コラム:SNSがなくても生きていける?
SNSは現代における重要な情報・コミュニケーションツールであるが、生存に不可欠なものではない。
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2026年現在、ソーシャルネットワークサービス(SNS)や関連アプリケーションは世界中で広く利用されている。日本においては「LINE」や「YouTube」「Instagram」「X(旧Twitter)」「TikTok」などが主要SNSとして、とくに若年層から高齢層まで幅広い年代で日常的に使用されていることが複数の調査で示されている。最新の日本リサーチセンター調査によると、20〜69歳の男女の約半数が「ほぼ毎日利用・閲覧」しているSNSとして「YouTube」と「LINE」が上位に位置していることがわかる。つまりSNSの利用は日常生活に深く浸透しており、生活行動に影響を与えていると考えられる一方で、SNSが必須の”インフラ”であるかどうかは別の検討が必要である。
世界レベルでは約60%を超える人々がスマートフォンを所有し、それに伴いSNSやオンラインサービスが人々のコミュニケーション、情報取得、エンターテインメント消費の中心となりつつある。SNS利用は単なるコミュニケーションから購買行動や学習活動に至るまで、多様な生活行動と結びついているという報告も存在する。
こうした状況を踏まえ、本稿では「SNSをやらなくても生きていけるのか」という問いを多角的に検討する。SNSとは何か、その機能と役割、SNSなしの生活が可能かどうか、SNS利用のメリットとデメリット、そして今後の展望について科学的・統計的根拠を基に論じる。
SNSとは
SNS(Social Networking Service)は、インターネット上でユーザー同士が情報を共有・交流するプラットフォーム全般を指す。代表的なSNSには、テキスト中心の投稿・共有を行うもの(Xなど)、画像・動画を共有するもの(Instagram、TikTok、YouTubeなど)、メッセージング機能を中心にしたもの(LINEなど)がある。SNSの主たる機能は、①友人・知人とのコミュニケーション、②情報の発信と受信、③情報の探索・検索、④娯楽と参加型コンテンツ消費である。
SNSは初期には「友人とつながる手段」としてスタートしたが、近年ではブランドプロモーション、ニュース配信、コミュニティ形成、政治的討論まで多岐にわたる用途を持つようになっており、個人・組織にとって重要なチャネルとなっている。
SNSなしで生きる
SNSなしで生きることは、言葉通り「SNSプラットフォームを使わずに日常生活を送ること」を意味する。この生活形態は、歴史的にみればSNSが存在しなかった時代と同様の生活であり、技術的な必須性は本質的には存在しない。しかし、現代ではSNSが情報収集・コミュニケーション手段として強く位置付けられているため、SNSなしで生きるには別の手段(メール、電話、オフラインネットワーク、メッセンジャー以外のオンラインツールなど)を適切に組み合わせる必要がある。
SNSなしでの生活は可能だが、人々の社会的関与、情報収集、ネットワーク形成の仕方に変化が生じる。例えば災害時や速報ニュースなどの即時性の高い情報取得では、SNSが優位となる場面もあるが、同様の情報は公式サイト、メール配信、テレビ・ラジオなど従来のメディアからも入手可能である。
SNSがなくても生きていける理由
SNSがなくとも人間は生存し生活を維持できる。人間社会は歴史的にSNSの前身である通信手段(手紙、電話、対面コミュニケーション)で成立していた。SNSは利便性を高め効率化したツールであり、社会的インフラ(電気・ガス・水道・食料)とは異なる。
生活必需性がない
生存に必須のインフラは、水、電気、食料、住宅、医療である。SNSはこれら基本的な生活保障とは直接的に関連しない。SNSがなくても、安全な飲料水や食糧確保、衣服や住居を得ることは可能であり、これらはSNS依存に左右されない。一方、SNSが提供するコミュニケーションや情報サービスはあくまで”便益”であり生存そのものに不可欠なものではない。したがって、SNSは生活を便利にするが生存を支えるインフラとは位置付けられない。
SNSは生存に必要な基本的なインフラや資源ではない
例えば停電や水道停止が発生した場合、人々の生命・健康は直ちに危険にさらされるが、SNSが停止しても生命活動は持続可能である。SNSは、災害情報の収集に有用であるが、公式な防災情報、ラジオ放送、自治体のアラートサービスなどを通じても情報を得ることができる。つまりSNSは生活を補完するツールであり、必須インフラとしての地位は持たない。
精神的・肉体的なメリット
SNS利用には利点も存在する。SNSは地理的に離れた人々とつながる手段を提供し、孤立を減らす可能性を持つことが複数の研究で示唆されている。また、趣味や関心ごとのコミュニティ形成、支援ネットワーク、情報共有といった点で社会的結束を高める機能もある。SNSは特定の疾病や困難に直面した人々が支援を求めたり、仲間を見つけたりする場として役立つ場合もある。
