コラム:衰退進む日本の農業、どうしてこうなった...対策は?
日本の農業衰退は単一要因ではなく、人口動態・社会構造・経営構造・制度的制約が複合的に作用している結果である。
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日本の農業は人口・就業者の減少、高齢化、耕作放棄地の増加、国際競争力の相対的低下といった複合的な問題に直面している。基幹的農業従事者数はここ数十年で大幅に減少しており、令和6(2024)年の推計では基幹的農業従事者数は約111万4千人、平均年齢は69.2歳となっている。高齢層(70歳以上)が労働力に占める割合も大きく、担い手不足が深刻化している。これに伴い、耕作放棄地(荒廃農地)も増加しており、令和6(2024)年3月末時点の荒廃農地面積は約25.7万ヘクタール、そのうち再生利用可能面積は約9.4万ヘクタールに上る。さらに食料自給率(カロリーベース)は長らく低迷しており、直近の公表値でも約38%前後で推移している。これらの現象は単一の原因から生じているわけではなく、構造的・社会的要因が複雑に絡み合っている。
どうしてこうなった?
戦後の高度経済成長期以降、都市への人口流出と産業構造の変化により、農村部から若年人口が流出した。工業やサービス業の雇用拡大は地方の若者にとって魅力的な就業先を提供し、農業は相対的に所得が低く、リスク管理や生活の安定が難しい職域と見なされるようになった。加えて、農地制度や相続、資本・設備投資の不足、小規模分散経営といった制度的・経営的制約が継続し、効率的な規模拡大や新規参入を阻んだ。これらが長期間にわたって累積し、現在の衰退状況につながっている。
高齢化と担い手不足
農業従事者の平均年齢が高齢化していることは、最も分かりやすい症状である。平均年齢が約69歳ということは、現役世代の後継者が十分に育っていないことを意味する。高齢化が進むと、体力・健康面での制約が増え、機械化や外注で補えない業務(細かな管理や出荷対応など)が滞る。高齢者が多い農家は技術更新や経営投資に慎重になりやすく、結果として生産性の向上が遅れる。さらに高齢であるがゆえに死亡や病気による突然の耕作放棄が発生しやすく、地域全体の農地利用が不安定化する。
後継者不足
若年世代の農業離れは顕著で、新規就農者数はかつてより減少傾向にある。理由は多岐にわたるが、代表的なのは以下の点である:初期投資(農機具・ハウス・施設など)や運転資金の負担、自然災害や価格変動などのリスク、社会的評価の低さ、都市生活との選好差などだ。家族経営の多くは相続・承継の段階で分裂や放棄が起きやすく、相続税・土地権利・慣行なども複雑な障壁となる。結果として「農業をやりたい若者」がいても、現実的に参入・継続することが難しい構造が残る。
小規模経営の弊害
日本の農業は歴史的に小規模な家族経営が多数を占める構造だった。小規模経営のままでは規模の経済が働きにくく、機械化やIT投資、マーケティング、流通チャネルの確保が難しい。結果として単位面積あたりのコストが高止まりし、国内外の価格変動に弱くなる。さらに労働力が限られるため、兼業・副業に頼るケースが多く、フルタイムでの農業経営に集中できない現状がある。こうした点が生産性を抑制し、所得の伸び悩みにつながっている。
国際競争力の低さ
日本は地形が複雑で、傾斜地や小面積の水田が多いことから、機械化・大規模化が難しい。一方で、関税や輸入制度が整備されている国際市場においては、安価な輸入農産物との価格競争にさらされやすい。さらに産地・品目ごとの規模や流通力の差が大きく、輸出向けのブランド化や付加価値化が進まない分野も多い。結果として国内市場での価格は高止まりし、消費者の価格志向が強い場合には国内産が選ばれにくい構図が生まれる。加えて、農業の規模拡大を阻む制度・地権関係が、競争力強化の妨げになってきた。
耕作放棄地の増加
農業従事者の減少・高齢化と並行して、耕作放棄地が増加している。令和5(2023)年度に新たに発生した荒廃農地面積は2.5万ヘクタールで、令和6(2024)年3月末の荒廃農地総面積は25.7万ヘクタール程度と報告されている。耕作放棄地の増加は単に農地が無駄になるだけでなく、地域の景観・生態系の劣化、野生動物の生息変化、防災面での問題(斜面や水はけの変化)など二次的被害をもたらす。また、放棄地は再生にコストがかかるため、放置が長期化すると再利用可能性が低下する。
食料自給率低下で危機的状況に?
