コラム:減速する中国経済、公式データと現場の乖離
公式統計は一定の成長を示す一方で、独立系推計や雇用・不動産・消費の現場データからはより鈍い成長と深刻な構造的課題が読み取れる。
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2026年2月時点で、中国経済は世界第2位の規模を維持しつつも、成長の勢いが明確に鈍化している段階にある。中国国家統計局が発表する公式統計は、2025年通年の実質GDP成長率を前年比+5.0%と報告し、「5%前後」という政府目標を達成したとしている。一方で、実際の成長動向や国内の経済指標は鈍化傾向を示しており、特に内需の弱さや不動産不況、若年層の雇用問題など、構造的な経済課題が顕在化している。このような状況は、公式統計値と現場の実態の間に乖離が存在する可能性を示唆している。政府が掲げる成長率の達成は形式的な「成長の演出」ではないかとの批判も国内外の経済専門家の間で根強い。政府統計と異なる独立系調査機関の推計では、実質成長率は公式値よりかなり低水準にあるとの見方も示されている。
減速する中国経済
1. 公式統計に見える成長の「5%前後」
中国国家統計局が発表したデータによると、2025年の実質GDP成長率は前年比+5.0%で「5%前後」の政府目標を達成した。四半期ベースでは年初から減速傾向が続き、第4四半期には前年同期比+4.5%となった。実質GDPは消費、純輸出、総資本形成が寄与したとされるが、内訳をみると国内消費や投資は伸び悩んでいる。名目GDP成長率が実質を下回る状態が長期化しており、デフレ圧力が根強いことも指摘されている。
公式統計はまた、都市部の調査失業率を通年平均で約5.2%と報告している。これは前年からやや上昇した値であり、対外的には雇用は「安定している」とされる。総体としての公式統計では、各主要指標はおおむね「目標達成」として評価されている。
2. 成長鈍化の構造的背景
中国経済の減速は一連の国内外の構造的要因によるものである。長期にわたる不動産市場の低迷、人口動態の悪化、企業投資の停滞、そして内需の伸び悩みが重なっている。不動産開発投資は数年にわたり縮小傾向が続き、経済成長への寄与はかつてほど強力ではない。また、内需の中心たる個人消費はデフレ圧力と所得成長の鈍化により弱含みとなっている。以上のような要因は、長期的な成長の勢いを削ぐ要素となっている。
公式データと現場の主な乖離
1. GDP成長率の「演出」と「実態」
政府が掲げる成長率「5%前後」の達成は、政策的な目標値に合わせて数値が調整されている可能性があるとの見方も強い。独立系の調査機関や外国のシンクタンクによる推計では、2025年の実際の実質GDP成長率は公式の5.0%より低く、2.5〜3.0%程度であった可能性が示されている。こうした推計は不動産投資や固定資産投資、信用供給の動向など、多角的な経済指標から導き出されたもので、公式統計の構造的な見積りと乖離している。
独立推計が示す低成長率は、固定資産投資の落ち込みや土地売却収入の減少が統計上のGDP寄与にうまく反映されていない可能性を示す。また輸出主導型の成長は外部環境や貿易摩擦の影響を受けやすく、持続性に疑問が残るとの指摘もある。これらの分析は、公式統計が経済の実態を過大評価している可能性を示唆している。
2. 失業率の「安定」と現場の雇用難
公式統計によると、2025年の全国都市部の調査失業率は約5.2%と報告されているが、これは労働市場全体を簡潔に示す数値であり、実際の雇用状況を反映していない可能性がある。特に青年層(16〜24歳)の失業率は、公式でも18%程度と高水準であり、企業が若年労働力を吸収する力は限定的である。
また、公式指標は東京都市部のみの調査であり、農村部や非正規労働者、市場から退出した求職者を計測対象外としているケースが多い。さらに統計制度の変更により学生を除外する若年層失業率の算出方法が変わったことで、数値が見かけ上低くみえる側面もある。これらは公式指標が一定の安定性を演出しているのに対して、現場では深刻な雇用難が存在することを示している。
GDP成長率の「演出」と「実態」
公式:2025年の実質GDP成長率5.0%
2025年の実質GDP成長率は政府が「+5.0%前後」であると公式に報告している。政府はこの成長率を各種景気刺激策と外需の支援によって達成したとしている。特に輸出が牽引役を果たし、最終消費や純輸出が成長を支えたとされる。
現実の経済動向
実際の成長動向を示す独立系推計では、2025年の成長率は2.5〜3.0%であった可能性が強いとされている。この乖離は、固定資産投資や土地売却収入の急減、そして不動産市場の長期低迷が統計上十分に反映されていないことが影響している。また、名目GDP成長率が実質を大きく下回る「名実逆転」の状態が長期化しており、これは経済活動全体の弱さを示すものと見る向きがある。