SNSから距離を置くことで精神的な健康が改善されるという研究結果も
しかし、SNSの影響を評価した研究は結果が一定していない点が重要である。例えばJAMA Network Openで報告された研究では、若年成人(18~24歳)において1週間のSNS断ちにより抑うつ症状や不安感、不眠が有意に改善したという結果が示された。これはSNSが提供する比較機会や競争的な環境が精神的ストレス要因となる可能性を示唆している。
一方で別の研究では、SNSの利用時間自体と精神的健康障害(抑うつ・不安)の間に直接的な関連は認められないとする報告もあり、SNSの影響は単純な時間の多さではなく、利用内容や個人の心理状態によって左右されると考えられている。
精神的健康の向上
心理学的観点から、SNSから離れることで実際に精神的な健康が向上したという報告が複数ある。社会的比較理論に基づけば、SNSは他者の成功や幸福を強調しがちな情報を提供するため、ユーザーが自らの欠けを意識しやすい環境を作り出す。これが自己肯定感の低下や不安感を誘発する可能性が指摘されてきた。SNS断ちによってこれらの比較刺激が減少し、自尊心や生活満足感が改善したと報告された事例も存在する。
他人と比較することによるストレス・不安・孤独感
SNS利用が心理的ストレスの誘因となる主たるメカニズムとして、他人との比較やFOMO(取り残される不安)があるという分析がある。こうした心理的負荷は特に若年層において顕著に観察され、長期的な精神的ストレスや不安増加の要因となる可能性が報告されている。また問題的なSNS利用はうつ病や自傷行為と関連するとの報告もある。
時間の創出
SNS利用をやめることで、従来SNSに費やしていた時間が創出される。これにより睡眠、運動、趣味、対面コミュニケーションなどの活動に時間を振り分けることが可能になる。この再配分は身体的健康や生活満足度の向上につながると予想される。
睡眠の質の向上
SNS利用が睡眠パターンへ影響を及ぼす可能性は指摘されている。夜間の光刺激やSNSへの没入は睡眠の質を低下させる一因として報告されている。そのためSNSなしの生活、あるいはSNS使用時間の制限は睡眠の質の改善に寄与する可能性がある。
対面での人間関係の深化
SNSに依存しないコミュニケーションは、対面での交流を強化し深い人間関係を構築する機会を増やす。対面交流は非言語的な情報を含み、信頼感や共感を高めやすいことが知られている。SNSを介した断片的な交流よりも、より質の高い人間関係構築が可能になる場合がある。
SNSをやめることのデメリット(課題)
SNSを完全にやめることにはデメリットも存在する。SNSは情報伝達の速度が速く、災害や緊急時に役立つ。また特定のコミュニティや興味を共有するグループにアクセスしやすいという利点もある。
情報収集の遅れ
SNSは速報性に優れる情報源として機能している面がある。SNSなしの場合、ニュースや出来事の把握に一定の遅れが生じる可能性がある。特に災害時や緊急時においては、当該地域の被災状況や支援情報がSNSで迅速に流通する場合も多い。
社会的つながりの一部喪失
SNSをやめることで、オンライン上の知人・友人との接点が減少する場合がある。とくに地理的に離れた人との交流や、同じ関心を持つコミュニティとの関係維持には、SNSが有効に働くこともある。
ビジネス・キャリアへの影響
現代社会では、SNSを用いたブランディングやマーケティングが個人や企業のキャリア形成に直結している場合がある。SNSを利用しない選択は、こうした機会を逃す可能性を含む。
今後の展望
SNSは引き続き進化し、利用形態も変化すると考えられる。AIの統合、新しいプラットフォームの出現、プライバシー・データ管理への規制強化などが進む可能性があり、利用者の行動や価値観も変化するだろう。SNS依存への懸念と同時に、安全で健康的なオンライン利用を促進する教育やガイドライン整備が重要視されるようになると予想される。
まとめ
以上の検討から、SNSをやらなくても基本的な生活や生存は十分に可能であることがわかる。SNSは現代における重要な情報・コミュニケーションツールであるが、生存に不可欠なものではない。一方で、SNSなし生活には情報収集や社会的つながり、ビジネス機会といった面での困難や代替手段の工夫が必要である。SNSのメリットとデメリットを理解し、自身の生活や価値観に応じてSNSとの関わり方を検討することが重要である。
参考・引用リスト
日本リサーチセンター. 〖NRCデイリートラッキング〗SNSについて 2025年8月調査.
KnowledgeBox. <2025年3月最新版>SNS利用実態調査レポート.
Self.com. Social media detox health benefits study summary (JAMA Network Open).
The Guardian. Social media time does not increase teenagers’ mental health problems – University of Manchester study.
