コラム:デフリンピックとは、知っておくべきこと
デフリンピックには依然として多くの課題があるが、同時に改革・飛躍の契機も見えている。特に東京2025大会が成功すれば、デフスポーツの新たなステージを開く可能性がある。
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現状(2025年11月時点)
2025年11月現在、デフリンピックはまさに新たな節目を迎えようとしている。2025年11月開幕予定の「Tokyo 2025 Deaflympics(東京2025デフリンピック)」を目前に、世界のろう・難聴者スポーツ関係者や各国選手団の準備が進んでいる。たとえば、インドのトップレベルのろうバドミントン選手たちが日本での大会に向けて練習キャンプを張っているという報道がある。
一方で、国内外でデフリンピックの認知度が低いこと、資金面・運営面・情報保障面などで課題が山積していることも明らかになっている。英国では、デフリンピックに出場するろう選手たちが自力で資金を調達しなければならないという批判が国会議員からも出ており、「恥ずべき」支援体制の欠如と報じられている。
つまり、理念・制度としては確立・継続されているものの、実践の面では多くの改革余地がある状況にある。東京2025を契機に、認知・支援・運営の再検討がなされるかが注目されている。
デフリンピック(Deaflympics)とは
デフリンピックとは、ろう・難聴者(「デフ」=Deaf)を対象とした国際的なマルチスポーツ大会であり、いわゆる一般のオリンピック、また障害を持つアスリートを対象としたパラリンピックとは別の体系で運営されている。英語名称 “Deaflympics” は “Deaf + Olympics” の造語であり、「ろう者の五輪」とも言われる。
主催組織は、International Committee of Sports for the Deaf(ICSD/かつてはCISS)であり、同委員会による規定・運営のもと、夏季・冬季の大会が4年ごとに交互に開催されている。
大会の特徴としては、選手が音を聴いてスタート合図を受けるのではなく、視覚的な合図(ライト点灯、フラッグ、手旗等)を用いるなど、「音」に依らないスポーツコミュニケーションの工夫がなされている点である。
このように、デフリンピックは「ろう・難聴者が、音を媒介としない方法で、国際的にエリートスポーツとして競える場」を提供する貴重な機会である。
歴史
まず歴史を整理する。
起源は1924年、フランス・パリで開催された「International Silent Games(国際無音競技会)」に遡る。この大会には当初ヨーロッパ各国から9か国の出場があった。
1924年大会を契機として、同年にルベン=アルカイス(Eugène Rubens-Alcais、ろう者)らにより、国際ろうスポーツ委員会(当初 Le Comité International des Sports Silencieux=CISS)が設立された。
第二次世界大戦の影響などを受けつつ、戦後も夏季・冬季ともに継続的に開催され、現在では「夏季デフリンピック」「冬季デフリンピック」が4年毎に交互に実施される形式となっている。
2001年には「World Games of the Deaf(世界ろう者大会)」から「Deaflympics」という名称に変更されており、ICSDは2001年に世界ろうスポーツの名称を統一した。
ICSDは1957年(あるいはそれ以降)に、IOC(International Olympic Committee)から「オリンピック的地位(Olympic status)」を得ており、IOC旗がデフリンピック大会でも掲揚されるようになっている。
2024年には「ICSD創設100周年」「デフリンピック開始100周年」という節目を迎えており、デフスポーツの歴史としても100年以上という伝統を持っている。
このように、デフリンピックは世界で最も古い障害者スポーツ系国際大会のひとつであり、一般的なオリンピックに次ぐ歴史を持つ大会として位置づけられてきた。
概要と特徴
デフリンピックの概要と特徴を整理する。
まず、概要として:
開催形式:夏季大会と冬季大会を4年ごとに交互に開催。大会期間や形式は規定に定められている。
主催・統括:ICSDが統括。各国にはそれぞれ「国際ろうスポーツ連盟」のような国内組織が加盟しており、各国代表団が大会に参加している。
競技プログラム:一般のスポーツ(陸上、水泳、サッカー、バドミントン等)を含み、音ではなく視覚による合図・フラッグ・ライトなどが用いられる点が特徴。
特徴をより掘り下げると、以下が挙げられる。
