コラム:「終末時計」最短更新、人類が直面する複合的なリスク
終末時計は1947年に核戦争の危険性を象徴するために作られた象徴的な指標であり、現在では核リスクのみならず、気候変動、人工知能、生物学的脅威など複合的リスクを評価する指標として機能している。
.jpg)
現状(2026年1月時点)
2026年1月27日、米国の科学誌である原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)は「終末時計(Doomsday Clock)」の針を真夜中(人類滅亡)まで残り85秒に設定したと発表した。この時間は1947年の設定開始以来最も「真夜中」に近い数値であり、過去最短を更新した。この決定は核戦争リスク、気候変動、人工知能(AI)の軍事利用といった複合的リスクが悪化しているという科学者コミュニティの評価に基づくものである。2025年時点では89秒であり、2026年の設定はそれよりもさらに危機が差し迫っているとの判断で設定されたものである。こうした評価は国際的な危機感を反映しており、世界各地の主要メディアでも「人類史上最も危険な時代」として報じられている。
終末時計(Doomsday Clock)とは
終末時計(Doomsday Clock)は、核戦争、気候変動、技術的リスクなどの人類滅亡につながる可能性を象徴的に示す「警告時計」である。この時計は真夜中(midnight)を「人類文明の終焉」または「破滅的破局」を象徴する点としており、針が真夜中に近いほど危険レベルが高いと解釈される。正式には「Doomsday Clock」と名付けられており、数字自体が「残された時間」を秒や分で表現するものではなく、総合的な危機評価を象徴する指標として機能する。
原子力科学者会報の警告
原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)は1945年に設立された非営利の科学誌である。当初はマンハッタン計画に関わった科学者たち(アルバート・アインシュタイン、J.ロバート・オッペンハイマーら)が中心となり、核兵器の危険性や倫理的責任を訴える目的で設立された。終末時計は1947年に初めて作られ、当初は冷戦期の核兵器競争に対する警告として機能した。時計の針はこれまでに複数回動かされており、その度合いは世界情勢の変化を象徴してきた。
原子力科学者会報の声明は専門家コミュニティの見解として広く引用され、国家安全保障、気候政策、技術規制といった分野で世界的な議論を喚起する役割を担っている。特に2026年版の声明では、核軍縮枠組みの脆弱化、AI と生物学的リスク、気候変動の深刻化、国際協調の崩壊といった要因を指摘し、「失われつつある協力関係は変化可能だが時間が迫っている」と強調されている。
2026年1月の時計の針「残り85秒」
2026年1月の発表では、終末時計の針は「残り85秒前」に設定された。この数値は2025年の89秒よりさらに近く、終末時計史上最も真夜中に近い設定である。科学者グループは、複数の複合した脅威が相互に強化し合い、リスクレベルを高めていると評価している。この設定は予言ではなく、現在の世界情勢に対する批判的警告である。
2025年との比較
2025年の終末時計は残り89秒と発表されており、当時としては過去最短であった。しかし2026年にはさらに針が前進し、残り85秒となった。これは核リスクや気候変動に加えて、AIのリスクや国際協調の崩壊が加速したとの評価が反映された結果である。2025年の主因も核戦争の可能性、気候変動、AIリスクなどであり、これらが解決されず、むしろ悪化したと原子力科学者会報は判断した。
主な要因
終末時計が「残り85秒」に設定された背景には複数の要因がある。以下に主要なものを整理する。
核兵器リスクの高まり
ロシア・ウクライナ戦争、インド・パキスタンの緊張、米中・米露間の軍拡競争などが核リスクを高めていると評価された。また、主要な核軍縮条約の期限切れが迫り、体制が脆弱化しているとの指摘もある。
気候変動の進行
気候変動は人類にとって継続的かつ差し迫ったリスクであり、これまで以上の頻度と深刻度で自然災害や食料供給の不安定化を引き起こしている。原子力科学者会報は気候変動を終末時計の評価要因として取り入れており、気候危機が他のリスクと相互に作用していると分析している。
人工知能と技術リスク
AI 技術の急速な進化は軍事利用やサイバー攻撃、誤情報拡散の促進など新たな安全保障上のリスクを生み出している。特に軍用AIシステムの無規制な導入は重大な誤判断や暴走の可能性を孕むと専門家は警告している。
生物学的リスクと情報危機
バイオテクノロジーの進展による新たなパンデミックリスク、さらには偽情報の蔓延が国際的協力を阻害しているとの評価もある。科学的事実が共有されない環境はリスク管理を困難にしている。
