コラム:SDGsの現在地、世界全体で停滞
SDGsは政策の“チェックリスト”ではなく、社会の在り方そのものを問うフレームワークであるため、社会全体の価値観を変える取り組みが不可欠である。
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SDGsとは
持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)は、2015年の国連サミットで採択された「2030アジェンダ」に含まれる17の目標と169のターゲットから成る国際的な行動枠組みである。貧困の撲滅(Goal1)、教育の質向上(Goal4)、ジェンダー平等(Goal5)、気候変動対策(Goal13)、生物多様性保全(Goal15)など幅広い分野を網羅している。SDGsは国家・地方政府、企業、市民社会が協調して達成を目指す共通目標であり、「いかなる者も取り残さない(leave no one behind)」という理念を核にしている。国際的な進捗の評価は国連の年次報告書や各種国際機関のデータに基づいて行われる。
世界全体で進捗が停滞している現状
国連がまとめる年次報告は、2030年に向けた進捗が全体として「不十分」であり、複数の目標で進捗が停滞または後退していると警告している。最新のSDG報告では、ターゲットのうちオンターゲット(順調)または中等度の進捗にある割合は限定的で、多くの目標で再加速が必要であると指摘されている。特に貧困削減、教育、保健、自然環境に関わる指標で重大な遅れが見られる。こうした停滞はパンデミック、紛争、経済ショック、気候変動、食料価格の高騰など複合的要因によるものである。
世界の現状(主要指標の概観)
・極度の貧困:世界銀行の報告によれば、極度の貧困人口はパンデミック以降の影響や回復の遅れで減少がほぼ停止し、約6〜7億人規模で推移している(1日当たり$2.15未満で生活する人々)。また低所得国ではパンデミック以前より貧困率が高い水準に戻っている。
・教育:ユネスコのデータでは、基礎教育〜中等教育の段階で学校に通えない子ども・若者が数億人に達しており(例えば2023年時点で約2.5〜2.7億人という推計)、2015年以降の進展は限定的である。学習損失や財政不足が長期的な人的資本の損失を招いている。
・ジェンダー:世界経済フォーラムのグローバル・ジェンダー・ギャップ報告は、ジェンダー平等の達成には現行の進捗速度では世代を超える時間が必要であり、政治的代表や経済参加などの分野で大きな格差が残ると報告している。
・環境・生態系:森林減少・土壌劣化・生物多様性の喪失は依然深刻で、IPBES等は史上類を見ない速度で種の絶滅リスクが高まっていると警告している。気候変動の影響は食料安全保障や水資源、居住地に直結しており、複数のSDG達成を阻害している。
貧富や教育、性別、貿易における不平等の実態
貧富の格差は国レベル・国内で深刻化している。世界銀行の分析は、貧困の地理的集中(アフリカや南アジアの一部)と脆弱層の増加を示している。所得だけでなく教育、健康サービスへのアクセス、社会保障の網、インターネット接続など複数の次元での不平等が相互に影響し合っている。国際貿易や金融ショックは低中所得国に不利に働き、債務負担が公共サービス投資を圧迫する事例が増えている。
教育分野では、地域間格差や性差、経済状況による脱落リスクが高い。ユネスコは学校に通えない子どもの多くが最も脆弱な家庭や紛争影響地域に集中していると指摘しており、学びの機会損失が将来の所得や健康に長期的影響を与える。
ジェンダー不平等は多面的である。労働市場での賃金差、管理職や政治的代表の少なさ、性的暴力・早期婚などの社会問題が未解決であり、デジタル化の恩恵から女性が排除される「デジタルジェンダーギャップ」も経済的損失を生む。WEFは現在のペースでは完全なジェンダー平等達成まで何世代も要すると推定している。
