コラム:安全に「お餅」を楽しむために必要なこと
適切な食べ方、周囲の見守り、そして応急処置を理解することが、事故予防の鍵である。専門機関のデータからは、救急搬送の9割が高齢者であり、1月・12月に集中して発生することが示されている。
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現状(2025年12月時点)
日本では毎年年末から年始にかけてお餅(もち)を食べる機会が増えることから、窒息事故が恒常的に発生している。今年も12月・1月に入ってから複数の高齢者による餅の詰まり事故が報道されている(例:正月三が日に9人が餅でのどを詰まらせ救急搬送、うち複数が死亡)ことが確認されている。
こうした背景には、日本の伝統文化として正月料理や年末の家庭内イベントで餅を家族で食べる習慣があり、それ自体は文化的価値が高いものの、厚生労働省統計データや東京消防庁の集計では、餅などの粘着性の高い食品による窒息事故は高齢者で特に多く、過去数年のデータでは救急搬送の約9割以上が65歳以上であることが明らかになっている。
また、国内の食品窒息全体の統計(日本全国)では、食物による窒息による死亡者数は年間約3,500人以上であり、その多くは高齢者によるものであるが、餅単独での全国死亡統計は個別公表が少ないものの、消費者庁や消防庁のデータから餅関連事故が冬期に突出している傾向が確認されている。
お餅による窒息事故とは
お餅による窒息事故とは、餅や団子等の粘着性の高い食品を誤って気道に詰まらせ、呼吸が阻害されて生命の危険に至る事故を指す。こうした事故は口腔・咽頭の機能が低下する高齢者に多いことが知られ、噛む力や嚥下(えんげ)機能の低下、唾液の減少など加齢に伴う身体機能変化が大きな要因となっている。
一方で、乳幼児や嚥下機能が未発達な人、アルコール摂取時なども窒息リスクが高まることが専門家の指摘としても存在する。粘着性の高い餅は特に冷めると硬くなり、噛み切りにくく丸い塊で気道へ入りやすいという特性を持つ。
12月から1月にかけて集中して発生
東京消防庁の統計では、餅による窒息事故の月別搬送データにおいて1月が最も多く、次いで12月が高いことが示されている。これら2か月だけで全体の半数以上を占める傾向にある。
特に正月三が日(1月1日~3日)に集中する傾向が報告されており、ここで多くの餅関連救急事案や死亡例が発生している。これはおせち料理や雑煮など正月の伝統的な食卓で餅が頻繁に供されるためと考えられる。
救急搬送者の約9割を65歳以上の高齢者が占める
東京消防庁の最新データでは、餅による窒息で救急搬送された人の約9割以上が65歳以上の高齢者であり、80代が最も多い年齢層となっている。
高齢者では加齢による噛む力や嚥下機能の低下が進行しやすく、柔らかそうに見える餅であっても十分に噛み砕くことが困難なことが窒息リスクを高めると考えられる。また、唾液量が減少することで餅が喉や口内に貼り付きやすいという特性も背景にある。
安全にお餅を楽しむための注意点
餅を安全に食べるためには、以下の注意点が国や自治体、専門家から継続的に呼びかけられている。
餅を小さく切る
食べやすい一口サイズに切ることで、気道への詰まりを防ぐ効果がある。のどを潤してから食べる
お茶や汁物を最初に飲み、口腔内・咽頭を湿らせることで詰まりにくくする。ゆっくりよく噛む
急いで飲み込むことは窒息リスクを高めるため、時間をかけて噛み砕くことが重要である。見守りと声かけの環境づくり
特に高齢者や乳幼児と一緒に食べる場合は、周囲の人が見守りをし、異変に即座に気付けるようにする。一人で食べない
万が一窒息した場合に直ちに対処できる人がいる環境で食べることが望ましい。飲酒時の注意
アルコールは嚥下機能をさらに低下させうるため、餅を食べる場面では特に注意が必要。
事故を防ぐための「4つの食べ方対策」
以下は、窒息事故を未然に予防するための具体的な行動指針であり、医療・専門機関の勧告にも基づく。
1.小さく切る
餅を一口大よりさらに細かく切ることで、誤嚥・窒息のリスクを低減できることが消防庁や消費者庁による注意喚起でも提唱されている。
2.喉を潤す
食事前に温かい飲み物や汁物を飲むことにより、口腔や咽頭を濡らしておき、餅の粘着性が直接喉に付着するのを防ぐ。
3.よく噛む
噛む回数を意識的に増やし、餅を細かく砕いてから嚥下する習慣づけを行う。
4.おしゃべりを控える
