コラム:岐路に立つ中国の不動産業界、時間と痛みを伴う「再均衡」不可避
中国の不動産危機は単なる業界ショックではなく、長年の成長モデル(不動産投資中心・地方の土地収入依存・高レバレッジ経営)と人口・需要構造の変化が同時に露呈した構造問題である。
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中国の不動産業界は2020年代初頭から始まった連鎖的な危機によって「歴史的な」転換点に立っている。以下に経緯、主要な原因、問題点、今後の展望を整理し、最後に結論を述べる。
経緯
危機の端緒は大手デベロッパーの過剰債務と流動性ショックである。代表例が恒大(Evergrande)で、巨額の負債を抱えたまま債務不履行に陥り、2021年以降の連鎖的なデフォルト・再編の波を引き起こした。
政府は2020年に「三本の赤線(three red lines)」政策で開発業者の過剰レバレッジを抑える措置を導入し、業界の強制的なデレバレッジが始まったが、その過程で多くの事業が資金ショートに陥った。
以降、未完工プロジェクトや販売不振、資金繰り悪化が顕在化し、地域ごとの地価・販売の二極化も進行している。
主な原因
過剰供給と投資主導の成長モデル:2000年代以降、不動産は投資と地方財政の中心だった。大量の供給が続いた結果、特に三・四級都市で過剰在庫が蓄積された。
開発業者の高レバレッジとシャドーバンキング依存:前払いの販売(プリセール)を担保に短期資金で建設を回すモデルが定着し、外部ショックで資金が止まると工事中断に直結した。政府の債務規制が資金調達を締め付け、流動性危機を加速させた。
地方財政の土地依存(land finance):多くの地方政府が土地売却収入に依存しており、土地売上が減少すると歳入不足と投資停滞に繋がる。土地収入の落ち込みは地方債リスクやインフラ投資の停滞を誘発した。
人口・需要の構造変化:人口減少・少子高齢化、都市化ペースの鈍化により新規住宅需要の伸びが萎み、需要予測が根本的に変化している。金融機関や投資家の期待が変わったことで価格期待が下方修正された。
問題点(経済・金融・社会への波及)
金融セクターへの信用リスク:銀行や地方の融資・社債保有が損失を被れば信用収縮を招き、企業投資や消費が一層冷え込む恐れがある。大手デベロッパーの清算や再編は債権者の損失を生む。
地方財政とインフラ投資の悪化:土地売上の落ち込みは地方財政を圧迫し、公共投資や社会保障支出の制約につながる。地方政府ファイナンスの脆弱性は、景気下押し要因となる。
住宅問題と社会的影響:未完成マンションや支払い済みだが引き渡されない物件は住民の不満と抗議を招き、社会的不安につながる。住宅が資産として機能しにくくなると家計のウェルス効果が弱まり内需回復を阻害する。
景気下振れと長期成長のリスク:不動産は中国GDPに占める割合が大きく、建設・関連産業の落ち込みは雇用・消費に波及し、全体の成長率を低下させる。IMFらは中期的な不動産投資の大幅落ち込みを警告している。
国際的影響と資本市場の不確実性:海外債券保有者や国際金融市場での信用観が悪化すれば、外需や資本流入にも影響を及ぼす。恒大等の清算は外部投資家の回収率を低下させる事例になっている。
政府の対応とその限界
中央政府は2023年以降、「市場安定」のために段階的に規制緩和や資金供給、住宅ローン条件の緩和、未完成プロジェクトの資金注入や完成支援、土地市場の調整など措置を打っている。世界銀行やIMF向け報告でも、地元債務のスワップや財政の再編が議題となっている。だが、恒久的な解決は短期の流動性供給だけでは難しい。地方収入構造や需要基盤の再設計が不可欠であり、これには時間と財政負担が伴う。
展望(シナリオ別の見通し)
穏健安定化シナリオ:中央政府が「完成プロジェクト優先」「住宅は住むため」の方針を継続し、大規模なプロジェクト完了支援と地方債再編を進めれば、数年かけて市場は底打ちし、価格はゆっくり回復する。だが成長率は過去水準より低い長期への調整を余儀なくされる。
長期低迷シナリオ:需要構造の変化(人口減少・投資余剰)と地方財政の行き詰まりが続けば、価格と投資は長期間低迷し、関連産業と雇用に恒常的な弱化をもたらす。デベロッパーの再編・淘汰は進むが、社会コストは増大する。
政策ショック・信用収縮シナリオ:大手の追加破綻や地方債危機が連鎖すると、金融システム全体の信用不安に拡大し、景気後退が深刻化する。国際的な信用問題や資本流出を招く可能性がある。
必要な構造改革の方向性
地方財政改革(土地依存から税制・移転支援型へ転換)と地方債の透明化。
住宅市場の需要転換(賃貸市場の整備、社会住宅・既存在庫の活用)と投資から居住中心への制度設計。
デベロッパーの健全な再編支援と債権者保護のルール整備、長期的な金融監督強化。
人口政策・都市化政策の現実反映(若年層支援、居住の流動性向上)による需要質の改善。
結論
中国の不動産危機は単なる業界ショックではなく、長年の成長モデル(不動産投資中心・地方の土地収入依存・高レバレッジ経営)と人口・需要構造の変化が同時に露呈した構造問題である。
短期的な金融支援やプロジェクト完成策は安定化に寄与するが、恒久的な解決には地方財政の改革、住宅政策の抜本的転換、需要構造への対応が必要だ。
改革を遅らせれば、金融・実体経済・社会の負担は増し、回復は長期化する。逆に制度改革と段階的な市場合理化が進めば、失われた成長率を補う新たな経済構造への移行が可能だ。
いずれにせよ、時間と痛みを伴う「再均衡」が不可避であり、その管理の巧拙が今後の中国経済と国際市場に大きな影響を与える。