コラム:クマ被害「過去最悪」、減らすために必要なこと
単に「駆除する・しない」の二択では解決できない複合問題であるため、短期的な人的被害防止措置と、中長期的な生態系・社会構造の調整(森林管理や土地利用の見直し、地域コミュニティ強化、持続的な財政支援や人材育成)を並行して進めることが必要である。
.jpg)
2025年秋時点で、クマ(主にツキノワグマ)の出没件数と人的被害は近年にない高水準で推移している。環境省の速報や主要メディアの集計では、2025年度上半期(4~9月)のツキノワグマの出没件数が過去最多の水準となり、初めて2万件を突破した。被害の増加は個体数増、分布拡大、堅果類(どんぐり等)の凶作、気候変動や里山の管理不足、担い手(駆除・管理人材)の不足など複合的要因による。対策は短期(出没対応・防護の強化)と中長期(生息域管理・ゾーニング・森林管理改善・人材育成・財政支援)の組合せが必要である。
1. 現状(2025年11月現在)
環境省は令和7(2025)年度の出没・被害状況を逐次公表しており、2025年度上半期(4~9月)のツキノワグマの出没件数は統計開始以降で最多の水準となり、上半期だけで既に2万件台を突破した。報道ベースでは「令和7年度上半期の出没件数は2万792件(報道による表記の揺れあり)」とされ、全国で市街地や住宅地への出没が増えている。人的被害(死傷)件数も増加し、特に秋の時期に集中する傾向がある。
近年は、本州・四国に分布するツキノワグマの個体数増・分布域拡大が指摘されており、結果として従来クマがあまり来なかった地域でも目撃・被害が確認されるようになっている。秋口のドングリ等の堅果類の豊凶はクマの山からの離脱に直結するため、その年の結実状況が出没の度合いに大きな影響を与えているとの専門家の分析がある。さらに、気候変動による季節リズムの変化や里山の管理放棄・過疎化に伴う緩衝地帯の喪失も被害拡大の背景にある。
環境省は臨時の対策パッケージや現場向けマニュアルを公表し、都道府県・市町村向けの支援や連絡会議を活性化している。一方で現場では自治体ごとの人手不足、資金不足、専門人材の欠如が深刻で、迅速な対応や継続的な防除維持が困難になっている。
2. 「過去最悪のペースで増加」――原因の整理
複数メディアや研究者の分析を踏まえると、被害急増は単一要因ではなく複合要因の結果である。主な要因は次の通りだ。
個体数増と分布域拡大
保護管理政策や生息環境の回復等により、地域によっては個体数が増え、分布も拡大している。増えた個体群が食料を求めて人里へ流入する事例が増えている。堅果類の不作(ドングリ不作)
冬眠前の蓄えを得るため、ドングリ等が不作の年はクマがより頻繁に人里に出没する。2025年も秋口に不足が報告され、出没増加に直結したと考えられる。気候変動・異常気象
季節の変動がクマの行動パターンに影響を与え、活動期の延長や餌資源の変動を通じて出没のリスクを高める可能性がある。里山・緩衝帯の喪失と人間活動の変化
過疎化・高齢化で人手が減り、里山管理や農地の放棄が進むことで、人間の生活圏とクマ生息域の境界が曖昧になる。観光や林道整備等でクマと人間の接触確率が増える地域もある。担い手・資源の不足
現場でクマ対策を実行するための職員(自治体職員や猟師)や資材(箱わな、電気柵等)が不足しており、被害防止の実効性が低下している。政府・自民党の提言でもこれらの財政・人的支援を強化する必要が指摘されている。
これらの要因が同時に作用することで「過去最悪のペース」での被害増加が生じていると判断される。
3. 2025年度上半期(4~9月)のツキノワグマの出没件数:2万件突破の意味
