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コラム:中国の不動産不況、いつまで続く?

中国の不動産不況は単なる循環的な後退ではなく、負債構造・供給過剰・人口・政策の相互作用による構造的課題を包含している。
中国、天津近郊の住宅地(Getty Images)

中国の不動産セクターは2020年代初頭からの過剰投資・過剰債務の調整過程にあり、住宅価格・投資・販売が広範に低迷している。新築住宅価格や既存住宅価格は多くの都市で下落しており、開発着工や不動産投資も縮小しているため、不動産関連の需要低迷が経済成長の重しになっている。政府は複数の刺激策や規制緩和を断続的に打ち出しているが、構造的な問題が残り、回復は局所的かつ不均衡である。

不況の背景

中国の不動産不況は長年の「土地売却に依存する成長モデル」、開発業者のレバレッジ拡大、そして住宅を投資対象化した需要構造が複合的に絡み合っている。人口動態の変化(都市化の一巡や出生率低下)、所得の伸び悩み、過剰供給気味の在庫(いわゆる「空き家」・未完成物件の存在)が需要を萎ませている。さらに、金融機関や影響力の大きい不動産大手の信用不安が連鎖的に投資と購買心理を冷やしている。これらの要素が同時に作用し、単なる景気循環ではなく長期の評価替えを伴う調整過程になっている。

政府の過剰債務規制

中国当局は2020年に「三道紅線(Three Red Lines)」政策などを導入し、不動産開発企業の負債比率や現金・負債の関係などに上限を設けて金融の健全性を回復させようとした。これにより、高レバレッジの不動産会社は新規融資が著しく制限され、短期的には流動性逼迫やプロジェクトの停滞を招いた。規制はシステミックリスク低減という目的がある一方で、過度な絞り込みが資金繰り困難な企業を多数生み、供給サイドの混乱と投資の連鎖的減少を引き起こしたとの分析がある。学術・政策研究でも、三道紅線は企業のキャッシュフロー不足とデフォルトの増加に寄与したと指摘されている。

恒大集団(Evergrande)の経営破綻

かつて世界で最も負債の多い不動産開発企業の一つであった恒大集団は、2021年以降の債務不履行をきっかけに経営危機に陥り、以降の債務再編や資産売却、裁判・清算手続きが続いた。恒大の問題は単一企業の破綻に止まらず、販売停止・工事中断による購買者の不安、下請け・資材業者への資金繰り悪化、オフショア債務の国際的な影響など広範な波及効果をあらわにした。恒大問題はデベロッパーへの市場の信用収縮を加速させ、価格の下落・取引の停滞に拍車をかけた。

需要の減退と価格下落

都市別の統計を見ると、多くの主要都市で新築・既存ともに価格が下落している。消費者は「待ち」の姿勢を強め、住宅購入を先送りする傾向があり、投資需要(投機的購入)も弱まっている。開発業者は値引きや販売促進を行うが、過剰供給が根本問題であるため、価格は容易には回復しない。統計面では、ある時期に公表された70都市ベースでの住宅価格や販売指標が前年割れであることが報告されている。

コロナ禍の影響

2020年以降のコロナ禍(特に中国でのゼロコロナ政策)では、都市機能の制限や移動規制が消費・投資を抑制した。建設現場の停滞、購買者の現地視察の制約、雇用と所得の変動は不動産市場の回復を遅らせた。コロナ後に需要回復を図る動きはあったが、同時に所得や将来不安が強まったため持続的な購買回復には至っていない。世界銀行や国際機関は、コロナ禍が地方政府財政や不動産関連の供給連鎖に長期的なストレスを与えたと評価している。

経済への影響(マクロ的波及)

不動産と関連産業(建設、資材、家具、家電など)は中国のGDPに占める比重が大きく、不動産セクターの縮小は投資・雇用・消費を通じて景気全体を押し下げる。IMFや世界銀行の分析では、不動産セクターの不調が成長への下押しリスクとなっており、特に地方投資やインフラ需要が弱まることで成長回復の足かせになっていると指摘されている。金融面では、不良債権の増加、銀行の貸出回収圧力、影響度の高いデベロッパーへの融資縮小による信用収縮が懸念される。

地方政府の財政悪化

中国の地方政府は長年、土地使用権の売却(地価収入)を通じて歳入を補ってきたが、不動産市場の低迷は土地売却収入を大幅に減少させ、地方財政を直撃している。土地収入の減少はインフラ投資の資金繰りを圧迫し、地方政府傘下の地方政府融資平台(LGFV)への依存度が高まるという逆循環が生じている。報道・研究は、土地売却収入の落ち込み(例:年次で二桁の減少報告)を示しており、地方債務の潜在リスクを拡大させている。

個人消費の低迷

住宅の資産価値下落は家計の資産効果を弱め、消費マインドを冷やす。新築購入の先送りやリフォーム需要の縮小は家計消費の一部を抑制し、家電・家具など関連消費の低迷につながる。加えて雇用不安や賃金の伸び悩みが重なり、個人消費全体の回復力を削いでいるという分析がある。世界銀行や主要機関は、不動産調整が消費を通じて短中期の内需回復を阻害するリスクを指摘している。

