コラム:バードストライクの危険性、風力発電設備でも
バードストライクは航空安全に対する現実的で継続的な脅威であり、その危険性はエンジン損傷や推力喪失、視界喪失、機体構造や重要システムへの損傷、乗員・乗客への心理的影響といった多面的な形で表れる。
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日本の現状(2025年12月時点)
日本における航空機と鳥類の衝突、いわゆる「バードストライク」は依然として発生頻度が高い問題である。国土交通省が公表する集計によると、近年は年間千数百件規模での報告が続いており、例えば2023年は約1,499件、2024年は約1,647件と報告されている。発生は昼間が多いが夜間や薄暮に発生する例もある。空港別では主要空港での発生が目立ち、季節変動や渡り鳥の動向、空港周辺の環境変化が件数に影響を与える。国内の運航事業者と空港管理者は、現場でのバードパトロールや忌避装置の導入、滑走路周辺の環境管理などを継続しているが、件数自体は完全には減少していない。
バードストライクとは
バードストライクとは航空機が飛行中に鳥類と物理的に衝突する事象を指す。衝突対象は単羽の大型鳥から多数の小型鳥の群れまで多様であり、影響は衝突部位(エンジン、風防、機首、翼、尾翼など)や衝突時の速度、当該鳥の質量・種類・個数によって大きく変動する。エンジン吸気部へ鳥が吸い込まれる「バードインジェスト(ingestion)」は特に危険であり、エンジンの損傷や失速、火災へと至る可能性がある。こうした事象は単に物理損傷にとどまらず、運航上の重大事案や緊急着陸を誘発する場合がある。
主な危険性(概観)
バードストライクによる危険性は大別すると次の項目に集約される。①エンジンへの深刻な損傷と機能停止、②推力の喪失とその派生的影響、③機体の制御困難化、④コックピット(風防)の破損による視界喪失・減圧リスク、⑤パイロットへの直撃による重傷、⑥機体構造や飛行システム(フライトコントロール、電気系統等)の損傷、⑦心理的影響と乗員の負荷、⑧多数の鳥類・希少種への生態学的影響である。以下、これらを詳細に説明する。
エンジンへの深刻な損傷と機能停止
ターボファン等のタービンエンジンは高速で回転する第一段ローター等の前方に鳥体が衝突・吸入されると、ブレードに打撃が入って変形・破損が生じ、その破片が内部を破壊して圧縮機・燃焼器へ波及する。結果としてエンジン出力の急激な低下、火災、あるいは完全停止(エンジンシャットダウン)に至る可能性がある。認証基準(米国の14CFR §33.76やそれに準拠した各国の規格)は大形鳥の単一衝突や小型鳥の群れを想定したインジェスト試験を要求しており、実際の衝突ではこれらを上回る条件が生じうるため、設計上の耐性が実効的に試される。エンジンに鳥を吸い込ませた場合、瞬時の推力低下に続き、燃焼不安定、排気性能の劣化、場合によっては機体火災につながる。これが離陸や最終進入などの低高度・低余裕段階で生じると、高い致死的リスクを伴う。
推力の喪失と機体の制御困難
単発機あるいは双発機で片側エンジンが停止すると、偏った推力が発生し、ラダー操作やトリム操作でそれを補正する必要がある。高度や速度、操縦状況によっては、片肺の推力損失が回復不能な操縦負荷を生じさせる。特に離陸直後や着陸アプローチ中の低速・低高度フェーズでは片側推力損失が重大となり、最悪の場合失速やコントロール不能に陥る危険がある。複数エンジンが同時に損傷を受ける「二次的」事象も過去に報告があり、その場合は著しく厳しい緊急対応が必要となる。
コックピット(風防)の破損、視界の喪失、減圧の危険
高速飛行中の鳥衝突がフロントウインドウ(風防)に対して生じると、ガラスの亀裂・破壊が発生して乗員の視界が喪失する可能性がある。高高度での窓破壊は客室減圧を引き起こし、乗員・乗客は急速降下や酸素供給を必要とする。風防の破損はまた騒音や気流の乱れを生じさせ、操縦操作に悪影響を及ぼす。パイロットへの直撃により負傷が発生した場合、操縦の持続性が損なわれるため、二次的な重大事象につながる。
パイロットへの直撃と人的被害
バードストライクの衝撃がキャビンやコックピット内部へ及ぶと、操縦者が直接被弾して負傷するリスクが生じる。外国当局の事故調査や運航レポートでは、風防やパネルの破損で飛散した破片による負傷例や、衝撃によって操縦の妨げが生じた事例が報告されている。操縦者の負傷は即座の意思決定能力低下や物理的操作不能を招くため、緊急事態の管理能力が低下する。
機体構造および飛行システムの損傷(機首・翼など)
