コラム:日本における「共働き夫婦」の実態
日本の共働き夫婦は数と割合の点で急速な増加を示し、夫婦ともフルタイムで働く世帯の割合が拡大している。
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現状(2025年11月時点)
日本では「共働き世帯」が多数派になっている。労働政策研究・研修機構(JIL)の分析では、2024年時点で共働き世帯は約1,300万世帯に達しており、夫婦と子どもから成る世帯が最多を占めるなど、共働きが家族の標準的形態になっている。夫婦の就業時間を見ると、夫・妻ともに週35時間以上の「共働き正社員型」世帯が増加しており、2014年から2024年にかけて夫婦とも週35時間以上の世帯は約104万世帯増加した。
別の集計では、夫婦のいる世帯に占める共働き世帯の割合は約7割(71.9%)と報告され、専業主婦世帯を上回る長期的トレンドが定着している。共働きはもはや例外ではなく、標準的なライフスタイルになりつつある。
共働き夫婦の実態(内訳と働き方)
共働き夫婦の働き方は多様である。フルタイム×フルタイム(夫婦とも週35時間以上)、フルタイム×パートタイム(夫がフルタイム、妻がパート)などが存在し、近年は夫婦ともフルタイムで働く世帯の割合が増えている。JILは2024年の共働き内訳として、夫が週35時間以上・妻が週1〜34時間の世帯が最も多いが、夫婦とも週35時間以上の世帯も大きく増えていると指摘する。つまり「妻が家計補助としてパートで働く」という古いモデルから、夫婦ともに正規雇用やフルタイムで働く形に移行している部分が大きい。
さらに、女性の正規雇用と非正規雇用の構造は世代別に異なる。若年層では女性の正社員比率が上昇している一方で、出産・育児期に非正規化する動き(いわゆる“L字カーブ”)は依然として残る領域もあるが、NWEC(国立女性教育会館等の資料)などは「M字カーブ」が薄れていることを示している。
割合の増加(歴史的推移)
1980年代の共働き世帯は数百万単位だったが、その後徐々に増加し、1990年代後半以降に専業主婦世帯を下回る時期が訪れた。1990年代〜2000年代を通して女性の労働参加率が上昇し、近年は共働き世帯数が加速度的に増加している。2014年と比較して2024年は多くの共働きパターンが増加しており、特に「夫婦ともフルタイム」で働く世帯の増加が顕著である。
働き方の内訳(正規・非正規・リモート等)
共働き世帯内でも、雇用形態は正規・非正規・契約社員・派遣・フリーランスなど多様化している。若年女性の正社員化は進むが、依然としてパート・アルバイト比率は高く、特に出産・育児期は非正規率が上がる傾向にある。一方でテレワークやフレックスタイムなど柔軟な働き方の普及が進み、子育て中の妻が在宅勤務や短時間勤務で働くケースも増加している。こうした多様な働き方は共働きの継続性を高める一方で、雇用の質(給与・昇進・社会保障の差)に格差を生みやすい。
世帯年収
共働き世帯の平均世帯年収は、単一で働く世帯より高い傾向がある。総務省「家計調査」を基にした金融機関の集計では、夫婦共働き世帯の平均年収は約830万円前後、夫のみ働く世帯が約630〜640万円程度と試算されている。つまり共働きによって平均的な世帯収入は上がるが、その上昇幅は家庭ごとの働き方(正規/非正規比率)や地域差で大きく変わる。
地域差
都市部(東京圏・大都市圏)と地方では共働きの様相が異なる。都市部では女性の就業機会(正社員や高付加価値職種)が多く、共働きで高い世帯年収を得る割合が高い。一方で地方では就業機会が限定され、妻がパートや非正規で従事するケースが多く、世帯収入の伸びは限定的となる。加えて保育所・学童保育などの受け皿や通勤時間の差が家事・育児負担に影響するため、地域差は共働きの実態に直接反映される。地方での待機児童問題や通勤時間の長さは、夫婦の働き方選択に影響を与える。
課題(総論)
共働き夫婦の増加は家計にとってプラスとなる一方、家事・育児負担、時間的制約、職場でのキャリア継続困難、保育・介護などの社会的インフラ不足、実質賃金の伸び悩みなど多層的な課題を生んでいる。実質賃金が長期的に停滞・伸び悩みしていることで、共働きで労働投入を増やしても可処分所得が十分に増えないケースがある。OECDや厚生労働省の分析は、実質賃金が2019年水準を下回る期間が続いたことを指摘している。
家事・育児との両立と分担
