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コラム:ダイバーシティの現在地、課題は?

日本は人口構造の変化と国際競争の中で多様な人材の活用が不可避であり、政策面や企業面での取り組みは進んでいる。
ダイバーシティのイメージ(Getty Images)

ダイバーシティとは

ダイバーシティ(Diversity)は年齢、性別、国籍、障がいの有無、性的指向、宗教、価値観、学歴、雇用形態など、人々の違い(多様性)を認識し、それを組織や社会の強みとして活かす考え方である。単に「多様な人を並べる」ことではなく、多様な人材が安心して能力を発揮できる制度や風土(インクルージョン)を整えることが重要である。経済的な観点では人手不足やグローバル化への対応、社会的観点では公平性と人権の確保が主要な目的である。

日本の現状(全体像)

日本では人口の少子高齢化と労働力不足が深刻化するなか、ダイバーシティは政策課題かつ企業経営の重要テーマになっている。一方で、社会の慣習や制度、企業文化が均質性を前提としてきた歴史があるため、変化のペースは緩慢である。特に性別役割分担や終身雇用・年功序列といった慣行が多様性の受容を難しくしている側面がある。

政府や公的統計はダイバーシティの中でも性別、外国人材、障がい者、LGBTQ+など複数の領域でデータを蓄積しており、そこから見えるトレンドは「変化は起きているが目標には到達していない」という状況である。例えば、女性の管理職比率は徐々に改善しているが政府目標と比べて乖離が残る。外国人の在留者数や就労者数は増加しており、労働市場における外国籍人材の存在感が高まっている。これらの数値は政策立案や企業の人事戦略の根拠になっている。

全体的な傾向

  1. 高齢化と若年人口の減少が進むことで労働市場の需給が逼迫し、多様な労働力(女性、高齢者、外国人、障がい者、非正規・フリーランス等)を取り込む必要性が高まっている。

  2. グローバル化・サプライチェーンの国際化に伴い、外国人材の採用が業種を問わず増加している。公的な届出や在留統計でも外国籍労働者が増加している。

  3. ジェンダー平等は政策的な優先課題となりつつあるが、上位役職や政治分野での女性比率は低く、改善の余地が大きい。

  4. 障がい者雇用は法定雇用率の引き上げや企業の取り組みで雇用数は増加しているが、依然として法定率未達成の事業所が存在する。

  5. LGBTQ+に関する認識は若年層を中心に改善しているが、法的保護や全国的な制度整備は遅れが目立つ。国内研究や調査は存在するが、包括的な国家レベルの保護は限定的である。

社会の変化と政府の推進

政府は多様性推進を政策課題として取り上げている。男女共同参画基本計画や企業における女性活躍推進策、外国人材受入れの在留資格整備、障がい者雇用の法定雇用率引き上げなどが代表的な施策である。自治体レベルでも多様性をテーマにした独自施策が増えており、地域ごとの取り組みが蓄積されつつある。しかし、施策の実効性は自治体・企業ごとに差があり、法整備と現場対応(制度運用、相談窓口、人材育成)が必ずしも同期していない。

人材確保の手段(企業側の対策)

企業は人材確保のために多様な手段を採っている。具体的には、女性の継続就労支援(育休・時短制度の充実、職場復帰支援)、中高年・シニアの再雇用、外国人採用と社内日本語教育、障がい者雇用枠の拡充、フレキシブルな働き方(テレワーク、フレックス、副業容認)などである。加えてダイバーシティ研修やアンコンシャスバイアス対策、人事評価の見直し(成果主義の導入や多様性指標のKPI化)によって、組織風土を変えようとする動きが見られる。大企業を中心にダイバーシティ経営を企業価値の一部として開示するケースも増加している。

国際的な遅れ

OECD諸国や欧州主要国と比較すると、日本はジェンダー平等や政治・企業の上層部における女性比率で低い順位に留まることが多い。文化的慣習や長年の雇用慣行が壁となり、制度だけ整えても現場の受容が追いつかないケースがある。国際競争力を維持するためには、単に人材を確保するだけでなく多様性を活かす組織能力(インクルーシブなマネジメント、ダイバーシティを反映した商品サービス開発など)が必要である。

分野別の現状(概観)

以下に主要分野を挙げ、現状と課題を整理する。

ジェンダー(女性の就労と管理職)

女性の労働参加率は上昇し、特に非正規から正規への転換や職域拡大が進んでいるが、管理職や役員の比率は依然として低い。政府は2020年代中のリーダー層における女性割合を高める目標を掲げているが、達成には至っていない。複数の分析で、女性管理職比率はゆっくりと上昇しているものの二桁台の前半で推移しており、経営トップやCEOの女性比率は極めて低い状態が続いている。企業文化の変化、育児・介護支援、評価基準の見直しが不可欠である。

