コラム:勢い増すBRICS、世界一の連合体になれる?
最後に、BRICSの成功は単にメンバー数の拡大だけで決まるのではなく、実務的な制度構築(決済・金融インフラ、透明性の高い開発銀行運営、紛争解決の協調メカニズムなど)と、メンバー間の信頼構築にかかっている。
首脳会議(ロイター通信).jpg)
BRICS(新興5カ国)は、当初の「BRIC」(ブラジル、ロシア、インド、中国)に南アフリカを加えたBRICSとして運営されてきたが、近年の拡大によりメンバーが増え、単なる地域的な協調体からグローバルな影響力を持つことを目指す多国間フォーラムへと変容している。2023年8月に6カ国(アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、UAE)が加入招請を受け、以降段階的に新規メンバーやパートナー国の扱いが進められた。2024年にはエジプト、エチオピア、イラン、UAEがBRICSの会合にメンバーとして参加し、2025年1月にはインドネシアが正式に加入したことで、BRICSは従来の「5カ国」から拡大したブロックになっている。こうした拡張の背景には、世界経済における相対的地位の変化や、既存の国際金融・政治秩序に対する代替手段の模索がある。
BRICSとは
BRICSは名称通りの国の頭文字を取った略称で、当初は経済成長が著しい「新興国」同士の連携を念頭にした非公式の会合として始まった。形式的には年次首脳会議を中心に外務・財務・中央銀行レベルでの協調を行い、経済・金融分野では「新開発銀行(NDB)」や「コンティンジェント・リザーブ・アレンジメント(CRA)」などの共同制度を整備してきた。人口規模や経済規模が大きい国が揃っているため、BRICSが占める世界の人口・GDP(購買力平価ベース)に対する比率は現在非常に大きく、BRICSの存在は世界経済構造の再編を象徴する指標になりつつある。世界経済に占めるBRICSの割合に関する公式推計や国際機関のデータ(IMFのWEOやBRICS事務局の公表)を見ても、BRICSの経済的重みは高まっていることが示されている(BRICS側の公表では2024年にBRICSが世界経済の約40%を占めると主張している)。
創設の経緯
「BRIC」という語は2001年にゴールドマンサックスのエコノミスト、ジム・オニールが新興市場の投資機会を説明するために提唱した言葉に端を発するが、国際政治としての協調体が形成されたのは2006–2009年ごろからである。2009年にロシアのエカテリンブルクで最初の首脳会議(BRICサミット)が開催され、以後毎年の首脳会議で経済協力に加えて国際政治の課題に関する共同声明を出すようになった。2010年に南アフリカが正式加入してBRICSになり、2014–2015年には金融面での制度構築(NDB、CRA)が進んだ。従来の先進国主導の国際機関(例:IMF・世界銀行・G7)に対して、発言力の拡大とガバナンス改革を求める場としても機能する意図が当初からあった。
西側諸国との関係
BRICSは一枚岩の反西側ブロックではないが、しばしば既存の西側主導の国際秩序に対する「代替案」や「相互補完的な制度」を模索する場として分析される。経済面では、為替・決済手段の多角化(人民元やルピー、ルーブル、ルピーなどの国際化)や貿易決済の非ドル化、開発金融の多様化(NDBなど)を通じて、米ドル中心の金融体制への依存を相対化しようとする動きが見られる。政治・安全保障面ではウクライナ情勢や中東問題などでBRICS諸国の間でも見解の差異はあるものの、西側の対ロシア制裁や一部の軍事介入に対する批判的立場を示す場面がある。西側との関係は、経済的相互依存の高さや各国の国内政治事情から複雑であり、BRICSが一律に「アンチ西側」だと断定することはできないが、既存秩序に挑戦する潜在力を持っている点は重要である。
中国とロシアの思惑
BRICS拡大の推進において、特に中国とロシアの役割は大きい。中国はグローバルな経済力を背景にBRICSを通じて「多極化」や「グローバルサウスの発言力強化」を掲げ、自国の資本・輸出の受け皿を広げるとともに、人民元の国際化や一帯一路に並ぶ地政学的影響力の拡大を図っている。また、BRICSの金融制度(NDBなど)を通じた資金供給は、従来の西側主導の多国間開発銀行に依存しない選択肢をそれぞれの新興国に提供する効果がある。ロシアは欧米からの政治的圧力や経済制裁を受ける中で、外交的に孤立を回避し、エネルギーや軍事協力を通じて友好国との経済的・戦略的連携を強める目的でBRICSの拡大を支持している。中国とロシアの戦略は完全に一致しているわけではなく、それぞれの国家利益が優先されるが、両国がBRICSの拡大を通じて国際的選択肢を増やすという点では共通している。
存在感増すブラジル
BRICSの議長国は輪番制であり、議長国の外交方針がBRICSの優先課題を左右する。2025年のブラジル議長国下では、ルラ大統領のリーダーシップにより南米との結びつき強化や、グローバルサウスとしての経済・開発課題の可視化が図られている。ブラジルは農業・資源・大規模マーケットという強みを持ち、BRICS内で中南米の影響力を高める役割を果たしている。またブラジルは、BRICSの拡大方針やパートナー国制度の運用に関する議論を主導し、BRICSを「より包括的で多様なグローバルサウスのプラットフォーム」に変容させようとしている。
トランプ政権との対立(米国の反応)