公式: 都市部の調査失業率約5.2%
政府統計によれば、2025年末時点の全国都市部の調査失業率は平均約5.2%、月次でも約5.1%程度とされる。これは失業率が安定しているとのメッセージとして国内外に発信されている。
現場の実態
しかし、都市部の失業率が「安定」している=雇用情勢が健全であるという解釈には疑問がある。青年層の失業率は18〜19%と非常に高水準であり、これは大学新卒者の増加と雇用機会の不足が同時に進行していることを示す。また、公式統計がカバーしない農村部の失業者や非正規雇用者・職探しを断念した潜在的失業者を考慮すると、労働市場はより厳しい状況にあると考えられる。
さらに、若年層の雇用難は単なる統計上問題ではなく、消費意欲の低下、社会不安の増大、生涯所得への悪影響など、経済全体への負の波及効果をもたらしている。これらは政策形成や中長期的な成長潜在力にとって重要な問題である。
乖離を生んでいる構造的要因
1. 壊滅的な不動産不況の長期化
中国経済の成長を長年支えてきた不動産セクターは、2020年代に入りバブル崩壊ともいえる規模の調整局面に入り、投資や開発は大幅に縮小している。不動産開発投資が縮小すると、その関連産業(建設、資材、金融など)に連鎖的な悪影響が波及し、潜在成長率を下押しする。この現象は公式GDP統計の寄与度計算に十分に反映されないケースが指摘されている。
2. デフレ圧力と「消費降級」
中国国内ではデフレ圧力が継続しており、消費者物価は低水準で推移している。これにより企業の価格設定力が低下し、実質的な経済活動が抑制されている。さらに家計は将来不安から支出を抑制し、節約志向が強まる「消費降級」という現象が見られる。これらは統計上の成長率に反映しにくい内需の脆弱性を露呈している。
3. 「政治優先」の副作用
中国政府は経済政策のみならず、外交・安全保障政策や国内統制の強化を優先する傾向がある。その過程で、民間セクターや小規模企業への規制・介入が強化され、市場のダイナミズムが損なわれることがある。このような政治優先の政策判断が経済実態の統計データと現場の感覚との乖離を生み出す一因となっている。
2026年の展望
2026年における中国経済は、公式見通しでは「やや鈍化しながらも成長を継続する」とされる。一部専門家は、2026年のGDP成長率が4%台後半になるとの予想を示しているが、独立系推計では依然として3%台前半〜中盤にとどまるとの見方もある。成長の鍵は内需の回復、雇用情勢の改善、構造改革の深化にあるが、これらは2026年においても大きな課題となる。
今後の展望
中国経済が再び高成長を取り戻すためには、構造改革の深化が不可欠である。具体的には金融システムの改革、土地市場の安定化、民間企業の育成、社会保障制度の充実などが挙げられる。また、若年層の雇用機会創出と人材スキルの高度化、内需の持続可能な成長基盤の構築は喫緊の課題である。加えて、公式統計の透明性と信頼性の向上は、国内外の投資家・市場参加者にとって重要である。
まとめ
本稿では、中国経済の現状(2026年2月時点)における成長鈍化の状況と、共産党当局の統計データと現場の実態の間の主な乖離を整理した。公式統計は一定の成長を示す一方で、独立系推計や雇用・不動産・消費の現場データからはより鈍い成長と深刻な構造的課題が読み取れる。この乖離は、統計制度の限界だけでなく、政策優先順位の偏重やデータ公開の透明性という政治経済の複合的な要因が絡み合っている。中国経済の持続可能な成長には、公式統計の信頼性向上と実質的な経済改革が不可欠である。
参考・引用リスト
中国国家統計局発表資料(2025年実質GDP成長率等)
ジェトロ報告(失業率・人口統計等)
Rhodium Groupによる2025年成長率推計(2.5〜3.0%)
BOFIT Forecast(実際の成長予測)
TradingEconomics成長予測データ
中国若年失業率:公式データと独立データ比較
若年層雇用問題の背景分析(JRIレポート)
ReutersおよびFinancial Timesなど国際報道による中国経済分析
国内消費・デフレ圧力に関する報道
追記:「目標達成」に拘泥する共産党の統治メカニズム
中国共産党が経済運営において「成長率目標の達成」に強く拘泥する背景には、単なる経済政策上の問題ではなく、統治の正統性に関わる構造的要因が存在する。
中国共産党は選挙による政権交代を前提としない体制であり、国民からの支持や正統性は、経済成長、社会安定、国家の強化という「成果」によって担保されてきた。改革開放以降、「経済成長=党の正当性」という図式が形成され、GDP成長率はその象徴的指標として位置づけられてきた。したがって、成長率が政府目標を下回ることは、単なる景気後退を意味するだけでなく、「統治能力への疑念」を招きかねない政治的リスクを伴う。
