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コラム:自慰行為(オナニー)の効能、WHOも推奨

自慰行為は性的自己理解を深め、ストレス軽減、睡眠改善、骨盤底筋のトレーニング効果などの身体的・心理的効能を持つ可能性がある。
自慰行為のイメージ(Getty Images)

近年、性に関する公的な教育や医療情報が充実し、自慰行為(一般に自分の性器や身体を刺激して性的快感を得る行為)が単なるタブーや恥とみなされる時代は薄れてきている。国際的な性教育や健康組織も、自慰行為を含む性的自己理解や性的健康の一部として扱う傾向にある。WHOは包括的性教育の重要性を強調しており、性に関する正確で年齢相応の情報提供が健康を支えるとする考え方が広がっている。

自慰行為(マスターベーション/オナニー)とは

自慰行為とは、手や指、性玩具などを用い自らの性感帯を刺激することによって性的快感を得る行為を指す。文化や個人差により捉え方は異なるが、生物学的には性的興奮・オーガズム・射精(男性の場合)や膣分泌・子宮周辺の筋収縮(女性の場合)を伴うことが多い。自慰行為は単独で行われることもあれば、パートナーとの性的活動の一部として行われることもある。

医学的・身体的な効能

医学的には、自慰行為がもたらす身体的効能はいくつかの領域で示唆される。まず即時的効果として、オーガズム時に分泌されるドーパミン、オキシトシン、エンドルフィン、プロラクチンなどの神経伝達物質やホルモンにより、痛みの軽減、リラクゼーション、気分の改善が起きやすいとされる。これらの効果は慢性的ストレスの軽減や睡眠改善に結び付く可能性があると報告されている。さらに、骨盤底筋のリズミカルな収縮は骨盤底筋群の柔軟性や意識的なコントロールを高め、尿失禁や性機能の維持に寄与する可能性がある。総合的なレビューや臨床的観察では、自慰行為が身体的健康の一部として肯定的に扱われることが増えている。

性機能・勃起力の維持(男性の場合)

男性に関して、定期的な射精は前立腺の健康に関連するという疫学的研究が存在する。代表的な前向き研究では、若年期から中年期にかけての性交や射精頻度が高い群で前立腺癌リスクが低い傾向が報告された。例えば、ある大規模研究では、月21回程度(週約5回)の射精頻度が相対的に前立腺癌リスクの低下と関連したという結果が示されたが、因果関係の解明や交絡因子の調整の必要性、研究間の一貫性の問題があり慎重な解釈が必要である。勃起力の維持に関しては、定期的な性的刺激と射精は陰茎海綿体の血流や神経反応を保持するという生理的な理屈があり、長期の性的活動停止が必ずしも勃起機能低下を招くわけではないが、心理的側面(自己効力感や不安の低減)を通じて間接的な好影響を与える可能性がある。前立腺癌との関連に関する主要研究としてはJAMAなどで報告された疫学研究がある。

男性の場合(より具体的ポイント)

男性では、以下のような点がしばしば指摘される。

  1. 射精頻度と前立腺疾患リスクの関連:前述の通り、頻繁な射精と前立腺癌リスク低下の関連が示唆される研究があるが、これは観察研究に基づくため、生活習慣や検査受診傾向などの交絡が影響する可能性がある。

  2. 精子品質との関係:精液の質は禁欲期間により変動する。受精を目的とする場合、採精タイミングにより運動率などが影響を受けるため、医療的介入や不妊治療では推奨される採精間隔がある。自慰行為自体が恒常的に精子形成を害するという証拠はないが、過度の頻度や物理的損傷は避けるべきである。

  3. 心理的側面:自慰行為は性的自己効力感を高め、性的不安を低減し、パートナーとの性行為でのパフォーマンス不安を軽減する作用が期待される。これが結果的に勃起の維持や性欲の安定に寄与する。

女性の場合(生理・身体面)

女性では、自慰行為が月経痛の緩和や膣分泌の促進による膣内環境の改善、骨盤底筋群のトーン維持に貢献する可能性がある。オーガズム時の子宮や骨盤筋収縮は血流を促進し、緊張性の筋痛や不快感を緩和することがある。また、膣や外陰部への自己刺激は性感感覚や快感の自己認識を高め、パートナーとの性体験におけるコミュニケーションや満足度の向上につながることがある。臨床研究や性機能のレビューでは、骨盤底筋トレーニングや性的自己刺激が性機能障害や尿失禁改善に寄与する可能性が示されている。

女性の場合(心理・性的自己理解)

女性が自慰行為を通じて自分の快感の「どこで・どのように」生じるかを把握することで、オーガズム到達の方法や好みが明確になり、パートナーとの性行為の満足度が向上する。自己理解が進むと、性的不安や羞恥感が減少し、性的表現に積極的になれることが報告されている。疫学的調査でも、オーガズム経験や性的満足の向上が睡眠や気分の改善につながったと回答する割合が高かったというデータがある。