家事・育児の分担は依然として性別による偏りが残る。夫婦ともに働いていても、家事と育児の負担は妻に偏りがちで、妻の就業継続やキャリア形成に影響する。タイムユース調査や労働調査では、妻の家事時間が夫より長い傾向が続いている。家事・育児時間の不均衡は、妻の労働時間短縮や非正規化、キャリア断絶の一因となる。保育サービスや家事支援サービスの利用は増えているが、費用や地域間格差があり、すべての世帯が必要な支援を受けられているわけではない。
男性の家事・育児への参加
男性の育児参加は着実に増えている。近年の育児休業取得率の上昇は顕著で、政府の施策や企業の制度整備、社会的な意識変化が寄与している。事業所調査等の結果では、2024年度に育児休業を取得した男性の割合は40.5%と大幅に上昇した。これは過去数年での上昇傾向が加速した結果であり、男性の育児参加が広がっている証左である。ただし取得期間は短期にとどまるケースが多く、家事・育児の質的な分担(長時間の家事・子育ての割合)までは必ずしも転換が進んでいない点に留意が必要である。
コミュニケーション不足
共働き世帯では、両者のスケジュールや家計・教育方針等のすり合わせが不足しがちで、家庭内コミュニケーション不足がストレスや摩擦の原因になる。特に長時間労働やシフト勤務がある場合、家事・育児の「見えない仕事」や感情労働が妻に集中しやすい。夫婦が就業時間・家事分担・育児方針を具体的に可視化する仕組み(週次での家事スケジュール共有や共通の家計管理アプリの利用など)が有効とされるが、実践が十分に広がっていない。学術研究や労働政策の点でも、家事の「見える化」や職場の理解を促す施策が必要とされている。
増加している主な原因(多面的要因)
共働きの増加は単一の要因ではなく、複数の構造的要因が重なっている。
女性の社会進出と意識の変化
教育水準の上昇やキャリア志向の高まりにより、女性の就業意欲が向上している。若年女性の高学歴化とキャリア志向は、結婚・出産後も就業継続を選ぶ背景となっている。法制度の変化(男女雇用機会均等法など)
男女雇用機会均等法の施行や改正、育児・介護休業法の改正などにより女性の就業継続を支援する制度が整備されてきた。これらの法改正は時間をかけて企業慣行を変え、女性の正社員化や育児と仕事の両立を後押ししている。キャリア意識の向上・教育水準の上昇
女性の高等教育進学率の上昇と専門職進出が、働き続ける動機を強めている。また、働くことで得られる社会的自己実現や経済的自立の価値観が広がっている。多様な働き方の普及
テレワークやフレックスタイム、短時間正社員制度の導入などにより、従来より柔軟に仕事と家庭を両立できる選択肢が増えたことが共働き継続を後押ししている。経済的な要因(生活費・将来不安)
生活費の上昇や将来の年金・教育費への不安により、夫単独の収入で家庭の将来設計を維持することが難しくなっている。物価上昇と実質賃金の伸び悩みが同時に起こることで、共働きが経済的な必然となるケースが増えている。
女性の社会進出と意識の変化
戦後からの長期的変化として、女性の高等教育進学率が上がり、専門職・管理職への道が徐々に開かれてきた。加えてライフコースにおける働き続ける価値観(経済的自立、社会的役割、自己実現)が浸透してきたことが、共働き増加の基礎にある。政府・企業のダイバーシティ推進や企業の採用方針の変化も、女性のキャリア継続を支える要素となっている。
男女雇用機会均等法の施行とその影響
男女雇用機会均等法は1985年の施行から段階的に改正され、採用・待遇・配置などでの差別禁止が強化されてきた。法的保護の強化は企業慣行を変える原動力になり、女性が就業継続しやすい環境を作る一助となった。ただし、法律だけでは職場文化や昇進慣行を完全に変えられず、企業側の自主的取り組みと監督行政の両方が重要である。
キャリア意識の向上・教育水準の上昇
女性の大学進学率上昇や専門教育の普及は、職業選択の幅を広げ、より高度な職務につく下地を作った。結果として女性の職業資格・専門性が高まり、長期的な就業継続のインセンティブが働く。だが、出産や育児期の職場復帰や昇進でのブレーキは残るため、継続支援策やキャリア中断後の再評価制度が求められる。
多様な働き方の普及
近年のテクノロジー普及によりリモートワークが広がり、通勤時間の削減や育児と仕事の両立が容易になった例が増えている。柔軟勤務制度や時差出勤、在宅勤務などが導入されることで、特に小さな子どもを持つ世帯での就業継続がしやすくなった。ただし、企業間で導入度合いの格差があり、中小企業や地方企業では導入が遅れる場合がある。
