的アプローチを組み合わせた包括的治療、AIやデジタル技術を活用した姿勢評価やセルフケア支援など、新たな取り組みも進んでいる。
今後の日本社会においては、予防教育の充実、職場環境の改善、地域医療とリハビリの連携がますます重要となる。腰痛を単なる痛みとして恐れるのではなく、正しく理解し、主体的に向き合うことが、健康で自立した生活を支える鍵となる。
