コラム:フレイル対策、若いうちからの貯筋・貯骨・人とのつながりの貯金
対策は栄養(十分なたんぱく質・エネルギー・栄養素)、運動(レジスタンス・バランス・有酸素)、社会参加、慢性疾患管理の組み合わせであり、若年期からの「貯筋」「貯骨」「人とのつながりの貯金」が重要である。
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日本は世界でも有数の高齢化社会であり、高齢化率(65歳以上人口割合)は過去数十年、上昇し続けている。内閣府や厚生労働省の報告、ならびに国の各種健康白書などによると、65歳以上の割合は30%前後で推移しており、75歳以上の割合も増加しているため医療・介護・地域支援の需要が高まっている。高齢化の進行に伴い、フレイル(frailty)やサルコペニア、ロコモティブシンドロームといった「身体機能低下」関連の問題が政策的な課題として取り上げられている。人口構造の変化は地域コミュニティの変容や孤独・社会的孤立の増加を引き起こし、社会的フレイルのリスクを高める可能性がある。
また日本の研究や全国調査を基にした報告では、地域在住の65歳以上高齢者におけるフレイルの有病率は概ね8〜12%程度、フレイル予備群(プレフレイル)は約30〜40%程度と報告されている。研究によって範囲は異なるが、65歳以上の集団でフレイルを有する者は少数ではなく、公衆衛生的観点から早期発見・介入が重要である。
フレイルとは
フレイルは英語の「frailty」に由来する概念で、日本老年医学会をはじめとする専門家は「加齢に伴う予備能力の低下により、ストレス(疾病・外傷・環境変化)に対する回復力が低下した状態/虚弱」と定義している。フレイルは単なる老化の一部ではなく、適切な介入により可逆的に改善し得る状態であり、介護や重度の要介護状態への進展を予防する上で重要なターゲットである。フレイル概念は身体的側面に偏りがちだったが、近年は精神・認知的側面および社会的側面を含む多面的評価が重視されるようになっている。
フレイルの3つの構成要素
臨床・疫学的にはフレイルは以下の3つのドメイン(構成要素)で理解されることが多い。
身体的フレイル(Physical frailty)
精神・心理的フレイル(Cognitive/psychological frailty)
社会的フレイル(Social frailty)
これらは互いに影響し合い、複合すると生活機能やQOL(生活の質)、要介護リスクを高める。最近のガイドラインやレビューでも「多面的評価」により介入ポイントを複数押さえることが推奨されている。
身体的フレイル
定義・評価法
身体的フレイルは筋力低下、歩行速度低下、体重減少(非意図的体重減)、疲労感、身体活動量低下など身体機能の低下を中心に評価される。代表的な評価法としてFriedらのフレイル表現型(体重減少、疲労、筋力低下〈握力〉、歩行速度低下、身体活動低下の5項目のうち3項目以上でフレイル、1〜2項目でプレフレイル)が広く用いられる。また日本では「簡易版チェックリスト(Kihon checklist)」などを用いて地域保健でスクリーニングする運用がある。
主要な生理学的メカニズム
筋肉量・筋力の減少(サルコペニア)、エネルギー代謝低下、炎症(慢性の低度炎症:inflammaging)、ホルモン変化(性ホルモン・成長ホルモンなど)、栄養不足(特にたんぱく質やエネルギー不足)、不活発化による筋骨格系の退行が組み合わさることで身体的フレイルが進行する。複数の慢性疾患(心疾患、糖尿病、慢性閉塞性肺疾患など)や多剤併用もリスクを増す。
精神・心理的フレイル(認知・精神面)
認知機能低下やうつ症状、意欲低下(アパシー)、ストレス耐性の低下などが該当する。認知機能の低下は自立度を直接下げるだけでなく、栄養管理や運動継続を妨げるため身体的フレイルを促進する。うつや孤独感は身体活動量低下や食欲低下を招き、悪循環を生む。認知・精神面の評価と早期介入(認知リハビリ、認知行動療法、薬物治療の適正化など)が重要である。
社会的フレイル
社会的つながりの喪失、社会参加の低下、経済的困窮、生活支援ネットワークの欠如などが社会的フレイルに当たる。社会的孤立や孤独感はうつや運動量低下を介して身体的フレイルに波及する。逆に地域活動・ボランティア・趣味・仕事などの社会参加はフレイル予防に有益であると示される。コミュニティデザインや地域包括支援の充実、デジタルツールを使った交流支援などが対策となる。
主な症状(臨床で観察されやすいもの)
身体的徴候として以下が典型的であり、これらの変化を見逃さず早期にスクリーニングすることが重要である。
・疲れやすい(易疲労性)
・歩く速度が遅くなる(歩行速度の低下)
・握力が弱くなる(筋力低下の指標)
・体重の減少(非意図的な体重減)
・日常生活動作(ADL)や移動能力の低下
・転倒の頻度増加や歩行不安感の増加