経済的な要因(生活費の増大・将来不安)
消費者物価の上昇や教育費・住宅費の高止まり、年金不安などの要因で、二人で働く必要性が高まっている。実質賃金の伸び悩みが続くと、共働きで労働時間を増やしても家計の実質的余裕は限定される可能性がある。OECDや厚生労働省の分析は、実質賃金が長期的に停滞している期間があることを示しており、これは家計の消費行動や貯蓄判断、家族の労働供給に影響を与える。
実質賃金の伸び悩み
名目賃金は上昇する期間があるものの、物価上昇に伴って実質賃金が下落する局面が続いた時期があり、家計の購買力は必ずしも回復していない。2024年度の実質賃金がマイナスになったとの指摘もあり、長期的な購買力の回復が重要課題である。実質賃金の伸び悩みは共働き家庭の「労働時間を増やしても得られる実質的利益が薄い」と感じさせる要因である。
その他の社会的背景(高齢化・単身化・非正規化)
少子高齢化と人口減少は労働市場の構造を変え、女性や高齢者の就業が求められる要因となっている。同時に非正規雇用比率の高さや雇用の流動化は共働きの安定性に影響する。加えて単身世帯の増加や未婚化の進展は、将来的な家族構成や家計行動に変化をもたらし、共働きという形がますます複雑化する背景となっている。
政府・企業の取り組み
政府は育児休業制度の拡充、保育サービスの拡大、男性の育児休業取得促進などを進めており、企業に対しては働き方改革の推進やダイバーシティ施策を働きかけている。多くの大手企業では短時間正社員制度や在宅勤務、育児支援制度を導入しているが、中小企業での導入は遅れがちであり、普及の格差が課題である。公的支援と民間の取り組みの連携が重要である。
テクノロジーの進化と共働き
ICTの発展はリモートワークやクラウド家事支援サービス、家計管理アプリなどを通じて共働きの効率化を支援している。家事代行マッチングサービスやオンライン学習、保育のICT化などは、時間的制約を緩和する効果がある。ただし、テクノロジーの恩恵は導入可能性やコストに左右され、すべての世帯が等しく享受しているわけではない。
今後の展望
今後の展望としては以下の点が重要になると考える。
家事・育児の男女共同参画のさらなる進展
男性の育児参加率の上昇を持続させ、家事・育児時間の平準化を進める必要がある。制度施策だけでなく職場文化の変革が鍵になる。賃金上昇と物価安定の両立
実質賃金の回復が家計の余裕を作り、共働きが「選択」ではなく「必然」にならないためにも重要である。企業の賃上げと生産性向上、政策的支援の組合せが求められる。地域間格差是正と社会インフラ整備
保育・介護・通勤インフラの整備が地方の共働き支援につながる。地方創生と雇用機会の分散が重要である。働き方の多様化と雇用の質向上
リモートワークや短時間正社員などの柔軟制度を普及させつつ、非正規労働者の待遇改善やキャリアパス整備が必要である。家計支援と育児負担軽減の政策連携
直接的な子育て給付、保育無償化の継続や、家事・育児支援サービスの公的補助などによって、時間的・経済的負担を軽減する取り組みが必要である。
まとめ
日本の共働き夫婦は数と割合の点で急速な増加を示し、夫婦ともフルタイムで働く世帯の割合が拡大している。共働きは世帯年収の引上げに寄与する一方で、家事・育児の負担不均衡、実質賃金の伸び悩み、地域差、雇用の質など解決すべき課題が複数存在する。政府・企業の制度整備、職場文化の変革、テクノロジー活用、そして賃金と物価のバランス改善が同時に進まなければ、共働きは単なる「生計戦略」から「実質的な生活改善」へと移行しにくい状況にある。今後は男女双方の家事・育児参加、雇用の質向上、地域インフラの充実が鍵となるだろう。
主な出典(本文で引用した主要資料)
独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JIL)「共働き世帯の状況・労働力調査(詳細集計)等」等。
総務省 / 家計調査の集計を基にした金融機関・研究機関の分析(世帯年収比較)。
国立女性教育会館 等のジェンダー統計と報告書(女性の就業率・M字カーブの変化)。
厚生労働省・OECD 等の賃金・雇用に関する分析(実質賃金の推移、雇用構造)。
政府の育児休業取得調査・雇用均等基本調査(男性の育児休業取得率の上昇)。
