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コラム:トランプ関税の評価、マイナス効果大きく

トランプ関税は短期的に「見える成果」を作りやすい政策であり、政治的には即効性のあるツールだ。一方、経済学・歴史の観点からは関税は効率・公平性・国際協調の面で問題をはらむ。
2025年10月17日/米フロリダ州ウェストパームビーチの国際空港、トランプ大統領(AP通信)

現状(2025年11月現在)

2025年の11月時点で、ドナルド・トランプ大統領(第2次政権)は広範かつ高率な関税(以下「トランプ関税」)を導入・拡大し、米国の平均実効関税率を大きく引き上げた。鉄鋼・アルミニウムの再課税、車両・自動車部品や家電、さらには国別の「相互関税」やほぼ全品目を対象とする普遍的関税案まで含む複数の措置が行われた結果、2025年の関税収入は過去水準を大幅に上回り、財政収入に占める関税の割合が近年としては異例に高まっている。各種のシンクタンクや財政機関は、関税の即時的な収入効果を認めつつも、物価上昇や消費落ち込み、供給網の混乱、対抗措置といった副作用を警告している。

トランプ関税とは

第2次政権下の「トランプ関税」は、主に(1)第1期の教訓を踏まえた形で既存の232条(国家安全保障を理由とする関税)を拡大・強化、(2)相互主義に基づく「相互関税(reciprocal tariffs)」、(3)ほぼ全輸入品にかかる普遍的関税や対中高率関税といった複数レイヤーから成る政策パッケージである。具体的にはアルミ・鉄の関税率引上げ(例:アルミは10%→25%など)、自動車・部品への追加関税、国別に11〜50%程度の幅で設定される相互関税、さらには「米国内で溶かされ・鋳造された鉄・アルミのみ除外」といった心理的・物理的基準による例外排除が含まれる。政策は大きく「国内産業保護」「リショアリング促進」「財政収入の確保」を掲げている。

評価(肯定的側面)

トランプ関税の支持者・政権側の主張は三点に集約される。第一に、関税は国内製造業を保護して雇用を守る直接的手段になること。第二に、海外への依存を減らして「米国内生産への回帰(リショアリング)」を促進すること。第三に、関税は即効性のある歳入源になりうるため、減税や財政赤字の圧縮に資するとされる。実際、財務省などの統計やペン・ウォートン(Penn Wharton)の分析は、2025年中に関税収入が過去にない水準に増加していることを示しており、短期的な財源確保という観点では成果が出ている。

国内産業の保護と雇用維持

対象となった鋼・アルミ業界や一部の中間財製造業では、関税導入により輸入品の価格が相対的に上昇し、国内企業の価格競争力が改善した局面が観測される。これにより工場稼働率の上昇や雇用の下支えが見られた業種もある。特に鋼材関連の下請け企業や金属加工業は短期的な受注回復を経験し、ローカルな雇用維持に寄与した。こうした効果は、関税が「標的産業」に直接効く設計である場合に顕著になる。

米国内生産への回帰(リショアリング)

高率関税は輸入コストを高めるため、長期的には企業が生産拠点を海外から国内へ移す「リショアリング」の誘因となる可能性がある。製造業サプライチェーンの見直しや在庫の米国内保管化、保険的に国内設備への投資を増やすという意思決定は確認されており、特にサプライチェーンの脆弱性が露呈した分野でその傾向は強い。だが、リショアリングは単に関税だけで決まるわけではなく、労働コスト、資本・設備投資、規制・税制、技術要件など多面的な要因が絡む。

他国への圧力

関税は交渉カードとして有効であり、外交的圧力や通商交渉での譲歩を引き出す目的で用いられる。相手国に対する「痛み」を与えることで市場開放や報復措置の回避を狙う戦術が採られている。実際、複数国が米国と交渉に入るなどの動きが報じられ、短期的な交渉上の優位性を得る場面もあった。

関税収入の実績と政権の主張

財務省やペン・ウォートン(Penn Wharton)などの追跡では、2025年の関税収入は前年を大幅に上回り、年度ベースや暦年ベースで記録的な水準に達しているとの推計が複数出ている。ペン・ウォートンは2025年初〜7月で新関税による追加収入の推計を公表し、財務省の月次データでもカスタム収入の急増が確認されている。政権側はこの数字をもとに「関税で莫大な歳入が得られ、所得税に代替可能だ」「関税で財政赤字を埋める」といった主張を行っている。また、ホワイトハウス内の一部関係者は長期的なトータル収入を非常に大きな額(1兆ドル超/10年規模など)と見積もる発言も行っている。

