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コラム:セックスレス、解消に必要なこと

セックスレスは「欠陥」や「失敗」ではなく、生活や健康、コミュニケーションの問題が複合的に現れた現象だと理解することが第一歩になる。
セックスレスのイメージ(Getty Images)

日本の夫婦における「セックスレス(性交渉の消失または著しい減少)」は、長年にわたり拡大傾向にある重要な社会課題になっている。複数の大規模調査では、既婚カップルのうち「セックスレス」あるいは「セックスレス傾向」に該当する割合が数十パーセントにのぼるという結果が出ている。近年の大規模アンケートでは、20〜50代既婚者の調査で「セックスレス」「ややセックスレス」を合わせて約6〜7割に達したと報告された例もある。こうした現象は少子化や家族のあり方、個人の心身の健康にまで影響するため、社会的にも注目されている。

セックスレスとは(定義・分類)

セックスレスの定義は研究者や学会で若干の違いがあるが、日本性科学会などは「特殊な事情が認められないにもかかわらず、カップルの合意した性交あるいはセクシャル・コンタクトが1か月以上なく、その後も長期にわたることが予想される場合」にセックスレスのカテゴリーに入ると説明している。実務的には「1か月」「3か月」「1年」など、調査や臨床で使われる閾値が異なることがあるため、割合の比較を行うときは調査の定義を確認する必要がある。

現象の背景と要因の整理

セックスレスが起きる要因は単一ではなく、複合的だ。代表的な要因を挙げると次のようになる。

  • 仕事・育児・家事などの多忙さ、疲労蓄積(オーバーワークや睡眠不足)。

  • 性欲や性的関心の個人差(性欲のズレ)。

  • 心理的要因(ストレス、抑うつ、不安、過去のトラウマ)。

  • 身体的・医療的要因(ホルモン変動、更年期、慢性疾患、性機能障害)。

  • コミュニケーション不足、感情的な疎遠化。

  • メディア・インターネットやスマホ利用による時間の奪取や性生活への影響。

  • セクシャリティに関する教育や自己理解の不足。

これらは互いに影響し合い、例えば疲労が心理的距離感を生み、その結果性行為の機会や欲求がさらに減少するという悪循環が発生する。疫学的にも、性活動の低下は精神的健康や生活満足度と関連することを示す研究がある。

具体的な対策(概観)

セックスレスの解消・予防は「身体的ケア」「心理的/関係的ケア」「生活習慣の改善」「専門家の介入」の4つを柱に考えると実行しやすい。以下でそれぞれを分解して、夫婦が現実的に取り組める方法を具体的に示す。専門的な支援や医療の受診が有効なケースが多いため、必要に応じて専門機関に相談する選択肢を常に念頭に置く。

コミュニケーションの改善
  1. 日常の会話を増やす:性的な話題に限らず、今日あったことや感情を共有する時間を毎日確保する。短時間でも「今日どうだった?」と互いに問う習慣は心理的距離を縮める。

  2. 非難ではなく観察と自己表現:相手の行動を責めるのではなく、「私はこう感じる」「こうしてほしい」と自分の感情とニーズを伝える(Iメッセージ)。

  3. セクシャリティの話題を日常化する:無理に性交の回数を決めるのではなく、互いの性的好み・嫌い・安心できる接触の仕方を話す場を作る。

  4. 定期的な「感情のチェックイン」:月に一度など、互いの満足度や不満を書き出して共有する。

コミュニケーションの質を上げることで、誤解や傷つきによる心理的距離感を減らし、性的接触への再接続が起きやすくなる。

感謝や好意を伝え合う

日常的な「ありがとう」「助かったよ」「素敵だね」といった小さな肯定的な言葉は、恋愛初期のような相手への好意や価値認識を維持するために有効だ。研究やカウンセリング実務でも、ポジティブな交流の頻度が高い夫婦ほど親密感が保たれやすいことが示されているため、意識的に感謝表現を増やすことはセックスレス予防に資する。簡単な実践としては、朝の挨拶に一言付け加える、感謝ノートを交互に書く、週に一度「ありがとうの日」を設けるなどがある。

夫婦の時間を意識的に作る

仕事や育児で「一緒にいるけれど時間がない」状況が続くと、身体的な親密さが失われやすい。対策として以下を提案する。

  • 週に最低1回はデートナイトを設ける(自宅でも外出でも良い)。

  • スケジュールに「一緒の時間」を書き込む(予定化することで実行されやすくなる)。

  • 就寝時間やスマホ使用ルールを決めて、接触しやすい静かな時間を確保する。

意図的に「夫婦だけの時間」をつくることで、会話・触れ合い・互いの存在感を再確認できる。

話し合いの場を持つ(方法と注意点)