このため、中央政府は毎年「5%前後」「安定的成長」といった数値目標を設定し、地方政府や統計当局はその達成を前提とした行動を取るインセンティブを持つ。地方幹部の評価制度(幹部考課)は形式上は多元化されたとはいえ、依然として経済指標、とりわけ成長率は重要な評価項目である。結果として、統計の作成段階において「目標に沿った数字」が優先されやすい構造が温存されている。
重要なのは、必ずしも統計が全面的に「捏造」されているわけではない点である。実態としては、名目と実質の調整、デフレーターの設定、セクター別寄与度の推計方法など、技術的裁量の積み重ねによって、結果的に「目標に整合的な数字」が導かれる仕組みが存在する。これは制度的・構造的な問題であり、特定の担当者の不正行為というよりも、体制全体が生み出す統計バイアスと捉えるべきである。
市民が体感する「不況」と公式成長の乖離
公式統計が示す「5%成長」と、市民が日常で感じる「不況感」の乖離は、中国社会において極めて顕著である。この乖離は単なる心理的要因ではなく、実体経済の構造変化と密接に結びついている。
第一に、雇用の質の悪化が市民の体感景気を大きく押し下げている。失業率が公式には安定しているとされる一方で、現実には正規雇用の減少、契約社員化、給与水準の低下が進行している。特に都市部のホワイトカラー層では、IT、不動産、教育関連産業の縮小により、高学歴層であっても安定した職を得にくい状況が常態化している。失業していなくとも、「いつ職を失うかわからない」という不安が消費行動を強く抑制している。
第二に、資産価格の下落が家計の心理に与える影響は甚大である。中国の都市部家計において、不動産は最大の資産であり、住宅価格の下落は即座に「資産の目減り」として認識される。不動産不況が長期化する中で、「買えば値上がりする」という神話は完全に崩壊し、住宅ローンを抱える中間層は、可処分所得の多くを返済に充てざるを得ない状況にある。この結果、消費は抑制され、「成長しているはずの経済」と「節約を強いられる生活」のギャップが拡大する。
第三に、デフレ的環境下での「賃金停滞」も不況感を強めている。物価が上がらないこと自体は一見すると家計に有利に見えるが、実際には賃金上昇の期待が失われ、昇給や賞与が減少することで、将来所得への不安が増大する。市民にとって重要なのはGDP成長率ではなく、「自分の収入が増えたか」「生活が楽になったか」であり、この点において公式成長率はほとんど説得力を持たなくなっている。
中国の社会保障制度の実態と限界
市民の不況感をさらに深刻化させている要因の一つが、中国の社会保障制度の脆弱性である。中国は「社会主義国家」を標榜するが、その社会保障制度は決して手厚いものではなく、むしろ自己責任色の強い制度である。
まず年金制度について見ると、都市部と農村部で大きな格差が存在する。都市部の被雇用者は比較的整った年金制度に加入できるが、給付水準は決して高くなく、老後の生活を完全に保障するには不十分である。一方、農村部や都市部の非正規労働者、自営業者の年金給付は極めて低水準であり、老後も家族への依存を前提とせざるを得ない。
医療保険についても同様である。基本医療保険は全国民をカバーしているが、自己負担割合は高く、高額医療費が家計を圧迫するケースは少なくない。重病や長期療養が必要になった場合、貯蓄を取り崩す、あるいは親族に依存することが前提となっており、「病気になるリスク」が強い予防的貯蓄動機を生んでいる。
失業給付や生活保護に相当する制度も存在するが、給付水準は低く、受給要件は厳格である。特に都市部に流入した農民工や非正規労働者は、制度の狭間に落ちやすく、失業時のセーフティネットは事実上機能していないケースが多い。
このように、中国の社会保障制度は「最低限の網」は張られているものの、中間層に安心を与えるレベルには達していない。その結果、市民は老後、病気、失業といったリスクに備えるため、消費を抑え、貯蓄を優先する行動を取る。これは内需拡大を阻害し、経済成長の足かせとなる一方で、公式GDPには表れにくい「生活不安」を社会全体に蓄積させている。
数字の安定と社会心理の不安定という逆説
以上を総合すると、中国経済は「数字の上では安定しているが、社会心理の面では不安定化している」という逆説的状況にある。共産党は「目標達成」という数字を通じて統治の正当性を維持しようとするが、市民は雇用、資産、社会保障といった生活の基盤に不安を抱え続けている。
この乖離が拡大すれば、公式統計の信頼性が低下するだけでなく、政策メッセージそのものが社会に届かなくなる危険性がある。数字が示す「成功」と、市民が感じる「停滞」が並存する状態は、短期的には維持できても、長期的には統治コストを高め、社会的緊張を増幅させる可能性が高い。
中国経済の今後を考える上で重要なのは、成長率の「見た目」を維持することではなく、市民が実感できる雇用の改善、所得の安定、社会保障の信頼性向上である。これらが伴わない限り、「目標達成」という数字は、次第に政治的・社会的説得力を失っていくと考えられる。
