コラム:衆議院選2026、「選択的夫婦別姓」議論
2026年2月8日投開票予定の衆議院選挙における「夫婦別姓」議論は、単なる制度改修を超えて、日本社会における家族観とジェンダー平等の在り方を問う重要な政治議題となっている。
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現状(2026年2月時点)
1. 現行制度の概要
現在の日本法において、婚姻後の夫婦は同一の姓(夫婦同姓)を名乗ることが法律で義務づけられている。この原則は民法第750条に基づき、「夫婦は婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の氏を称する」とされている(すなわち、夫の姓か妻の姓のいずれかを選ぶ)というものである。併せて戸籍法第74条により、婚姻届に記載された単一の姓が戸籍上の公式名として登録されなければ婚姻届が受理されない仕組みになっている。
この制度により、婚姻すると原則として夫婦は同じ苗字を名乗る必要があり、結婚後も夫婦別姓を法的に認めない仕組みが続いている。国際結婚の場合の例外を除き、夫婦別姓は認められていない。
2. 社会的背景と現実的運用
現実には、民法750条上は夫婦どちらの姓を選ぶか自由に協議して決められるとはされているものの、統計的に約95%の夫婦が夫の姓を選択しており、女性側が慣習的に改姓している。これは性別役割分担といった社会的圧力や伝統的家族観が影響しているとされている。
また、婚姻後も仕事や社会活動の場面で旧姓を使用すること自体は「通称使用」としてある程度容認されているものの、法制度上は旧姓が戸籍名として効力を持たないために、様々な不便が生じていると指摘されてきた。
3. 司法判断の位置づけ
過去の訴訟において、最高裁判所は2015年及び2021年に、夫婦同姓制度そのものについて違憲性はない(合憲)との判断を示している。最高裁は同姓制度が長く社会に定着していること等を挙げて正当な立法裁量として評価している。しかし、その判断の中でも、選択的夫婦別姓制度の是非は立法府が議論すべきテーマと位置づけられ、国会での論議が何度も求められてきた。
選択的夫婦別姓とは
1. 基本概念
「選択的夫婦別姓制度」とは、結婚する際に夫婦が希望すれば婚姻後も婚前の姓を各自が保持し続けることを可能とする法制度を指す。いわば「同姓」か「別姓」かを選べる制度であり、夫婦が双方の姓をそれぞれ保持することを選択できるようにすることが特徴である。
この制度は、個人のアイデンティティを尊重し、婚姻によって不本意に姓を変更することを回避できるようにするものである。通称使用とは異なり、法的効力のある「姓の保持」が可能になる点が通称使用との大きな違いである。
2. 理論的根拠と目的
選択的夫婦別姓制度を支持する立場からは、次のような理論的根拠が挙げられている。
個人の尊厳と平等を守るため、婚姻による一方的な氏変更を強制しないことが重要であるとの憲法理念(憲法13条、憲法24条)に合致する。
婚姻による改姓は実質的に男女差別的な負担を伴っていると指摘されており(例:女性が多数改姓している現状)、性別役割分担意識を助長している可能性がある。
社会の多様化やグローバル化に対応した柔軟な家族法制が求められているという見地から、他の先進諸国の制度を踏まえた改革が必要とされている。
3. 通称使用との比較
通称使用はあくまでも法的効力を持たない名乗りに過ぎないため、戸籍や公的文書等において旧姓が扱われないケースが多く、通称使用の拡大だけでは制度的な欠陥や不便さが解消されないとの指摘がある。選択的夫婦別姓はその点を根本から解消しうる制度であるとされている。
選挙における議論のポイント
2026衆院選における夫婦別姓議論は、単なる法制度論を超えて、以下のような重要な政治的・社会的テーマとして扱われている。
1. 政策実現の是非