セックスに関する話し合いはデリケートなので、次の点に注意して場を設定する。

  • 落ち着いた環境と時間を選ぶ。

  • 責めない言葉遣いをする。

  • 具体的な目標よりも「お互いの気持ちを理解する」ことを最初の目的にする。

  • 必要なら第三者(カップルカウンセラー、臨床心理士、セックスカウンセラー)を交えた場を設定する。

日本には日本性科学会のようにセックスカウンセリングやセラピストの認定制度があり、専門家への相談ルートが確立している。専門家は性機能障害、心理的障壁、関係修復のための具体的な介入(行動療法や感情調整トレーニングなど)を行うことができる。

スキンシップを増やす(性的行為以外)

性的行為そのものに即座に踏み込まなくても、日常的なスキンシップは重要だ。具体的には、ハグ、手をつなぐ、頭をなでる、ソファでの寄り添い、キスなどを習慣化する。こうした身体接触はオキシトシンなどの「つながりホルモン」を促し、安心感や親密感を高めやすい。まずは週に何度か短い接触を意図的に行うだけでも心理的距離を縮める効果がある。

お互いを尊重し、思いやる(合意と限界)

性に関する合意(consent)は常に重要で、どちらか一方に強要がある場合は関係性が害される。お互いの身体的限界やトラウマ、病気や疲労を尊重しつつ、代替案(軽いスキンシップ、愛情表現、非挿入の性的接触)を模索する姿勢が大切だ。尊重と柔軟性が信頼を築き、長期的な親密さの回復につながる。

相手の性欲のズレを理解する

夫婦間で性欲のリズムや頻度に違いが出るのは普通のことで、それ自体が関係の失敗を意味しない。重要なのは「ズレ」を個人的な否定と受け取らないことと、両者で折り合いをつける方法を探ることだ。たとえば、頻度の差があっても、時間帯を固定する、性的前戯を工夫する、性的欲求の発散法(個人でのマスターベーションやフィクショナルな刺激の利用)について合意を得るなどの実務的な対応策がある。

ライフスタイルの見直し

生活習慣を整えることは性欲・性機能に直接的な好影響を与える。具体的な見直し項目は以下のとおりだ。

  • 睡眠を確保する(睡眠不足は性欲低下の大きな要因)。

  • 適度な運動を行う(体調改善と自尊感情の向上に寄与)。

  • アルコールや喫煙を適度に抑える(過度の飲酒は性機能に悪影響)。

  • 健康診断やホルモン検査、必要なら内科・泌尿器科・婦人科の受診を行う(病気や薬の副作用が原因の場合がある)。

身体の状態が改善すると心理面にも良い変化が現れ、関係の回復を後押しすることが多い。

専門家の力を借りる(いつ、どこに頼るか)

以下のサインがあるときは専門家の介入を検討する価値が高い。

  • 夫婦だけで話し合っても改善しない長期間のセックスレス。

  • 性行為に対する拒否感や恐怖、過去の性的トラウマが関係を阻んでいる。

  • 勃起不全・性交痛・性欲低下など明確な性機能問題がある。

  • 抑うつや不安など精神面の問題が顕著で、性生活に影響している。

日本性科学会などの学会や専門クリニックでは、セックスカウンセリング、セックスセラピー、医学的治療(ホルモン療法、性機能障害治療)を受けられる。専門家は倫理規定に基づき、守秘義務の下で介入するため、安全に相談できる。

主な危険性(セックスレス放置のリスク)
  1. 心理的な距離感と感情的な疎遠化:長期的な身体接触・性的接触の欠如は、配偶者への親密さや愛情の実感を薄れさせ、感情的な疎遠化を生む。

  2. コミュニケーション不足の恒常化:性の問題は他の不満やすれ違いを象徴することが多く、放置すると他の生活分野でも会話が減りやすい。

  3. 心身の健康への影響:セックスや親密な接触はストレス緩和や生活満足度に寄与するという報告があり、完全な不活動は精神的・身体的な健康に悪影響を与える可能性がある。

  4. 浮気・不倫のリスク:性的・情緒的なニーズが満たされない場合、一部の人が他者に慰めや性的関係を求めるリスクが高まる。調査報告でもセックスレスと不倫リスクの関連が示唆される研究がある。