純粋な「音を使わない」競技環境:例えば、スタートの合図では音声(ピストル音等)ではなく、ライト点灯など視覚的な合図が用いられる。また、審判が笛を吹く代わりにフラッグ等を使う競技もある。
「デフ(Deaf)」による所属・競技条件の明確さ:一般の健聴者とは異なる、ある種の「聴覚ハンディキャップ」をもつアスリートに向けられた大会であるため、参加要件(聴覚の程度、補助装置の使用禁止など)が規定されている。後述「参加資格」で詳述。
国際的な「ろうコミュニティ」との結び付き:大会の運営・参加の中には、ろう者・難聴者の言語・文化(手話、ろう文化)を尊重する視点がある。例えば、国内ろうスポーツ連盟にはろう当事者がリーダーシップをとることが規定されている。
オリンピックやパラリンピックとは別の体系:デフリンピックはパラリンピックとは異なるカテゴリーであり、例えば「聴覚障害のみ」を対象とし、他の身体障害とは区別されている。歴史的にもパラリンピックより前に始まっており、独立した伝統を持つ。
参画国・選手数の増加:開催を重ねるごとに国・参加選手数・スポーツ種目数ともに増えてきており、100カ国以上の加盟国を持つ。
こうした特徴を踏ま、デフリンピックは「音を介さない公平なスポーツ機会」「ろうスポーツ文化の発信」「国際的アスリート競技の場」として意義を持っている。
「デフ(Deaf)」の意味
ここで、「デフ(Deaf)」という語の意味を整理する。英語 “Deaf” は「耳が聞こえない/難聴である」ことを基本的に意味するが、ろう者コミュニティ(Deaf community)では聴覚という障害というよりも、手話・ろう文化を有するひとつの言語的・文化的マイノリティとしてのアイデンティティを含む概念として用いられる。
たとえば、ろう者当事者にとって、手話使用・ろう文化・ろう者コミュニティへの所属という要素は重要であり、単なる「聴力が低い人」というだけでは捉えきれない意味がある。 また、国際的なろう・難聴者の運動の中では、ろう者の「言語的・文化的少数派(linguistic and cultural minority)」としての権利が議論されている。
デフリンピックにおいて「デフ」は、聴覚障害(一定以上の難聴)を有する選手を対象とするという意味を持つが、それ以上に「音ではない合図による公平な競技環境」「ろう者コミュニティの視点」を含んでいる。したがって、デフリンピックにおける「デフ」は、障害という分類+文化的アイデンティティという二重の意味を持ち得る。
また、競技参加資格(次章参照)においても、「聴力が一定以上低い」という医学・生理的基準が設けられており、「デフ=聴覚障害を持つ」という条件が運営上明記されている。
まとめると、「デフ(Deaf)」とは、単に「耳が聞こえない」という生理的特性を指すのみではなく、ろう・難聴者としての言語・文化的背景を含み、音を媒介にしない競技環境が前提となる「デフスポーツ」の文脈において用いられる重要なキーワードである。
参加資格
大会参加資格について、主な規定を整理する。主としてICSD/大会規定による内容である。
聴覚基準:選手は「よりよい(better)耳」において、500Hz・1000Hz・2000Hzという3周波数で平均した聴力が少なくとも 55dB以上の聴力損失(英語:hearing loss of at least 55 dB in the better ear)であることが求められている。
補助装置の使用禁止:大会中、補聴器(hearing aids)や人工内耳(cochlear implants)などの外部聴覚補助装置の使用を禁止しており、すべての競技者が同じ“音に頼らない”条件で出場できるようになっている。
所属・登録条件:選手は、加盟国の「国際ろうスポーツ連盟」あるいは国内ろうスポーツ組織に登録された選手であること、かつ所属国(国籍)を有していることが規定されている。たとえば、東京2025大会の公式サイトでも「国の加盟ろうスポーツ連盟に登録された選手」として記載されている。
年齢制限:多くの競技では最低年齢が設けられている場合もあるが、ICSD規定全体としては、特定種目を除いて年齢制限がない旨が記されている。例えば、「年齢制限は、当該国際スポーツ連盟が定める場合を除いて設けない」との記述がある。
参加申請・バンドル契約等:大会主催国に対して入札・開催契約等が存在するが、その参加選手に関しては、各国の国内ろうスポーツ連盟が選手選考を行い、ICSD/大会事務局に出場手続きを行う。
以上から、デフリンピックの出場資格は、健聴者を対象とする一般のオリンピックや、障害幅のあるパラリンピックとは異なり、“音以外の手段で公平に競技できるろう・難聴アスリート”という明確な枠を持っている。
