コラム:米国・イラン交渉「核合意復活はほど遠い段階」
2026年2月時点のイラン核合意再開交渉は、多くの構造的障害と対立軸を抱えつつ、限定的な対話再開の段階にある。
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現状(2026年2月時点)
イラン核合意(JCPOA)再開を巡る交渉は、合意復活からはほど遠い段階にある。2025年6月に米国とイスラエルによる軍事攻撃を受けた後、両国間で限定的な停戦が成立したものの、その後の外交交渉は断続的かつ低調である。現在、米国とイランはオマーン・マスカットで間接交渉を再開しているが、核問題の範囲や関連する安全保障課題を巡り隔たりが大きい。イラン側は核施設の査察等について限定的な協力姿勢を示す一方、弾道ミサイル能力や地域政策の交渉対象化を拒否している。トランプ政権は合意を主張しつつ交渉進展を条件に圧力を維持している。加えて、国連安全保障理事会決議2231による枠組みが2025年10月に形式的に終了しており、国際制度の制約が弱まる中で外交策と強硬策が混在する状況が続いている。最新の交渉は「良いスタート」と評価されつつも、主要な対立軸は未解決のままである。
イラン核合意(JCPOA)とは
JCPOA(Joint Comprehensive Plan of Action)は、2015年7月にイランとP5+1(米国、英国、フランス、ロシア、中国+EU)が締結した包括的合意であり、イランの核開発活動を厳格に制限し、国際原子力機関(IAEA)による査察を強化する代わりに経済制裁を解除する枠組みである。この合意は核不拡散の強化と中東の安全保障安定化を目的としていた。
主要な内容としては、ウラン濃縮度・保有量の制限、遠心分離機の運用制限、IAEA査察の包括的アクセス許可、制裁解除の段階的措置が含まれていた。一方、JCPOAには弾道ミサイル計画や地域の武装勢力支援への制限は直接含まれていないと明記されており、これが後の対立点となる。2018年、米国は単独で合意から離脱し「最大圧力」制裁を再発し、以降合意は実質的な機能不全に陥った。
その後、欧州3カ国(E3)による制裁再発動(スナップバック)やイラン側による透明性措置の停止等が進み、協議停滞と軍事衝突に至った。2025年10月には国連安全保障理事会決議2231に基づく監視枠組みが終了し、JCPOAの形式的な制度的基盤も弱まった。
交渉の現状と最新動向
2026年2月現在、米国とイランはオマーンを媒介として間接的な核交渉を再開している。この交渉は2018年以降の直接交渉停止後、初の大規模な再協議として位置づけられており、両国は譲歩と要求を巡って意見を交わしている。イランは核施設に対するIAEA査察への協力姿勢を一部示し、ウラン濃縮活動の「当面停止」方針を米側に伝えたとされるが、恒久的停止には大きな隔たりがある。
米側は核問題の枠組みを超えて、弾道ミサイルの射程、地域における武装勢力への支援、 人権問題等のリストを交渉対象に含めたいという意向を表明している。これに対しイラン側は弾道ミサイル能力の制限を「レッドライン」とし、核プログラムとは切り離した立場を強調している。
交渉は「建設的な始まり」と両国高官が表明する一方で、進展には時間がかかるとの見方が強い。これは核合意再建のための信頼構築プロセスが欠如している点や、双方が軍事的・経済的圧力を相互に用いているためである。
米イ直接・間接交渉の再開
2026年2月、オマーン・マスカットで米国とイランによる間接交渉が行われた。米国代表団には軍高官が同行し、イラン側は限定的な範囲に交渉対象を絞ることを主張した。この協議は、2018年の米国離脱以降の有意な外交接点である。しかし、直接交渉ではなく、オマーン外務省と国際仲介が介在する形で実施されている点が特筆される。
両国が交渉を進める背景には、再度の軍事衝突回避への戦略的必要性と、制裁解除への経済的インセンティブがある。イランは経済制裁により国内経済が圧迫され、政治的求心力が低下する中、交渉再開に一定の関心を示している。また米国は軍事と外交の同時運用を継続し、交渉を通じた制約を模索している。
第2次トランプ政権の姿勢