「夫婦別姓の導入そのもの」を支持するか否かが大きな争点になっている。これまで多くの政党や議員が法制度の見直しを主張してきた一方で、伝統的家族観を重視して反対・慎重論も根強い。
2. 旧姓通称使用の法制化の扱い
通称使用の拡大をどの程度進めるかも議論の対象となっている。通称使用の法的効力を強化し、実務上の不便を解消することを提案する立場と、選択的夫婦別姓そのものの導入を重視する立場の違いが焦点となっている。
3. 世論の分断と支持動向
最新の政策アンケートでは、「選択的夫婦別姓の導入」を支持する候補者が47.8%、「通称使用の拡大」を支持する候補者が45.1%という二分的な割合が示されており、選挙における争点として緊張感があることが確認されている。
政権与党(自民・維新)内のスタンスと「旧姓通称使用」の法制化
1. 自民党の対応
自由民主党内における選択的夫婦別姓制度の議論は長年続いているものの、党としての確定的な法案提出には至っていない。2025年の議論では、自民党は法案提出を見送り、慎重な議論を進める姿勢を示している。これは保守系議員を含む党内意見の分断が大きな要因である。
代わりとして、自民党の作業部会が示した案には旧姓の通称使用の拡大に法的効力を持たせることが含まれており、これは夫婦同姓制度を維持しつつ、実務上の不便を緩和することを目的としている。
2. 維新の会の立場
日本維新の会も選択的夫婦別姓そのものの導入について積極的ではなく、主として旧姓の通称使用の法制化を重視する立場を示している。これは、夫婦同姓制度を維持しつつも個人の利便性を改善する妥協策として位置づけられている。
高市政権:「旧姓通称使用の法制化」の主張と狙い
1. 高市首相のスタンス
現職の高市首相は長年、選択的夫婦別姓制度に対して慎重もしくは否定的な立場を取ってきたとされている。このため、自民党の公約には「旧姓通称使用の法制化を目指す」ことが明記されていると報じられている。
2. 背後にある政治的狙い
高市政権のアプローチは、伝統的な家族観を重視する保守派の支持基盤を維持しつつ、婚姻後の旧姓使用という実務的な不便を解消する現実的な措置を打ち出すことにあると考えられる。これにより、選択的夫婦別姓論議の全面的な導入を避けつつ、制度改修の成果を示す戦略的なバランスを狙っていると受け止められている。
立憲民主党・国民民主党:「選択的夫婦別姓の導入」
1. 立憲民主党の立場
立憲民主党は2025年4月に民法改正案としての選択的夫婦別姓制度導入法案を国会に提出しているなど、積極的な法改革の立場を明確にしている。
また、立憲民主党法務部門会議は経済界団体との意見交換を行い、選択的夫婦別姓制度の実現を推進する姿勢を強調している。
2. 国民民主党の立場
国民民主党も選択的夫婦別姓制度を導入することをマニフェストに掲げており、立憲民主党と連携しつつ法案成立を目指す立場を取る。ただし、党内には慎重な意見も存在し、野党全体での足並みが必ずしも完全ではない点が指摘されている。
公明党(中道改革連合):選択的夫婦別姓の早期実現
公明党は従来から選択的夫婦別姓制度の導入を支持する立場を表明し、公明新聞でも選択的夫婦別姓制度の早期導入を訴える解説が示されている。
公明党は中道的な立場から、男女平等と個々人の権利尊重の観点を強調しており、選択的夫婦別姓の実現を政治的優先課題と位置づけている。ただし、与党内での調整が困難な状況もあり、法制化への歩みは必ずしも直線的ではない。
経済界・世論の動向
1. 経済界の動き
日本経済団体連合会(経団連)など経済界でも、働く人々の利便性や多様性確保の観点から選択的夫婦別姓の導入に関するヒアリングや意見交換が行われている。立憲民主党が経団連からヒアリングを受けたことは、経済界が制度議論への関与を深めていることを示している。
経団連を含む経済界では、個人のキャリア形成や国際競争力の観点から多様な家族観との整合性を評価する声があるとみられている。
