コラム:「核戦力」増強続ける中国、今後の展望
中国の核戦力増強は単に保有数の問題に留まらず、運搬手段の多様化、技術革新(HGVなど)、サイロ建設による配備の大量化といった複合的な現象であり、地域・世界の安全保障構造を揺るがす可能性がある。
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現状(2025年11月時点)
中国はここ数年で核兵器能力を急速に増強しており、核弾頭数・運搬手段ともに量的・質的な変化を示している。国際的な有力機関や研究グループは、2024年以降の急拡大を指摘しており、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)やFAS(Federation of American Scientists)、米国防総省(DoD)、原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)などが相次いで中国の核弾頭数を少なくとも数百基規模(2025年時点でおおむね約600発とする推定が主流)に引き上げている。これに伴い、大規模なミサイルサイロ建設や新型ICBM・SLBM・極超音速滑空兵器(HGV)の配備・試験が確認され、米国や同盟国は中国の核戦力の急速な拡大を安全保障上の重大な変化と受け止めている。
核戦力増強の背景
中国の核戦力増強は一義的には安全保障上の自己防衛と説明されることが多い。中国側は伝統的に「最低抑止」(minimum deterrence)を主張してきたが、米中関係の複雑化、米国の先進的ミサイル防衛(BMD)能力の進展、米軍のプレゼンス強化、台湾海峡周辺の軍事的緊張の高まりなどを背景に、核戦力を拡充して相手の核・非核両面の優位を抑止しようとしているとみられる。研究者の間では、北京が将来的な米露との「戦略的バランス」あるいは「戦略的選択肢の多様化」を志向している可能性が議論されている。例えば、政治学や安全保障の専門家は、中国が核能力の拡大を通じて抑止の信頼性を高めるだけでなく、外交的・戦略的な交渉カードを増やす意図があると分析している。
核弾頭数(推定)
2025年の主要な推定では、中国の核弾頭総数はおおむね約600発と評価する研究が多数を占める。DoDは2024年報告ですでに「600を超える運用核弾頭」を指摘し、2030年に向けて1,000発超へ達する可能性を示唆している。原子力科学者会報やFASも2025年段階で約600発と推定し、SIPRIは「2023年以降、年約100発の増加ペースで拡大している」と報じている。これら数値は公開情報および商業衛星画像、弾道・製造施設の分析、軍事情報の総合から導出された推定であり、精度には限界があるが、複数の独立した機関が類似の結論を出している点は注目に値する。
将来予測
複数の米国・欧州の機関は中国の核弾頭数が2030年までに1,000発程度、2035年にさらに増加する可能性があると予測している。DoDは特に「2030年までに1,000を超える運用核弾頭に達する」とのシナリオを提示しており、SIPRIや独立研究者も同様の増加トレンドを想定している。増加要因は(1)サイロや移動式発射機の急増、(2)核物質生産能力の拡張、(3)小型・多弾頭化(MIRV)への技術的転換、(4)SLBM艦隊の拡充、(5)弾道・巡航・航空機搭載の多様化、という複合的な要素から構成される。こうした成長ペースが維持されれば、短期間での戦略バランスの変化が不可避となる。
運搬手段の近代化(概観)
中国は核抑止の「三本柱(核トライアド)」の実現に向け、陸(ICBM)、海(SLBM)、空(戦略爆撃機・巡航ミサイル)それぞれの近代化を進めている。特に陸上の固体燃料ICBMの配備、サイロ網の建設・増強、海上では弾道ミサイル潜水艦(SSBN)とJLシリーズのSLBMの進化、空中では長距離爆撃機(H-6改修や将来の戦略航空機)や空中発射兵器の研究が進展している。さらに極超音速兵器(HGV)や抑止に資する低被害・多様な核策を含む戦術・戦略概念の検討が報告されている。これらの変化は単に弾頭数の増加だけでなく、打撃の可用性・生存性・目標割当の変化を招く。
大陸間弾道ミサイル(ICBM)
