コラム:欧州分断、右派が勢力を拡大した経緯
欧州における右派の台頭は単一要因ではなく、経済・社会・文化・地政学的ショックが重なった結果である。
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1. 現状
近年の欧州政治は、多数国で従来の中道政党が支持を失い、右派(広義にはナショナリスト、右派ポピュリスト、極右を含む)が得票を伸ばしているという特徴を持つ。2024年の欧州議会選挙で多くの国で右派勢力の伸長が確認され、欧州議会における極右・右派系の議席が増加したとの分析がある。これによりEUレベルでも議会構成が変化し、政策形成や連携に影響を与えている。
右派の台頭は単一の原因に帰せられない。移民・難民問題、経済的不安、格差、グローバル化と文化的反発、治安への懸念、伝統的エリートへの不信、情報環境(ソーシャルメディア、フェイクニュース)の変化、さらには地政学的ショック(ロシアのウクライナ侵攻など)が複合的に作用している。
2. 歴史的経緯
戦後、欧州の主流政治は社会民主主義と保守中道の枠組みが中心だったが、1980〜2000年代に入ると欧州統合、経済自由化、移民流入といった構造変化が生じ、従来の政党が扱いにくい問題(アイデンティティ、国益、移民政策など)が政治アジェンダにのぼった。2008年の金融危機は既存制度への不信を拡大させ、2015年の難民・移民危機はナショナリズムと排外主義を刺激した。さらに2010年代後半から、既成政党の腐敗や無力感、生活実感との乖離が右派に支持を流した。
またEUの経済政策や緊縮政策、地域間の経済格差が地方の反発を招き、地方・中小都市で右派が強まった。ロシアと西側の関係の再編、米国のポピュリズム潮流(トランプ現象)も欧州の右派に影響を与え、ネットワーク化が進んだ。
3. ロシアによるウクライナ侵攻がもたらしたもの
2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻は欧州の安全保障環境に根本的変化をもたらした。これにより防衛・安全保障が再び主要な政治アジェンダとなり、防衛支出の増加、軍需やエネルギー政策の再調整、対露制裁や対ウクライナ支援が政治課題として浮上した。侵攻は一方で欧州統合を強めた側面(エネルギー依存の削減、共同制裁、ウクライナ支援)を持つが、他方で各国の政治的反応は均一ではなく、対露強硬派と融和志向派の亀裂を露呈した。
特に右派の中には「対露融和」や「欧州統合懐疑」を掲げる勢力があり、ロシアの行動をめぐる意見の相違はEU内の分断を拡大させる要因となった。加えてエネルギー価格高騰やインフレは生活実感に直結し、政府への不満を右派が吸収する構図を生んだ。EUの安全保障対応やウクライナ支援をめぐる各国の態度は、域内連携の強さと脆弱性の二面性を示している。
4. EU分断?(制度的・地政学的観点)
EUは加盟国間で政策調整を行っているが、近年は対内外の課題で一致が難しくなっている。加盟国の経済構造や歴史的経験、ロシアへのエネルギー依存度の違い、移民受入状況、そして国内政治の右傾化が、結束を弱める要因だ。例えばハンガリーやポーランドはEUと司法やメディアの自由をめぐって激しく対立し、EUのルール順守や連帯のあり方が問われている。こうした亀裂はEUの政策決定、特に共通外交・安全保障政策や移民管理、財政的連帯の面で摩擦を生む。
制度的には、EUは制裁や資金停止といったツールを持つが、それが加盟国内のポピュリズムを抑える万能薬ではない。逆に外部圧力がナショナリストの「外圧に対する防衛」ナラティブを強化する場合もある。
5. 復活トランプ政権(米国の影響)
米国の政治動向は欧州右派に強い示唆を与える。トランプ大統領の再登場や米国の対外姿勢の変化は、欧州のポピュリズム勢力に模倣効果と正当性をもたらしている。トランプ的な「強い指導者像」「移民・治安重視」「多国間主義からの離脱」を訴えるスタイルは、欧州の右派に戦術的・言説的なインスピレーションを与えている。欧州の極右はトランプ氏の外交的合意を歓迎し、同時に米欧の分断が深まれば欧州内で「外圧」を想定した内向き政治が強まる懸念がある。これは右派が国内支持を固めるために利用する材料となる。
6. ハンガリー政権(オルバンの事例)
ハンガリーのオルバン政権は、欧州における「制度的に整った」右派政権の代表例である。オルバン政権は司法・メディア・市民社会に対する法制度や予算の調整を通じて権力を強化し、「主権」「伝統的価値」「反移民」「経済的ナショナリズム」を掲げる統治を進めてきた。国際人権団体や欧州委員会はこれを「法の支配への侵害」と評価し、2024〜2025年にかけて法改正や新たな統制について批判が高まっている。欧州委員会がハンガリーを司法に付託するなど法的手続きを進めている点は、EU内の制度摩擦を象徴する。
オルバン首相は国内的には支持基盤を堅持しており、EU資金を重要なレバレッジとして活用しながら欧州懐疑主義を主張する政治戦略を展開している。欧州側の制裁措置や圧力は、逆に国内ナショナリズムを助長するリスクを伴う。
7. ドイツのケース
ドイツでは伝統的に中道左派・中道右派が支配してきたが、近年は極右政党AfD(ドイツのための選択肢)が議会に定着し、地方自治体や州議会で一定の勢力を持つようになった。AfDは移民政策、EU懐疑、治安や文化的アイデンティティを主要テーマに掲げ、経済的不満や安全保障懸念を取り込む。だがドイツではナチズムの歴史的背景から極右への公的警戒が強く、主流政党や市民社会はAfDとの明確な距離を保とうとする。実際には支持拡大の一方で、連立や政権参加にはリスクと障壁が残る。最近の地方選挙や市長選でAfD候補が敗れる事例もあり、勢力拡大は一様ではない。
