コラム:タリバン暫定政権の現状と課題、女性の権利回復がカギ
タリバン暫定政権は国内統治の実務を進めつつも、女性の権利制限、人道危機、経済の脆弱性、治安上の脅威といった多層的課題に直面している。
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アフガニスタンのタリバン暫定政権は2021年8月のカブール陥落以降、アフガンの事実上の支配主体として国内行政・治安維持を行っている。国際社会における公式な承認は長らく得られていなかったが、2025年半ば以降、ロシアが公式に外交関係を回復し、最初の承認国となったこと。経済面では国際的な資金供給・援助の大幅な縮小や資産凍結、難民・国内避難民の大規模帰還・流出などで脆弱な状況が続いており、世界銀行や国連機関は回復の兆しと脆弱性の併存を指摘している。
歴史(概観)
タリバンは1990年代半ばにパシュトゥーン系の学生・宗教指導者を母体として台頭し、1996年にカブールを奪取して第一次イスラム首長国(1996–2001)を樹立した。2001年の米国主導の介入で失脚した後、国内で反政府ゲリラとして再編し、約20年間の抵抗を経て2021年に再び政権を掌握した。タリバンの思想的基盤にはデオバンディ派の保守的解釈が強く、女性の公的参与禁止や厳格な服装・行動規範などを特徴とする統治様式を採用してきた。
旧政権とアフガニスタン戦争(2001–2021)
2001年以降、アフガニスタンには米国主導の「対テロ戦争」として大規模な軍事介入およびNATOの支援が続いた。2000年代〜2010年代を通じて治安部隊育成や国家再建支援が行われたが、アフガニスタン国内の政治的分断、汚職、脆弱な統治基盤、治安部隊の士気低下などが残存し、タリバンは一般住民の不満や地方の自治的支配を背景に勢力を維持・拡大した。最終的に2021年に米軍の撤退方針が確定すると、タリバンが急速に進撃して政府が崩壊した。
2021年8月の政変
2021年8月、米軍とNATOの部隊縮小・撤退に伴いタリバンが各地を制圧し、8月中旬にカブールが陥落した。アフガニスタン政府要人は国外脱出し、国際社会による大規模な救援・脱出作戦が行われたが、多数の民間人や現地協力者が取り残される事態となった。この政変は短期間で進行し、国際的には避難や人道支援、難民問題、女性の権利保護などの緊急対応が求められた。
米軍とNATO軍の撤退
米軍は2021年8月末に主要な地上戦闘部隊を撤退させ、NATOも同時期に作戦を終了した。撤退は計画的であったが、実務上の混乱と安全保障ギャップを生み、短期的に国家崩壊を招いたとの分析がある。撤退後、いわゆる「オーバー・ザ・ホライズン」支援や制裁政策の維持が模索されたが、地上での影響力は限定的となった。
暫定政権発足
タリバンは政権掌握直後に暫定的な内閣を発足させ、旧体制の行政機構や司法・治安機関の再編を進めた。国際的に「暫定政権」「事実上の当局」と表現されることが多く、正式承認をめぐる外交的孤立状態が続いた。資金面では国際金融システムからの孤立、中央銀行資産の凍結、対外援助の停止・縮小が経済運営に大きな制約を与えた。世界銀行は2024年のGDP回復(約2.5%)を報告する一方で、貿易赤字拡大や歳入不足、深刻な貧困・食料不安が続くと指摘している。
過激派との戦い
タリバンは自らを「国内の治安維持主体」と位置づけ、特にイスラム国系の「IS-K(ISIS-K)」やテロリスト組織に対する軍事作戦を公言している。実際にはIS-Kと激しい衝突が続き、宗派的・地域的な暴力や襲撃は継続している。一方で、タリバン内部における過激派化や地域分派の存在、外国テロリストの拠点提供疑惑などが国際社会の警戒を招いている。国境を跨いだテロ脅威と周辺国への影響も安全保障上の重要課題である。
政策(内政・経済・治安)
暫定政権はシャリア(イスラム法)に基づく統治を強調し、治安・秩序回復、薬物対策、インフラ復旧を政策課題と位置づけている。だが人材不足、国際資金の枯渇、金融制裁、技術的・行政的ノウハウの欠如により、中央財政の健全化や公共サービスの提供は限定的である。世界銀行やACAPSなどは、経済は緩やかな回復を示す一方で貿易赤字拡大、食料安全保障、雇用不足が深刻で、持続的な成長には対外関係の改善と投資環境の整備が必要だと指摘している。
女性の権利
女性の教育・就労・移動の制限は暫定政権施政下で最も国際的関心を集める分野である。タリバンは過去の政権と同様に女性の公共空間への参加を厳しく制限し、女子教育の制限や女性の雇用制限、男性保護者(マハラーム)制度の復活などを実務的に実施している。国連機関や人権団体はこれらの措置を女性の基本的人権侵害・人道的危機として繰り返し警告しており、教育・保健・雇用のアクセス喪失が長期的な社会人的・経済的損失を招くと評価している。UNウィメン(国連女性機関)のジェンダー関連データやUNAMAの報告は、女性の社会的排除とそれに伴う人道的リスクを詳細に示している。
国際社会の反応
国際社会の対応は二極化している。多くの西側諸国や国際機関は人権・特に女性の権利侵害を理由に公式承認を回避し、制裁や条件付き接触を続けている。人道支援は民間・国連経由で継続される一方、政府レベルの協力は限定的である。周辺国(中国、パキスタン、イラン、中央アジア諸国)はタリバンと実務的な関係を構築しており、国境管理、貿易、反テロ協力などで接触を拡大している。国連安全保障理事会や総会の場では、タリバンに対する懸念表明とともに人道支援継続の呼びかけがなされている。