代表的な陸上運搬手段としては、DF(東風)シリーズの各種ICBMがある。DF-41は長射程(1万〜1万5千km)で機動・サイロ両用が伝えられ、MIRV搭載能力があるとされる。DF-31系列の改良型や既存のDF-5液体燃料ICBMも運用されている。最近の特徴は(1)固体燃料化による即応性向上、(2)機動発射(移動式車両)による生存性向上、(3)多数のサイロ建設による抑止力の可視化と分散化、(4)MIRV化の進行であり、これらが相まって対処困難なターゲット群を形成する傾向がある。サイロ網の拡張については衛星画像解析で多数の新設サイロが確認されており、これが弾頭数増加の主要ドライバーになっていると分析されている。
潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)
海上抑止の強化も顕著で、改良型SSBNの就役とともにJL(巨浪)系列SLBMの開発・配備が進んでいる。事実上の海上トライアドの整備により、移動・隠蔽可能な第二撃能力が強化され、敵の先制攻撃に対する生存性が高まる。専門家は中国のSLBM能力の向上が戦略的安定に二重の意味を持つと指摘している。第一に、より確実な第二撃能力は抑止を強化するが、第二に海上動態監視の競争と潜水艦追跡対策の高度化を引き起こし、海軍力の増強競争を招く。DoDの分析では、SLBMおよびSSBNの増強は中国の核能力拡大の重要要素と位置付けられている。
極超音速滑空兵器(HGV)
中国は極超音速滑空機(HGV)技術の開発で先行的な試験を行っているとされ、DF-ZF(東風と呼ばれることがある)に関する試験や、極超音速兵器を搭載可能なブースト段階の実験が報告されてきた。HGVは大気圏再突入後に高機動で飛行するため、従来の弾道軌道予測やミサイル防衛システムを回避・撹乱する能力がある。専門家はHGVの実用化が進めば、ミサイル防衛の有効性を低下させ、戦略的安定を損なうリスクが増すと警告している。中国はこうした技術を核弾頭運搬や高精度打撃の両面で検討している可能性がある。
背景と国際社会の反応
国際社会は中国の核拡張を大きな懸念として受け止めている。米国や日本、オーストラリア、韓国を中心に、同盟国間での拡張抑止や共同防衛の議論が活発化し、日米間では拡張抑止対話のレベル向上や共同演習、情報共有強化が進められている。欧州の政策研究機関や国連関連の有識者も、核軍拡の地域的・全球的影響を指摘している。多くの国・機関は中国に透明性の向上や軍拡競争を避けるための説明責任を求めている。
中国の主張
中国政府は繰り返し「核兵器は防衛的であり、最小限の抑止力を維持する」という公式立場を表明してきた。しかし、実際の増強は「最小限」概念からは逸脱しているとの国際的な評価が出ている。中国側はまた、自国が国際的に不利な地位にある(核・経済・技術面での脅威認識)、および米国や同盟国による軍事プレゼンス・戦略的圧力が増している点を拠り所に、安全保障上の必要性を主張している。これが国内政治や国威発揚の文脈でも受け止められることがある。
国際社会の懸念
国際社会が懸念する点は多様だ。第一に、核軍備拡大は地域的な軍拡競争を誘発し、インド太平洋域内の不安定化を招く可能性がある。第二に、透明性の欠如が誤算や誤認を生み、危機時のエスカレーション管理を困難にする。第三に、既存の軍縮・不拡散枠組み(例:NPT下の信頼醸成措置や米ロ中心の軍縮交渉)に対する影響である。第四に、MIRV化・HGV配備・多数のサイロ建設は先制・保有戦略の見直しを強いるため、地域諸国が自衛上の対応強化(核・非核含む)を検討することになり得る。
米国の対抗姿勢
米国は公的な報告書や声明で中国の核拡大を深刻な事態と位置づけ、抑止力の強化、同盟国との協調、戦力配備の見直しを進めている。DoDの「China Military Power」報告は、同国の核弾頭数増加を具体的に指摘し、2030年にかけた増加予測を示した。これに呼応して米国は同盟国との拡張抑止対話、前方展開戦力の調整、弾道・潜水艦対策の強化、核態勢の近代化やBMDの能力維持・向上を打ち出している。専門家の一部は、米国が核政策の見直し(戦術核、配備転換、弾頭数増強の検討等)を迫られる可能性を指摘している。
インド太平洋地域における戦略的競争と緊張の激化
中国の核増強はインド太平洋地域における戦略的競争を一層激化させる。特に台湾問題や南シナ海、東シナ海での領有・海洋権益を巡る摩擦が高まる中、核の側面が危機管理の一部となることで、通常戦力の投入や軍事的プレゼンス拡大が相互に悪循環を生む恐れがある。地域内の中堅国・大国(例えばインド、オーストラリア)も防衛投資・同盟強化を進めており、地域秩序はより軍事的に緊張した様相を帯びる。