これらはFriedらの5項目や地域のスクリーニングツールで定量化できる。歩行速度はしばしば「有意義な予後指標」となり、0.8m/s程度以下、あるいは1.0m/s未満への低下は機能低下リスクを示唆する研究が多い(研究によってしきい値は若干異なる)。握力も性・年齢別基準に基づく判定が行われる。
具体的な検査データとカットオフ(臨床で用いられる指標)
・歩行速度:通常4メートル歩行などで計測。0.8m/sを下回ると機能低下リスクが高いとされる研究が多いが、1.0m/sを基準に用いることもある。臨床では個別評価が必要である。
・握力:握力は筋力の簡便な指標であり、男性でおおむね26kg、女性でおおむね18kg前後をしきいにする研究が多い(研究・ガイドラインにより差異あり)。個々の基準は年齢や体格を考慮する。
・体重減少:1年間に非意図的に3〜5%超の体重減少は注意サインとされる。
予防と対策(総論)
フレイル予防は「多面的」であるべきで、栄養・運動・社会参加・慢性疾患管理・薬物適正化・口腔ケア・精神面支援を組み合わせることが効果的である。地域保健や医療機関、介護事業者、ボランティア団体が連携して早期スクリーニングから介入までの流れ(地域包括的アプローチ)を構築することが推奨される。フレイルは可逆的であるため、早期の多職種介入が有効である。
栄養(詳細)
栄養面では総エネルギー摂取の確保と十分なたんぱく質摂取が中心課題である。高齢者は食欲低下や嚥下障害、慢性疾患や薬剤の影響で必要エネルギー・たんぱく質が不足しがちであり、これが筋肉量・筋力低下を加速する。厚生労働省や栄養ガイドラインでは(高齢者を含む)たんぱく質の重要性を指摘しており、高齢者は若年者よりもやや高めのたんぱく質摂取が望ましいとされる。具体的には疾病や状態に応じて個別判断が必要だが、介入研究や栄養ガイドラインでは高齢者のたんぱく質目標として概ね1.0〜1.2g/kg/日以上を推奨することが多い(病的状態や重症例ではさらに高めに設定される場合がある)。またビタミンD、カルシウム、エネルギーの十分な確保、オメガ3脂肪酸や抗酸化物質の重要性も指摘される。国の栄養指針は高齢者の実態とフレイル予防を踏まえて目標量の設定を行っている。
運動(詳細)
運動はフレイル予防の中で最も効果が示されている介入の一つである。運動プログラムは以下の要素を含むべきである。
・筋力トレーニング(レジスタンストレーニング)を週2〜3回以上行うことが推奨される。筋力トレーニングは筋断面積・筋力を改善し、機能的アウトカム(歩行、立ち上がり、転倒リスク低下)を改善する証拠がある。
・バランス訓練・柔軟性訓練を組み合わせる。
・有酸素運動(歩行など)で日常的な身体活動量を増やす。厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」では高齢者に対して筋力・バランス・柔軟性を含む多要素運動を週3日以上行うこと、歩数ベースで1日約6,000歩(目安)などの指標を提示している。運動は安全配慮の下で段階的に負荷を上げることが必要である。
社会参加(詳細)
社会参加や地域活動への参加はフレイル予防に寄与する。具体的には地域サロン、ボランティア活動、趣味の会、通いの場(=いきいきサロン等)への参加は、身体活動量の維持・栄養状態改善・認知刺激・孤独感軽減に寄与する。社会的支援ネットワークが整備された地域ではフレイルの進行が抑制される可能性が示されている。地域包括ケアシステムや自治体のフレイル予防プログラムは、社会参加を促す設計が多い。
若い頃からのフレイル対策の重要性
フレイルのリスクは高齢期だけで生じるものではなく、若年期〜中年期の生活習慣(栄養・運動・喫煙・アルコール・慢性疾患管理)が高齢期の筋骨格・代謝基盤を形成する。最大骨量(peak bone mass)や最大筋量・筋力は若年期に形成され、その後徐々に低下に転じるため、若いうちに「貯骨」「貯筋」を行うことは将来の骨折リスクやサルコペニア・フレイルリスクを下げる上で重要である。文献ではピーク骨量は一般に20〜30歳代に到達するとされ、筋量・筋力もおおむね30歳前後にピークを迎え、その後徐々に低下するという知見がある。したがって、子ども期から青年期、働き盛りの時期に至るまでの運動習慣・栄養状態が高齢期のフレイル耐性(リザーブ)を左右する。
最大骨量と筋肉量の確保(具体的手段)
・成長期・若年期に十分なカルシウム・ビタミンD摂取、適度な負荷のかかる運動(跳躍・重量負荷運動など)を推奨することでピーク骨量を高める。
・若年期からのレジスタンス運動(週2〜3回の筋力トレ)とタンパク質摂取で最大筋量を高める。
・中年期以降も筋トレ・高タンパク食を続けて「貯筋」を維持する。こうしたライフコースアプローチが将来のフレイル・骨折リスク低減に寄与する。
生活習慣病の予防