西側諸国の制裁
米欧を中心とした制裁・制限措置は多層的である。個別の指導者や関係者に対する資産凍結・渡航禁止、金融取引の抑制、開発資金や人道支援の政府経由での停止・厳格管理が行われている。米財務省(OFAC)を含む制裁制度は、タリバン関連の個人・団体の指定を継続しており、国際金融システムへのアクセス制約が経済活動に大きく影響している。これら制裁はタリバンに対する政治的圧力手段であるが、同時に一般市民への被害や人道支援の実務的制約をもたらすとの批判もある。
ロシアによる政府承認とその意義
ロシア政府は25年7月、タリバン暫定政権を世界で初めて正式に承認。ロシアはタリバンをテロ指定から外すなどの措置を経て、正式に新政府を承認したとされる。この承認は地政学的理由(中央・南アジアの影響力維持、反ISIS協力、ロシアの国際的プレゼンス向上)によるものであり、他国の追随を促す可能性がある。ただし国連や欧米の立場は依然として慎重・懸念寄りであり、ロシア承認が国際社会全体の承認につながるかは不確定である。
その他の問題点
人道危機と難民問題:国内の食料不安、医療・教育サービスの低下、隣国からの強制送還や自発的帰還に伴う再定住問題が深刻である。UNHCRは数百万規模の国内避難民や国外難民の統計を更新しており、帰還者支援の不足を警告している。
経済の脆弱性:資産凍結、外国為替供給の不安定、貿易障害、投資環境の悪化により日常的経済活動が抑制されている。世界銀行は貿易収支の悪化と財政赤字拡大を指摘している。
治安とテロ再興のリスク:IS-Kの脅威、地域分派の残存、国境越えの武装組織移動は依然として地域安全保障のリスクである。
法的・行政的正統性の欠如:民主的正当性や包摂的統治の欠如が長期の安定化を阻害している。国際的な承認が限定的なままでは通常の外交・経済関係が制限される。
課題(国内政策と国際関係の両面)
包括的統治の確立:タリバンが一党独裁的色彩を強めるなかで、民族・宗派・地域の多様性を包摂する体制づくりが必要である。包摂性が欠如すれば国内反発や分裂が再燃する。
女性の権利と社会参加の回復:教育・就労・司法アクセスの制限は国の人的資本を毀損するため、国際的な関係正常化のためにも改善が不可欠である。
経済再建と資金流入の回復:国際的な資金凍結解除、外国投資と貿易の再開、財政健全化が急務であるが、これには透明性・法の支配の向上が前提となる。世界銀行は政策安定化と投資環境改善を提言している。
テロ対策と安全保障協力:IS-Kら過激派排除には実効性ある治安運用と周辺国との情報・治安協力が必要である。地域プレイヤーとの信頼構築が重要である。
人道支援と戻った難民の統合:大量帰還者・国内避難民への住居、医療、教育、雇用支援を迅速に行うための資金と実施能力が必要である。UNHCRらは緊急支援の拡充を求めている。
今後の展望
暫定政権の将来は複数の要因に左右される。ロシアの承認(2025年)や地域諸国との関係強化はタリバンにある程度の外交的・経済的空間を与える可能性があるが、西側諸国の制裁や国連の人権懸念は依然として強く残る。短期的には治安の相対的安定化と限定的な経済回復が見込まれる一方で、女性の社会復帰や包括的ガバナンスが進まなければ国際的孤立や人道危機は長期化するリスクが高い。外交的承認の拡大は地政学的計算に依存するため、完全な正常化には時間と条件(人権・包摂性・テロ対策の改善)が伴う可能性が高い。
データと国際機関の指摘(要点)
ロシアの動き:ロシアは2025年にタリバンの代表受理やテロ指定解除、正式承認を進めた。これによりタリバンの国際的正当性に変化が生じつつある。
人権報告(UNAMA):UNAMAは2025年の定期報告で、女性や少数派に対する権利侵害、強制送還・追放に伴う人権リスクを警告している。
経済指標(世界銀行):世界銀行は2024年のGDP成長を約2.5%と推定しつつ、貿易赤字・財政赤字・高い貧困リスクを報告している。
難民・帰還者(UNHCR):数百万規模の国内避難民・国外難民・近年の大量帰還(2023–2025)を踏まえ、再定住支援が逼迫している。
制裁の現状(OFAC・国連制裁):米欧の個別制裁や国連の関連制裁枠組みが持続しており、国際金融アクセスの制約が経済回復を阻害している。
まとめ
タリバン暫定政権は国内統治の実務を進めつつも、女性の権利制限、人道危機、経済の脆弱性、治安上の脅威といった多層的課題に直面している。ロシアの承認など地域的接近は政権の外交的余地を広げるが、西側の制裁や国連の人権懸念は根強く、国際的な正当性と持続的な復興につなげるためには、包摂的ガバナンスの確立、女性の権利回復、テロ対策の実効性、そして透明で条件を満たした国際支援の再開が鍵となる。これらが達成されなければ、アフガニスタンは国内的摩擦と国際的孤立を抱えたまま長期的な不安定化に陥る恐れがある。
参考・出典(抜粋)
- UNAMA: 「Update on the human rights situation in Afghanistan (Apr–Jun 2025)」(2025).
World Bank: 「Afghanistan — Development Update / Economic Monitor」(2025).
UNHCR: 「Afghanistan situation operational data」(2025).
US Treasury (OFAC) 制裁情報。