競技ルールと工夫
デフリンピックにおいては、対象選手・環境・参加条件に応じて、通常のスポーツルールからいくつかの「音を使わない/視覚的に代替する」工夫がなされている。以下、主な点を列挙する。
スタート合図の視覚化:陸上競技・水泳など、通常「ピストル音」や「笛音」でスタートを合図する種目では、音の代替として「ライト点灯」「フラッグ」「ランプ」等の視覚的合図が用いられている。
審判・審査の合図手段の変更:競技中、審判の笛・ホイッスルを使わず、フラッグや腕のジェスチャー、光などを使って合図を行う種目がある。例えばサッカー・ハンドボール・陸上の転倒・障害発生時等。
視覚言語・手話通訳の配置:大会運営・競技進行・選手ミーティング・開会式・表彰式等において、手話通訳や字幕表示、視覚情報を充実させる工夫がされていることが多い(ただし、各大会での実施水準にはばらつきがある)。
コミュニケーション環境の整備:選手・審判・大会関係者・メディア間において、音声頼りではないコミュニケーション手段(手話・ジェスチャー・筆談・視覚表示)の配慮が必要となる。例えば、選手村・競技場・表彰台での情報提示において、視覚表示・字幕・マルチモーダル案内などが用いられる。
ルール自体の大枠は一般競技とほぼ同じ:デフリンピックでは、例えば陸上・水泳・団体競技など、通常の国際スポーツ連盟のルールを基本に採用しつつ、上記のような補助・代替手段を導入している。これは、障害分類によって種目を変えるパラリンピックとは異なり「ろう・難聴である」こと以外は一般競技と同じ競技体系を採るためである。
公平性の維持:補聴器・人工内耳等の聴覚補助装置の使用禁止という規定も、公平な条件下で競技するためのルールである。上記参加資格とも関連する。
こうした競技ルールの工夫により、デフリンピックは音を“前提”としないスポーツ環境を構築しており、聴覚にハンディのあるアスリートが、音に頼ることなく、かつ一般競技と同様の公平な条件で競える機会を提供している。
デフリンピックが直面している主な課題
デフリンピックには、意義・伝統があるにもかかわらず、運営・認知・資金・情報保障・選手支援等の側面で多くの課題を抱えている。以下、主要なものを整理する。
社会的な認知度の低さ・低い認知率
まず、デフリンピックが社会的に十分認知されていない点が大きな課題である。多くの一般市民・メディア・スポンサーは、オリンピック・パラリンピックには関心を持つが、デフリンピックには目が向いていない。例えば、英国においては、デフリンピック出場選手が政府から支援を受けられず、メディア露出もほとんどないという報道がなされている。
また、学術的にも「ろう者がマイノリティ言語・文化的コミュニティであるにもかかわらず、ろうスポーツ(デフスポーツ)が主流スポーツと同列に語られない」という指摘がある。
認知率の低さは、選手のモチベーションや大会の価値観、スポンサー動向、メディア報道の有無にも影響を及ぼしており、「存在は知っていてもどういう大会かよくわからない」「どれくらい正式なのかわからない」といった印象が依然としてある。
情報保障の課題
また、デフリンピックに関してろう・難聴者当事者にも、そうでない一般の人にも公平に情報が提供される体制が十分とは言えない。例えば、大会情報・報道・ライブ中継・解説・手話通訳・字幕付き映像等が、十分に整備されていないケースが見られる。学術研究においても、ろう・難聴者がマルチメディアを活用する際の“デフ・コンテンツ作成税(追加負荷)”が指摘されており、これがスポーツ・イベント報道・情報発信の障害となっている。
さらに、手話通訳の配置・視覚的案内表示・字幕・多言語化といった情報保障コストが、運営上の負担となっており、特に大会運営・放送・配信において後回しになりがちである。こうした状況が、参加選手や聴覚障害者コミュニティにとって“見えにくい大会”“わかりにくい大会”という印象を助長している。
経済的な基盤の弱さ・スポンサー不足・選手の経済的負担
経済支援・資金基盤の弱さも深刻な課題である。デフリンピックに出場する選手・団体は、十分なスポンサーや中央政府の支援を受けられないことが多く、「自費で参加する」「クラウドファンディングや寄付頼み」といったケースが報じられている。英国でも、デフリンピックチームが自力で45万ポンド近くを調達しなければならない状況が「恥ずべき」と議会で批判されている。
スポンサー企業がオリンピック・パラリンピックには参画しても、デフリンピックには十分な関心を持たず、広告投資・支援金の確保が難しい。大会運営側も、開催都市・組織委員会・国内ろうスポーツ連盟ともに、支援体制・収益モデルの確立に苦慮している。