環境省の速報値および各社の集計によれば、2025年度上半期の出没件数は過去最多となり、上半期だけで2万件を上回った。これは単に件数が多いというだけでなく、被害の地理的拡大(従来被害が少なかった市街地や住宅地での出没が増えた点)に大きな意味がある。人の生活圏での出没は人的被害や社会的混乱を招きやすく、地域社会の日常活動(通学、通勤、農業、観光など)に直ちに支障が出る。
4. 生活圏での被害の実態と背景
報道事例を見ると、住宅地の庭先、駅構内や線路周辺、住宅街の道路、公園などでの目撃・被害が増えている。これには以下のような背景がある。
果樹や家庭ゴミ、バードフィーダー、家庭菜園などがクマを誘引する事例が多い。特に不要果樹や放置果樹は、個体を定着させるリスクがある。
農業や林業従事者が減少し、電気柵等の維持管理が滞るケースが出ている。電気柵は設置と維持の手間を要し、資金的なハードルもあるため効果持続が難しい。
交通インフラ(鉄道)や観光地での出没は、クマの分布域が拡大したことと人間活動が山間部に進行したことの両面要因がある。
以上の点から、生活圏における被害対策は「誘引除去」「侵入防止」「出没時の迅速対応」「地域の監視体制強化」を一体で行う必要がある。後節で詳細に整理する。
5. 被害を減らすための検討事項(全体フレーム)
被害削減施策は短期的対応と中長期的施策を分け、それぞれを並行実施する必要がある。主な検討項目は以下の通りだ。
人の行動圏(住宅地・市街地)での対策強化(排除・防除地域の指定、誘引物の徹底管理、侵入防止、迅速対応体制)。
クマ生息域での対策(コア生息地・緩衝地帯の設定、ゾーニングによる人とクマのすみ分け、森林管理の改善)。
個人レベルでの行動と意識改革(ゴミ管理、果樹管理、登山や林業作業時の安全対策)。
予防行動の徹底(学校・企業・自治体への教育、避難計画、広報)。
体制の強化(ガバメントハンター等の専門人材確保、自治体の対応力向上、地域間連携)。
財政的・人的支援(電気柵等の購入費補助、捕獲・処理費用の補助、人件費負担の支援)。
以下、分野別に具体案を提示する。
6. 人の行動圏での対策(排除・防除地域の設定)
リスクマップ作成および排除・防除地域の指定
各自治体は環境省の情報や都道府県データを元にリスクの高い区域(学校周辺、住宅密集地、果樹地帯、観光地等)を特定し、緊急時の「排除地域」「防除地域」を明示する。これにより市民の行動制限や自治体対応の優先順位を明確化できる。地域単位での危機対応マニュアル整備
出没情報が一定基準(例:目撃件数の閾値)を超えた場合の避難基準、臨時閉鎖措置(登山道・学校・公園等)、通報フロー、現場対応班の出動手順を定める。環境省の「出没対応マニュアル」をローカライズして運用する。
7. 誘引物の除去・管理(家庭・地域レベル)
家庭ごみの対策
家庭ごみの収集方法(密閉容器、指定集積所の柵化、収集日厳守)を徹底するとともに、自治体は生ごみ処理補助やクマ対策ゴミ箱の配備を支援する。不要果樹の撤去・管理
果樹の放置が誘引源となるため、自治体補助で不要果樹を撤去・剪定する支援策を導入する。地域ぐるみで撤去を行うことで効果を上げることができる。農業・観光事業者への支援
果樹園や観光施設への電気柵・防護柵の設置補助を拡充し、維持管理費も一定期間負担する制度を設ける。現場の声では補助が少額で「設置はできても維持が難しい」との指摘があるため、補助の上限・割合見直しが必要である。
8. 侵入防止策の徹底(電気柵等の活用と維持)
電気柵の導入と維持
電気柵は効果的だが導入費・維持費が負担となる。国・自治体は購入費の補助に加え、設置後の点検・修理・通電チェックの支援体制を整備する。補助制度は使いやすく、年度内に枠が埋まらないよう恒常的な枠拡大を検討する必要がある。設置基準とメンテナンス計画