8. フランスのケース
フランスでは国民連合(旧・国民戦線)を中心とした右派が強い存在感を示す。ルペン議員は地域や労働者層にも浸透しており、移民規制、治安政策、国家主権回復を訴えてきた。フランスの政治は五大政党制以前と比べ大きく流動化しており、従来の中道派が崩れた隙間に国民連合が影響力を伸ばしている。2024〜2025年の選挙・世論動向では、マクロン政権の混乱や政策疲弊が右派の追い風となっているとの分析がある。
9. スロバキアやスウェーデンも
スロバキアではフィツォ首相の政権が再び台頭し、欧州的なリベラルな潮流に批判的な政策を展開している。フィツォ氏は対ロシア関係やEU政策で独自色を出しており、民主制度の側面でも懸念が指摘されている。自由度評価も後退する兆候が見られる。
スウェーデンは伝統的にリベラル・福祉国家のイメージが強かったが、スウェーデン民主党(Sweden Democrats)が選挙で躍進し、2022年以降は中道右派政権がこの党の支持に依拠する形となった。移民問題と治安問題が主要因で、北欧モデルの堅持と治安・アイデンティティ保守の衝突が顕在化した。
10. その他の国々の動向・現状
イタリア、オランダ、オーストリア、チェコ、フィンランド、オランダ、ベルギーなど複数国で右派・ポピュリストが議席を伸ばし、連立や政策影響力を持つに至っている。イタリアでは右派連合が長期政権を形成し、オランダやベルギーでは地域主義や移民政策が争点化している。2024〜2025年の欧州議会選挙や各国選挙の結果は、右派の影響力拡大を示す一方で、国ごとの政治文化や制度的歯止めにより「一枚岩」の支配というわけではない。
11. 問題点(民主主義・社会へのリスク)
法の支配とメディア自由の後退:一部の右派政権は司法・メディア・市民社会への統制を強め、民主制度のチェック機能が弱まる恐れがある。
社会分断と政治的ポーラリゼーション:移民、経済格差、文化戦争を巡り社会の分裂が深まり、暴力や敵対的言説が増えるリスクがある。
対外関係の不安定化:対ロシア・対米関係でEU内に意見の分裂が出れば、共同戦略が立てにくくなる。
経済政策の揺らぎ:保護主義や国粋的経済政策が強まれば、単一市場や投資環境に悪影響を及ぼす可能性がある。
人権・少数者の権利の後退:移民やLGBTQ+、少数言語コミュニティなどに対する権利保障が後退する事例がある。
12. 課題(EU・加盟国が直面するもの)
結束の回復:共通課題(安全保障、エネルギー、移民、経済)での協調をいかに回復・深化するか。
国内格差への対応:地域的・階層的格差を是正し、右派に流れる経済的な不満を緩和すること。
情報環境の改善:誤情報・過激化を抑えるメディア政策と教育の強化。
ルール執行の一貫性:法の支配や人権規範の違反に対し、EUは効果的かつ首尾一貫した対処を行う必要がある。
外交的連携:米国やNATOとの関係、対ロシア政策の整合性を維持すること。
13. 対策(政策的提案)
経済的再配分と地域投資:構造転換で取り残された地域への投資と雇用創出を優先する。
包摂的なアイデンティティ政策:移民・難民政策に透明性を持たせ、統合プログラムを強化する。
教育と市民民主主義の再強化:批判的メディアリテラシーの普及と市民参加の拡大を行う。
欧州レベルの法執行強化:法の支配違反に対する経済的・政治的制裁を明確化し、長期的なコンディショナリティを制度化する。
外交・安全保障の柔軟な連携:加盟国間の安全保障協力を深化し、外部からの影響に対する耐性を高める。
対話と妥協の場の設定:極端な対立を緩和するため、中道勢力と市民社会による対話プラットフォームを支援する。
14. 今後の展望(シナリオ別)
楽観シナリオ:EUが財政・地域投資、法執行を効果的に組み合わせ、経済格差と社会的不満を緩和することで右派の勢いは鈍化する。外交面ではウクライナ支援と防衛協力が結束を強め、分断が縮小する。
現実的シナリオ:国ごとの違いが維持され、右派は一定の影響力を保ちながらも、多くの国で制度的な歯止めに阻まれて連続的な政権掌握には至らない。EUは断続的な摩擦を抱えつつ局面ごとに協調を作る。
悲観シナリオ:経済悪化や外部ショックが続き、右派が複数国で政権を掌握し、EU内部の法の支配・連帯が損なわれる。対露方針や対米連携が乱れ、欧州の地政学的立ち位置が不安定化する。
15. まとめ
欧州における右派の台頭は単一要因ではなく、経済・社会・文化・地政学的ショックが重なった結果である。ロシアのウクライナ侵攻や米国のポピュリズム復活は刺激要因であり、ハンガリーやスロバキア、スウェーデン、フランス、ドイツといった国々の具体例は、右派が多様な形で広がっていることを示す。EUは制度的ツールを持つが、その運用は政治的コストと反発を伴い、単純な解決策は存在しない。持続可能な解決は、経済的包摂、情報環境の健全化、法の支配の確保、そして国際協調を同時に推進することにかかっている。欧州が分断と右派台頭の波をどう抑え、民主主義と連帯を再構築するかは今後数年の重要課題である。
参考・出典
欧州議会・極右勢力の増加に関する分析(SWP等の研究報告)。
ハンガリーにおける法改正と国際的批判(Human Rights Watch等)。
スロバキアの政治動向と民主主義指標(Freedom House 等)。
米国トランプ復活の影響と欧州極右の反応(The Guardian等)。