このような経済基盤の弱さは、選手のトレーニング環境・遠征費・宿泊費・用具費などを自己負担せざるを得ないケースを増やしており、才能あるろう・難聴アスリートが、「お金がないから出場できない」「出場しても十分な準備ができない」という二次的な障壁に直面している。報道では、インドのろうバドミントン選手が「金メダルを獲っても、オリンピック・パラリンピック選手のように職を得られなかった」と語っており、経済的リターン・社会保障という面でも不利益を訴えている。
公的資金の透明性・運営・コミュニケーションにおける課題
大会運営・組織体制にも課題がある。例えば、ICSD加盟国数・大会開催地選定・入札手続・開催契約などが一般には公表されておらず、情報の透明性・説明責任が十分ではないという指摘がある。規定では、開催都市が入札を提出し、契約を結ぶこと、ライセンス料を支払うことなどが定められているが、実際の運営費・収益・補助金の内訳等が広く共有されているとは言えない。
また、運営・コミュニケーションにおいて、ろう・難聴者と運営側/メディア側との間に「コミュニケーションの壁」が生じやすい。手話や字幕を用いた案内・競技説明・選手ミーティング・メディア対応など、ろう者にとってアクセスしやすい情報提供が慣例化していない場合がある。さらに、視覚的な表現(文字・映像・手話)に比重を置いた大会案内や配信が十分普及しておらず、ろう・難聴選手・関係者から「情報が届きにくい」「配信が音声のみで手話・字幕がない」という声も聞かれる。学術研究でも、ろうサイン言語使用者がソーシャルメディアやライブ配信で直面するアクセシビリティの障壁が整理されている。
コミュニケーションの壁・視覚的表現の少なさ
デフリンピックが「ろう・難聴者のための大会」であるにもかかわらず、情報発信・映像配信・報道における「視覚的表現」「手話・字幕対応」が十分ではないケースが散見される。これにより、ろう・難聴者当事者および一般視聴者の双方にとって、「アクセスしづらい大会」という印象を与えてしまっている。たとえば、配信中継で手話通訳枠が確保されていない、字幕がない、または翻訳言語が限定されているといった問題がある。こうした状況は、デフリンピックの魅力・価値・社会的意義を伝える妨げになっており、それがさらに認知度の低さやスポンサー離れを助長するという悪循環を生んでいる。
また、競技そのもの・開会式・選手紹介・表彰式などで、手話・手旗信号・視覚表示を前提とした演出が十分でないこともあり、ろう文化・手話文化を持つ選手・観客からは「本当に“ろう者の大会”としてデザインされているか」という疑問が呈される。
問題点と課題(総括)
以上、デフリンピックが直面している課題を整理したが、改めて総括すると次のようなポイントが明らかである。
存在意義・伝統は確立されているが、社会的認知・評価が追いついていない。100年以上の歴史を持ち、オリンピック・パラリンピックと並ぶ位置づけを持つにもかかわらず、一般社会・メディア・スポンサーからの関心が限定的である。
資金・支援体制が脆弱であり、選手・団体負担が大きい。選手自身や所属団体が経済的な負担を強いられることが多く、才能あるアスリートが十分な準備をせずに出場せざるを得ないという不均衡が生じている。これは競技レベル・国際競争力の差にもつながる。
情報保障・アクセシビリティの観点で未整備な部分が残る。大会運営・報道・配信・選手・観客間の情報・コミュニケーションが、音声中心の既存スポーツイベントの枠組みに依存していることが、ろう・難聴者の参加障壁・観戦障壁を残している。
運営・透明性・ガバナンスの課題。大会主催・加盟組織・開催国などが、運営資金・契約・選手支援・大会の執行状況などを十分に公開せず、信頼性・持続性という観点で改善余地がある。
循環的な負のスパイラル:認知度が低いためスポンサーがつかず、資金が乏しいため大会・選手支援が手薄となり、結果として競技レベル・注目度が上がらず、さらなる認知低下につながるという悪循環が存在する。
文化・言語的視点の軽視:ろう・難聴者を対象とした大会であるにもかかわらず、ろう文化・手話コミュニケーション・視覚配慮が十分でない場合があり、「ろう者主体の大会」という理念とのギャップが生じている。
これらの問題を解決するためには、制度・運営・資金・メディア・社会認知・技術的な情報保障など多面的な改革が必要である。
東京2025デフリンピック
2025年11月に、初めて日本で開催される予定の東京大会「Tokyo 2025 Deaflympics」が一つの大きな転換点となる可能性を秘めている。公式大会情報によると、参加条件・大会概要、メディア関係の手続き等が日本語・英語で整備されつつあり、メディアページの開設など報道・情報発信面でも準備が進んでいる。