2. 世論動向
世論調査では、「夫婦別姓の導入」を支持する意見が根強く存在している一方で、通称使用の拡大を支持する声も同程度の割合で存在するという調査結果も提示されている。これにより、世論全体が大きく二分している実態が浮かび上がっている。
また、国連など国際機関も日本政府に対して選択的夫婦別姓制度の導入を繰り返し勧告しており、国際的な人権基準との関係も議論される要因となっている。
今後の展望
1. 法制化の可能性
2026衆院選後の国会では、与野党それぞれの議席数や政治勢力が変動するため、選択的夫婦別姓制度導入への法的議論の加速が期待される。一方で、従来の保守的な立場が依然として存在するため、単純な法改正には高いハードルがある可能性も指摘されている。
2. 社会的合意形成
夫婦別姓に関しては制度論だけでなく、社会的価値観の変化に基づく合意形成が不可欠である。世論の分断や価値観の多様化を踏まえつつ、持続的な議論が求められている。
まとめ
2026年2月8日投開票予定の衆議院選挙における「夫婦別姓」議論は、単なる制度改修を超えて、日本社会における家族観とジェンダー平等の在り方を問う重要な政治議題となっている。選択的夫婦別姓制度は、夫婦双方が婚前の姓を保持できるようにする制度であり、憲法理念や国際基準との整合性からも支持が広がっている。一方で、伝統的家族観を重視する保守的立場や、法的効力を持たせることへの慎重論も存在する。2026衆院選では、与野党の異なる立場が対立し、選挙後の国会でこのテーマの持続的議論が続く見通しである。
参考・引用リスト
選択的夫婦別氏制度の基本的法的位置づけ(法務省) — 法務省による制度解説「選択的夫婦別氏制度とは」
民法第750条・戸籍法第74条による夫婦同姓制度の概要 — 民法および戸籍法に関する法制度解説(wikibooks等)
国連による選択的夫婦別姓制度導入勧告 — 国連の勧告と国際的立場に関する報道・解説
選択的夫婦別姓制度に関する憲法・法的論点(日本弁護士連合会等)
自民党の選択的夫婦別姓制度議論および法案提出見送り — TV朝日報道
自民党内議論と旧姓通称使用に関する党内案 — TV朝日報道
公明党の選択的夫婦別姓支持方針(公明党公式広報)
世論・候補者アンケートにおける夫婦別姓支持割合 — Reddit など世論評価データ
立憲民主党の法案提出に関する国内報道(YouTubeニュース報道)
立憲民主党・経団連とのヒアリング — 立憲民主党公式発表
追記:旧姓の通称使用拡大は現実的か
1 通称使用拡大論の位置づけ
旧姓の通称使用拡大は、夫婦同姓制度を維持したまま、実務上の不便を軽減する妥協的政策として位置づけられる。とりわけ保守系政治勢力や現政権が強調するのは、「戸籍制度や家族単位の一体性を守りつつ、働く個人の不便だけを減らす」という発想である。
この立場は、急激な家族法制の変更による社会的混乱を避けたい層や、選択的夫婦別姓に対して価値観的抵抗を持つ有権者への配慮として、一定の政治的合理性を持つ。
2 制度的限界と実務上の課題
しかし、旧姓通称使用の拡大には構造的限界が存在する。
第一に、通称はあくまで「便宜的名称」であり、法的な人格標識ではない点である。戸籍名と通称名が併存することにより、行政手続、金融取引、相続、国際的活動などにおいて二重管理が常態化し、かえって手続負担が増大する可能性がある。
第二に、通称使用をどこまで「法制化」するかという点で、制度設計が極めて難しい。仮に通称使用に一定の法的効力を与えた場合、それは実質的に「別姓を準公的に認める」ことになり、選択的夫婦別姓との差異が曖昧化する。このため、制度の中途半端さが批判されやすい。
第三に、通称使用は主として職業上の不便に焦点を当てた制度であり、婚姻によって姓を変えない自由という「人格的利益」そのものを保障する制度ではない。この点で、ジェンダー平等の理念とは完全には整合しない。
