コラム:米国のクマ対策、日本との違いは?
米国におけるクマ対策は、単なる駆除に依存する古い方法論から転換しつつある。
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現状(2025年11月時点)
米国ではクマ(主にアメリカクロクマ、グリズリーベア/ヒグマ、そして一部にホッキョクグマが関係地域に存在)が広域に分布し、地域ごとに生息数や管理方針が大きく異なる。アメリカクロクマは多くの州で安定もしくは回復傾向にあり、州レベルや連邦レベルでの教示・条例整備、教育プログラム(例:BearWise)が広まっている。グリズリーは歴史的に大きく減少し、下位48州では回復と保護が大きな課題となっており、連邦機関(U.S. Fish and Wildlife Service: USFWS)は2020年代初頭から再評価や回復方針の更新を進めている。これらの現状は州ごとの管理(狩猟許可や非致死的対策)と連邦による絶滅危惧種保護(ESA)や回復計画が複合的に作用している。
基本方針:駆除を前提としない、長期的な個体数管理と共存の重視
近年の米国の潮流は、単なる個体駆除(大量捕殺)に依存するのではなく、人とクマの接触を減らす「環境整備」と「人の行動変容」を軸にして、長期的に個体数を管理しつつ共存を図ることにある。具体的には以下の要素を統合することが基本方針となっている。
人里にクマを引き寄せる要因(家庭ゴミ、ペットフード、バードフィーダー、家畜飼料等)の除去・封じ込め。
住民の行動管理(屋外での調理や残飯管理、夜間のゴミ出し制限等)と教育。
物理的対策(電気柵、耐熊コンテナ、建物の防熊化)。
問題個体への個別対応(捕獲・移送、場合によっては安楽死)を最小限に限定。
これらの手法は、教育と条例、物理対策、専門家による介入を組み合わせることで効果を発揮することが示されている。教育・物理対策の代表的プログラムとしてBearWiseなどの州間プログラムがある。BearWise
専門家による長期的な管理体制の重要性
効果的な共存政策は専門人材の継続的な配置なしには機能しない。米国では国立公園や州立公園、州の野生生物局(State Wildlife Agencies)に野生動物管理官(Wildlife Officer / Biologist)や野生動物技術者を配置し、モニタリング、教育、現場対応、データ蓄積を継続的に行っている。例えば国立公園局(NPS)は人・クマの相互作用を管理するために「Human-Bear Management Program」を運用し、人的被害防止と観光利用の両立を図っている。これら専門家は科学的モニタリング(個体識別、GPS追跡、個体群評価)を行い、長期データを基に管理方針を更新する。
野生動物管理官(Wildlife Officer / Biologist)制度と役割
米国では州・連邦双方に野生動物管理の職があり、職務には以下が含まれる。
個体群モニタリング(調査、統計解析、生息分布の把握)。
人・クマ衝突への現場対応(非致死的な追い払い、捕獲と移送、問題個体の処遇判断)。
住民・観光客向け教育と条例運用(違反対応、罰則の適用補助)。
管理計画作成と学術機関・NGOとの連携(生息地回復、ロードマップ策定)。
これらは短期の駆除よりも継続的な費用と人材を要するが、長期では死亡個体の減少やヒト被害の抑制に効果があると評価される。NPSや州機関は毎年の報告でこれらの活動を公開する例が多い。
ゾーニング(住み分け)とランドスケープ管理
ゾーニングは「人が主に使うコアゾーン」と「野生動物の生息地として保全するゾーン」を空間的に分ける政策であり、米国では国有地や州有地を中心に採用される。観光地やキャンプ場では“食物を出さないエリア”の設定、ゴミや食料の保管基準(耐熊コンテナの義務化や収集時間の制約)など実務的なゾーニングが導入されている。また道路や橋の設計においては生息地連結性(コリドー)を損なわない配慮が行われることがある。北米特有の広域生息域を考慮すると、ゾーニングは地域間協調(州間)と連携した計画が求められる。
人とクマの行動管理(人側の行動変容)
人の行動がクマ遭遇リスクの主因であることは多数の研究で示されている。具体策としては次のような行動指針がある。
屋外に食べ物や匂いを放置しない(グリル後の洗浄、ペットフードの屋内保管)。
ゴミは耐熊コンテナに入れる、もしくは回収日の朝にしか出さない条例を守る。
バードフィーダーはクマ活動期に撤去する。