トランプ政権は、軍事的圧力と外交交渉の併用を戦略としている点が特徴である。トランプ大統領自身は核交渉の再開を求める一方、「合意に失敗すれば甚大な軍事的対応も辞さない」と警告している。また、外交交渉の条件として核活動停止だけでなく、弾道ミサイルプログラムの制限や地域政策の変更を求める姿勢も見せている。この包括的要求は、従来のJCPOA枠組みを超えたものである。
トランプ政権は、軍事的威圧を背景に交渉を有利に進めたい意図を持つことが複数の報道で指摘されている。これは交渉力を高めるための戦略であると同時に、中東地域の安全保障環境をさらに複雑化させる要因となる。
イラン側の対応
イラン側は、核問題を限定的に議論する意向を示す一方で、弾道ミサイル能力や地域政策への干渉を拒否する姿勢を明確にしている。イランの最高指導部や安全保障関係者は、弾道ミサイル能力を国家安全保障の核心と位置付け、交渉対象にすることを頑なに拒否している。
また、経済制裁による国内不満やウラン濃縮活動に対する限定的な停止表明は、交渉再開のための譲歩と見られるが、恒久的な変更を意味するものではない。イランは核活動以外への交渉範囲拡大を拒むことで、妥協の余地を限定し、主権的立場を保とうとしている。
主な対立軸と「レッドライン」
交渉における主な対立軸は以下の複数点で構成される。
核開発活動の範囲:ウラン濃縮活動の制限程度やIAEA査察へのアクセス範囲。
弾道ミサイル計画:米国は交渉対象化を求め、イランは断固拒否し「レッドライン」としている。
地域代理勢力支援:イランが中東各地で支援する武装組織への関与を米国側は交渉に含めたいとしているが、これもレッドラインとなっている。
制裁解除の範囲・タイミング:イランは包括的解除を求めるが、米国・欧州側は段階的解除を主張している。
特に弾道ミサイル能力の交渉対象化拒否は、イラン側の明確なレッドラインであり、これが交渉進展を難しくしている。
交渉範囲(核開発、弾道ミサイル計画、地域代理勢力への支援削減)
核交渉は本来、JCPOA時代の枠組みに基づき核開発活動に限定されるべきであった。しかし、現在の米国側の要求は核技術と関連する安全保障(ミサイル等)への拡大を含んでいる。これは交渉の複雑化を生み、合意形成をより困難にしている。
イラン側は核問題のみに限定したいという立場を堅持しており、これにより米国側が求める弾道ミサイル制限や地域影響力の抑制は交渉の枠外とされている。この隔たりは、両国間の信頼欠如と戦略的優先順位の違いから生じる構造的な対立である。
制裁解除
制裁問題は交渉の核心である。イランはJCPOAに基づく全面的な制裁解除を対価として要求し、経済回復を狙っている。一方、米欧は段階的な解除と、まず核活動の制限と検証を求める立場であり、この順序の違いが合意に至るまでの障害となっている。
2025年以降、米国は追加的な制裁を続けており、イランの石油・金融・海運部門をターゲットにしている。また、欧州側によるスナップバック制裁の可能性も交渉の圧力として機能している。
軍事的プレゼンス
米国は中東海域に空母などの軍事力を展開し、外交と軍事圧力を併用する姿勢をとっている。イランもミサイル発射や無人機を通じた軍事的プレゼンスで応じ、緊張の高い状態が続く。このように、軍事プレゼンスが交渉の背景要因として機能する状況が、外交的妥協を困難にしている。
交渉を停滞させている背景因子
交渉停滞の背景には複数の要因がある。
信頼の欠如:2018年米国の離脱以降、合意は繰り返し破棄・修正され、双方の相手への不信感が蓄積している。
軍事的衝突:2025年のイスラエル・米国による軍事攻撃は交渉を中断させ、情勢を一段と複雑化した。
制度的枠組みの弱体化:UN安保理決議2231の期限切れは、従来の国際的な強制力を低下させた。
国内政治要因:イラン国内の経済危機と政治的反発、米国国内の政策優先順位も交渉に影響している。
これらが同時多発的に作用し、交渉は進展しづらい構造にある。
2025年の軍事衝突(12日間戦争)
2025年6月、イスラエルと米国がイラン核関連施設を攻撃し、約12日間にわたる軍事衝突が発生した。この「12日間戦争」は、JCPOA復活交渉を大きく後退させるトリガーとなった。この軍事衝突は、イランの核開発計画を直接的に標的とするものであり、交渉路線から軍事解決への転換を印象づけた。
この衝突後、双方は停戦を宣言したが、和平後も互いに主張を維持し、外交への転換は限定的であった。軍事的衝突は、交渉のための信頼醸成を阻害する主要因となっている。
スナップバックの発動