米中間の戦略的競争の激化
核能力の急拡大は米中間の戦略的競争の新たな軸となる。冷戦期の二極構造とは異なり、「三極」的な力の分布(米・露・中)が現実味を帯びることで、危機時の戦略的相互作用はより複雑化する。学術的には「三者均衡」は不安定になりやすく、米中の軍事的緊張がエスカレーションすれば、核の役割が大きくなる可能性があると指摘されている。これは軍縮交渉の設計や危機回避策にも新たな課題を突き付ける。
軍拡競争の誘発
中国の増強は周辺国に軍拡のインセンティブを与える。例えば、地域諸国はミサイル防衛、対潜水艦戦力、長射程打撃力、核シェアリングや非対称戦力の増強といった政策を検討・実施する余地がある。こうした対応は結果的に安全保障ジレンマを促進し、軍拡競争を定着させる可能性がある。専門家は、地域の軍事支出増加と不信感の連鎖が、外交的解決や軍縮の余地を狭めると警告している。
抑止力の不安定化
従来の抑止論では、互いの能力が既知であり透明性があることが安定を支える要素とされてきた。しかし、急速な能力増強と低透明性は誤認を生みやすく、特に危機初期における先制・先制的抑止の可能性や不確実性を高める。MIRV化やHGV導入、サイロ増加は相手に「より早期に、より多くを攻撃しなければ生き残れない」という誤った結論を促す恐れがあり、これは抑止力の逆効果につながるリスクを伴う。
同盟関係の強化と新たな枠組みの構築
中国の軍備増強を受け、米国は日本・韓国・オーストラリア等との防衛協力や拡張抑止の枠組みを強化してきた。2024〜2025年にかけて日米の指導者声明や拡張抑止対話、共同訓練・情報共有の深化が報告されている。さらに、米豪日印などが関与する「安全保障のミニラテラル連携」や、太平洋・インド洋での共同監視・反潜作戦の協調など、新たな枠組みも模索されている。これらは短期的に抑止力を補強する一方で、中国側の反発を招き、地域の安全保障ダイナミクスを一層複雑化させる。
日米同盟の重要性向上
日本にとって、中国の核・ミサイル能力の増強は直接的な安全保障課題であり、日米同盟の役割は重要性を増している。日米は拡張抑止の枠組みを深化させると同時に、日本側の防衛力強化(ミサイル防衛、長射程打撃力、対潜戦力の拡充など)が議論されている。政策的には、抑止の信頼性を高めるための情報共有と指揮統制、危機管理の実務的協議の強化が進められている。
新たな安全保障枠組みの創設
公式・非公式を問わず、同盟・パートナー間で新たな安全保障枠組みづくりが進む可能性が高い。例えば、拡張抑止の共同化や集団的な弾道ミサイル防衛、潜水艦追跡能力の共同整備、戦略的意思疎通の制度化などが議論されている。これらは短期的には地域の防衛能力を高めるが、長期的には地政学的ブロック化を促進する可能性がある。
南シナ海・東シナ海等における影響
中国の戦力増強は海上でのプレゼンスと圧力を増す動機付けとなり、南シナ海や東シナ海での摩擦を高める。海上における監視・追跡・継続的プレゼンスの強化は、領有権問題や自由航行の緊張を増幅させる。海上での軍事的緊張は陸上・戦略的分野の緊張と連動しやすく、結果的に地域全体の安全保障リスクを高める。
中国の強硬姿勢の助長
核戦力の拡充は、北京の外交・軍事的自信を高め、より強硬な外交方針を取る余地を与える可能性がある。強硬姿勢は小競り合いや地域紛争の拡大を招きやすく、危機がエスカレートするリスクを増大させる。ただし、核抑止は同時に大規模戦争の抑止にも寄与するため、効果は二面性を持つ。
活動範囲の拡大
弾道・巡航・極超音速兵器の組み合わせは、中国の軍事的到達範囲を拡大する。これにより地域のみならず、グローバルな戦略的プレゼンス(例えば大西洋・太平洋の深遠域での脅威投射の可能性拡大)に関する議論も生じている。中国の戦力がより遠距離で効果を持つほど、米欧諸国の対応や海上航路の安全保障に対する関心は高まる。
透明性と信頼の欠如、不透明性への懸念
中国は核政策や配備に関する透明性を限定的にしており、これが国際的な不信を助長している。軍事・戦略改革の多くは機密扱いであり、サイロの実際の稼働状況や核弾頭の保有・配分については推定に頼らざるを得ない。透明性の欠如は危機時の誤認を生みやすく、信頼構築措置の欠如が軍拡を加速させる負の連鎖を作る恐れがある。多国間の信頼醸成や査察・通報の仕組みづくりの必要性が指摘されている。