食事中の会話は嚥下のタイミングを乱し、餅の塊が誤って気道に入るリスクを高めるため、特に高齢者はおしゃべりを控えることが推奨される。
周囲の見守りと環境づくり
餅を食べる際は、介護者や家族が必ず近くで見守ることが重要である。高齢者の誤嚥事故の多くは自宅で発生しているため、室内での食事中は注意を怠らない環境づくりが有効である。
周囲の人が噛む・飲み込む様子を確認し、異常を感じた際に即座に対応できる体制を取ることが事故防止に直結する。
一人で食べない
一人で餅を食べることは窒息時に助けを求められないリスクを高める。特に高齢者は複数人での食事を心掛け、窒息時に迅速な応急処置を行えるようにする。
飲酒時の注意
アルコールは中枢神経を抑制し、嚥下機能や反応速度を低下させる可能性があるため、餅を食べる場面では飲酒量を控えることが事故防止につながる。
もし喉に詰まったら(応急処置)
餅が喉に詰まった場合、迅速かつ適切な応急処置が必要である。以下の手順は救急蘇生法の基本原則に基づく。
窒息のサイン
激しく咳き込む
声が出せない
呼吸困難・パニック状態
Lips / 顔色が青白い、紫色になる
これらの兆候が見られたら窒息が進行している可能性が高い。
咳をさせる
まずは患者自身に強く咳を続けさせることで気道内の異物を自然排出させることが第1段階となる。これは気道閉塞が完全でない場合に有効であり、救急蘇生ガイドラインにも推奨される初期対応である。
背部叩打法(大人・子供・乳児)
気道が完全に塞がれている、または咳で排出できない場合は、背中を叩いて異物を排出させる手技を行う。
大人・子供:肩甲骨の間を力強く叩く
乳児(1歳未満):背中を数回やさしく叩く
これらは国際的救急蘇生ガイドラインでも採用されている気道異物除去法である。
腹部突き上げ法(ハイムリック法)
咳や背部叩打法で改善が見られない場合には、腹部突き上げ法を行う。
立位・座位の大人・子供に対し、拳をみぞおち付近に当てて上方に圧を加える
乳児には行わない(傷害リスクが高いため別法を用いる)
これも国際的な応急処置ガイドライン(AHA等)で推奨される方法である。
心肺蘇生法(胸部圧迫)
意識を失い呼吸が停止した場合は、直ちに心肺蘇生法(胸部圧迫)を開始し、119番通報後にAEDを利用する。これは心停止全般に対する救命処置として標準的な手法である。
高齢者以外も注意が必要
餅による窒息事故は高齢者に多いが、乳幼児や嚥下機能が弱い人、飲酒時の人でも発生するため注意は全年齢に必要である。また、丸くて滑りやすい食品(うずら卵、こんにゃく等)も窒息リスク食品として専門医が指摘している。
今後の展望
日本の高齢化が進む中、餅による窒息事故の社会的な影響は重要な公衆衛生課題である。国や自治体による注意喚起は年々強化されており、消費者庁や東京消防庁は毎年12月から広報キャンペーンを実施している。
さらに、 高齢者用に粘着性を低減した餅製品や嚥下補助食品の開発、介護現場での嚥下体操や機能評価の普及が期待される。また、地域包括ケアの視点から、家庭内での見守り体制強化や家族向けの応急処置訓練が推進されるべきである。
結論
お餅による窒息事故は伝統文化との関連で毎年冬期に発生しており、高齢者が特にリスクの高い集団である。適切な食べ方、周囲の見守り、そして応急処置を理解することが、事故予防の鍵である。専門機関のデータからは、救急搬送の9割が高齢者であり、1月・12月に集中して発生することが示されている。対策は日常的に啓発されているものの、今後の超高齢社会に対応するためには、製品改良や教育の体系化などさらなる対策が求められる。
参考・引用リスト
東京消防庁「餅などによる窒息事故に注意!」(救急搬送データ)
消費者庁「高齢者の事故を防ぐために」
東京消防庁報道例(2025年1月餅による窒息事故)
厚生労働省・人口動態調査(不慮の食物窒息死亡統計)
専門医・メディア報道(餅の粘着性と窒息リスク)
追記:正月とお餅の関係に関する考察
日本の正月は、単なる年の始まりの日ではなく、古くから家族や地域社会が集い、神仏や祖先に感謝を捧げ、無病息災や豊穣、新年の幸運を祈願する重要な文化的行事である。その中心的な食文化としてお餅(もち)が位置づけられている。お餅は単なる食品ではなく、象徴的価値を持つものであり、正月の伝統行事や儀礼と深く結びついている。
1. お餅の歴史と正月文化