  5. 離婚のリスク:持続する深刻な不満や疎遠化は離婚の一因となる可能性がある。性生活の不一致は離婚理由の一つとして認識されることがある。

心理的な距離感と感情的な疎遠化

心理的距離感は、互いに安心して弱さを見せられない状態として現れる。小さな不満が蓄積し、それを話し合う習慣が消えると、相手の存在が「当たり前」になり、感謝や好意の表現が減る。その結果、性的関心が低下するだけでなく、日常生活の協力関係や子育て・家事分担でも摩擦が生まれやすくなる。こうした悪循環を断ち切るためには、上述した「小さな感謝の表現」「スキンシップ」「定期的な夫婦時間の確保」が有効だ。

コミュニケーション不足

コミュニケーション不足は、誤解・無理解・期待外れを生み、性的な要求や拒絶が個人攻撃と受け取られることで防衛的態度を招く。会話の質を改善するために「非暴力コミュニケーション」「1メッセージ」「傾聴スキル」のような具体的スキルを学び実践することで、互いに安心して感情を表明できる環境を作る。必要ならばカップル・カウンセリングで練習するのが効率的だ。

心身の健康への影響

性行為や親密な接触はストレスホルモンを下げ、オキシトシンやエンドルフィンといったポジティブなホルモンを分泌させる働きがあるとされる。逆に性的活動が長期間にわたって減少すると、孤立感やうつ傾向のリスクが高まる可能性が示唆される研究があるため、性生活は個人のメンタルヘルスにも寄与する重要な要素として扱うべきだ。体調不良や精神症状がある場合は医療機関での評価を勧める。

浮気・不倫のリスク

性的・情緒的な満足が得られない場合、一部の人は関係外での慰めを求めることがある。調査研究は相関を示すが、全てのケースが当てはまるわけではない。しかし、浮気は夫婦関係をさらに悪化させ、法的・社会的な問題を引き起こすため、予防的に話し合いや専門家介入を行うことが推奨される。早期にニーズと境界を共有することがリスク低減につながる。

離婚のリスク

性生活の不一致は、感情的疎遠や不満の増大を通じて長期的には離婚リスクを高める要因の一つになり得る。離婚回避のためには、互いの期待を現実的に調整し、専門家を交えた修復の道を探ることが有効だ。早期のコミュニケーション改善やカウンセリング受診が離婚回避に貢献する可能性がある。

今後の展望

社会的には、性教育の充実、働き方改革による長時間労働の是正、育児支援の拡充が長期的な改善に寄与する可能性がある。個人・夫婦レベルでは、早めの対話習慣、ライフスタイルの整備、必要に応じた専門家利用が鍵だ。社会的支援と個人の実践が噛み合うことで、セックスレスの増加傾向に歯止めをかけ、夫婦の心身の健康と家族の安定につながることが期待される。

実践チェックリスト(すぐできる10の項目)
  1. 週に1回は夫婦だけの“何もしない時間”を予定に入れる。

  2. 毎日1回、感謝の言葉を交わす(短いメモやLINEも可)。

  3. 就寝前のスマホを30分オフにするルールを試す。

  4. 月に1回、性生活について短い感想交換の場を持つ(責めずに)。

  5. ハグや手つなぎを毎日1回はする。

  6. 疲労や体調不良が続く場合は医療機関を受診する。

  7. セックスの期待値(頻度や時間帯)を書き出して共有する。

  8. 性について学べる書籍や専門家のコラムを夫婦で読む。

  9. 必要ならセックスカウンセラーや夫婦カウンセラーに相談する。

  10. 変化が出たらお互いを褒め合う習慣をつくる。

参考になる専門機関・データソース
  • 国立社会保障・人口問題研究所(IPSS)/出生動向基本調査。人口動向と家族の実態を把握するための大規模調査結果を公開している。

  • 厚生労働省・関連研究報告(性行動や生活意識に関する報告)。

  • 日本性科学会(セックスカウンセリング、セラピスト情報、研修)。専門的な相談窓口や学術情報が得られる。

  • 各種大規模アンケート(民間機関によるセックスレス実態調査、メディア報道)。最新の世論・実態を把握するのに有用。

まとめ

セックスレスは「欠陥」や「失敗」ではなく、生活や健康、コミュニケーションの問題が複合的に現れた現象だと理解することが第一歩になる。短期的な「解決」を急ぐよりも、互いの尊重を基盤に小さな行動変容を積み重ね、必要なら専門家に相談することで関係を再構築できる。社会や家族の構造も変化している中で、夫婦が互いの性と感情を大切に扱うことは、個人の幸福だけでなく社会全体の健全さにもつながる。現状を否定せず、できることから始める姿勢が最も強い力になる。

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