キャンプでは食料を専用ボックスや吊り下げで管理し、寝場所と調理場所を分離する。
教育は単発でなく継続的に行う必要があり、地域コミュニティや学校でのプログラムが推奨される。BearWiseなどでは「6つの基本」などのガイドラインを広めている。
家屋・人里に近づかせない対策(物理的・技術的手段)
物理的対策は効果が高く実務的である。代表的な対策は以下の通り。
耐熊ゴミ容器(bear-resistant garbage containers)の配備・義務化。州や自治体によっては商業施設・キャンプ場に義務付けを行っている。
電気柵(家畜や養蜂箱、庭の作物保護)。一時的に有効だが設置と維持にコストがかかる。
建築的改修(出入口の密閉、収納スペースの強化、屋外機器の防臭対策)。
音や光などの非致死的追い払い装置(ただし効果が持続しない場合がある)。
これらを総合的に導入することで、クマの餌付け行動を抑制し、個体が人里を学習して常に訪れる「食物に依存する行動」を防ぐことが重要である。
住民教育と啓発の実例・効果
教育プログラムは単なるチラシ配布ではなく、コミュニティ主導の協定や条例、ワークショップ、学校教育と組み合わせることで効果が高まる。多くの州野生生物局はBearWise等の教材を用いて、住民に耐熊容器の導入やゴミ管理、バードフィーダー撤去を徹底するよう促している。成功例として、ある地域で耐熊ゴミ箱の導入と条例強化を行った結果、ゴミによるクマの出没件数が明確に減少したとの報告もある。教育は地域の社会的合意を形成する点で重要であり、短期の費用をかけて長期的に人害と死亡個体を減らす投資として評価される。
個体数調整と保護のバランス
個体数が人里接近や農業被害などを通じて問題化する場合、非致死的手段で改善が見られないときに限り「個別の個体調整(移送や場合によっては安楽死)」が行われる。だが、個体群の健全性や遺伝的多様性を考慮すれば、広域の個体数管理(生息地の保全・回復、移動経路の確保)を優先するべきだという合意が専門家の間で強まっている。グリズリーの回復事例では、保護と回復計画を通じて生息域の再拡大を試みており、保護/管理のバランスが政策論点となっている。
狩猟の活用(管理手段としての位置づけ)
アメリカでは多くの州が狩猟規制を通じて野生動物の個体数管理を行ってきた歴史があり、クマも狩猟を管理手段の一つとして扱う州がある。ただし、狩猟の効果は地域ごとに異なり、問題は以下のとおりである。
狩猟は個体数を下げうるが、個体群動態や社会構造(成熟メスの割合、若齢個体の出生率など)への影響が複雑で、単純に駆除的に行うと逆効果になることがある。
狩猟はしばしば社会的賛否が分かれ、文化的・経済的要素(伝統的狩猟コミュニティ、狩猟収入)と保全目的の調整が必要である。
近年、一部州での「管理狩猟」再開や新規承認(例:フロリダ州が黒熊狩猟の再開を承認)が注目され、地域での個別議論が続いている。狩猟は万能ではなく、他の非致死的対策と組み合わせることが求められる。
絶滅危惧種の保護と回復計画(特にグリズリー)
グリズリーは下位48州で歴史的に大幅に減少し、保護と回復が政策的に重要視される対象である。USFWSはグリズリーベアの回復・管理のための再評価や新たな規則案を示しており、回復地域の指定や「非本質的実験個体群(nonessential experimental population)」の扱いなど、地域の受容性と紛争対応を両立させるための法的枠組みの調整が続いている。グリズリーの回復は生息地の断片化や人為圧、車両による死傷など複数要因と絡んでおり、長期的な資金と政策的柔軟性が必要になる。
問題個体への対処(個別対応の原則)
米国の多くの実務では、問題を繰り返す個体(人里での盗餌行為、攻撃性、習慣化)が確認された場合に、段階的対応を行う。典型的な段階は以下である。
非致死的追い払い、アバージブ・コンディショニング(嫌悪刺激を用いる訓練)。
捕獲して別地域へ移送(ただし移送は新たな問題を生む可能性がある)。
移送が不可能か再発がある場合は安楽死を含む処分を検討する。
専門家は、最初から駆除に依存するのではなくデータに基づき段階的に対応することを推奨している。ただし、移送後の行動や繁殖が不透明な点は課題となる。
日本との違い(比較)
米国と日本のクマ対策を比較すると、いくつかの重要な差異がある。
種類と生態の違い:日本にはツキノワグマ(アジアクロクマ)とヒグマ(北海道のエゾヒグマ)が主に分布し、米国のアメリカクロクマやグリズリーとは生態的に類似点もあるが、分布域や個体群サイズの規模、季節的行動が異なる。
