コラム:トランプ政権は西半球を支配できる?
米国は西半球を「完全に支配」することはできない。しかし、軍事力と経済力を用いて、従属と反発が混在する不安定な秩序を作り出すことは可能である。
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現状(2026年1月時点)
2026年1月時点の国際環境は、米中戦略競争の長期化、ウクライナ戦争後の欧州の不安定化、そしてグローバル・サウスにおける多極化の進展という三つの潮流が重なり合った局面である。米国は依然として世界最大の軍事力と金融覇権を保持しているが、単独で国際秩序を規定できる段階にはなく、各地域での影響力は相対的に低下していると評価される。
西半球、すなわち米州に目を向けると、冷戦後の一時的な「米国の一極支配」はすでに過去のものとなり、ラテンアメリカ諸国は中国、ロシア、EU、湾岸諸国などとの関係を多角化させてきた。中国は最大級の貿易相手国・投資国として存在感を高め、ロシアは軍事・エネルギー分野で限定的ながら影響力を保持している。こうした状況は、モンロー・ドクトリン以来の「西半球における米国の優越」という前提を事実上掘り崩している。
第2次トランプ政権の狙い
第2次トランプ政権は「米国第一」をさらに先鋭化させ、グローバルな関与を選別的に縮小する一方で、西半球については例外的に強硬な支配志向を示す。これは、欧州や中東、インド太平洋におけるコストの高い関与を抑制しつつ、地理的・歴史的に最も米国が影響力を行使しやすい地域に資源を集中させるという戦略的発想に基づく。
この狙いの核心は、①安全保障上の「後背地」を完全に確保すること、②中国・ロシアの西半球進出を遮断すること、③移民・麻薬・資源問題を力で管理すること、の三点に集約される。
ドンロー・ドクトリン(モンロー・ドクトリンのトランプ流解釈)
「ドンロー・ドクトリン」とは、モンロー・ドクトリンを21世紀的に再解釈しつつ、国際協調や多国間主義をほぼ排除した概念である。その特徴は、
第一に、外部勢力の排除を「内政干渉の否定」ではなく「米国の権利」として再定義する点、
第二に、民主主義や人権といった価値よりも、米国への忠誠と実利を基準に関与を決める点、
第三に、軍事力と経済制裁を同時に用いる露骨な威圧外交を正当化する点、
にある。
これは冷戦期の封じ込め政策よりも直接的かつ取引的であり、国際法や地域機構の役割を大きく低下させる。
米国は西半球を支配できるか(総論)
結論を先取りすれば、米国は「支配」に近い影響力を一時的・部分的に回復することは可能だが、持続的・全面的な支配は困難である。軍事力と金融制裁を背景に短期的な服従を引き出すことはできるが、経済構造や社会意識の変化、外部勢力の関与を完全に排除することはできないからである。
軍事・政治面での強権的な関与
米国は西半球において圧倒的な軍事的優位を持つ。即応展開能力、情報・監視能力、特殊作戦部隊の運用において、地域諸国が対抗する手段はほぼ存在しない。このため、限定的な軍事介入や政権への圧力は高い成功確率を持つ。
しかし、軍事的成功は政治的支配を自動的にもたらさない。過去の中南米介入の経験が示すように、反米感情やナショナリズムは地下化し、長期的な不安定要因となる。
ベネズエラへの電撃介入(2026年1月3日)
本シナリオでは、米国は象徴的な事例としてベネズエラに電撃的な軍事介入を行う。目的は政権転換そのもの以上に、「逆らえば即座に行動する」というメッセージを地域全体に示すことにある。この行動は、キューバ、ニカラグア、ボリビアなどへの強い心理的圧力として機能する。
「ドンロー・ドクトリン」の宣言
介入と同時に、政権は「ドンロー・ドクトリン」を公式に宣言し、西半球における外部大国の軍事・戦略的関与を認めないと明言する。これは国際法的根拠に乏しいが、力による既成事実化を狙うものである。
西半球における米国の支配が「二度と疑われることはない」と断言
こうした強硬姿勢は、短期的には一定の抑止効果を生む。多くの政府は対立を避け、表面的には米国に同調する。しかし、その裏で対米依存を減らす動きが加速する。
中露などの外部勢力の排除を公言
米国は中国・ロシアとの軍事・技術協力を「敵対行為」と位置づけ、制裁や金融遮断を警告する。これにより、表立った関与は減少するが、経済・資源分野での関係は地下化・非公式化する。
経済面での再編と圧力
軍事力と並ぶ柱が経済的威圧である。ドル決済網、関税、金融制裁は依然として強力な手段であり、脆弱な経済を持つ国ほど影響を受けやすい。
USMCAの再交渉とトランプ関税
USMCAは再交渉され、米国に有利な原産地規則や関税条項が強化される。これによりメキシコやカナダは深刻な圧力を受け、事実上の従属的関係に近づく。
選別的な同盟構築
米国はすべての国を平等に扱わず、「従う国」と「従わない国」を明確に分ける。
アルゼンチンのミレイ政権のように米国に同調する国には金融支援や特権的なアクセスを提供
急進的市場改革と対米同調を示す政権には、IMFや米金融市場を通じた支援が与えられ、模範例として扱われる。
支配を阻む課題と反発
しかし、こうした支配は内在的な矛盾を抱える。
経済的自立の模索
多くの国は、長期的には米国依存からの脱却を模索し、地域内貿易や第三国との関係を強化する。
多くのラテンアメリカ諸国は中国との経済協力を「オルタナティブ(代替案)」として維持
中国はインフラ投資や市場提供を通じて、完全排除が困難な存在であり続ける。
国際的孤立のリスク
強硬な西半球支配は、欧州やアジアの同盟国からの不信を招き、米国の国際的正当性を損なう。
米国主導の既存の国際秩序を崩壊させるリスクも
力による支配の常態化は、結果として米国自身が築いた国際秩序を掘り崩す。
