コラム:ミャンマー内戦の現状、和平遠く
ミャンマー内戦は1948年の独立以降の民族・地域間の分裂、軍政時代の抑圧、民主化の枠組みの不透明さ、ロヒンギャ問題など長期にわたる歴史的要因を背景に持つ。
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歴史的背景
植民地時代と民族構成
ミャンマー(旧ビルマ)は多民族国家であり主要民族であるビルマ族(バマー)を中心に100を超える少数民族がいる。植民地時代、イギリス領インド帝国時代にはビルマ高地や辺境地帯に住む多数民族(カレン、シャン、カチン、ラカイン、チン、モンなど)は中央から距離がある自治的な地位を保っていたが、英植民地支配の下で民族間の差異も維持あるいは強調された。
1948年、イギリスから独立した際、ミャンマー(ビルマ)は中央政府と少数民族武装勢力との間で「民族国家」の統合に関わる相互不信を抱えることになる。少数民族は自治を求めて武装闘争を展開し、政府側もそれを武力で鎮圧することが度々あった。
軍事政権の成立と民主化の試み
1962年に軍事クーデターが起こり、ネ・ウィン将軍が長期にわたり一党支配・軍政を敷いた。この時期は、少数民族の反乱、中央の厳しい統制、言語・教育政策でビルマ語優先など文化的同化政策が強められ、少数民族との対立を深めた。
1990年には国民民主連盟(NLD)が選挙で圧勝したが、軍事政府は当選を認めず、民主化は抑制された。2000年代に入ってから、限定的な政治改革と経済開放が進み、2015年の総選挙でNLDが圧勝、アウンサンスーチー氏が実質的リーダーとなった。
ロヒンギャ問題
ラカイン州などでロヒンギャ(イスラム教徒の少数民族)に対する差別、抑圧、追放が長年続いた。2017年にはロヒンギャ迫害が国際的に大きな非難を浴び、大量の難民がバングラデシュへ流出するなど人道・人権上の重大問題となった。
2021年クーデターと内戦の激化
2021年2月1日、軍がクーデターを起こし、選挙で再選されたNLD政府を拘束。軍は国家緊急事態を宣言し、権力を掌握した。これに対して国内各地で抗議運動が起こり、「市民的不服従運動」が広がった。軍の弾圧が激化する中、多くの市民が「人民防衛隊(PDF)」を結成し武装抵抗を始め、従来の民族武装組織(EAOs)も反軍政府勢力に加わって戦線が拡大した。
現状(2024–2025年時点)
複数の報道・国際機関調査から、以下のような現況が確認されている。
戦況・支配地域の変化
軍政は都市部と中央政府の主要基盤(首都ネピドー、主要都市ヤンゴンなど)を維持しつつ、地方や山岳地帯での支配が著しく崩れている。EAOやPDFを含む抵抗勢力が軍の前線を押し戻す動きが強まり、国土の多くの地域で軍の統制が緩んでいる。
特に3BHAと呼ばれるアラカン軍(AA)、シャン州のTNLA、MNDAAなどが連携し、2023年10月以降の作戦で大規模な攻勢を展開している。これにより北部シャン州などで軍の拠点や地域制圧を失う事態が相次いでいる。
ラカイン州ではアラカン軍が2024年年末に軍の管理地域を奪取し、バングラデシュとの国境地域に対する支配を強めている。
カチン州のバーモなども抵抗勢力が軍政に対して攻撃を強め、都市や重要道路の掌握をめぐる戦いが激化している。
人道・社会的危機
国内避難民は数百万人規模にのぼる。国連や英国下院などの報告では、3.5百万人を超える避難民が存在。
必要支援人口も非常に大きく、2025年には2000万人近くの人々が人道支援を必要とするとの見方。食料、医療、インフラ、住居、水・衛生など多岐。豪雨・台風・洪水など自然災害の被害も重なっており、救援活動が困難な状況が続いている。
