コラム:石炭火力発電所の時代は終わり?世の中そんなに甘くない
再生可能エネルギーが普及しているにもかかわらず石炭火力の新設や改修が続く背景には、電力の安定供給という現実的なニーズ、資金調達・経済的利害、エネルギー安全保障、政治的圧力、そして部分的にはCCSなど技術的期待が混在している。
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世界的には再生可能エネルギーの導入が急速に進んでいる一方で、石炭火力発電所の新設や既存設備の改修・延命が依然として多数進められている。GEM(Global Energy Monitor)の報告によると、2024年には約44.1GWの石炭火力新規稼働があった一方で25.2GWが退役したとされ、世界全体では依然として年に数十GW規模の新規導入と並存している。また、IEAの「Coal 2024」などは2024年の世界石炭需要が約8.8億トンに達し過去最高を更新したと報告しており、石炭需要の地域的偏在(中国・インド・東南アジアへのシフト)も指摘されている。これらの傾向は、特に中国やインド、インドネシアなどの新興・途上国で顕著である。
歴史
石炭は産業革命以来の主要なエネルギー源であり、20世紀を通じて発電の中心を占めてきた。1970〜2000年代は石炭火力の大量導入期と設備更新期が継続し、発電所や関連インフラが国のエネルギー供給基盤として深く組み込まれた。2000年代後半以降、気候変動問題の顕在化と技術革新により風力・太陽光が急成長したが、石炭の既存設備と経済的・政治的利害はすぐには消えなかった。2010年代末から2020年代前半にかけては「脱炭素」の動きが強まる一方で、電力需要の増加やエネルギー安全保障の懸念から、石炭を完全撤退させる政策は国や地域でばらつきが出た。
経緯(なぜ今も新設・改修が行われるのか)
以下に主な理由を列挙する。
電力の安定供給(ファーム/ベースロードの必要性)
太陽光・風力は発電量が変動するため、系統に対して「常に供給できる」能力が別途必要になる。特に工業化・都市化が進む国や、電力需要が急増する地域では、短期的に確実な供給源として石炭が採用されやすい。IEAの分析でも、再生可能の導入が進んでもバックアップやピーク対応用の「信頼できる」容量が重要だとされている。経済性と資金調達の現実
既存の産業や雇用を維持するため、石炭関連の地域経済への配慮から新設や延命が行われる。さらに、国際的に見れば開発資金・融資の多くは依然として地域的に化石燃料プロジェクトに流れやすい状況がある。中国や国内企業が出資・建設を進めるケースが多く、国内資本や国策銀行を使って建設が進む場合、短期的な資金調達障壁が低い。GEMの報告では、新規・復活プロジェクトの多くが特定の国に集中していることが示されている。エネルギー安全保障・地政学的要因
天然ガスや石油は輸入依存度が高い国では供給リスクがあるため、比較的安定的に確保できる(あるいは国内に資源がある)石炭を選ぶ戦略が存在する。最近の地政学的ショック(パンデミック、紛争、物流制約)で燃料供給の脆弱性が顕在化し、短期的には「手堅い」発電源への回帰が見られる。政策的・政治的圧力
地域の雇用確保や税収確保、既得権益を守る政治的圧力が石炭利用の継続に寄与している。選挙や地域政治の文脈で石炭産業は重要な利害関係者であることが多い。低炭素化技術の期待(CCS/低排出石炭)
炭素回収・貯留(CCS)や高効率低排出(HELE)技術を組み合わせることで「クリーンな石炭」を目指す主張が存在する。これらの技術は将来的に温室効果ガス排出を低減する可能性があるが、現時点ではコスト高や商業規模運用の不足が課題である。地域差と需要増
アジアの多くの国では電力需要が経済成長に伴い急増しており、短期間で大量の発電容量を確保できる手段として石炭が選ばれる場合がある。IEAは2024年の世界需要拡大の主因の一つとして中国・インド・ASEANの増加を指摘している。
問題点
気候変動への影響
石炭は発電当たりのCO2排出が最も多い化石燃料であり、新規建設や既存炉の延命は長期的な排出ロックインを招く。IPCCの示す排出削減シナリオと整合させるには、既存の石炭発電を急速に削減する必要があるが、新設が続けばその達成が難しくなる。経済的リスク(座礁資産リスク)
再生可能の急速なコスト低下により、将来的には新設石炭が経済的に不利になる可能性がある。新規建設に多額の投資を行っても、稼働率低下や早期廃止で投資回収が困難になる場合がある。GEMの分析は「Boom and Bust(ブームと崩壊)」という形で、許可→着工→中止のサイクルが生じるリスクを指摘している。大気汚染と健康被害
石炭燃焼はCO2以外にもSOx、NOx、微粒子などの大気汚染物質を排出し、地域の公衆衛生に深刻な影響を及ぼす。特に途上国の薄い環境規制や老朽設備では健康被害が顕著になる。再エネの系統制約と相互干渉
石炭の優先的運転や系統占有によって、新規の再エネ設備の接続が制限されることがある。結果として再エネの導入効果が限定されるケースがある。カーボンブリーフは中国のケースで、石炭の増加が再エネの系統占有と抑制増加につながる懸念を報告している。