食料自給率(カロリーベース)は長年低い水準で推移しており、直近の公表では約38%となっている。機能的には、輸入に過度に依存することで国際情勢や価格ショック、輸送途絶や貿易制限等の外的ショックに対して脆弱になるリスクが高まる。特にエネルギー・肥料価格の上昇や国際紛争、気候変動による供給不安は、食料安全保障の観点から懸念材料だ。一方で生産額ベースでは国内生産の高付加価値化により自給率がより高く出る指標もあり、単一指標だけで判断するのは誤りとなる。だが、平時における備えと有事の際の回復力(レジリエンス)をどう確保するかは重要な課題である。
問題点(整理)
労働力の高齢化と減少による担い手不足。
新規就農や後継者確保の困難さ。
小規模分散経営による生産性の低さと収益の不安定さ。
耕作放棄地の増加とそれに伴う地域機能の低下。
低い食料自給率と外的ショックに対する脆弱性。
自然災害・気候変動リスクの増大と、それに対応するインフラ・保険制度の不足。
課題(優先順位をつけて)
担い手の確保・育成:若者・都市経験者・女性・新規参入者にとって魅力的な職業にするための環境整備(資金支援、研修制度、生活インフラの保証等)。
規模拡大と集約化の促進:集落営農や企業的経営、農地中間管理事業などを活用して効率化を図る。
耕作放棄地の有効活用:再生可能な農地の早期特定と再生支援、放牧や草地利用等の多様な利用法の導入。
生産性向上と付加価値化:スマート農業(ICT・センサー・自動化)、6次産業化、地域ブランド化、直接販売チャネルの拡充。
食料安全保障への備え:備蓄・多様な供給ルートの確保、都市近郊農地の活用、持続可能な国内生産基盤の強化。
政府の対応
政府は長年にわたり複数施策を組み合わせて対処してきた。代表的な方策には、農地中間管理事業による農地の集積支援、認定農業者制度や担い手支援資金、交付金制度(多面的機能支払交付金など)による農業の維持・保全支援、若手就農者への支援金や研修などがある。また、近年はスマート農業の推進や輸出促進政策の強化、気候変動対策を視野に入れた支援スキームの整備に注力している。令和期の公表資料でも、担い手・高齢化対策、耕作放棄地の再利用促進、食料自給率の向上に向けた取り組みが明示されている。だが、制度の複雑さや地域ごとの実情差を踏まえた柔軟な運用が今後の鍵となる。
自治体の対応
自治体は地域事情に応じた独自施策を実施している。具体的には、移住・定住支援とセットにした就農支援、農地バンクによる農地マッチング、地域資源を活かした6次産業化支援(加工・直販支援)、地元企業や観光と連携した農業ツーリズムの推進、女性や高齢者の参画を促すコミュニティづくりなどだ。自治体は現場に近い分、柔軟な施策展開や再生利用のための地元連携が可能であり、成功事例も複数見られる。ただし財政力や人材の差により、対応力の地域差が生じている点が課題だ。
今後の展望(シナリオ別)
改善シナリオ(政策と民間活力が連動する場合)
制度改革(相続・土地流動化の円滑化、税制優遇、補助の効率化)と民間投資(農業ベンチャー、農業法人、外部資本の導入)、デジタル化・スマート化の普及が進めば、効率性と収益性は向上する。若者や都市経験者の参入が増え、耕作放棄地の再生も進むことで、生産基盤が回復し食料自給力も底上げされる可能性がある。現状維持シナリオ(断片的対策にとどまる場合)
地域間・品目間の格差が固定化し、観光や高付加価値作物に成功している地域が一部で浮上する一方、多くの地域は担い手不足と耕作放棄地の拡大に悩み続ける。食料安全保障のリスクは残るが、社会的混乱を招くほどの急激な崩壊は避けられる可能性が高い。悪化シナリオ(外部ショック+政策失敗)