経済状況の悪化、経済成長は停滞または萎縮。物価上昇、通貨(チャット)の価値下落、国際貿易の停滞、輸入品不足が深刻。失業や所得低下、貧困拡大が広がっている。特に、国境貿易(陸路貿易)が中国・タイとの間で減少しており、輸入・輸出ともに打撃を受けている。
徴兵(conscription)の強化。軍政府は兵力不足を補うため、2024年2月に義務的な募兵・徴兵制度を導入。これにより若い人々の都市からの脱出、逃避が増えている。軍の人手・戦力は逼迫。
政治・司法状況
国内の政治自由は大幅に制限されている。反対勢力、特にNLD(アウンサンスーチー氏の政党)は解散あるいは活動制限を受け、スーチー氏自身も拘束されている。
軍政は選挙を計画中と公表している。2025年12月末に総選挙を設定。だが、反対派や国際社会からは「軍政正当化のための形だけの選挙」であるとの批判が強い。選挙法の改正により、登録制限、犯罪歴を理由とする政党参加の制限、比例代表制の導入などが行われており、公平性・自由性に疑問符が付いている。
国際・地域との関係
国際的な制裁と孤立傾向:米国・EUなど西側諸国は制裁を課しており、軍や軍関係企業への制限、個人の資産凍結などが行われている。だが、制裁の効果は限定的であり、他方で中国やインドなど近隣国は関与を維持し、軍や軍政と商業・外交的接点も持ち続けている。
中国の仲介・影響力拡大:中国はミャンマー内の安定を重視し、軍政およびEAO双方と接触する仲介的役割を果たすことがある。国境の安全、パイプラインやインフラプロジェクト保護などが中国政府の利害となっている。
問題点
分裂・多様な抵抗勢力の存在
ミャンマー内戦は単一の政府対単一の反政府軍、という構図ではなく、多数の民族武装組織(EAO)と、都市部を中心とする市民防衛隊(PDF)、NUG(国民統一政府)など複数の抵抗勢力が存在する。目標や利害、組織力に差があり、必ずしも統一ある行動が取れていない。そのため、戦略的に軍政を圧迫しつつも、抵抗勢力間の協力は限定的で、戦況を一気に変えるほどの連携に至っていない。問題は次のとおり:
組織間の調整・統率力の不足
装備・資金・兵員・物資補給の限界
民族紛争の長年の歴史に基づく不信感
市民・人道被害の甚大さ
国内避難民・難民の数が拡大しており、多くの人が基本的な生活条件を欠いた状態。医療・教育・衛生・食料へのアクセスが不十分。自然災害(洪水、台風、地震など)も重なり被害を悪化させている。
軍政側の市民への攻撃が繰り返されている:学校・病院・寺院の空爆、住民虐殺、焼き討ち、拷問など。人権侵害は国際的に重大な懸念。
経済崩壊の進行
経済成長率は停滞またはマイナス成長を示す見通し。貧困率の拡大。世帯所得の減少、失業・就労機会の消失。最低限度のインフラ・公共サービスも維持困難。
輸出入など国際貿易の停滞、特に陸路の国境貿易の障害。通貨下落・インフレの急激な進行。燃料・生活必需品の不足。
政治・統治の正統性欠如
軍政は民主的正統性を失っており、選挙の自由性・公正性について国内外から疑問視されている。選挙法の改変により反政府政党の参加が制限されている。スーチー氏など主要人物は犯罪歴を理由に活動制限。
政府としてのインフラ整備や公共サービス提供能力も限定的であり、軍が統治機構を掌握している中で汚職や資源の私物化も指摘されている。
地域的・国際的帰結
難民・避難民流出:国境を越えてバングラデシュ、インド、タイなどに難民や亡命者が移動。これが地域の安全保障・人道問題を複雑化させる。
犯罪・不正行為の拡大:人身売買、麻薬取引、オンライン詐欺などが紛争の混乱を悪用して拡大している。特に東南アジア地域の隣国に影響を及ぼしているという報告。