米国の対外政策は政権によって変動するが、近年の米政界でBRICSや中国主導の多国間主張に対抗する動きが強まっている。特に保護主義的・強硬貿易政策を掲げる政治勢力は、BRICS拡大を「米国や同盟国の影響力低下」として批判し、輸入関税や貿易制裁の警告を行う場面がある。実際、BRICS側の文脈で「米国の懸念」や一部政治家の敵対的言動が注目されることがあるが、一方で米国とBRICS諸国との間には依然として深い経済的結びつきが存在するため、全面的な対立に直ちに至る可能性は限定的である。ただし、貿易・投資・金融分野での摩擦や、地政学的な緊張の拡大は今後のリスクとして注視される。米国側の対BRICS対応は、政権の外交戦略によって強化・緩和が起こりうる。
世界一の連合体になれる?(実力と限界の評価)
BRICSが「世界一の連合体」になるかどうかは、定義の如何と時間軸によるが、いくつかの客観的指標はBRICS側に有利に働いている。まず人口規模や経済規模(購買力平価ベース)でBRICSは世界の大部分を占めるようになっており、IMFやWEOのデータによればBRICS諸国の合計が世界GDPのかなりの割合を占めることが示唆されている。BRICS側が主張する数字では、BRICSは世界経済の約40%を占めるとの見解もある。さらに、BRICS主導の金融機関であるNDBは積極的なプロジェクト承認を進め、メンバー国向けにインフラや気候対策の資金供給を行っている。NDBのデータでは、2024年末時点で総承認額やアクティブポートフォリオが十数〜数十億ドル規模に達しており、従来の多国間銀行に対抗しうる存在感を強めている。
しかし実務面の限界も明確である。まずBRICSは政治体制・経済構造・外交志向が多様であり、利害の一致が必ずしも容易でない。ウクライナ戦争や中東問題など安全保障上の重大課題で結束して一貫した行動を取ることは難しい。さらに決済・金融制度の非ドル化や人民元国際化は技術的・制度的障壁が多く、既存のドル基軸体制を短期間で置き換えるのは現実的に困難である。したがってBRICSが「世界一」を名実ともに獲得するには長期的な制度構築とメンバー間の信頼醸成が必要になる。
問題点
BRICSの拡大と実効性には複数の問題点がある。
内部の多様性と意思集約の困難性:政治体制(民主主義から権威主義まで)、経済発展段階、外交志向が異なるため、重要問題で迅速かつ統一した政策決定を行うのが難しい。これが実務的なプロジェクト実行や統一的外交立場の形成を阻害する。
経済的相互依存の偏り:BRICS内で中国経済の占める比重が非常に大きく、中国主導の構造になりがちであることは、他メンバーにとっての「対等性」や政治的自律性を損なう懸念につながる。IMFやBRICS事務局のデータでは中国がBRICS総GDPの大部分を占める点が指摘されている。
ガバナンス・透明性の問題:NDBや他のBRICS関連機関は成長しているが、透明性やプロジェクト評価の仕組みについては国際的な審査・批判もあり、長期的な信頼構築が必要になる。NDBの内部評価や外部レビューは進んでいるが、従来の国際機関と比較してまだ整備途上の面がある。
外交的摩擦のリスク:ロシアの軍事行動や一部加盟候補国の政治的立場は、西側との関係悪化要因になり、BRICS全体を巻き込む地政学的リスクを増大させる。西側の制裁や対抗措置が波及すると、加盟国間で分裂を生む可能性がある。
今後の展望
BRICSの今後の動向は、短中期的には「拡張と制度化の並行プロセス」が続くと予想される。BRICSはメンバー拡大に加えて「パートナー国」制度やサミットを通じた外交ネットワークの拡充を進めており、ナイジェリアなどアフリカの重要国をパートナーに迎えるなど地域的な包摂を図っている。ナイジェリアのパートナー国入りなどはBRICSのアフリカにおける影響力拡大を示唆している。
金融面では、NDBの資金供給能力強化や通貨スワップ、人民元やその他通貨の国際取引促進、デジタル通貨・決済インフラの整備などを通じて、BRICS内の経済連携を深める試みが続く。NDBの承認額やプロジェクト数は着実に増えており、インフラ投資や気候関連投資で実績を積むことが重要になる。
地政学的には、BRICSは米欧中心の秩序に対するチェック機能や代替的ガバナンス構造の構築を徐々に進める可能性があるが、それが完全に既存の国際秩序を置換するシナリオは短期的には考えにくい。むしろBRICSは並行的な国際フォーラムとして、既存の国際機関と競合しつつ補完的役割を果たす「多極的秩序」の一翼を担うことが現実的な展望である。
最後に、BRICSの成功は単にメンバー数の拡大だけで決まるのではなく、実務的な制度構築(決済・金融インフラ、透明性の高い開発銀行運営、紛争解決の協調メカニズムなど)と、メンバー間の信頼構築にかかっている。国際機関(IMF、世界銀行、地域開発銀行)や民間資本との連携、そして国内改革の進展が伴えば、BRICSは今後さらに国際政治経済の重要プレーヤーとしての地位を確立する可能性がある。逆に内部的対立や制度的未整備が続けば、象徴的存在としての範囲を出ないリスクもある。
参考・出典
- BRICS公式サイト(組織概要、BRICSの統計的主張)。
Carnegie Endowment(BRICS拡張に関する分析)。
Council on Foreign Relations(BRICSとは何か、拡張の意義)。
新開発銀行(NDB)の公表資料・投資家向け資料(承認額・プロジェクト数)。
IMF(World Economic Outlook 等のマクロ経済データ)。