電気柵の高さ・線数・電圧等の基準を科学的根拠に基づき最適化し、自治体が点検計画を作成して実行する。地元住民への操作教育と安全教育も必須である。
9. 出没時の迅速な対応(通報・捕獲・回復)
迅速通報体制の整備
目撃通報→自治体・警察・猟友会への共有→現場確認→必要に応じた避難・封鎖・捕獲等のワンストップ対応を構築する。情報はリアルタイムで住民に通知する仕組みを導入する。捕獲と処理のルール明確化
捕獲後の搬送・安楽死・処分・検査(病原体等)・死体処理方法と費用負担を明確にし、自治体の負担軽減措置を設ける。自民党の提言にも捕獲したクマの処理費用支援が含まれている。専門要員(ガバメントハンター等)の配置
自治体職員で狩猟免許を持つ者を「ガバメントハンター」として制度化し、常勤または非常勤で確保する施策が提案されている。人件費補助や待遇改善により担い手を増やす必要がある。
10. クマの生息域での対策(コア生息地・緩衝地帯)
コア生息地の保全と緩衝地帯の整備
クマの主要生息地(コア)を明確にし、その周囲に人の活動を抑制する緩衝地帯を設ける。緩衝地帯では果樹栽培や一部の開発を規制し、人里との摩擦を減らす。中長期的には保全と管理を組み合わせたランドスケープ計画が必要である。森林管理の改善(生態系配慮型の林業)
森林の単一化や樹種の偏りが餌資源の不安定化を招くため、多様な樹種の導入や落葉広葉樹の保全、採餌資源を長期的に安定させる森林管理が効果的である。林野庁・森林総研の知見を活用した施策が求められる。
11. 人とクマのすみ分け(ゾーニング管理)
ゾーン分けの原則
人間活動の強いゾーン(居住・都市機能)、緩衝帯(低頻度の人活動)、保全コアの3層を基本とし、各ゾーンごとに実施すべき措置を明示する。ゾーニングは住民合意や利害調整、法制度面の整備が前提となる。土地利用規制と誘導策
新規開発や観光誘致の際はクマリスク評価を義務付け、リスクが高い場合は開発の回避や代替地の選定を行う。既存地域では景観・利用方法を工夫して誘引を減らす。
12. 森林管理の改善(具体策)
堅果類の資源管理
ブナ・ミズナラなどの食用樹種を保全・再生させ、中長期的にクマの山内資源を安定化させる。植栽計画と保全投資による長期的な「生態系投資」が必要である。林道・人里接近の管理
林道整備は経済活動上重要だが、アクセスが容易になることでクマと人の接触機会が増える。林道設計と利用管理の見直しを行い、通行制限やモニタリングを導入する。
13. 個人の行動と意識(予防行動の徹底)
市民向け広報と教育
ゴミの管理、果樹放置の禁止、山間部の立ち入り時の注意(合いの手防止、単独行動の回避、クマ鈴・笛・スプレーの携帯)を徹底する。学校教育や地域の防災訓練にクマ対応を組み込む。登山者・林業従事者の対策
登山道の閉鎖情報の迅速周知、作業時の複数人行動、熊撃退スプレーの配備と使い方訓練を義務付ける。林業現場向けマニュアルの普及も重要である。
14. 体制の強化(人材・組織)
ガバメントハンターの整備
自治体職員や地域の狩猟免許者を組織化し、訓練・保険・待遇改善を行うことで駆除・捕獲の初動力を高める。人件費補助や研修制度、資格付与を含む制度設計が必要である。自民党の提言や政府の対策パッケージでもこの点が重要視されている。専門家派遣と連携
環境省の専門家派遣事業や都道府県間の情報共有、警察・消防・自衛隊(事案による)との連携ルールを明確にする。迅速に専門家が現場に入れる仕組みが重要である。
15. 財政的・人的支援(購入費・処理費用・人件費)
電気柵・箱わな等の購入費補助
現場の声では現行補助が少額であるとの指摘があり、補助率・上限の引上げ、申請手続きの簡略化が必要である。自民党や政府提言にも購入費支援が含まれている。捕獲したクマの処理費用補助