銀行システムへのリスク

不動産は銀行貸出の主要な担保・分野であるため、開発企業や個人向け住宅ローンの不良化は銀行バランスシートを圧迫する。特に中小銀行や地方系銀行は不動産関連融資比率が高く、デフォルト連鎖や資金繰り悪化で信用供給が縮むと、実体経済に波及するリスクが高い。IMFや研究論文は、不動産ショックが銀行の与信引き締めを招き、企業投資や家計消費をさらに圧迫する「金融→実体」への伝播メカニズムを警告している。

経済構造の転換

当局は不動産依存からの脱却(消費主導・技術投資・サービス業拡大)を政策目標としているが、構造転換は時間を要する。短期的には地方財政や雇用の懸念があるため、脱不動産化は容易ではない。研究者は、投資主導の成長モデルから内需・サービス主導へシフトするためには、社会保障・教育・医療投資の拡充や金融市場改革、土地・財政制度の根本的な見直しが必要だと論じている。

2025年時点の状況

2025年に入っても住宅価格の下落や取引停滞が続き、地域差はあるものの全国的な回復は弱い。政府は購買支援や融資緩和、ダウンサイドリスクの封じ込め策を講じつつ、同時に過剰債務の是正を重視しているため、短期刺激と長期改革のバランス取りが続いている。市場では、底入れを期待する声もある一方で、人口動態や所得の制約から「戻らない需要」も指摘されており、回復の形は「V字」ではなく「L字」や「U字の底が深い」可能性があるという見方が目立つ。

住宅価格の下落が続く理由

住宅価格が下落を続ける主な理由は(1)需給ミスマッチ(過剰在庫)と(2)購買力の弱さ、(3)デベロッパーの資金不足による供給の不安定化、(4)投機需要の減退である。これらが同時並行的に作用するため、価格は局所的な底入れが見られても、全国的な上昇トレンドに戻るには時間がかかる。統計面でも、主要都市の多くで前年比・前月比ともに下落が観測されている。

政府の対策(これまでの主な対応)

当局は以下のような対応を段階的に実施している:住宅購入条件の緩和(購買制限の調整や頭金規制の見直し)、住宅ローンの利下げや利払い猶予、デベロッパー向けの限定的な流動性支援、地方政府の財政支援やインフラ投資の加速、既存債務の再編手続きの促進、そして市場秩序維持のための法的措置。これらは短期的な下支えとして一定の効果をもたらすものの、構造問題の解消には至っていないとの評価が多い。

見通しの不透明さ

住宅市場の回復時期・回復幅は不透明である。人口動態(少子化)や都市間格差、地方財政の制約、国際経済環境の変化など複数の不確実性が同時に存在するため、短中期のシナリオは分岐する。積極的に財政出動・金融緩和を行えば一時的な回復は可能だが、長期的な健全性を犠牲にするリスクもある。逆に規制を厳しく維持すれば資金の引き締めが続き、景気下押しが強まるため、政策運営は非常に難しい均衡を要求される。

大不況時代に?

一部では中国が長期的な「大不況時代(secular stagnation)」に入るとの議論があるが、これは議論の分かれるテーマだ。確かに不動産依存の調整、人口減少、債務の重さは成長率の下押し要因である。しかし、中国には政府の政策スタミナや貯蓄率の高さ、産業の転換余地(ハイテク・グリーン投資など)といったプラス要素もあるため、「大不況」が不可避であるとは断定できない。重要なのは政策の質とタイミング、地方と中央の調整能力である。

問題点の整理
  1. 高い総債務水準:地方と民間を合わせた債務残高が大きい。

  2. 地方財政の土地収入依存:土地売却収入の低下が地方財政を圧迫。

  3. デベロッパーの流動性不足:規制強化後に資金調達が制限され、プロジェクト遅延が生じた。

  4. 需要構造の変化:人口・所得・投資行動の変化が長期的需要を下押ししている。

  5. 金融システムの伝播リスク:不良債権化が銀行貸出や信用環境を悪化させる恐れがある。

今後の展望

今後の選択肢は大きく分けて二つの軸で考えられる。第一に「積極的な財政金融支援で早期の需要回復を図る」シナリオ(短期的には景気押し上げ効果があるが、長期の債務・歪みを増やすリスクがある)。第二に「規律を維持して構造改革を進める」シナリオ(中長期の健全性は高まるが、短期的な景気下押しが強くなる)。実際には両者をどうミックスするかが鍵であり、住宅マーケットの段階的な整理、法整備による買主保護の強化、地方財政の収入構造改革(例えば税制改革や交付金の再配分)、金融システムの不良債権処理の透明化といった多面的な対応が求められる。国際機関は、焦点を当てるべきは短期的なショック緩和ではなく、長期的な成長持続性を高める構造改革であると提言している。

総括と留意点

中国の不動産不況は単なる循環的な後退ではなく、負債構造・供給過剰・人口・政策の相互作用による構造的課題を包含している。恒大の破綻はショックの象徴であり、地方財政や金融システムへの波及は引き続き警戒すべき点である。一方で、政府には市場安定化の手段と大規模な政策動員能力が残っているため、今後の政策運営と改革の質が景気回復とリスク封じ込めの成否を決めるであろう。見通しは依然として不透明であり、短期的な刺激と長期的な健全化のバランスをどのように取るかが当面の焦点である。


(参照主要資料一部)
Reuters、The Guardian 等の報道(住宅価格動向、恒大関連の裁判・再編動向)。
・IMF(Article IV、2024)とWorld Bank(China Economic Update 2024/2025)。
・学術論文・政策レポート(「三本の赤線」の影響や地方債務の評価)。

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