睡眠の質の改善

オーガズムに伴う生理学的変化は入眠を促進する場合がある。具体的には、オーガズム後のプロラクチン分泌や自律神経の副交感優位化によって緊張が緩和され、入眠潜時(寝つきまでの時間)が短縮されるとする調査がある。大規模な自己報告調査でも、自慰行為後に「寝つきが良くなった」「睡眠の質が向上した」と回答する割合が高かった報告がある。しかし、これも主に自己申告データに基づくため、個人差や状況依存性が大きい点に注意が必要である。

心理的・その他の効能

自慰行為は心理面で多面的な利点を持つ。代表的なものは次の通りだ。
・ストレス解消・リラックス効果:快感とオーガズムによる神経伝達物質放出によりストレスホルモンが低下し、主観的ストレスが軽減されるとされる。
・自己理解の促進:何が快いか、どのような刺激を好むかを知ることで性的アイデンティティや欲望の自己理解が深まる。
・メンタルヘルスの向上:抑うつや不安を抱える一部の人々で、性的活動や自慰行為が一時的な気分改善をもたらすとの報告がある。ただし、重度の精神疾患に対する治療法ではないため、必要に応じて専門家による治療と併用すべきである。

ストレス解消・リラックス効果(詳細)

オーガズム時にはエンドルフィンやオキシトシンが分泌され、これらは鎮痛やリラックス、情緒的結びつきの形成に寄与する。たとえば、孤独感や不安の強い場面で自慰行為が短期的な安堵感を与えることがある。また、性的興奮から解放される過程そのものが注意を現在に向けさせるため、瞑想的な効果をもたらす場合がある。これらのメカニズムは多くの解説記事やレビューで支持されているが、個々人の文化的背景や宗教的信念が心理効果の受け取り方に強く影響する点には注意が必要だ。

自己理解の促進(詳細)

性的自己探索は自己認識の一形態であり、特に若年期やパートナーが変わった際に有益である。どの刺激で快感が強まるか、もしくは不快を生むかを知ることで、将来的なパートナーとのコミュニケーションが円滑になり、性行為の際の合意形成や快楽の最大化につながる。医学的・心理学的研究でも、自己刺激を含めた性教育が性満足度向上と関連するとの報告がある。

メンタルヘルスの向上

自慰行為による一時的な気分改善は、抑うつや不安の症状の軽減に寄与する可能性がある。だがこれは代替治療ではなく、むしろ他のメンタルヘルス介入(心理療法、薬物療法)と補完する補助的行為としての位置付けが適切だ。自慰行為が罪悪感や過剰な羞恥感を引き起こす場合は逆効果となり得るため、文化的・宗教的背景を踏まえたケアが重要である。

注意点

自慰行為は一般に安全な行動だが、いくつかの注意点がある。まず、頻度が極端に高く日常生活や学業・仕事・対人関係に支障をきたす場合は「問題的な行動」として専門家の評価が必要である。日本の保健当局も依存や行動上の問題に関しては生活機能への影響が出るかどうかを重視している。第二に、物理的な損傷(強い摩擦による皮膚損傷や血管損傷)は避けるべきで、潤滑剤の使用ややさしい刺激を勧める。第三に、自慰行為に伴う罪悪感や不安が強い場合は精神保健・性健康の専門家に相談することが望ましい。最後に、性感染症予防の点では、パートナーがいる場合の相互行為とは異なるリスクがあるため、性行為全般に関する安全習慣の理解が重要である。

自慰行為は恥ずかしいことではない

文化的背景や個人差で羞恥や罪悪感を感じる人はいるが、医学や公衆衛生の視点では自慰行為は一般的かつ通常は無害な行為と位置付けられている。WHOや多くの国・専門機関は、性的健康の一環として自己の性的発達や表現を尊重することを推奨している。したがって、適切な情報と安全配慮があれば自慰行為を恥とする必要はない。むしろ、性教育や医療現場でオープンに話題にされることが、個人の健康や人間関係の改善に資する。

今後の展望

研究面では、自慰行為と健康アウトカム(前立腺癌、メンタルヘルス、睡眠、女性の性機能等)の因果関係をより厳密に検証するランダム化比較試験は倫理的・実務的制約が大きく難しいが、長期のコホート研究や生理学的測定を組み合わせた多面的研究が進むことが期待される。臨床実践では、性医療や精神医療の場で自慰行為に関するオープンな問診や教育を組み込むことが、患者のQOL向上につながる可能性がある。公衆衛生的には包括的性教育に自慰行為や自己理解のコンテンツを含めることで、若年期からの健康的な性行動形成を支援することが重要だ。

まとめ(要点)
  • 自慰行為は性的自己理解を深め、ストレス軽減、睡眠改善、骨盤底筋のトレーニング効果などの身体的・心理的効能を持つ可能性がある。

  • 男性では射精頻度と前立腺癌リスクの関連を示す疫学データがあるが、因果関係は確定していないため慎重な解釈が必要だ。

  • 女性では自慰行為が痛みの軽減や性機能の向上、自己理解の促進につながることが示唆される。

  • 依存や過度の頻度、身体的損傷、強い罪悪感を伴う場合は専門家に相談することが重要である。公的機関や医学的レビューはいずれも適切な情報提供と安全配慮を勧めている。

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