高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病はフレイル進行の重要な背景因子である。これらの疾病管理が不十分だと慢性炎症や多臓器障害が進行して活動性低下や栄養障害を招き、フレイルリスクを高める。したがって、若年期からの生活習慣病予防・早期治療はフレイル予防の根幹である。
社会的つながりの維持(コミュニティと政策)
地域の移動手段や交流拠点、デジタル排除対策、高齢者が参加しやすい雇用形態やボランティアの機会提供は社会的フレイル対策として重要である。自治体や地域包括支援センターは「通いの場」や買い物支援、居場所づくりを通じて社会的孤立を防ぐ役割を担うべきである。行政は医療・介護・福祉・地域活動を連携させ、早期発見から包括的支援へ繋げる仕組みを整備する必要がある。
若いうちからの『貯筋』『貯骨』『人とのつながりの貯金』
若い時期からの筋量・骨量の蓄積(貯筋/貯骨)、そして社会的資本(人とのつながりの貯金)は、年を取ってからのリザーブ(予備能力)を構築するという観点で有用なメタファーである。具体的には以下のような行動が推奨される。
・20〜30代:負荷をかけた運動習慣(筋トレ・ジャンプ系・スポーツ)、適正体重の維持、バランスの取れた栄養摂取。
・30〜50代:筋トレの継続、たんぱく質摂取の習慣化、禁煙、飲酒節度、慢性疾患管理。
・働き盛り〜中年:地域活動やボランティアへの参加、職場外の人間関係形成を通じて社会的資本を蓄える。
これらは将来的なフレイルリスクを下げ、要介護発生の遅延や生活の質維持に寄与する。
臨床・公衆衛生の実践例とエビデンス
地域ベースのフレイル予防教室、栄養指導と運動を組み合わせた介入、医療機関での包括機能評価(CGA:Comprehensive Geriatric Assessment)を用いた管理、多職種連携による薬剤の見直しや口腔ケア導入などが報告されている。介入研究のメタアナリシスでは、レジスタンス運動と栄養介入の組み合わせが身体機能の改善に効果があることが示されている。公的ガイドラインや運動・栄養指針も実践的な目安を示しており、地域保健での早期スクリーニングと段階的介入が重要である。
具体的な実務的アドバイス(個人向け)
・定期的に体重と歩行速度・握力をチェックする(家庭での体重測定、地域でのフレイルチェック、簡便な握力計利用)。
・1日に必要なタンパク質を意識する(目安は体重1kgあたり約1.0〜1.2g/日を一つの目安として考える。ただし腎機能等の医学的条件がある場合は主治医と相談する)。
・週2〜3回の筋力トレーニング(自重スクワット、椅子立ち上がり、レジスタンバンド等)を継続する。バランス訓練と有酸素(速歩)も組み合わせる。
・孤立を避け、趣味や地域活動に参加する。デジタルツールを活用して遠隔での交流も検討する。
若年期から地域・社会全体で取り組むべき施策(政策提言的視点)
・学校教育や職場での筋骨格・栄養教育を強化し、ライフコースでの健康投資を促す。
・地域包括ケアの中でフレイルの早期スクリーニング(Kihon checklist等)の普及と、スクリーニング後の具体的介入パス(運動教室、栄養相談、社会資源への橋渡し)を整備する。
・地域の交通・居場所・ICT支援を充実させ、社会的孤立を予防する。
・医療と介護の連携を強化し、慢性疾患管理やポリファーマシー(多剤併用)への対応を進める。
今後の展望
フレイル研究・介入は今後さらに個別化され、バイオマーカーやモバイルヘルス(歩行速度や活動量のリモート測定)を活用した早期発見が進むと予想される。個人レベルでは、生活習慣の早期からの見直し(栄養、運動、睡眠、精神面のケア)とともに、地域や職場が健康的な環境を整備することが重要となる。政策レベルでは、人口構造の変化を踏まえた社会保障・地域支援の持続可能性を確保しつつ、予防重視の保健政策を拡充する必要がある。さらにエビデンスの蓄積により、どの介入がどの集団に最も効果的か(ターゲティング)を明確にし、資源配分の最適化を図ることが求められる。
まとめ
・フレイルは「可逆的な予備能力低下」であり、早期発見と多面的介入が有効である。
・日本における65歳以上でのフレイル有病率は概ね8〜12%程度、プレフレイルはより高く地域保健上の重要課題である。
・身体的フレイル(筋力・歩行・体重)、精神・認知的フレイル、社会的フレイルの3つのドメインを評価・介入することが鍵である。
・対策は栄養(十分なたんぱく質・エネルギー・栄養素)、運動(レジスタンス・バランス・有酸素)、社会参加、慢性疾患管理の組み合わせであり、若年期からの「貯筋」「貯骨」「人とのつながりの貯金」が重要である。
参考資料(抜粋)
・厚生労働省「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」。
・厚生労働省・栄養関連資料(たんぱく質摂取の指針)。
・日本老年医学会によるフレイル概念・診療ガイド。
・地域在住高齢者を対象としたフレイル有病率に関する研究・レビュー。
・ピーク骨量・ピーク筋量に関するレビューと年齢分布に関する研究。