米国は軍事力と経済的威圧によって西半球を事実上「支配」する段階に踏み出している
本シナリオでは、米国は確かに支配へ踏み出すが、それは安定した覇権ではなく、不安定でコストの高い支配である。
今後の展望
中長期的には、支配は摩耗し、抵抗と回避行動が蓄積される。米国は常に介入と威圧を続けなければならず、国内政治的負担も増大する。
まとめ
米国は西半球を「完全に支配」することはできない。しかし、軍事力と経済力を用いて、従属と反発が混在する不安定な秩序を作り出すことは可能である。それは覇権の回復というより、覇権の防衛に近い行為であり、長期的な成功は保証されない。
参考・引用リスト
Council on Foreign Relations, U.S.–Latin America Relations
Brookings Institution, The Future of U.S. Hegemony
RAND Corporation, Great Power Competition in the Western Hemisphere
International Monetary Fund, Regional Economic Outlook: Western Hemisphere
Foreign Affairs, Monroe Doctrine Revisited
Inter-American Dialogue 各種報告書
追記① 米国の西半球支配に「本当に必要なこと」
米国が西半球において単なる威圧や一時的な服従ではなく、持続的な支配的影響力を確立するために必要な要件は、軍事力や経済制裁だけでは完結しない。むしろ、過去の失敗例が示す通り、ハードパワー偏重は中長期的な反発と離反を招く。
第一に必要なのは、強制ではなく依存を生む経済構造の再設計である。ラテンアメリカ諸国が米国市場、金融、技術に深く組み込まれ、それ以外の選択肢を取ることが自国経済にとって高コストになる状態を作り出す必要がある。冷戦期の米国は、援助、投資、貿易を通じてこの構造を部分的に実現していたが、近年は中国がその役割を代替してきた。
第二に、地域エリート層との長期的な同盟関係が不可欠である。軍事介入や制裁による政権転換は可能でも、その後の統治層が米国に自発的に利害を結びつけなければ、支配は不安定化する。ミレイ政権型の急進的親米政権は象徴的存在になり得るが、例外的であり、普遍モデルにはなりにくい。
第三に、反米ナショナリズムを管理するための「物語」が必要となる。露骨な覇権主義は、左派・右派を問わず反発を生むため、「地域の安定」「経済成長」「外部勢力からの防衛」といった正当化の枠組みを提示し続けなければならない。
結論として、米国が西半球を支配するために必要なのは、軍事力以上に、選択肢を奪う経済構造、協力する方が合理的だと感じさせる政治環境、そして支配を不可視化する物語である。
追記② 米国と中国(G2)が世界秩序を再構築する可能性
米中関係が「新冷戦」ではなく、G2的な世界秩序再編に向かう可能性は、理論的には排除できないが、現実的な条件は極めて限定的である。
G2が成立するためには、
①両国が互いの勢力圏を事実上認め合うこと
②イデオロギー対立を管理可能なレベルまで抑制すること
③第三国がその枠組みを受け入れること
が必要となる。
仮に米国が西半球、中国が東アジア・一部グローバルサウスを主導する形で暗黙の了解が成立すれば、表面的には安定した秩序が形成される可能性がある。しかし、このシナリオには重大な制約がある。
第一に、米国国内政治が中国を「対等な共同管理者」と認めることへの強い抵抗を持つ点である。中国を競争相手ではなく、秩序形成のパートナーと位置づけることは、米国の覇権意識と正面から衝突する。
第二に、中国側もまた、単なる地域大国にとどまることを受け入れる保証はない。特に経済規模や技術力の観点から、中国は米国と「対等」であるとの認識を強めており、西半球を完全に米国の専管事項とする取引には応じにくい。
第三に、G2秩序は中小国の自律性を著しく損なうため、欧州、日本、インド、ASEAN諸国などから強い反発を招く可能性が高い。
したがって、米中が世界を共同管理するG2秩序は、長期的・安定的な体制というより、一時的な戦略的休戦や暗黙の了解として断続的に現れる可能性があるに過ぎない。
追記③ 米国と欧州の今後の関係
米国が西半球支配を優先する戦略を明確化した場合、米欧関係は不可逆的に変質する。
第一に、欧州はもはや米国外交の最優先地域ではなくなる。安全保障上の関与は維持されるものの、それはコスト管理された限定的な関与にとどまり、欧州自身の自助努力が強く求められる。
第二に、価値観外交の比重が低下し、取引的・条件付きの同盟関係へと移行する。民主主義や人権を軸にした連帯は後景化し、防衛費負担、対中姿勢、対露政策など具体的な貢献が重視される。
第三に、欧州側はこの変化に適応するため、戦略的自律性を一層追求する。これは米国からの完全な自立ではないが、米国の不在を前提とした選択肢を増やす動きである。
結果として、米欧関係は冷戦期の「運命共同体」から、利害が一致する範囲で協力するパートナー関係へと移行する可能性が高い。米国にとって欧州は依然重要だが、不可欠ではなくなりつつある。
追記・総括
米国の西半球支配構想は、世界秩序全体の再編と密接に結びついている。それは、
米国がどこまで覇権を縮小し、どこを死守するのか
中国と対決するのか、管理するのか
欧州を同盟の中核と見なすのか、周辺的存在とするのか
という三つの選択の交点に位置する。
結論として、米国は西半球を「最重要勢力圏」として再定義することで、覇権の形を変えつつ生き残ろうとしている。しかしその過程で、世界はより分断され、取引的で、不安定な秩序へと向かう可能性が高い。