今後の展望
短中期的には中国の核弾頭数は増加を続ける可能性が高く、2030年頃には1,000発規模を示唆する予測もある。これにより米中の戦略的ダイナミクス、地域安全保障、軍事技術競争はさらに複雑化する。外交的には以下の選択肢が考えられる。
軍備管理の再構築:米中間での新たな軍備管理対話や危機管理メカニズムの設置をめぐる模索。だが、中国の透明性確保と米側・同盟国の安全保障配慮の折り合いは困難。
同盟強化と拡張抑止の深化:日米韓豪等の協力強化が続く見込みであり、共同訓練・情報共有・弾道ミサイル対処能力の向上が進む。
地域的軍拡の悪循環回避:各国が抑制的なアプローチ(透明性向上の外交努力、二国間・多国間の信頼醸成措置)を採れれば軍拡の激化をある程度抑えられるが、現状は政治的意思の欠如が課題である。
結論として、中国の核戦力増強は単に保有数の問題に留まらず、運搬手段の多様化、技術革新(HGVなど)、サイロ建設による配備の大量化といった複合的な現象であり、地域・世界の安全保障構造を揺るがす可能性がある。政策的には、透明性の向上を含む信頼醸成措置、日米を中心とした同盟協調、そして国際的な議論(軍備管理や新たな規範作り)が不可欠となる。だが、実効的な軍縮や管理措置を構築するには、米中双方および関連地域国の政治的意思と相互の不信の低減が前提条件となる。
主要出典(本文で参照した代表的資料)
SIPRI Yearbook 2025(核兵器と軍備動向の年次報告)
Federation of American Scientists(FAS)・Bulletin of the Atomic Scientists による「Chinese nuclear weapons」分析(2024–2025年)
U.S. Department of Defense, “Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China” (2024)(米国防総省年次報告)
CSIS / MissileThreat(DF-41等ICBMの技術評価)
各種政策研究所・政府(日本の防衛白書、日米共同声明、地域研究機関の報告)
A. 専門家レポートの要約(主要出典のエッセンス)
SIPRI(Stockholm International Peace Research Institute, Yearbook 2025)の要点
中国の核弾頭数は急速に増加しており、2025年1月時点で少なくとも約600発と見積もられている。2023年以降は年約100発のペースで増加していると評価している。新たなICBMサイロ建設(複数地域で数百基規模)が弾頭増加の主因であると指摘している。
Federation of American Scientists(FAS, Nuclear Notebook, 2025)の要点
商業衛星データと公開情報を組み合わせ、Yumen(甘粛)・Hami(新疆)・Jilantai(内モンゴル)などで多数の新サイロが確認されている点を強調している。FASはサイロ数・稼働兆候にもとづく配備シナリオを示し、最終的な運用方法(空サイロ/デコイを含むか、MIRV化するか)によって弾頭数は大きく変動すると論じている。
Bulletin of the Atomic Scientists(Nuclear Notebook の関連記事)
中国の総ストックが増え続けていると評価し、少なくとも2025年に約600発の水準に達したという推定を示している。専門家はサイロの“実稼働化”の兆候(サイロ蓋の設置や偽装ネットの除去)に注目し、短期間でのロード・アウト(ミサイル搭載)可能性を警告している。
米国防総省(DoD)報告(“Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China”, 2024)
2024年の報告で中国の「運用核弾頭数」が600基を超えたと評価しており、2030年までに1,000発超に達するシナリオを示唆している。DoDは核物質生産能力や再処理・兵器化インフラも拡張していると指摘している。
傾向の総括(専門家評価)