貿易に関しては、先進国と一部中所得国が有利な地位を占める一方、資源輸出や一次産品に依存する国は付加価値獲得が難しく、価格変動や市場アクセス制限の影響を受けやすい。これにより貧困削減や産業育成の取り組みが阻害される。
環境問題:気候変動、森林破壊、砂漠化、生物の絶滅
気候変動は地球規模での主要課題であり、極端気象や海面上昇、農業生産性の低下を通じて貧困層を直撃している。温室効果ガス排出の削減が進まない場合、多くのSDGターゲットは達成困難になる。国連のSDG報告や気候関連科学は迅速な脱炭素化と適応投資の重要性を示している。
森林破壊についてはFAOと国際評価で、依然として世界のいくつかの地域で森林面積が減少していると指摘される。森林は生物多様性保全、気候調節、土壌保全、水循環維持に重要であり、森林減少は生態系サービスの喪失を招く。FAOのグローバルフォレスト評価は国別の長期的傾向と保全努力を示している。
砂漠化・土地劣化は特に乾燥地帯で顕著であり、食料生産や牧畜に依存する地域コミュニティに深刻な影響を与える。土地の劣化は移住や紛争のリスクも高める。国際機関は土地回復や持続可能な農法の普及を推奨している。
生物の絶滅リスクはIPBESの総合評価が示すように高まっており、現在最大で百万種規模の生物が絶滅の危機にあるとの評価がある。生物多様性の喪失は食料安全性、感染症のリスク変化、気候緩和能力の低下など多面的な影響をもたらす。
どうしてこうなった?(停滞・悪化の原因分析)
SDGsの達成が停滞している主因は単一ではなく複合的である。まずパンデミックが健康、教育、経済を直撃し、多くの国で公共財政が圧迫された。次に地域紛争や地政学的緊張が人道支援と持続可能な投資を阻害している。さらに気候変動と生態系破壊が生産基盤を侵食し、頻発する自然災害が復興資源を浪費させる。国際的な資金の流れは途上国へ十分に向かわず、債務負担や投資不足が社会サービス投資の拡大を妨げる。加えて、政治的意志の欠如や短期的利益優先の政策選択、制度的な弱さも進捗を遅らせている。これらが相互に作用することで「後退」や「停滞」が生じている。
日本の現状、問題点、課題
日本は経済規模や制度的能力を持つがSDGs達成においてはいくつかの構造的課題を抱えている。強みとしては高い技術力、健康・教育の基盤、制度インフラがあることだが、弱点としては人口減少・高齢化、地域間格差、出生率低下、女性の労働参加や賃金格差の未解決、エネルギー・気候政策の遅れが挙げられる。政府は定期的に自主的国家レビュー(VNR)を実施し政策を公表しているが、現状の取り組みだけでは一部のSDG達成に遅れが生じるおそれがあると指摘されている。具体的には若年層や非正規雇用者の経済的脆弱性、地方の人口流出、公共投資の重点配分の見直しが課題である。
日本の環境分野では森林管理や再生可能エネルギー導入の加速が必要であり、同時に気候変動適応のための地方自治体支援、農業の持続可能化、海洋資源の保全など多面的な政策が必要である。社会分野では保育・教育制度の強化、女性の就労支援、外国人材の適正な受け入れと社会統合政策の強化が求められる。
問題点(詳細)
資金不足と財政制約:多くの途上国はSDG関連投資を拡大する資金が不足しており、国際的な開発資金や民間投資の動員が十分でない。先進国の約束された資金供給が不十分であるという批判もある。
指標とデータのギャップ:一部のSDG指標はデータが不十分であり、進捗評価が困難なケースがある。特に低所得国では統計能力強化が必要である。
政治的・制度的連携不足:縦割り行政や短期政権の下では長期的なSDG政策が持続しにくい。地方と中央の協調、民間・市民社会の巻き込みが不可欠である。
気候変動と環境喪失の加速:自然資本の減少は複数の目標に逆行する。森林破壊や生物多様性の喪失は回復に長い時間と大規模資源を要する。
課題(優先的に取り組むべき分野)
・社会保護と包摂的成長:貧困削減のための社会保障の拡充、雇用創出、教育投資が優先される。特に脆弱層へのターゲット型支援と雇用の質向上が重要である。