国際的な供給ショックや急激な物価上昇、重要な制度対応の遅れが重なると、短期的な食料供給の不安が顕在化する。地域社会の疲弊が深刻化し、再生可能な農地がさらに減少するリスクがある。
具体的に取り組むべき戦略
若年層・新規就農者向けの「総合パッケージ支援」の拡充(初期投資補助+低利融資+住宅・子育て支援+研修)。
農地の流動化を促す法制度・税制の見直しと、地域単位での農地バンク強化。
スマート農業・自動化の促進と、それを支える通信・電力インフラ整備。
地域ブランド化と直販・加工流通の支援により、単価向上と収益の安定化を図る。
耕作放棄地を農業以外(再生エネルギー・里山保全・観光資源)も視野に入れて多面的に活用する施策を推進。
まとめ
日本の農業衰退は単一要因ではなく、人口動態・社会構造・経営構造・制度的制約が複合的に作用している結果である。データは明確に示しており(平均年齢の高齢化、基幹的農業従事者数の減少、耕作放棄地の増加、低位で推移する食料自給率)、これらを放置すれば地域社会や食料安全保障への影響が懸念される。だが同時に、技術革新・制度改革・地域の創意工夫が結びつけば、再生と成長の道は開ける。政策は短期的な支援とともに、中長期的な構造改革を両輪で進めることが必要であり、国・自治体・民間・地域住民が協働して実効的な取り組みを継続することが最も重要だ。
地方自治体向け 農業再生実行プラン(ロードマップ)
Ⅰ.基本理念
地域主導型農業の再構築:国の政策を待つだけでなく、自治体が主体となって地域の農業・食料を守る。
「人・土地・技術」の再生循環:担い手の確保、農地の有効活用、スマート農業導入を三本柱とする。
地域経済との一体化:観光・福祉・教育・エネルギー政策など、他分野と連携した「地域農業エコシステム」を構築する。
Ⅱ.現状認識(自治体が把握すべき指標)
基幹的農業従事者の平均年齢・人数
耕作放棄地の面積と再生可能面積(農林水産省・自治体データ)
新規就農者の年齢・定着率
地域の農産物出荷額・販売ルート・直販率
農業法人・集落営農組織数
農業関係移住者数・就農研修参加者数
地域内食料自給率(試算でも可)
※まず現状を可視化する「地域農業カルテ」を作成することが初期段階の要点である。
Ⅲ.目標(10年後にめざす姿)
項目 | 現状 | 10年後の目標(例) |
---|---|---|
平均年齢 | 約69歳 | 65歳以下へ引き下げ |
新規就農者 | 年間○人 | 年間2倍に増加 |
耕作放棄地 | ○ha | 半減 |
農業所得 | 地域平均× | 20%増 |
食料自給率(地域内) | 約30% | 50%以上 |
農業法人・集落営農 | ○件 | 1.5倍 |
スマート農業導入率 | 10% | 60% |
Ⅳ.基本戦略と施策(フェーズ別)
【短期(1~3年)】「再生の土台をつくる段階」
① 農地・人材の現状把握と再配置
各地区ごとに農地台帳と利用実態調査を実施。
農地バンク制度を拡充し、貸したい農家と使いたい担い手をマッチング。
自治体内農業再生協議会を設立し、行政・JA・企業・地元NPOを結集。
② 若者・移住者・女性の参入促進
「就農トライアル制度」を創設(短期研修+住宅支援+機械貸与)。
空き家を活用した就農支援住宅(農業スタートハウス)を整備。
SNS・自治体HPで「地域農業の魅力発信動画」を制作。
女性農業者ネットワークを立ち上げ、育児・介護支援も含めた労働環境を整備。
③ 耕作放棄地の緊急対応
再生可能農地の優先リストを作成し、「再生モデル地区」を指定。
再生支援金(交付金+民間協賛)で、若手や企業に利用を促す。
放棄地の一部をソーラーシェアリングや牧草地に転換する。
④ 学校・教育との連携
地元中高・農業高校と協定を結び、「地域農業体験プログラム」を年間実施。