管理体制の違い:米国は連邦・州の分業が明確で、NPSやUSFWS、各州野生生物局に専門人材を抱える例が多い。日本は都道府県レベルの対策(捕獲許可、被害補償、出没情報の公表等)が中心で、地域自治体の役割が大きい。
公共教育と条例の整備:米国ではBearWiseなど州間組織が教育資材を統一的に配布することが多い一方、日本は地域ごとに対応が分かれやすい。
狩猟と文化:狩猟制度の違いや社会的受容度が異なり、管理手段としての狩猟に対する態度が地域差を生む。日本では実際の駆除や捕獲が地域によって強く行われることがあり、米国の一部地域で進められる「非致死的先導」的政策とは手法が分かれる面がある。
これらの差は直接的な「良し悪し」ではなく、社会的合意形成や資源配分の違いに起因する。日本での共存策の改善には、米国での教育・施設整備の取り組みを参考にできる点が多い。
問題点と課題(総括)
長期的な共存方針は理想的だが、実務上は複数の課題が残る。主要な問題点は次のとおりである。
資金と人材の不足:継続的なモニタリングや住民教育には安定した予算と専門家の継続配置が必要であり、地方の小規模自治体では負担が大きい。
人・クマ双方の学習効果:一度人里で餌を得ることを学習した個体は再発を繰り返す傾向があり、その個体への対応は困難である。移送は短期的効果しかなく、最悪の場合は移送先で同様の問題を引き起こす。
法制度の矛盾と地域対立:保護と利用(狩猟や地域的駆除)を巡って地域内外で価値観の対立が起きやすく、政策決定が遅延することがある。グリズリーの再分類や回復計画の変更が社会的議論を生む典型例である。
移動経路と生息地断片化:道路や開発により生息地が分断されると遺伝的多様性や個体群の回復力が低下する。これを解消するためには大規模な景観保全が不可欠である。
急速な個体数増加地域での衝突:一部地域ではクロクマの個体数が回復・増加し、住民被害が増える事例が現れており、迅速かつ協調的な管理が求められている。
今後の展望
駆除を第一義としない共存を実現するため、以下の観点で展開することが望ましい。
専門人材と予算の安定確保:州・連邦の共同ファンドや連携プロジェクトで、地域の野生動物管理官や技術者の常置化を図る。
条例の全国的整備とベストプラクティス展開:耐熊容器の標準化、ゴミ出し規制、商業施設の管理基準など、効果のある措置をモデル化して広く普及させる。BearWiseのようなガイドラインを州間で共有する仕組みを充実させる。
科学的モニタリングと透明性あるデータ公開:個体群の長期データを蓄積し、方針変更の根拠を公開することで地域の合意形成を助ける。グリズリー回復のような大規模計画では、エビデンスベースの評価が不可欠である。
地域社会との協働:地元住民、先住民族、農業コミュニティ、観光産業を巻き込んだ共創的な管理計画を作成する。衝突が深刻な地域では早期介入とコンフリクト・マネジメントが重要である。
狩猟の合理的活用:狩猟を含む管理手段は地域実情や科学的評価に基づいて限定的に使用する。狩猟単独での解決を期待せず、非致死策と組み合わせる。
まとめ
米国におけるクマ対策は、単なる駆除に依存する古い方法論から転換しつつある。住民教育、物理的対策、専門家による長期的管理、法制度の整備、そして科学的データに基づく段階的対応を組み合わせることで、人とクマの共存を現実的に目指すアプローチが主流になっている。課題は多岐にわたり、資金・人材・社会的合意形成が引き続き必要であるが、BearWiseのような教育キャンペーンやNPS・USFWSによる回復計画の更新は、より持続可能な管理へと向かう重要なステップである。将来は、生態学的知見と地域社会の価値観を両立させる形で、局地的に最適化された共存モデルが拡大することが期待される。
主な参照(本文で引用した代表的情報源)
U.S. Fish and Wildlife Service:Grizzly bear recovery / lower 48 reanalysis(2024–2025の動向)。
BearWise:クマ共存のための実務的ガイドライン(ゴミ管理、耐熊容器、条例化など)。
National Park Service:人とクマの管理プログラム(Human-Bear Management Program)。
各種メディア報道(フロリダ州での黒熊狩猟承認など、地域での政策動向を示す報道)。
州別・地域別の個体数推定や学術報告(増減傾向を示す最近の研究)。