鳥衝突は翼の前縁、フラップ、スラット、主脚収納部周辺、あるいは機首周辺のセンサーやライト等に損傷を与える。機首に損傷が出た場合はレーダーや気象機器、アビオニクスに影響が及びうる。翼に損傷があると揚力分布が変化し、フラップやエルロンの効きが低下して横揺れやロール制御に問題が出る。電気系統や配線類への影響で自動操縦や飛行制御システム(FMS、AFCS)の異常表示が出る可能性もある。これらは単独で重大事故に直結し得るため、機体検査と早期の修理が必要となる。
重要なシステムへの影響(センサー、油圧、電気系)
衝撃で搭載センサー(AOA、ピトー管、静圧孔、レーダー装置など)が汚損・破損すると、飛行情報の誤表示を招き、パイロットの意思決定を誤らせる可能性がある。油圧ラインや外部配線が損傷すると、それに連動するフラップや操縦面の作動に影響が出る。現代機は冗長化されているが、複合的な損傷が重なると冗長性が無効化される危険がある。
心理的影響と緊急事態への対応、乗員へのプレッシャー
衝突後の急激な異常状態はパイロットと客室乗務員に強いストレスを与える。乗員は急変するシステム状態、乗客のパニック、限られた情報の中での意思決定を迫られる。これは訓練で想定されるが、実際の現場では心理的負荷による判断遅延や誤判断が発生し得る。緊急事態は手順に従った迅速な対応を必要とするが、複数の故障や情報欠落が同時に生じると標準手順だけでは対処困難となる場合がある。
緊急着陸の必要性
重大なバードストライクで複数システムに影響が生じたりエンジンが停止したりした場合、最も安全な選択は速やかな緊急着陸である。だが緊急着陸には天候、空港の可用性、他機の状況、滑走路の長さ等の制約がある。離陸直後のケースでは行き先の空港へ戻る「V1以後の決断」など、乗員は迅速に最適な判断をしなければならない。事案によっては海上着水や費用対効果を鑑みた最寄り空港への着陸などが選択される。緊急着陸後には機体の大規模な検査・整備が必要で、運航スケジュールに大きな影響が出る。
安全対策(空港・航空会社・機体側の取り組み)
空港側の主要対策は、滑走路周辺の生息環境管理、バードパトロール、忌避(追い払い)手段、レーザーや音波を用いた忌避装置の実地試験、煙火や模型猛禽類の配置、餌場除去などである。日本国内でも関西国際空港などで音波等の新しい忌避機器の試験運用が行われ、一定の効果が報告されている。航空会社側は運航マニュアルでの照査、離着陸前の鳥群情報の共有、緊急手順の定期訓練を行っている。機体設計側は風防強度やセンサーの保護、エンジンの認証試験による耐衝撃性能の確保を図っているが、現実の複合事象をすべてカバーすることは困難である。
空港周辺での鳥対策の具体例
具体的には、草地の管理(短く刈る、湿地化の抑制)、廃棄物管理で餌となる資源を減らす、鳥の巣作りを抑制する環境改変、定期的なバードパトロールによる視認と追い払い、専門の有害鳥類防除業者との契約、夜間の灯火管理による集鳥抑制などが挙げられる。さらに、リアルタイムでの鳥群レーダー導入や、自治体と連携した周辺農地の利用調整も行われている。国内では民間企業が開発した音波忌避装置の試験導入も進められている。
エンジンの耐衝撃性試験(認証基準)
旅客機用エンジンは設計認証の一環として、鳥吸入試験(large bird ingestion test、small bird flock ingestion test 等)を行うことが国際的に要求されている。米国連邦規則(14 CFR §33.76)やそれに準拠したガイダンス文書(FAA Advisory Circular)は所定の質量・速度で試験用鳥体を用いた衝撃試験を規定しており、エンジンは一定の損傷であっても安全に停止・保護できることを示す必要がある。だが、実運航での群衝突や複数部位同時損傷、滞留した鳥体による二次損傷など、認証試験が想定していない事態も現実には発生するため、運用上のリスク低減も不可欠である。
風力発電設備でも生じる衝突問題と希少鳥類への影響
風力発電施設はブレードと鳥類の衝突による個体死を発生させることが知られており、日本でも過去にワシ類など希少鳥類の衝突死が確認されている。環境省や関連研究は、風車立地の際の事前調査や衝突リスク評価、設計段階での配置最適化、運用後のモニタリングが必要であると指摘している。風力事業者は衝突低減策(モニタリングによる一時運転停止、視認性向上措置等)を導入する例があるが、地域の生態系への影響は継続的な評価が必要だ。
多数の鳥類の死亡と生息環境の悪化