企業における女性役員の増加

近年、女性の取締役や執行役員の数は増加している。政府のスコアリングや開示要請、投資家のESG(環境・社会・ガバナンス)志向が企業に圧力を与えており、上場企業を中心に女性取締役を任命する動きが進んでいる。ただし、増えたとは言え、主要ポジション(CEOや事業本部長など)の占有は限定的で、形式的な「登用」に留まる懸念も指摘されている。外部からの評価やサクセッションプランの透明化が鍵となる。

政治分野での遅れ

国会議員や閣僚、地方首長における女性比率は他の先進国に比べて低い。政治参加や候補者供給の構造的問題、選挙制度や党内文化が背景にある。政治分野での女性参画が進まないことは、政策の多様性や視点の広がりを損なう要因であるため、党や自治体による候補者支援、選挙制度改革、育児支援の整備などが必要である。

固定的雇用慣行(終身雇用・年功序列)

終身雇用や年功序列は日本の雇用体系の特徴だが、これが多様な働き方やジョブ型雇用の導入を妨げている面がある。ジョブ型への移行は職務記述書(ジョブディスクリプション)の整備、評価基準の透明化、キャリアパスの多様化を要する。固定化した評価制度は新たな人材(女性、外国人、シニア、非正規など)の受け皿を狭める可能性がある。

性的少数者(LGBTQ+)

LGBTQ+に関する認識は改善しているが、法整備は限定的である。自治体レベルではパートナーシップ制度を導入するところが増え、企業も相談窓口や同僚向け研修、福利厚生の見直し(配偶者手当の適用拡大など)を進めている。しかし、全国的な統一ルールや差別禁止法の整備は遅れており、就労環境でのカミングアウトや法的保護に不安を抱える当事者が多いという調査結果がある。研究機関や労働政策研究所の報告では、LGBT当事者の精神的負担や経済的損失が推計されている。

企業の取り組み(総論)

企業は多様性を経営戦略に組み込むため、採用・評価・報酬・研修・職場環境の見直しを行っている。ダイバーシティ経営の指標開示、サプライチェーンへの多様性要求、アクセシビリティ改善、ダイバーシティ担当役員(CDO)の設置などの施策が見られる。特にグローバルに展開する企業や外資系、日本でも競争の激しい製造・IT分野では先行事例が多い。

社会的認識と法整備

日本の社会的認識は世代差が大きく、若年層ほど多様性受容性が高い。法的整備は部分的で、例えば障がい者雇用については法定雇用率が設定され、達成に向けた義務と支援措置があるが、LGBTQ+や外国籍人材の生活保障、家族法の適用などは地域や制度によって差がある。差別禁止法や包括的な人権保護法の議論は続いているが、国会での整備は進んでいない領域がある。

外国籍人材・民族的マイノリティ

日本に在留する外国人数は年々増加しており、政策的にも労働力確保の重要な柱となっている。技能実習や留学生からの就労移行、特定技能制度、専門的・技術的分野の在留資格などを通じて多様な国籍の人が就労している。出身国別では東南アジア諸国や中国、フィリピンなどが多い。外国人労働者の増加は介護、製造、建設、飲食、ITなど幅広い分野に波及しており、言語・生活支援、法制度の整備、地域コミュニティの受入れ態勢が課題になっている。公的統計は在留外国人の増加を示しており、今後も労働市場における存在感が増す見込みである。

労働者の増加と地域格差

都市圏では外国人材を受け入れる企業や支援インフラが比較的整備されているが、地方では受け入れ側の準備不足や住環境の不足、地域社会の理解不足が障壁となる。高齢化が進む地方では人手不足が深刻であり、外国人材・シニア・女性の活用は不可欠であるが、実行には地域ごとの戦略と支援が必要である。

同質性の神話

日本社会には「同質性=強み」という自己認識が根強いが、実際には地域差や価値観の多様性が存在する。多様性を否定して同質性を維持することは、イノベーションの阻害や労働市場での競争力低下を招く恐れがある。経済社会の変化に対応するため、同質性の神話を見直し、戦略的に多様性を取り入れる必要がある。

障がい者の状況

障がい者雇用は長期的に増加しており、民間企業の雇用障がい者数は過去最高を更新しているが、法定雇用率を達成している企業の割合は半数にも満たない状態が続いている(法定雇用率引上げのなかでの実務的挑戦がある)。合理的配慮の提供、職場のバリアフリー、業務適応や職務再設計、そして採用プロセスの工夫が必要である。政府は職業リハビリテーションや就労支援プログラムを提供しているが、企業側の理解と投資が鍵となる。