2015年JCPOAには、合意違反時に制裁を再発動する「スナップバック」メカニズムが含まれている。2025年8月、E3(英国、フランス、ドイツ)はこの仕組みを再活用する動きを見せ、制裁再発動を巡る協議が行われた。これはイランに対する追加的圧力として機能し、交渉へのインセンティブと同時に対立を拡大する要因となった。
安保理決議2231号の期限
UN安全保障理事会決議2231は、JCPOAを国際的に承認し制裁解除と核制限の枠組みを提供したものであるが、10年の期限を迎え2025年10月に終了した。これにより、イランの核活動に対する国際的な制約メカニズムが弱体化し、核問題を安保理で強制的に管理する法的基盤は失われた。
「2026年4月」が節目
専門家は、2026年4月を交渉・制度的節目として指摘している。これは、2231終了後の国際的枠組みの再構築や、米国・欧州が新たな制裁制度を検討する時期であるとされる。また、イラン国内政治的なイベントや選挙周期との関連も影響し、交渉条件の見直しが行われる可能性がある。これが合意に向けた交渉の転換点となる可能性が指摘されている。
決裂時のリスク
交渉が決裂した場合、以下のようなリスクが高まる。
軍事衝突の再発:限定的な衝突が全面戦争にエスカレートする可能性。
核技術拡散の加速:核活動制限が失われ、イランの核能力が実質的に強化される危険。
中東地域のさらなる不安定化:代理勢力を巡る衝突拡大。
国際的な核不拡散体制の弱体化:安保理の管理機能が後退することで他地域でも悪影響。
これらは単一要因ではなく複合的に作用し、地域・世界の安全保障に甚大な影響を与える可能性がある。
今後の展望
交渉の行方は不透明であるが、次のシナリオが想定される。
限定的合意の成立:核活動に限定した暫定合意で制裁解除の段階的措置を実施。
交渉の膠着:レッドラインの隔たりにより交渉が長期化。
軍事的圧力の激化:合意不成立を口実に軍事行動が再発。
多国間協調の枠組み再構築:EUや中東諸国を交えた交渉より包括的な協議枠が形成される可能性。
国際社会の介入と双方の内政情勢が交渉結果を左右する要因となる。信頼醸成措置の導入、制裁解除条件の明確化、透明性の強化が合意に向けた重要な鍵となるであろう。
まとめ
2026年2月時点のイラン核合意再開交渉は、多くの構造的障害と対立軸を抱えつつ、限定的な対話再開の段階にある。軍事衝突の影響、制度的枠組みの変化、米国の包括的要求、イランのレッドラインが交錯し、交渉は容易に合意に至らない状況である。今後、段階的・限定的アプローチと国際社会の役割が鍵となる。
参考・引用リスト
米イラン核交渉再開・談話等:
イランミサイル能力交渉拒否:
イラン核検証協力表明:
2231終了と制度的影響:
交渉再開・ウラン濃縮停止:
米国の交渉条件:
スナップバック協議:
12日間戦争:
追記:さらなる軍事介入のリスク
軍事的エスカレーションの構造
現在の米イラン関係は、外交対話と軍事抑止が同時進行する「不安定な均衡」にある。こうした状況では、意図しない衝突(inadvertent escalation)が最大のリスクとなる。特に以下の要因が軍事介入の可能性を高める。
誤認・誤算(miscalculation)
双方が限定的圧力として実施した軍事的示威行動が、相手側に攻撃準備と解釈される危険がある。ミサイル発射実験、無人機活動、海上での威嚇行為などは偶発的衝突の典型である。代理勢力を通じた衝突拡大
イランの地域代理勢力(ヒズボラ、イラク武装組織、フーシ派等)を巡る攻撃は、直接対決を回避しつつ緊張を高める。これらの行為が制御不能となる場合、米国やイスラエルの報復攻撃が誘発される。抑止の失敗(deterrence failure)
相手の報復能力や意志を過小評価した場合、局地衝突が全面的軍事行動へ移行する可能性がある。国内政治要因
政権支持率低下、選挙政治、革命防衛隊の影響力など、国内要因が強硬策選択を後押しする場合がある。
軍事介入の形態
軍事介入は単一形態ではない。現実的に想定されるシナリオは複数存在する。
限定的空爆・サイバー攻撃
核施設、ミサイル基地、指揮統制網を標的とした精密攻撃。海上封鎖・経済的軍事圧力
ホルムズ海峡を巡る封鎖・護衛活動。広域的地域戦争
代理勢力を含む多戦域衝突。
特に重要なのは、限定的軍事行動が常に限定的に収束する保証は存在しないという点である。