税収をめぐる問題点と批判

一方で多くの専門家・エコノミストは、関税収入を過大評価することの危険を指摘する。まず、関税は供給側・需要側の調整(輸入回避、発注前倒し、購買行動の転換)により時間とともに収入が減少する可能性が高い。ペン・ウォートンは、輸入業者が購入スケジュールを前倒ししたことで当初の追加収入の一部が「一時的」なものであると指摘している。また、関税は国内での価格上昇を通じて消費を抑制し、所得税・消費税等の他の税収を減らしうるため、純増効果は想定より小さい可能性がある。さらに、国際的な報復関税で米国の輸出が落ち込めば、関税による輸入税収増が輸出減少による税収減や失業給付増加で相殺される懸念がある。

消費者の実質的な負担

関税は名目上は輸入業者や輸出国に課される税だが、経済理論と実証研究の両方で、関税の多くが最終的に消費者に転嫁されるとされる。ペン・ウォートンやPIIEなどの試算は、関税導入で消費が抑制され、世帯当たりの実質所得や購買力が低下すると示している。特に低所得層ほど可処分所得に占める必需品支出比率が高いため、関税の逆進性(低所得ほど相対的負担が大きい)が問題視される。例えば、ある試算では関税が所得下位層に相対的に重くのしかかり、家計当たりの実質減少額が中・低所得層で大きくなると示されている。

経済全体へのマイナス効果

関税は物価上昇を通じて実質需要を抑え、投資・消費の両面で経済成長を減速させるリスクがある。特にサプライチェーンが複雑化している現代では、中間財に対する関税が企業の生産コストを押し上げ、最終製品の競争力を損ないうる。さらに、企業は追加コストを価格に転嫁するだけでなく、利益マージンの圧迫や海外移転の再検討、設備投資の手控えといった行動を取る可能性があるため、長期的な産業競争力の低下を招く恐れがある。複数の経済研究機関や財団が、関税によるGDP押し下げや消費減少の試算を出しており、総じて短中期では負の純効果の可能性を指摘している。

財政悪化のリスク

一見して関税は歳入を増やすが、長期的な財政効果は不確実だ。関税で生じる物価上昇→実質成長鈍化→税源の縮小という負のフィードバックや、貿易報復で輸出産業がダメージを受け税収が減るリスクがある。さらに、関税導入に伴う政府支出(補助金、雇用対策、業界支援)や法的・行政コストも発生しうる。CBOや一部のアナリストは、関税の長期的な収益見積りには大きな仮定が含まれており、持続可能性は疑問だとする。

主張と現実の乖離

政権側はしばしば「関税で富を輸入国から奪い、国内に再分配する」と主張するが、経済理論は「関税収入の最終的な受益者は不明瞭」であり、しばしば消費者や関税を負担する国内企業に跳ね返ると示す。さらに、「関税で所得税を置き換える」といった野心的主張は、現実の貿易反応と消費行動の変化、政府支出の増加との複合効果を無視している点で楽観的すぎる。独立評価は、短期的な歳入増は確認できても、長期的な置換可能性は限定的だと結論付ける。

インフレへの具体的な影響

関税は輸入品価格を直接的に上昇させるため、消費者物価指数(CPI)や生産者物価指数(PPI)に上振れの圧力をかける。ペン・ウォートンやPIIEの解析によれば、2025年導入分の関税は米国の平均インフレ率を押し上げる要因となり、特に初期段階で短期的に物価上昇を加速させたと推計される。これは連邦準備制度(FRB)の金融政策運営にも影響する。物価上昇が一時的か持続的かは、供給側の調整(国内生産の増加や代替供給先の確保)次第であり、現時点では短中期的にはインフレ上振れのリスクが高いと見られている。

物価上昇の加速

複数の家計必需品や中間財が関税対象になったため、特定カテゴリ(家電、玩具、服飾、食品加工用原料など)で価格上昇が観測された。これがCPIの一部を押し上げ、統計上のインフレ加速に寄与した。FRBは労働市場とインフレ期待の動向を注視しており、関税由来の物価上昇が持続化するなら金利政策の修正要因となる。

家計への直接負担・コストの転嫁

企業は関税分をそのまま価格に転嫁する場合もあれば、利益を圧迫して一部を吸収する場合もあるが、実証ではかなりの割合が消費者に転嫁されている。これにより家計の購買力が低下し、可処分所得が目減りすることで非耐久消費や耐久財購入に影響が出ている。特に低所得世帯は日用品比率が高いため相対的な打撃が大きい。

特定の品目への影響

自動車関連、鉄鋼・アルミ、家電、玩具、ワイン・魚介類などの品目で輸入価格の上昇や供給制約が報告されている。食品・医薬品など生活必需品に波及すると政治的反発も強まるため、政権は一部品目での猶予や除外を議論しているが、普遍的措置を掲げる以上、例外の管理は難しい。