問題点の整理

  1. 構造的障壁: 終身雇用や年功序列、長時間労働など既存の慣行が多様な労働形態を阻む。

  2. 上位層の閉塞感: 経営トップや政治の上層部における多様性の欠如により、方針決定が偏るリスクがある。

  3. 法制度の未整備領域: LGBTQ+や外国人の生活保障、外国人労働者の権利保護などの法的整備が不十分で当事者の不安が残る。

  4. 地域間格差と受入れインフラ不足: 地方自治体の対応力に差があり、地方での多様性受入れが進みにくい。

  5. 企業内部の文化変革の遅さ: 形式的な制度導入だけでなく、現場の無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)対策が必要である。

  6. データと指標の限界: 多様性の効果を測る指標が未成熟で、成果検証や政策評価が困難な面がある。

政府の対応(具体例)

政府は次のような政策・施策でダイバーシティを後押ししている。

  • 男女共同参画基本計画やホワイトペーパーによる状況把握と目標設定。

  • 外国人材受入れ制度の整備と在留資格の拡充、労働条件監視の強化。

  • 障がい者雇用の法定雇用率引上げと支援金制度、職業訓練の強化。

  • 企業向けのガイドラインや助成金、ダイバーシティ推進のための評価・表彰制度(例:Nadeshikoブランド等)。

ただし、法整備だけで解決する問題ではなく、自治体・企業・教育機関・市民社会が連携して文化と制度を同時に変えていく必要がある。

自治体の対応(地域レベルの工夫)

自治体は地域特性に応じた取り組みを進めている。例えば、パートナーシップ制度の導入、外国人向けの相談窓口、職業訓練や起業支援の提供、障がい者向けの就労支援プログラム、女性の復職・起業支援などを展開している。地方自治体の先進事例は都市部だけでなく、地方創生と結び付けた多様性戦略として注目される。

同質性の神話とその克服

「日本は同質社会である」という認識は一定の現実を反映するが、グローバル化・人口動態の変化により多様性は明確に進展している。集合的アイデンティティを重視する文化的傾向を尊重しつつ、多様性を社会的強みとして再認識することが重要である。教育現場やメディアが多様なロールモデルを提示すること、企業が採用・評価基準を透明化してスキルと成果を重視することが神話克服に寄与する。

各種専門家データの要点(抜粋)

・女性管理職割合:民間企業における女性管理職比率は1桁〜10%台の報告がある(最新報告で約11%台)。
・女性CEO数:上場大手における女性CEOは極めて少数であるとの調査報告がある。
・在留外国人数:2025年上半期に在留外国人数は約3.95百万と報じられており増加が続く。
・LGBTQ+比率:国際調査で日本のLGBT+比率は調査対象国の中で比較的低め(約5%)との報告がある。
・障がい者雇用:雇用者数は過去最高を更新し続けているが、実雇用率・達成状況や職場統合の質が課題。法定雇用率は引き上げられている。

企業の「よい実践」事例(要素)

多様性を効果的に活かしている企業には共通する要素がある。

  1. トップのコミットメントと目標の明確化(数値だけでなく行動計画を示す)。

  2. 採用・評価・昇進の透明化とスキル基準化。

  3. 育児・介護と仕事の両立支援(柔軟な働き方、復職プログラム)。

  4. メンタルヘルスやハラスメント対策の強化、心理的安全性の確保。

  5. 多様なロールモデルの提示とメンター制度の導入。
    これらを組み合わせ、定期的にKPIを評価して改善サイクルを回す企業は効果を上げている。

今後の展望

  1. 意思決定層の多様化を加速するための実効的インセンティブ設計が必要である。例えば、上場企業による多様性指標の開示義務化やそれに連動した投資家アクションが有効である。

  2. 働き方改革の深化:ジョブ型の導入や職務記述書(JDs)の普及により人材流動性を高め、スキルベースでの評価を行う。

  3. 法整備と社会的支援の強化:LGBTQ+や外国人、障がい者に対する包括的差別禁止や受け入れ支援を整備し、実行可能なガイドラインを普及させる。

  4. 地方と企業の連携:外国人材の住環境整備や地域雇用でのインクルーシブな施策を推進する。

  5. 教育と意識改革:学校教育や企業研修で多様性理解を深め、ロールモデルを増やすことで長期的に文化変革を促す。

まとめ

日本は人口構造の変化と国際競争の中で多様な人材の活用が不可避であり、政策面や企業面での取り組みは進んでいる。だが意思決定層の多様化や制度の実効化、職場文化の変革は道半ばである。政府・自治体・企業・教育機関・市民社会が役割分担の上で協働し、数値目標の追求にとどまらない実質的なインクルージョンの実現を目指すことが重要である。主要な統計や報告は、女性の管理職比率や女性CEOの少なさ、在留外国人の増加、障がい者雇用の増加といった点を示しており、これらの指標を踏まえつつ政策と実務の橋渡しを進める必要がある。

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