・教育の回復と投資:パンデミックで失われた学びの回復、教員研修、教育インフラへの投資、デジタル教育の格差是正が必要である。
・ジェンダー平等の制度化:法制度整備(雇用・賃金・暴力対策等)と女性の経済参加・政治参加促進、デジタルアクセスの改善が経済的利益も含め重要である。
・自然資本の保全と回復:森林・海洋・陸域生態系の保護、土地回復、持続可能農業の普及、気候変動緩和・適応を統合的に進める必要がある。
・資金動員と国際協調:公的資金、気候資金、民間投資を連携させ、債務再編や新たな金融商品(グリーンボンド、ソーシャルボンド等)による投資拡大を図ることが求められる。
好事例と政策的示唆
一部の国や都市、企業はSDG達成のための効果的な政策や投資を示している。例えば再エネ導入を急ぐ地域や、土地回復プロジェクト、女性起業家支援プログラムなどは短期的に成果を上げることがある。成功事例の共通点は、①明確な長期ビジョン、②マルチステークホルダー連携、③透明なデータと評価、④持続的な資金確保、の4点である。これらを政策設計に取り入れることが推奨される。
今後の展望(2030年に向けて必要な方向性)
2030年に向けて残された時間は短いが、転換は可能である。重要なのは「再加速」と「公平な回復」である。各国政府は次のような方針で動く必要がある。
経済政策のグリーントランジション化:脱炭素・エネルギー転換を成長戦略と結びつけ、産業再編と雇用創出を目指す。
社会的投資の拡大:教育・保健・社会保障に対する公共投資を増やし、脆弱層の保護と人的資本形成を優先する。
国際協力の深化:先進国は資金・技術・能力構築支援を拡充し、途上国の実行力を高める。気候資金や債務緩和は重要な手段である。
データとガバナンスの強化:SDGモニタリングのための統計能力を強化し、透明性のある評価メカニズムを構築する。
包摂的なイノベーション:デジタル技術・再エネ・循環経済などのイノベーションを社会包摂と結びつけ、格差是正に活用する。
個人・企業・市民社会の役割
SDGs達成は政府だけの仕事ではない。企業はサプライチェーンの持続可能性改善やグリーン投資を進め、労働条件やジェンダー平等に責任を持つ必要がある。市民社会は監視・提言・草の根の取り組みを通じて政策の実効性を高める。個人レベルでも消費選択や地域活動、ボランティアを通じた貢献が重要である。パートナーシップが具体的な成果を生むためには、透明な目標設定と成果の測定が欠かせない。
まとめ
総括すると、SDGsの達成は世界的に停滞あるいは一部で後退しており、2030年目標の達成へは大胆な再設計と大規模な資金・制度改革が必要である。貧困削減、教育回復、ジェンダー平等、自然資本の保全は相互に関連しており、単独の施策だけでは不十分である。日本を含む各国は短期的被害の対応だけでなく、長期的なレジリエンス構築と公平な成長に重点を移すべきである。国連や世界銀行、ユネスコ、FAO、IPBESなどの示すエビデンスに基づき、迅速かつ包摂的な行動を採ることが求められる。最後に、SDGsは政策の“チェックリスト”ではなく、社会の在り方そのものを問うフレームワークであるため、社会全体の価値観を変える取り組みが不可欠である。
参考(主な出典)
The Sustainable Development Goals Report 2024 / 2025(国連).
Poverty, Prosperity, and Planet / World Bank(世界銀行、貧困に関する報告).
UNESCO Global Education Monitoring Report(ユネスコ).
Global Gender Gap Report(World Economic Forum).
Global Forest Resources Assessment / FAO(国連食糧農業機関).
IPBES Global Assessment(生物多様性に関する政府間科学政策プラットフォーム).
Japan SDGs Action Platform / 外務省等のVNR資料(日本政府).