3 現実的妥協か、恒久解決か
以上を踏まえると、旧姓通称使用拡大は短期的・過渡的措置としては現実的であるが、恒久的解決策にはなり得ないと評価できる。政治的には「合意形成の時間稼ぎ」として機能する一方、問題の根本を先送りする性格を持つ。
ジェンダー平等と家族観を巡る歴史的な対立軸
1 戦後民法と「家制度」からの連続性
日本の夫婦同姓制度は、戦後民法制定によって形式的には家制度が廃止された後も、家族を姓によって一体化する思想を色濃く残してきた制度である。戸籍を単位とする家族把握、親子関係の明確化、社会的安定といった価値が重視されてきた。
この流れにおいて、姓は個人の識別子というよりも、「家族単位の象徴」として機能してきた。
2 ジェンダー平等論の台頭
一方で、1980年代以降、女性の高学歴化・就業拡大、国際的な人権規範の浸透により、姓の問題は個人の尊厳と自己同一性の問題として再定義されるようになった。
特に、改姓負担が事実上女性に集中している現実は、制度が形式的中立性を装いつつ、実質的には性別不平等を内包しているとの批判を生んだ。この視点から、選択的夫婦別姓は「家族制度の問題」ではなく、「ジェンダー平等と人権保障の問題」として語られるようになった。
3 対立の本質
この論争の本質は、単なる姓の選択ではなく、
家族を共同体として優先するのか
個人を独立した人格として優先するのか
という価値の優先順位の違いにある。
保守的立場は、姓の統一が家族の一体感や社会的安定を支えると考える。一方、リベラル・改革派は、家族の形態は多様であり、国家が単一の家族像を前提に制度を設計すべきではないと主張する。
この対立は、日本社会が「集団主義的秩序」から「個人尊重型秩序」へどこまで移行するかという、より大きな歴史的転換とも重なっている。
選択的夫婦別姓の利点
1 個人の尊厳と自己同一性の尊重
最大の利点は、婚姻によって姓を変えない自由を保障することで、個人の人格的連続性を守る点にある。研究者、専門職、経営者など、名前が社会的信用と直結する場合、改姓は大きな不利益となり得る。
2 ジェンダー平等の実質的推進
選択的制度である以上、同姓を選ぶ自由も維持されるため、制度は中立的である。しかし、現実に女性に集中している改姓負担を制度的に解消することで、実質的なジェンダー平等に寄与する。
3 国際的整合性と多様性対応
国際結婚や海外活動において、姓の不一致や二重管理は日本人に特有の問題となっている。選択的夫婦別姓は、国際的な標準に近づき、多様な生き方を制度的に包摂する効果を持つ。
選択的夫婦別姓の課題
1 子の姓の決定問題
最も頻繁に指摘される課題は、子どもの姓をどう決めるかである。多くの制度設計案では、出生時に父母の協議で決定するとされるが、合意形成が困難な場合のルール設計が必要となる。
2 戸籍制度との調整
日本の戸籍制度は、同一戸籍・同一姓を前提に設計されてきたため、制度改正には一定の行政コストと移行期間が必要となる。ただし、これは技術的問題であり、制度的に克服不可能な障壁ではない。
3 社会的理解と心理的抵抗
制度が導入されても、社会意識が急激に変わるわけではない。特に地方や高齢層においては、「家族の一体感が損なわれる」という心理的抵抗が残る可能性がある。このため、法改正と並行した丁寧な説明と時間が必要となる。
最後に
旧姓の通称使用拡大は、政治的妥協として一定の現実性を持つが、ジェンダー平等や人格的尊厳という根本課題を解決するには不十分である。一方、選択的夫婦別姓は、制度的・理念的に整合性の高い解決策であるが、社会的合意形成と制度移行のための時間と政治的決断を要する。
2026年衆院選における夫婦別姓論争は、単なる家族法の改正論ではなく、日本社会が「家族中心」から「個人尊重」へどの程度舵を切るのかを問う、象徴的な争点であると位置づけられる。