大規模な風車群や空港周辺の環境改変は鳥類の生息地を分断し、繁殖地や餌場を失わせることで個体群の減少を招く。さらに、複数のインフラ(空港、風力発電所、送電線、道路など)が重なる地域では相乗的に影響が出る可能性がある。希少種保護とインフラ整備の両立は政策的にも技術的にも難題であり、地域生態学的な調査と社会的合意形成が重要になる。
専門家データの紹介(要点)
・国土交通省のバードストライク統計は近年の発生件数を詳細に示しており、2018年以降の月別・空港別傾向を把握できる。直近では年間約1,500件前後の発生が報告されている。
・FAAおよびEASA等の認証基準はエンジンの鳥衝突耐性を示す最も重要な技術基準であり、大形鳥の単発試験や群衝突を模した試験を規定している。これにより設計者は一定の耐衝撃性を満たす必要があるが、運用リスクは試験外の事象にも備える必要がある。
・空港での実証的な忌避措置(音波装置、煙火、パトロール等)は導入効果が確認されつつあるが、完全抑止は難しい。特に渡り鳥の大量飛来、周辺環境に餌場がある場合は抑制効果が限定される。
・風力発電と鳥類の衝突に関する研究は、立地計画段階でのリスク解析と事後モニタリングの重要性を示している。希少猛禽類などは風車の回転翼に対して特異に高いリスクを持つ場合がある。
緊急時の訓練とマニュアル整備の重要性
バードストライクによる異常は時間的余裕が少ないケースが多いため、操縦士・整備士・管制官・客室乗務員の連携訓練が不可欠である。運航事業者は定期的なシミュレータ訓練で鳥衝突によるエンジン停止や風防破損、計器異常への対応を反復する必要がある。また空港側もバードパトロールと管制の情報連携を迅速に行い、他機への注意喚起や離着陸制限を行う体制を整備する必要がある。JTSB等の事故・事象調査報告を組織的に運航安全へのフィードバックとすることが望ましい。
社会的・生態学的な配慮と法規制の調和
空港安全と野生生物保護は時に矛盾をはらむ課題である。例えば鳥の繁殖地を直接的に破壊するような対策は生態系保護の観点で問題となる可能性がある。したがって、バードストライク対策は単なる追い払いにとどまらず、周辺土地利用の調整、廃棄物対策、地域の生息環境の改善(非好適環境化)など長期的視点で行う必要がある。希少種が関与する地域では環境影響評価(EIA)や関係自治体・保護団体との協議が必須である。
風力発電事業者
風力発電導入に際しては事前の生息地調査、衝突リスク評価、代替案検討、設置後の監視計画、及び必要に応じた運転停止基準を明確化することが求められる。事業と鳥類保護を両立させるために、国や地方自治体、専門家と連携した「モニタリング—フィードバック—対策」の循環を確立することが重要である。
今後の展望(技術・政策・研究の方向)
- 技術面では、より高感度の鳥群レーダーやAIを用いた鳥群検出と予測、音波・光学的忌避手段の高効率化、機体側では風防材やエンジン防護の改良、センサー冗長化、衝突時の自動緊急手順の高度化が進むと予想される。
- 政策面では空港周辺の土地利用規制、渡りルートの長期的モニタリング、事業者と自治体の連携強化、及び希少種保護ルールの運用が重要になる。
- 研究面では、渡り鳥の挙動モデル、都市化や農業変化が鳥群分布に与える影響、気候変動がもたらす移動パターンの変化に関する長期データの蓄積が課題である。これらはバードストライクリスクの動的評価に直結する。
まとめ
バードストライクは航空安全に対する現実的で継続的な脅威であり、その危険性はエンジン損傷や推力喪失、視界喪失、機体構造や重要システムへの損傷、乗員・乗客への心理的影響といった多面的な形で表れる。日本では年間千件台の発生が報告され、空港管理・航空会社・機体設計者・規制当局の連携と継続的対応が求められる。単一の技術や手段で問題を完全に解決するのは困難であり、運用対策、技術開発、生態学的配慮、政策調整を同時並行で進める必要がある。今後はAIやセンサー技術の進展、生態学的知見の深化、地域一体の管理体制が鍵を握る見込みである。
参照・出典
・国土交通省「バードストライクデータ」および「鳥衝突件数(2020~2024年)」集計資料(同省公開PDF)。
・米国連邦規則 14 CFR §33.76(Bird ingestion)およびFAA Advisory Circular(AC 33.76-1B)等、エンジン鳥吸入に関する認証基準文書。
・空港有害鳥類防除に関する事業・実施例(民間有害鳥類防除事業者の説明資料等)。
・音波忌避装置等の導入試験に関する報道(関西国際空港等での試験運用報道)。
・環境省・研究機関による風力発電と鳥類に関する調査報告(風力発電施設に係る衝突リスク等)。