対策(短期〜中長期)
系統強化と柔軟性確保
送配電網の拡張、需要側管理、蓄電池や揚水発電の導入、スマートグリッド化に投資して、再エネの変動を吸収できる「柔軟な系統」を整備する。これにより石炭依存を下げる基盤を作る。フェーズアウト計画と補償スキーム
石炭火力の段階的廃止スケジュールと、従業員や地域の雇用を補償する移行支援を組み合わせる。これにより政治的抵抗を緩和できる。市場設計の改革
容量市場や負荷追従市場で「真に必要な供給能力」に対して適切に報酬を与える制度設計により、化石燃料に偏らないインセンティブを構築する。アンシラリーサービス(周波数調整、予備力)に対する市場を整備することが重要である。国際金融の整備と援助
途上国向けに低利のグリーンファイナンスや再エネ投資支援を拡充し、石炭プロジェクトへの資金流入を減らす。多国間銀行や先進国の支援が鍵になる。GEMやIEAは政策支援と資金シフトの必要性を指摘している。技術開発(CCS等)の現実的検証
CCSや改良型石炭技術の商業化を慎重に評価し、CO2回収効率、コスト、運用リスクを明確化する。現状では「石炭をCCSでクリーン化する」という主張は理論上可能でも広範な実装に不可欠な条件が多い。
複数の実例とデータ(具体例)
中国
過去数年で世界の新設石炭建設の大部分を占めてきた。2023年には「世界の新規建設活動の約95%を中国が占めた」との報告があり、2024年〜2025年にかけても多くのプロジェクトが計画・許可された。ただし2024年上半期には許可数が減少したという分析もあり、国内政策や再エネ接続との兼ね合いで増減がある。中国の動向は世界の統計に大きく影響する。インド
電力需要の増加と産業化を背景に、提案中・計画中の石炭火力容量が累積している。報告は地域や年によって変動するが、需要増加を受けて短期的に石炭に頼る局面がある。GEMおよびカーボンブリーフの分析では、インドも新規プロジェクトの主要な拠点になっている。東南アジア(インドネシア、ベトナム等)
インドネシアは自国の資源と輸出の組合せで石炭経済が強く、地域向けの新設プロジェクトもある。ベトナム等は電力需要増と資金調達の都合で石炭利用の議論が続く。GEMの地域別データが詳細を示している。先進国の事例(米国)
一方で、米国や欧州の多くの先進国では石炭火力の退役が進んでいる。ただし2025年には米国の一部政府機関がAI関連の電力需要増などを理由に一部石炭プラントの運転延長を促す動きが報じられており、需要変動によっては短期的な方針変更があり得ることを示している。
今後の展望
地域差の拡大
先進国では再エネ・蓄電池・需給管理の進展で石炭退役が加速する見通しだが、アジア・アフリカの一部では石炭が当面の「橋渡し」資源として残る可能性が高い。IEAは短期的に地域による需要増減を予測しており、世界的なピークアウトが必ずしも即座に起こるわけではないと示唆している。技術のコスト低下と普及
蓄電池や分散型エネルギー、スマートグリッドの普及が進めば、石炭に頼らない安定供給が実現しやすくなる。これが加速すれば新規石炭は経済競争力を失い、計画の中止や延期が増える可能性がある。GEMの「新規石炭は20年ぶりの低水準に落ちた」という報告は、こうした変化の兆候を示す。気候政策と市場変化の影響
カーボンプライシングや輸入規制(例:環境ラベリングや炭素国境調整措置)が広がれば、石炭火力の経済性はさらに悪化する。逆に、化石燃料に有利な政策を採る国が一部にあると、短期的な回帰が起こる。各国の政策選択が今後の動向を左右する。
国際社会の対応
報告と監視の強化
GEMやIEA、カーボンブリーフなどの機関が石炭プラントのトラッキングと分析を強化しており、透明性向上に寄与している。これにより資金提供者や投資家、国際機関が意思決定に必要な情報を得やすくなっている。国際金融の条件付け
世界銀行や一部の多国間開発銀行は化石燃料プロジェクトへの融資条件を厳しくしており、これが石炭プロジェクトを抑制する圧力となっている。一方で地域的に中国の輸出信用や国営金融が化石燃料に資金を供給するケースも見られ、国際金融の分断が存在する。外交・協調の枠組み
気候交渉の枠内では、石炭フェーズアウトを議題とする国際イニシアティブも存在するが、参加国の経済状況・エネルギーニーズの差により合意形成は困難である。先進国による資金援助や技術移転が進まなければ、途上国の石炭依存からの脱却は難しい。
結論(要点まとめ)
再生可能エネルギーが普及しているにもかかわらず石炭火力の新設や改修が続く背景には、電力の安定供給という現実的なニーズ、資金調達・経済的利害、エネルギー安全保障、政治的圧力、そして部分的にはCCSなど技術的期待が混在している。地域差が大きく、先進国では石炭廃止が進む一方、アジアの一部や資源依存の国々では短中期的に石炭が残る見通しである。気候目標と整合させるには、系統強化、蓄電・需給管理、段階的なフェーズアウト計画、国際的な資金シフトと技術支援が不可欠であり、これらを迅速かつ協調的に進めることが求められる。