この東京大会においては、以下のような意義・期待・課題がある。
日本での初開催ということで、アジア太平洋地域・日本国内における「デフスポーツ/ろう・難聴者スポーツ」の認知拡大に大きな機会となる。
日本の手話・ろう文化・バリアフリー環境を活用し、情報保障(手話通訳・字幕・視覚案内)・観客動員・メディア報道などにおいて改善モデルを提示できる可能性がある。
ただしその反面、国内での認知度が低いままでは「大規模に開催したが観客数・注目度が伸びなかった」「スポンサー確保が難航した」「選手支援が追いつかなかった」というリスクもある。
運営側としては、手話・字幕・多言語案内・配信ライブ・メディアアクセスの確保といった情報保障の強化を、これまで以上に意識する必要がある。東京大会が「ろう・難聴者アスリートにとって安心して競える場」「一般社会・メディアにとって魅力あるスポーツイベント」として成功できるかが鍵である。
また、出場選手にとっては、国内からの支援・スポンサー・訓練環境・遠征費等の面で、これまで以上に明確な支援体系が求められる。英国の報道が示すように、ただ大会を開催するだけでなく、選手・団体への平等な支援を伴わなければ「開催したが準備できなかった」という事態を防ぐ必要がある。
このように、東京2025デフリンピックは、課題を可視化し、改善の契機となる可能性を持っている「チャレンジングな大会」である。
今後の展望
最後に、デフリンピックの今後の展望を整理する。
認知度・メディア露出の向上:認知拡大のため、メディアと手話・字幕・視覚配信によるアクセシビリティ強化が重要である。大会運営側・主催都市・スポンサー企業はいかに「ろう・難聴者スポーツ」というテーマを打ち出すか、また一般観客や視聴者にどう訴求するかを検討すべきである。
資金調達・スポンサーの拡充:競技運営・選手支援を安定化させるため、企業スポンサー・地方自治体・国際機関による資金確保モデルを構築する必要がある。特に選手の遠征費・用具費・訓練費を軽減する仕組みが欠かせない。英国内では、政府支援の欠如が「差別的」と批判されており、制度的改善が求められている。
大会運営の透明性・ガバナンス強化:ICSDおよび各国の国内ろうスポーツ連盟は、入札・開催契約・収支・選手支援体制などに関して説明責任を果たし、信頼性を高める必要がある。これによりスポンサー企業・参加国・選手にとっての安心感が増す。
情報保障・アクセシビリティ技術の活用:手話通訳、字幕、視覚案内、ジェスチャー/手旗など、視覚情報に注力した大会デザインを推進する。加えて、ライブ配信・SNS配信・オンデマンド動画におけるアクセシビリティ(字幕・手話画面・多言語)を向上させることで、視聴者層を広げられる。学術的にも、ろう・難聴者がコンテンツ作成・配信において追加コスト・障壁を抱えているという研究があり、こうした環境改善が求められている。
地域・国際展開の強化:アジア・アフリカ・中南米など、ろう・難聴者スポーツの裾野がまだ十分に広がっていない地域の支援・育成を強化することが、参加国・選手数・競技レベルを引き上げる鍵となる。デフリンピックの価値を「グローバルなろうスポーツの祭典」として高めるためには、より多様な国・地域の参加が望まれる。
選手キャリア・就労支援とリンク:デフリンピック選手が競技以外のキャリア面でも安心して活動できるよう、就労支援・奨学金・スポンサー契約などを整備することが選手育成・持続参加にとって重要である。インドの例では、金メダルを獲っても職を得られなかったという選手の声が報じられており、競技後のキャリア・社会的リターンが明確でないと、優秀な人材流出のリスクがある。
大会のブランド化・観戦価値の向上:デフリンピックを単なるろう・難聴者のための競技会と捉えるのではなく、「多様性・インクルーシブスポーツ」の象徴として、一般観客・スポンサー・メディアが魅力を感じるブランドに育てることが望ましい。開会式・競技演出・ライブ配信・エンタメ要素など、スポーツイベントとしての魅力を高める工夫が大会価値を押し上げる。
研究・データ蓄積による改善(エビデンスベース):ろう・難聴アスリートのスポーツ参画実態、支援制度、情報保障のあり方、メディア露出状況、資金構造などを体系的に調査・公開し、改善に向けたデータを蓄積することが重要である。これにより、政策提言やスポンサー向けの説得材料とすることが可能となる。
以上を踏まて、デフリンピックには依然として多くの課題があるが、同時に改革・飛躍の契機も見えている。特に東京2025大会が成功すれば、デフスポーツの新たなステージを開く可能性がある。