お餅の歴史は古代日本に遡り、稲作文化の発展とともに神事や年中行事に用いられてきた。稲の収穫を祝い、豊作と家族の繁栄を願う行事としてお餅は重要な意味を持ち、年末には鏡餅(かがみもち)として神棚や床の間に飾られる慣習がある。鏡餅は神聖なものとして扱われ、正月の間は飾り、松の内の終わりに「鏡開き」を行い、人々で食べることで一年の健康や幸運を分かち合う文化が形成された。
お餅が正月と強く結びつく理由としては、以下の点が挙げられる。
1) 季節的要因:冬は稲作の収穫後の季節であり、保存性の高い餅が正月料理として最適であった。
2) 象徴性:鏡餅は丸い形が太陽や家族の円満を象徴すると考えられてきた。
3) 共同体的価値:年末の餅つきは地域や家族が協力して行うことが多く、共同体の絆を強める行事であった。
このように、お餅は正月の食卓だけでなく、儀礼や祭事との深い関連を持つ伝統的食品として位置づけられている。
2. 正月の食文化としてのお餅の役割
正月には「雑煮」「おしるこ」「焼き餅」など多様な餅料理が食される。これらは地域や家庭によって具材や味付けが異なり、地方独自の文化が反映される。例えば関東では澄んだ醤油ベースの雑煮が一般的である一方、関西では白味噌を使う家庭も多い。このように餅を食べる文化は均質ではなく、日本全国各地で個性ある伝統が根付いている。
正月にお餅が欠かせない理由としては、栄養面・保存性・文化的意義が挙げられる。もち米を原料とする餅は炭水化物が豊富で、寒い季節に必要とされるエネルギー源として重宝された歴史的経緯を持つ。また、餅は乾燥させることで長期保存が可能であり、戦後日本でも正月だけでなく冬の保存食として重視されてきた経緯がある。
3. 正月における餅のリスクと社会的対応
しかし、こうした伝統文化の陰には窒息事故という負の側面も存在する。餅は粘着性が高く、特に冷めると硬くなるため、嚥下機能が弱い高齢者や乳幼児が誤って気道に詰まらせやすい性質がある。東京消防庁や消費者庁のデータでも、餅の窒息事故は12月から1月にかけて増加し、特に1月が突出して多い傾向が示されている。
この背景には、正月期間中の大量消費と家族・親戚が集まる機会が重なることがある。日常的には餅を食べない高齢者でも正月の特別な機会に餅を食べることがあり、それが事故リスクを増幅させる。また、正月休暇中は医療・救急体制も平時に比べて負荷が高まるため、事故対応の効率や初期対応が遅れるリスクも指摘されている。
社会的には、このリスクを軽減するために年末年始に向けた注意喚起が行われ、自治体や消防庁は餅を安全に食べるルールや応急処置法を広報している。また、一部の高齢者施設では餅を提供せず、代用品(例えば白玉や嚥下食対応の食品)を用いる取り組みも広がりつつある。
4. 文化と安全の両立に向けて
伝統文化としてのお餅と安全性の確保は二律背反のように見えるが、両者を両立する方法は存在する。一つは文化を尊重しつつ安全な食べ方の教育を普及させることである。家族や地域が餅の特性を理解し、特に高齢者が餅を食べる際に細かな切り方や噛み方、見守りなどの工夫を行うだけでも事故リスクは大幅に低減できる。
また、地域包括ケアシステムや高齢者支援サービスとの連携を通じ、正月前に嚥下機能検査や嚥下体操の実施など予防的なアプローチを行うことが望ましい。これは単に餅事故だけでなく、日常的な食事安全全般にも寄与する。
さらに、食品産業側でも粘着性を抑えた餅製品や嚥下補助食品の開発が進んでおり、消費者への選択肢を広げる取り組みも重要である。例えば、粘度が低く噛み切りやすい餅素材や、嚥下困難者向けに加工された餅類フードの普及は、高齢者でも伝統の味を楽しむ手段として広がる可能性がある。
文化面では、正月の行事を通じてお餅を共有すること自体が家族・地域の結びつきを強化する役割を果たしてきた。これを「安全と共に祝う意識」に変えていくことが、これからの時代に求められる文化的進化である。
5. 結び:文化伝承と安全の両立
正月のお餅は、日本人にとって単なる食品ではなく、家族や地域の絆を象徴する文化的存在である。同時に、窒息という重大なリスクを伴う食品でもある。その両面を理解し、安全な食べ方の普及と科学的知見を活用することで、伝統文化を守りつつ事故を減らす道が拓かれる。
高齢化社会の進展とともに、餅事故への対応は単なる季節的リスク対策の枠を超え、地域包括的な生活支援の一部として捉えられるべきである。そのためには医療・介護・地域社会・家庭が連携し、安心して正月文化を楽しむための社会的基盤を強化していく必要がある。