経済学者の見解と懸念

主流の経済学者の多くは、関税は保護主義的で効率を損ない、消費者にとってのコスト(生活水準低下)が大きい点を指摘する。PIIE、Tax Policy Center、Cato、CEPRなどの研究は、関税が所得再配分的に逆進的であり、長期的にはGDPを減らす可能性が高いと示している。一方で、保護を受ける産業や地域の短期的利益は無視できないため、学術的評価は政策目的(短期の雇用維持 vs 長期の成長)をどのように重視するかで分かれる。総じて「関税は景気循環面と金融政策面で複雑な波及効果をもたらす」との警告が多い。

金融政策への影響

関税がインフレ圧力を高める場合、FRBは物価安定のために金融引き締めを選択する必要が出てくる。実際、2025年は関税導入後にインフレ指標が上振れする局面があり、FRBは利上げ余地の評価や長期金利の動向を注視した。利上げは投資・住宅市場にマイナスであり、景気減速リスクとインフレ抑制の間で政策判断が難しくなる。さらに、政権がFRBに対して政治的圧力をかけることで中央銀行の独立性に関する懸念が高まった。

景気減速リスク

関税に伴う消費落ち込み・投資抑制・海外報復が連鎖すると、景気減速やソフトランディングが難しくなり、ある条件下では景気後退に至るリスクが高まる。実際、雇用統計や製造業の指標には弱まりの兆候が部分的に出ており、関税がその一因であると分析する研究が存在する。一方で、短期的な財政刺激(関税収入の一部を減税や支出に回す)と組み合わせれば一時的に景気下支えも可能であり、政策ミックス次第で結果が左右される。

総括

トランプ関税は短期的には明確な「勝ち」―関税収入の急増、特定業種の保護、交渉上の圧力手段―をもたらした。だが同時に、消費者負担の増大、インフレ上昇圧力、長期的な成長や産業競争力の損失、国際的報復やサプライチェーンの再編といった負の側面を生んでいる。関税が歳入源として恒久化するかは、輸入行動の変化や経済の適応次第であり、短期の「風船効果(前倒し購入や輸入回避)」が収まれば収入は落ち着く可能性が高い。政策的には、関税の「効果」と「副作用」を定量的に比較し、低所得者対策や産業政策の再設計、国際協調の回復策を同時に仕込まなければ持続可能性に欠ける。

今後の展望

今後の展望は複数の要因に依存する。第一に、米国と主要貿易相手国の交渉・報復の動向。第二に、輸入業者や企業の調整(代替供給先の確保、国内投資の実行)。第三に、FRBの金融政策対応とその副作用。第四に、司法審査や議会による立法的制約(関税権限の見直し)の行方である。短中期では関税収入は高止まりする可能性が高く、政治的には財政改善を主張する材料になるだろう。しかし長期では、関税がもたらす消費低下や経済成長鈍化を考えれば、持続可能な成長戦略とは言い難い。政策提言としては、(A)関税収入の一時的性質を見越した財政運営、(B)低所得層への補填やターゲット型補助金の導入、(C)国内投資を誘発する構造改革(税制・規制緩和+人材投資)、(D)多国間協調の模索を同時に進めることが重要になる。


参考となる主要な専門家データ・研究(抜粋)

  • Penn Wharton Budget Model: 関税率の実効上昇と2025年の追加関税収入推計。特に「Effective Tariff Rates and Revenues」報告は関税収入と有効税率の変動を追跡している。

  • U.S. Treasury / Customs & Border Protection 月次統計・Daily Treasury Statement: 2025年における関税(Customs and Certain Excise Taxes)収入の急増を示す公式データ。

  • Peterson Institute for International Economics (PIIE): 関税が家計やGDPに与える影響、分配面の逆進性に関する試算と解説。

  • Tax Foundation / Bipartisan Policy Center / CBO / FT 等の解説記事・分析: 関税収入の規模、財政影響、長期的な不確実性についての専門的評価。


最後に(短い所感)

トランプ関税は短期的に「見える成果」を作りやすい政策であり、政治的には即効性のあるツールだ。一方、経済学・歴史の観点からは関税は効率・公平性・国際協調の面で問題をはらむ。政策評価は利害の時刻と尺度(短期の雇用維持 vs 長期の成長と家計の購買力)に左右されるため、単純な善悪で結論付けられない。だが、専門家の証拠に基づけば、関税を長期的かつ主要な財政・産業政策の柱とすることには高いリスクが伴うことを忘れてはならない。

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