子どもたちに農作業を通じて「食と命」を学ばせ、将来の担い手育成を促す。
【中期(4~7年)】「地域農業の構造転換期」
① スマート農業・ICT導入
ドローン・自動トラクター・センサー技術の導入支援補助金を拡大。
農業高校や地元企業と連携し、地域スマート農業センターを設立。
データ連携で作付・収穫・出荷の最適化を推進。
② 農業法人・集落営農の支援
小規模農家が合同出荷・共同利用を行う「地域営農組合」を育成。
法人化・企業参入を促進し、経営ノウハウと販路拡大を図る。
税制優遇(固定資産税軽減・農地利用税控除)を首長と協議して導入。
③ 6次産業化・地域ブランド戦略
地元農産物を活かした加工・観光・販売一体型ビジネスを支援。
「地域ブランド認証制度」を設け、商標登録とEC販売を支援。
地産地消イベント(マルシェ・フェス・給食利用)を年間スケジュール化。
④ 環境保全型農業・脱炭素化
有機農業・減農薬栽培の奨励金制度を整備。
耕作放棄地を活用した再生可能エネルギー農業モデル(ソーラー+農業)を推進。
【長期(8~15年)】「持続可能な農業社会の実現」
① 持続的担い手循環モデルの確立
就農希望者が自治体を選ぶ時代へ。「農業インターン制度」を全国連携で展開。
高齢農家のリタイア後の農地を若手・企業にスムーズに承継できる制度化。
移住就農者・法人・集落が協働する「地域農業コンソーシアム」を常設化。
② 農業+観光+教育の融合
アグリツーリズム・農泊・食育キャンプを観光戦略と統合。
学校教育に「地元農業と環境」を必修化し、地域文化と農業の連携を進める。
③ 危機対応力の強化
有事に備えた食料備蓄ネットワークの整備。
災害時に強い地域流通(地産物流システム)を構築。
AI・気象データ連携による農業災害リスク予測体制を確立。
④ 次世代人材育成
地元高校・大学に「地域農業起業プログラム」を設置。
スマート農業技術者、農業データサイエンティストを育成。
女性・シニア・移住者が多様に活躍できる共創モデルを形成。
Ⅴ.KPI(成果指標)
新規就農者数(毎年+10%)
耕作放棄地再生面積(年平均500ha削減目標)
農業所得(10年で+20%)
スマート農業機器導入件数
農業法人・集落営農組織数
地域内調達率(給食・観光施設などでの地元産利用率)
Ⅵ.財源・支援スキーム
区分 | 財源・制度例 | 担当・連携先 |
---|---|---|
国費補助 | 農地中間管理機構交付金、担い手支援交付金、スマート農業推進事業 | 農林水産省、都道府県 |
県費支援 | 農業法人化補助、地域ブランド化支援 | 各都道府県 |
自治体予算 | 就農研修費、地域農業センター設置費 | 市町村 |
民間連携 | 農機メーカー、地銀、商社、観光協会 | 企業・団体 |
ふるさと納税 | 農業支援枠を設け、機材・研修費に活用 | 自治体独自 |
Ⅶ.広報・住民巻き込み戦略
農業×地域PRキャンペーンを展開(地元メディア・SNS・YouTube)。
「○○市農業の日」を制定し、市民が農業に関わる日を創出。
小中学校給食を「地産地消週間」に指定し、地域農産物を実際に味わう機会を提供。
都市部住民・企業との「援農ボランティア制度」を整備。
Ⅷ.実施体制
総合統括:市町村長・副市町村長
実行部門:農政課+産業振興課+観光課(合同プロジェクトチーム)
協力機関:JA・地元企業・農業法人・教育機関・NPO
評価委員会:外部有識者・農業経営者・地域代表による年次レビュー
Ⅸ.モニタリングと見直し
年1回「地域農業白書(自治体版)」を作成し、KPIの進捗を可視化。
政策効果を分析し、データに基づいて改善策を翌年度予算に反映。
3年ごとに「ロードマップ改訂版」を公表し、柔軟な軌道修正を実施。