地域全体が戦火に包まれる懸念
地域安全保障環境の脆弱性
中東の安全保障構造は極めて脆弱である。イラン核問題は単なる二国間対立ではなく、多層的な地域パワーバランスに組み込まれている。
主要な連鎖的リスク
イスラエル–イラン対立の全面化
直接攻撃またはヒズボラ経由の衝突拡大。湾岸諸国の巻き込み
サウジアラビア、UAE、バーレーン等のインフラ・石油施設への攻撃リスク。ホルムズ海峡の不安定化
世界エネルギー供給への重大影響。非国家主体の活性化
民兵組織、過激派組織の行動余地拡大。大国間競争の激化
米露中の影響力争いが戦略的複雑性を増大させる。
「限定戦争」神話の危険性
過去の軍事衝突はしばしば限定的に収束してきたが、現在の状況では相互抑止の閾値が低下している。以下の変化が指摘される。
ミサイル・無人機技術の高度化
防空システムの進化
サイバー戦能力の拡張
代理勢力の軍事能力向上
これにより、小規模衝突が急速に広域化する可能性が従来より高まっている。
ミサイル問題という決定的相違
なぜミサイル問題が核心なのか
弾道ミサイル問題は、核交渉における最も深刻な対立軸である。理由は以下の通りである。
核兵器運搬手段との関連性
米国および欧州は、長距離ミサイル能力を潜在的核脅威の不可分要素と見なす。国家抑止戦略の中心
イランにとってミサイル能力は、制空権を持たない状況での主要抑止手段である。地域軍事バランスへの影響
イスラエル、湾岸諸国に対する直接的脅威と認識される。技術的不可逆性
ミサイル技術は核活動と異なり、制限・検証が極めて困難である。
相互認識の非対称性
この問題の難しさは、安全保障認識の構造的非対称性にある。
| 視点 | ミサイル能力の意味 |
|---|---|
| 米国・欧州 | 攻撃能力・拡散リスク |
| イラン | 抑止・防衛・主権象徴 |
このギャップは単なる政策差ではなく、国家安全保障ドクトリンの根本的衝突である。
相違を埋めることは可能か
妥協の現実的シナリオ
完全な能力放棄は非現実的であるため、以下の限定的アプローチが議論され得る。
① 技術的制限モデル
射程距離制限
ペイロード制限
試験頻度制限
→ ただし検証困難性が最大の障害。
② 透明性・信頼醸成モデル
発射通知制度
査察メカニズム
データ交換
→ イランの主権懸念が障害。
③ 地域安全保障包括モデル
湾岸諸国を含む多国間枠組み
相互抑止バランス調整
→ 地域政治対立が障害。
妥協を阻む要因
妥協が困難な理由は複合的である。
イランの戦略的脆弱性
通常戦力劣位を補完するミサイル能力は不可欠。米国・同盟国の脅威認識
ミサイル能力は容認不能と認識。検証の技術的困難性
核活動より遥かに監視困難。政治的象徴性
ミサイル能力は国内政治的にも譲歩困難。
軍事衝突回避のための抑止・危機管理
危機管理メカニズムの必要性
交渉進展が限定的である以上、危機管理(crisis management)の制度化が不可欠となる。
重要な施策として:
ホットライン設置
軍事行動通知制度
偶発衝突回避協定
海上行動規範
これらは合意成立前でも導入可能な安定化措置である。
抑止の安定性
抑止は二面性を持つ。
成功 → 衝突回避
失敗 → 急速なエスカレーション
現在の問題は、抑止の安定性が著しく低い点である。理由は:
非対称戦能力
代理勢力
技術進化
相互不信
長期的視点:構造的対立か、管理可能な競争か
イラン核問題は一時的外交問題ではなく、地域秩序・抑止構造・安全保障認識の衝突を反映する長期的構造問題である。
根本的解決には:
地域安全保障アーキテクチャ再設計
軍備管理枠組み構築
相互脅威認識の再調整
経済的相互依存強化
が必要となる。
追記まとめ
追記分析として重要な総括を示す。
さらなる軍事介入のリスクは依然高水準
偶発的衝突・代理勢力・抑止不安定性が要因。地域全面戦争リスクは理論上より現実的段階へ接近
技術進化と地政学的連鎖構造が背景。ミサイル問題は最も解決困難な対立軸
国家安全保障ドクトリンの衝突である。完全合意より「リスク管理型安定化」が現実的選択肢
限定合意・危機管理措置・段階的信頼醸成。
最終的に、現在の交渉は「合意形成の場」であると同時に、戦争回避のための管理メカニズムとしての機能も担っていると評価できる。外交の成功とは必ずしも包括的合意を意味せず、破局的エスカレーションを防ぐ持続的安定の確保こそが現実的目標となる。