捕獲~搬送~処理にかかる費用を国が交付金で支援することで自治体の負担を軽減し、適正処理を確保する。ガバメントハンター等人件費補助
自治体が狩猟免許保持職員を雇用する際の人件費補助や、臨時雇用者への手当支給を行い、担い手不足を解消する。補正予算・特別交付金の活用
緊急対策には補正予算を含む国の財政支援が必要であり、都道府県単位での迅速な活用を可能にする制度設計が必要である。
16. 電気柵の購入費用や捕獲処理費用、ガバメントハンターの人件費──現場のコスト感
報道と自治体事例によると、電気柵の導入は1区画あたり数十万円〜数百万円(設置範囲や規模により大きく変動)となり得る。自治体補助はあるが、多くの農家・家庭では負担が大きく、維持管理の人手も必要となる。捕獲・処理にかかる費用については自治体ごとに差があるが、捕獲体制の整備や搬送・処理(解体・焼却等)を含めると個別事案で相応の費用が発生する。これらの費用負担を国が一部補助する提言が出ている。
「ガバメントハンター」の配置については、雇用・訓練・保険・装備のための人件費・運営費が欠かせない。提言では国の支援を求めるとともに、自治体間での共同配置・広域連携による効率化も検討されている。
17. 担い手不足が課題である理由
高齢化・後継者不足により、狩猟者数や林業従事者が減少している。
狩猟行為の社会的制約・安全配慮(市街地近接での発砲制限等)により、一部地域での迅速な対応が難しい。
報酬や待遇が不十分で、常勤的に捕獲に当たる人材を確保しにくい。これらは政策的な人件費補助や研修制度の導入で改善できる可能性がある。
18. 今後の展望(中長期的方向性)
短期(1年以内)
出没が多い地域への緊急支援(電気柵・わなの補助、ガバメントハンターの試行配備、専門家派遣)。
中期(1〜5年)
ゾーニングと緩衝地帯の制度化、林地の堅果資源回復プロジェクト、人材育成(狩猟・捕獲・対応)と自治体連携体制の構築。
長期(5年以上)
森林生態系の回復により山内資源を回復し、クマと人の恒久的なすみ分けを目指す。保護と管理のバランスをとりつつ、被害の社会コストを低減させる。
総じて、単に「駆除する・しない」の二択では解決できない複合問題であるため、短期的な人的被害防止措置と、中長期的な生態系・社会構造の調整(森林管理や土地利用の見直し、地域コミュニティ強化、持続的な財政支援や人材育成)を並行して進めることが必要である。
参考(主な出典・報道)
環境省「クマに関する各種情報・取組」ページ(出没情報・被害状況、クマ被害対策パッケージ等)。
環境省集計および主要メディア報道(2025年度上半期の出没件数報道)。(共同・各社報道を参照)
気象・生態学的分析(堅果不作、気候変動の影響)に関する専門家のコメント。
自民党の緊急提言や各メディアの報道(電気柵・箱わな購入費、ガバメントハンター人件費、捕獲処理費用等の財政的支援要請)。
各地自治体報道(現場の実情、補正予算、捕獲支援等)。
最後に(政策提言の骨子)
緊急支援の即時実施:高リスク地域に対する電気柵・箱わな等の購入費補助、ガバメントハンター人件費補助、捕獲処理費用の国庫補助を速やかに実行する。
現場支援の強化:環境省主導で専門家派遣、都道府県横断の出没情報共有、現場マニュアルの徹底を行う。
中長期的なゾーニングと森林管理:生息地保全と緩衝帯整備、堅果資源回復のための林業政策シフトを行う。
人材育成と地域協力:狩猟免許所持者の待遇改善、ガバメントハンター制度の整備、地域防災力の向上を図る。
以上の複合的な施策を迅速かつ継続的に実行することが、人的被害の抑制とクマと人の持続的な共存に向けた現実的な道筋である。