国際協調の崩壊
国際協力の弱体化やナショナリズムの台頭が、グローバルなリスク管理を困難にしているとの指摘が繰り返されている。原子力科学者会報はこの点を 2026年声明の中心的なテーマとして強調している。
終末時計の仕組み
終末時計は単なるアートワークではなく、科学的に評価された複数のリスク指標を統合して決定される象徴的な指標である。時計の針の位置は専門家グループが1年ごとにレビューし、世界情勢とリスクレベルを総合的に分析することで決定される。評価には核兵器の配備状況、条約の運用、気候データ、技術的リスク評価などが含まれる。
判定基準
時計の設定には具体的な数値計算があるわけではなく、リスクの総合的評価と専門家の判断が基準となる。専門家は定量的データと定性的評価を組み合わせ、現在の危険水準を象徴的に示す時間を決定する。核戦争や気候変動、技術的危険が改善された場合は針を後退させることもある。
決定プロセス
終末時計の針は原子力科学者会報の科学と安全保障委員会(Science and Security Board Science and Security Board)により決定される。この委員会には核安全保障、気候科学、AI技術など多様な分野の専門家が含まれており、さらに後援団体にはノーベル賞受賞者も名を連ねている。年次レビューではリスク評価報告書が作成され、公開会議で最終決定が行われる。
過去の極端な例
最長: 17分前(1991年:冷戦終結、ソ連崩壊時)
終末時計の針が最も「後退」した時期は1991年であり、真夜中まで17分という距離に設定された。この時期は冷戦が終結し、米ソ間で大型核軍縮条約が締結されたことが評価されたためである。
最短: 85秒前(2026年現在:過去最短を更新中)
2026年の時点で、終末時計は85秒前とされ、これまでで最も真夜中に近い設定となっている。これは冷戦期さえも上回る象徴的なリスク水準であると専門家は述べている。
人類が直面する複合的なリスクの現状を可視化
終末時計は単一の危機を指すものではなく、複合的なリスクを統合的に把握する警告指標である。核兵器、気候変動、AI、生物学的脅威など多岐にわたる要因を包括するため、その数値は単一の出来事ではなく、世界全体のリスク傾向を示すものとして理解される。専門家は「現代は複数の危機が同時並行的に進行している」と指摘しており、これが終末時計の針が進む主因とされる。
今後の展望
終末時計が示す「残り85秒」は単なる象徴的数値でありながら、国際社会への警鐘として広く受け取られている。専門家コミュニティは、人類が直面するリスクを軽減するために以下のような政策的対応を求めている:
核軍縮と信頼構築措置の強化
気候変動対策の抜本的強化
AIや新興技術に対する国際的ガイドラインの整備
生物学的リスク管理の国際協力拡大
偽情報対策と科学的事実に基づく政策形成
これらの措置が実行に移されない限り、終末時計の針はさらに前進する可能性がある。逆に効果的な協調措置が採られれば、針は後退することもあり得る。終末時計の意義は、危機回避のための行動促進装置としての役割にある。
まとめ
終末時計は1947年に核戦争の危険性を象徴するために作られた象徴的な指標であり、現在では核リスクのみならず、気候変動、人工知能、生物学的脅威など複合的リスクを評価する指標として機能している。2026年の設定は残り85秒とされ、過去最短を更新した。これは国際的な協力の脆弱化、戦略的軍縮体制の崩壊、技術的な危険の拡大、気候変動の進行といった要因が複合的に作用した結果である。終末時計は未来予測ではなく、人類が直面するリスクを評価し、行動を促すための警告装置として理解されるべきである。
参考・引用リスト
Bulletin of the Atomic Scientists, “PRESS RELEASE: It is 85 seconds to midnight” (2026年1月27日発表)。終末時計 2026年版の公式声明。
Britannica, “Doomsday Clock | Definition, Timeline, & Facts”。終末時計の歴史と概要。
University of Chicago News, “Doomsday Clock ticks down to 85 seconds to midnight in 2026—closest ever to apocalypse”。2026年設定とその解説。
ABC News, “Doomsday Clock set to 85 seconds to midnight”。過去の時計設定の変遷と比較。
追記:時計の針が大きく戻った歴史的背景