いずれの主要機関も「量的増加」と「運搬手段(ICBMサイロ、移動式ICBM、SSBN/JL-SLBM、極超音速兵器)の近代化」を主要因として挙げている。一方で各機関とも中国の透明性欠如を強調しており、実数は推定に依存する点を明示している。
B. 衛星画像解析結果の要約(公開解析を中心に)
以下は公開された衛星画像解析(商業衛星画像を基にしたFAS、Planet、報道機関、研究所の解析)から導出した共通所見の要約である。
主なサイロ群の位置と規模の確認
Yumen(甘粛省)、Hami(新疆ウイグル)、Jilantai(内モンゴル)の3か所で大規模なサイロ建設が認められる。これらは格子状に配置された数十〜百余基規模の穴(サイロ掘削箇所)を含む広域フィールドで、Yumenで約120基、Hamiで約110基、Jilantaiで十数基と報告されている。
稼働化の兆候(直近観測)
サイロ掘削後にドーム状カバー/偽装ネットが設置され、続いてそれらが一部除去されるなどの動態が確認されている。2024年の画像では、サイロ蓋が設置されている例や、周辺に軍関連施設(管理棟、車両)と思われる構造が確認され、一部サイロは近くでのミサイル搭載準備段階に入っている可能性が示唆される。これらの動態はサイロが単なる掘削停止地点ではなく、運用を想定した施設である可能性を高める観測である。
サイロの構造と技術的示唆
サイロ径や周辺プラットフォームの寸法は公表ミサイル(DF-31AG 等)の物理寸法と整合し、固体燃料の近代ICBMを想定した設計である点が専門家から指摘されている。サイロの分布間隔や補助施設の配置は、通常運用・整備・警備を念頭に置いた軍事設計であると評価される。
不確実性と留意点(衛星解析の限界)
衛星画像では掘削跡や蓋の有無、施設の配置は明確に観測できるが、(A)実際に何基が弾頭を搭載するか、(B)MIRV搭載の有無(単弾頭か多弾頭か)や(C)サイロの一部がダミーかどうかは直接確認できない。従って衛星解析は「施設存在と稼働兆候」を確実に示すが、最終的な弾頭数推定には兵器生産・物質供給の能力に関する分析が必要となる。
C. 年次別弾頭推定(2010〜2035年):方法と表
以下は公開推計(FAS/Bulletin/SIPRI/DoD等)と公開サイロ数・増加ペースの情報に基づく年次推定の表である。各年は「おおよその中間推定(best estimate)」を示し、注釈で根拠・不確実性を明示する。表は四捨五入で提示するが、幅(下限–上限)も示す。
推定の基本方針(簡潔)
2010年代前半は公開推計で200〜300発程度という幅が一般的。
2020年までは「低めの運用数(DoDのlow-200s報告)」→ その後、サイロ建設の観測と生産施設拡張により急増。
2023〜2025年はSIPRI/FAS/Bulletin/DoDの一致する報告を優先。
2030・2035は各機関が示す成長ペース(DoDの2030シナリオ、SIPRIの長期トレンド)を基にした予測レンジとする。
注:下表は「推定値(中間値)/推定範囲(概数)」の形式で示す。範囲は公開推計・増産ペース・配備シナリオの違いを反映している。
| 年 | 中間推定(概数) | 推定レンジ(概数) | 主な根拠・注記 |
|---|---|---|---|
| 2010 | 175 | 150–200 | Bulletin/FASなどの当時報告(約175〜250のレンジ)。公表値が不透明。 |
| 2011 | 180 | 160–210 | 同上(緩やかな増加)。 |
| 2012 | 185 | 160–220 | 公開推計に基づく漸増。 |
| 2013 | 200 | 170–230 | FAS等の報告(2013時点の核ノート参照)。 |
| 2014 | 210 | 180–240 | 供給能力・保有数の増加。 |
| 2015 | 230 | 190–260 | SIPRIなどは小幅増の傾向を記録。 |
| 2016 | 240 | 200–270 | 継続的な近代化投資。 |
| 2017 | 250 | 210–290 | 年次推計の中央値。 |
| 2018 | 260 | 220–300 | ミサイル・SLBM等の近代化確認。 |
| 2019 | 275 | 230–320 | 徐々に増加。 |
| 2020 | 300 | 240–350 | DoDの報告(low-200s/運用弾頭の分類違いあり)と研究者の再評価で幅。 |