追記:ダラダラとSNSや動画を見ることで人生が台無しになる理由
注意資源は有限であり、最も貴重な資源である
人間の人生において最も希少な資源は時間であるが、より正確には「集中できる注意資源」である。心理学・神経科学の分野では、注意力や意思決定能力は有限であり、消耗するということが繰り返し示されてきた。SNSや短尺動画は、この注意資源を最小単位で切り刻み、連続的に消費させる設計になっている。
SNSを「ダラダラ見る」という行為は、主体的な選択ではなく、アルゴリズムによる受動的消費である場合がほとんどである。スクロールを続ける限り次の刺激が供給されるため、利用者は「やめ時」を自ら設定できない。結果として、本人が自覚しないまま注意力と集中力が奪われ、思考の深さが失われていく。
これは単なる時間の浪費ではない。思考力、判断力、忍耐力といった、人間が長期的に価値を生み出すために不可欠な能力が、日常的に削られていく点に本質的な問題がある。
即時的快楽は長期的満足を破壊する
SNSや動画コンテンツは、短時間で快楽や刺激を得られるよう最適化されている。いいね、コメント、再生数、通知といった仕組みは、脳内の報酬系を刺激し、ドーパミン分泌を促す。これはギャンブルや依存行動と同様の構造を持つ。
問題は、この即時的快楽に慣れることで、努力を要する行為に対する耐性が著しく低下する点である。本を読む、学習する、運動する、技能を磨くといった行為は、成果が出るまでに時間がかかり、途中で退屈や困難を伴う。しかしSNS的快楽に慣れた状態では、こうした行為が「割に合わない」「つまらない」と感じられるようになる。
その結果、人生における重要だが地味な投資行動を回避し、ますます短期的刺激に依存する悪循環に陥る。この構造こそが、SNSや動画の過剰消費が人生を長期的に損なう最大の理由である。
比較社会が自己価値を侵食する
SNS上では、他人の成果、成功、幸福が編集された形で提示される。これは現実の平均像ではなく、上振れした断片の集合であるにもかかわらず、人は無意識のうちにそれを基準として自己評価を行う。
この比較は、向上心を刺激するどころか、慢性的な劣等感、焦燥感、無力感を生み出しやすい。特に「何も生み出していない時間」にSNSを眺めるほど、自己否定は強化される。なぜなら、他人の結果と自分の停滞を同時に目にするからである。
結果として、「自分は何者でもない」「何をしても無駄だ」という認知が形成されやすくなり、行動意欲そのものが削がれていく。この心理状態は、自己鍛錬とは正反対の方向に人を導く。
SNSを見ているヒマがあるなら自己鍛錬に時間を割くべき理由
自己鍛錬は複利で人生を変える
自己鍛錬とは、知的能力、身体能力、精神的耐性、技能といった再利用可能な資本を積み上げる行為である。学習、運動、読書、創作、内省などは、短期的な快楽は乏しいが、長期的には人生全体の選択肢を拡張する。
重要なのは、これらが「複利的」に効いてくる点である。今日の1時間の学習は、明日の理解力を高め、次の学習効率を上げる。体力向上は集中力と気力を支え、精神的余裕を生む。この正の循環は、一定期間を超えると、SNS的快楽とは比較にならない満足と自己効力感をもたらす。
自己鍛錬は主体性を回復させる
SNSや動画消費の最大の問題は、人生の主導権を外部に委ねてしまう点にある。何を見るか、どれだけ見るかをアルゴリズムに決められた状態では、人は「生きている」のではなく「消費されている」に近い。
自己鍛錬は、その逆である。何を学ぶか、どこまで続けるか、どの方向に成長するかを自分で決定する行為である。これにより、人生に対するコントロール感と自己決定感が回復する。心理学的には、この感覚こそが幸福感と精神的安定の基盤であるとされている。
「暇」は成長のための資源である
SNSをダラダラ見る理由として、「暇だから」という言い訳がよく用いられる。しかし本質的には、暇は問題ではなく、むしろ極めて貴重な資源である。歴史的に見ても、学問、芸術、技術革新の多くは「何も強制されない時間」から生まれてきた。
SNSは、この暇を即時的刺激で埋め尽くすことで、思考・内省・創造の余地を奪う。自己鍛錬は、この暇を意図的に活用し、将来の自分に価値を残す行為である。暇をどう使うかが、その人の人生の質を決定すると言っても過言ではない。
自己鍛錬は不確実な時代への最良の備えである
現代社会は変化が激しく、特定の職業やスキルが長期的に保証される時代ではない。その中で最も信頼できる資産は、「学び続けられる能力」「自律的に努力できる精神構造」「身体と精神の基礎体力」である。
SNSを見て過ごす時間は、これらを一切強化しない。一方で自己鍛錬は、どのような環境変化が起きても応用可能な基盤を作る。短期的な楽しさを捨て、長期的な強さを選ぶことが、合理的な人生戦略となる。
最後に
ダラダラとSNSや動画を見る行為は、時間だけでなく注意力、思考力、自己肯定感、主体性を静かに侵食する。その影響は短期的には見えにくいが、数年単位で人生の質と方向性に決定的な差を生む。
一方、自己鍛錬は苦痛や退屈を伴うが、確実に人生の自由度を高める行為である。SNSを完全に否定する必要はないが、少なくとも「無意識に消費する時間」は厳しく制限されるべきである。その時間を自己鍛錬に振り向けることこそが、現代において最も合理的で再現性の高い自己投資である。