SDGsの現在地(追記)
ここでは、世界全体の「現在地」を最新の国際データを参照して整理する。進捗の全体像(定量的指標)と、個別の重要分野での主要な現状を示す。主要な出典は国連の『The Sustainable Development Goals Report 2024』、世界銀行、ユネスコ、世界経済フォーラム(WEF)、FAO、IPBESなどである。
全体総括:総じて「深刻に軌道を逸脱している」
国連の2024年版SDG報告は、2015年の基準からの世界的推移を評価した結果、評価可能な169目標のうち多数が2030年目標達成に向けて「深刻なオフトラック(severely off track)」であると結論付けている。評価可能なターゲットのうち、2030年までに達成が見込める進捗を示すものはごく少数であり、再加速が必要であると指摘している。
要点(数値ベース)
SDGの評価可能なターゲットの大部分で進捗が不十分であり、全体として「再加速」が必要である。
極度の貧困人口は約7億人規模(2024年時点の推計:1日$2.15未満の旧基準)で、パンデミックや紛争、債務・気候ショックにより減少が停滞している。なお、世界銀行は2025年に国際貧困線の基準更新($3.00/day)を公表している点にも留意が必要である(新基準は統計比較に影響を与える)。
教育分野では、学校に通えていない子ども・若者の数は数億人に達し(2023/2024年のユネスコ推計で約2.5〜2.7億人)、2015年以降の改善はほとんど進んでいない。
ジェンダー平等の進捗は限定的で、WEFの指標ではグローバルな平等達成率は約68%台(年による差異あり)で、完全な平等到達までは数十年から百年以上かかると推計されている。
環境面では森林の長期的損失(1990年以降で約4.2億haの森林減少)や生物多様性の危機(IPBESは最大100万種規模の種が絶滅リスクにあると評価)など、自然資本の喪失が深刻であり、これが食料・水・気候レジリアンスに直結している。
分野別の現在地(主要分野ごとの現状)
1) 貧困と経済(Goal1, Goal8 関連)
世界銀行は、極度の貧困人口が約7億人(約8.5%の世界人口)にのぼると報告し、2019年以前の長期的減少トレンドがパンデミックと地域紛争で逆行または停滞していると指摘している。特にアフリカの一部や脆弱国に貧困の集中がある。債務負担や低成長が社会サービス投資を圧迫している点が懸念される。
2) 教育(Goal4)
ユネスコの最新データは、児童・生徒の学校離脱が依然として大規模であること、2015年以降の改善が極めて限定的であることを示している。学習損失、教員不足、教育予算の不足、気候災害による学校中断が複合的に影響しており、教育回復には大規模な投資と制度改革が必要である。
3) ジェンダー(Goal5)
WEFの報告はジェンダー格差の可視化を続けており、労働参加、政治的代表、賃金格差、ケア負担の偏りなどで依然として大きな差があると示している。短期的な改善は見られる指標もあるが、構造的な平等達成には法制度の改革とケアインフラ整備が不可欠である。
4) 環境・生態系(Goal13, 14, 15)
森林:FAOの評価では1990年以降で約4.2億haの森林が失われたが、近年は年次の森林損失率は低下傾向にある(2015–2020年の年平均約1000万ha)。とはいえ特定地域では依然として深刻な森林破壊が続いており、保全と再生の両面での取り組みが必要である。
生物多様性:IPBESは2019年の包括評価で最大で百万種規模が絶滅リスクにさらされていると警告し、生態系サービスの喪失が人間社会の脆弱性を高めていると結論付けている。
気候変動:温室効果ガス削減の緊急性は増しており、現行の国家行動では2°C未満・1.5°C目標達成は困難という科学的評価が複数ある。気候ショックは農業・教育・健康など多分野へ波及している。
5) データとモニタリング(Goal17 関連)
国連報告はデータ量そのものは増加していると評価する一方で、重要ターゲットの多くでトレンドデータが不足しており、特に低所得国では統計能力のギャップが進捗評価の障害になっていると指摘している。信頼できる統計とリアルタイムデータの整備が政策決定を左右する。
地域差と「残される人々」
世界全体の平均値は改善の兆しを示す場合でも、地域間・国内の格差が大きい点が特徴である。多くのSDG指標で最も遅れているのは紛争影響地域や脆弱な低所得国、また国内では辺縁化されたコミュニティや先住民、移民・難民などであり、「取り残される人々(leave no one behind)」の実現が最も困難な課題として浮かび上がっている。
現在地の意味
「深刻なオフトラック」という総括は、単なる注意喚起ではなく、即時の政策転換と大規模資金動員を要請している。特に教育・保健・社会保護への投資回復は貧困と不平等の連鎖を断つ上での優先課題である。
環境分野での現状は、短期的な経済判断だけで進めると長期的コスト(生態系サービス喪失、回復費用、気候災害による損失)が増大するリスクを示している。自然資本保全を成長戦略に組み込む必要がある。
データとガバナンスの強化は政策効果を検証するための前提条件である。特に低所得国支援においては能力構築(統計・監視・評価)が投資の効率を左右する。
まとめ
国連は世界全体を「深刻なオフトラック」と位置づけており、2030年という期限は依然厳しい。
極度の貧困、教育の欠落、ジェンダーギャップ、森林・生物多様性の喪失が大規模かつ同時並行的に進行している。
これらの現状はパンデミック、紛争、気候ショック、資金不足、制度的弱点が複合して生じているため、単一政策では対処できない。総合的かつ大規模な再設計(資金動員、制度強化、国際協調)が不可欠である。