平和交渉の困難性
軍政側が「選挙による正当化」「国家統一」「国家緊急事態の延長」を用いて時間を稼ぐ戦術を採っており、交渉の意志が限定的。
抵抗勢力には軍政に対する不信だけでなく、民族間・地域間の利害の違いや目標の相違があるため、どのような和平合意が可能か不透明。
今後の展望
ミャンマー内戦の行方については複数のシナリオが考えられる。以下、主な可能性とそれに伴う条件を整理する。
シナリオ1:軍政府の維持と選挙による正当性付与
軍政は2025年12月に総選挙を実施予定としており、これをもって一定の正統性を国内外に示そうとする可能性が高い。選挙法や政党登録制度の変更は、そのための仕組みである。ただし現状では反政府勢力が支配する地域が多く、選挙運営の自由性・公正性が担保されていないため、選挙が形骸化するリスクが高い。
このシナリオが成立するには、以下の条件が関わる:
抵抗勢力の弱体化または分裂
国際社会の圧力が限定的であり、中国・インドなど近傍国との関係で安定を保てること
経済悪化がある程度収まるか、もしくは軍政がそれを克服する手段を得ること
シナリオ2:抵抗勢力による地域支配の拡大と事実上の内部分裂状態への移行
現在、EAOやPDFを含む反政府勢力は軍の支配地域を奪回する動きを強めており、特定の地域ではすでに軍事政権の統治が及ばない「実質的な統治」が行われている。
このシナリオではミャンマーは一国としての統一的統治が弱まり、複数の実効支配地域を持つ「分権化」あるいは連邦制自治の再編、あるいは事実上の「国家崩壊」に近い状態となる可能性がある。
シナリオ3:和平交渉または国際仲介による政治的妥協の成立
国際社会(ASEAN、中国、国連など)および国内の反政府勢力、軍政府の間で和平交渉が再開され、停戦や地域自治などを含む政治的妥協が成立する可能性もある。ただし、既存の和平合意も破綻あるいは未履行が多いため、信頼醸成が大きな課題。
このシナリオで鍵となる条件:
抵抗勢力(EAOやPDF)の間で交渉カードとしての統一性・代表性を確立すること
軍政側がある程度のインセンティブ(制裁緩和、国際承認、支援など)を追求すること
国際圧力の一元化、支援提供国が協調できること
シナリオ4:長期にわたる停滞と人的・経済的疲弊の深化
もっとも可能性が高いのは現在のような戦闘・分断・混乱が長期化するシナリオである。人的被害・避難民・インフラ破壊などの累積、社会・経済的コストの増大、国家機能の低下が進む。また自然災害や気候変動の影響、感染症などへの対応が困難になる。
このシナリオでは国際社会からの人道支援の必要性が増すが、軍政による援助の制限や支配地域でのアクセス障害、資金不足などが支援を困難にする。住民の生活基盤が崩れ、社会の不安定性がさらに強まる。
総括および要点
ミャンマー内戦は1948年の独立以降の民族・地域間の分裂、軍政時代の抑圧、民主化の枠組みの不透明さ、ロヒンギャ問題など長期にわたる歴史的要因を背景に持つ。
2021年の軍事クーデターを契機に、市民レベルの抵抗運動と民族武装組織が一体となって反軍政勢力を拡大させ、内戦規模が大きく拡大した。
現在、軍の支配地域は限定されつつあり、反政府勢力が南北・東西で軍の補給線・交通網・行政支配を揺さぶっている。一方で、軍政は耐えるために徴兵強化や戦略変更を図っている。
問題点としては、民間人の人権侵害、人道危機、経済破綻、統治機構の正当性・機能性の喪失、国際的孤立と地域紛争化が挙げられる。
今後の展望は複数あり、軍政の正統性維持を狙う選挙実施、抵抗勢力の地域支配拡大、和平交渉の可能性、あるいは長期停滞というシナリオが考えられる。