終末時計の歴史において、針が大きく「真夜中」から遠ざかった例は限られている。その中でも最も象徴的なのが1991年の「17分前」である。この大幅な後退は、冷戦終結という国際秩序の根本的転換を反映したものであった。
1947年に終末時計が設定されて以降、世界は長らく米国とソ連による二極対立構造の下にあり、核戦争のリスクは恒常的に存在していた。しかし1980年代後半から、ミハイル・ゴルバチョフ政権下のソ連がペレストロイカおよびグラスノスチを推進し、軍事的緊張緩和と軍縮へと政策転換を行った。1987年の中距離核戦力(INF)全廃条約、1991年の戦略兵器削減条約(START I)の署名は、核兵器削減が現実的な政策として機能し得ることを示した。
1991年のソ連崩壊は、核戦争の最大要因であった超大国間の全面対立を事実上終結させた。この時点で、核兵器は依然として存在していたものの、意図的な全面核戦争の可能性は著しく低下したと評価された。その結果、終末時計は17分前へと大きく後退したのである。
重要なのは、この後退が「技術的進歩」や「自然条件の変化」によるものではなく、政治的意思決定と国際協調の成果によってもたらされた点である。終末時計の歴史は、人類が選択によってリスクを低減し得ることを示す数少ない実証例を提供している。一方で、この時期は例外的であり、冷戦後の楽観主義が長続きしなかったこともまた事実である。
日本がこの評価に与えている影響
日本は終末時計の評価において、直接的な意思決定主体ではないものの、象徴的・構造的・政策的な三つの側面で重要な影響を与えている国と位置付けられる。
第一に、象徴的側面である。日本は広島・長崎への原子爆弾投下という人類史上唯一の核兵器実戦使用を経験した国家である。この歴史的事実は、核兵器の非人道性を示す強力な証拠として、国際的な核軍縮議論の中で繰り返し参照されてきた。原子力科学者会報を含む専門家コミュニティにおいても、日本の被爆体験は「核リスクの現実性」を可視化する歴史的背景として共有されている。
第二に、構造的側面である。日本は核兵器を保有していないが、米国の「核の傘」に依存する安全保障体制を採用している。この立場は、核抑止論の現実的運用と核軍縮理想の間に存在する矛盾を体現している。日本は核兵器禁止条約(TPNW)に署名していない一方で、核兵器のない世界を公式に支持しており、この二重性は終末時計が示す「人類の自己矛盾」を象徴する一例といえる。
第三に、政策的側面である。日本は気候変動対策、原子力安全、技術管理、災害対応などの分野で高度な知見と制度を有しており、これらは終末時計が扱う複合的リスクの管理において重要な示唆を与えている。特に福島第一原発事故以降、日本は原子力リスクと社会的信頼の問題を経験的に学んできた。この経験は、核技術や高度技術の「安全神話」がいかに脆弱であるかを示す実例として、国際社会に影響を与えている。
総じて、日本は終末時計の針を直接動かす存在ではないが、核・技術・災害リスクを同時に体現する国家として、評価の文脈形成に寄与していると位置付けることができる。
人類滅亡はあり得るか?
終末時計が示す「真夜中」はしばしば「人類滅亡」と表現されるが、学術的にはこの概念を慎重に整理する必要がある。結論から言えば、人類の完全滅亡は理論的には可能だが、現実的には極めて低確率であり、より現実的なのは「文明的崩壊」または「大規模人口減少」である。
核戦争の場合、全面核戦争が発生したとしても、全人類が即座に死滅する可能性は低いと考えられている。しかし、核の冬による気温低下、農業生産の崩壊、社会インフラの破壊が連鎖的に進行すれば、数十億人規模の犠牲者が生じ、近代文明が維持不能となる可能性は現実的である。この状態は「人類滅亡」と同義ではないが、人類史における断絶的事態である。
気候変動についても同様である。気候変動は人類を即座に絶滅させるものではないが、居住可能地域の縮小、食料生産の不安定化、大規模移民、国家間紛争を誘発し、文明の基盤を長期的に侵食する。これもまた「緩慢な終末」と表現されるタイプのリスクである。
人工知能やバイオテクノロジーに関しては、不適切な管理や誤用によって制御不能な事態が生じる可能性が指摘されているが、これらは単独で人類を滅ぼすというより、既存の脆弱性を増幅させる「リスク加速因子」として機能すると考えられている。
終末時計の重要な点は、「人類滅亡が不可避である」と主張しているのではなく、人類が自らの選択によって破局的未来を招く可能性を持っていることを可視化している点にある。針は運命を示すものではなく、警告であり、行動を促すための社会的装置である。
したがって、「人類滅亡はあり得るか」という問いへの最も正確な答えは次のようになる。
人類滅亡は物理的には可能だが、政治的・社会的選択によって回避可能であり、その分岐点が現在にある。終末時計はその分岐点を象徴的に示す指標なのである。