| 2021 | 320 | 260–380 | サイロ建設が顕在化。FAS等がサイロ数を公開。 |
| 2022 | 350 | 300–420 | SIPRIやFASの推計で2022年頃に約350発の推定が共有される。 |
| 2023 | 410 | 350–480 | SIPRI等による急増トレンドの初期年。商業衛星での追加サイロ観測。 |
| 2024 | 500 | 420–560 | SIPRI 2024報告/メディアで500発推定が示された年。 |
| 2025 | 600 | 520–700 | SIPRI・FAS・Bulletin・DoDが概ね一致して約600発と評価。年約100発の増加ペースが指摘される。 |
| 2026 | 700 (予測) | 600–800 | サイロ建設継続・生産ラインの稼働想定シナリオ。※予測値。 |
| 2027 | 800 (予測) | 650–950 | 同上。生産能力と配備ペースに依存。 |
| 2028 | 900 (予測) | 700–1100 | MIRV化や追加サイロ稼働による上振れリスク。 |
| 2029 | 980 (予測) | 800–1200 | DoDの2030シナリオに向けた増勢。 |
| 2030 | 1000 (予測中央値) | 850–1300 | DoDは2030年に1,000発超の可能性を指摘。SIPRIも同傾向を示唆。 |
| 2031 | 1050 (予測) | 900–1400 | 成長継続シナリオ。 |
| 2032 | 1100 (予測) | 950–1500 | 中長期の高成長シナリオ。 |
| 2033 | 1200 (予測) | 1000–1600 | MIRV配備やSLBM増強で上振れし得る。 |
| 2034 | 1350 (予測) | 1100–1700 | SIPRIは2035に向けた強い増加シナリオも示す。 |
| 2035 | 1500 (楽観的上限シナリオ) | 1200–1800 | SIPRI等が提示する上位シナリオ(継続的に年100発前後で増加する場合の到達値)。ただし下位シナリオではこれよりかなり低くなる。 |
表の読み方と不確実性の注記
「中間推定」は複数資料の中央値的な読み取りによる値であり、公開資料が示す年度ごとの確定値ではない。
各年度の推定レンジは、公開推計のばらつき(機関別差、運用弾頭と貯蔵弾頭の定義差、MIRV化の有無など)を反映している。
2030〜2035年の数値は予測であり、政策決定・生産能力・配備戦術(空サイロをダミーにするかどうか)によって大きく変動する。DoDやSIPRIの「1,000発前後」シナリオは、現在の建設・生産トレンドが継続した場合の中位〜上位シナリオである。
D. 推定に使った主要出典(最も信頼度の高い参照)
SIPRI Yearbook 2025(要旨・年次章)。SIPRIは2025年に「少なくとも600発」との推定を公表している。
Federation of American Scientists (FAS)、“Nuclear Notebook: China” 2025(衛星画像に基づくサイロ解析と配備シナリオ)。
U.S. Department of Defense, “Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China” (2024)。DoDは2024段階で「運用核弾頭が600を超えた」とし2030年に1,000発超の可能性を指摘している。
Bulletin of the Atomic Scientists(Nuclear Notebook 2024–2025)。研究者の集積的推定を掲載。
商業衛星/報道(Planet、WSJ、Al Jazeera 等)による現地画像報告(Yumen/Hami/Jilantaiのサイロ画像)。これらはFAS 等の解析のビジュアル根拠として用いられている。
E. 最後に
透明化と査察の欠如が最大の問題であり、公開情報は衛星画像と断片的な生産施設情報に頼るため、誤差幅が大きい。外交的に透明性を高める枠組み(危機時通報、配備通知、透明化措置)の模索が重要になる。
短期的対応としては、同盟間での情報共有、弾道ミサイル防衛や対潜能力の強化、危機管理メカニズムの整備が不可欠である。中長期的には米中間での軍備管理対話の可能性探求が望ましいが、現状では政治的障害が大きい。
