コラム:アルテミス計画について知っておくべきこと
アルテミス計画は、Artemis Accords(アルテミス協定) と呼ばれる国際的枠組みによって支えられている。
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Artemis(アルテミス計画)とは(2025年12月時点)
Artemis(アルテミス) は、アメリカ航空宇宙局(NASA)が主導する月探査計画である。この計画の目的は、単に月に人類を再び到達させるだけでなく、
・科学的発見を進める
・宇宙探査技術を発展させる
・火星などさらなる深宇宙探査のための準備を行う
ことである。アルテミス計画は、商業パートナーや国際的な協力を含む大規模な活動として実施されている。
なぜ月へ行くのか(目的)
アルテミス計画が月へ向かう理由は複数ある。
月での科学的研究により、月や地球、太陽系の起源と歴史について新しい発見を得ること
長期的な人類の月面滞在と活動のための技術的能力を確立すること
月面およびその周辺で未来の探査活動を実行可能にするインフラを構築すること
火星探査など深宇宙の目標に向けた技術と知識を獲得すること
商業的・国際的な協力を拡大し、宇宙探査コミュニティを形成すること
これらは単なる象徴的な目標ではなく、将来の宇宙探査への実践的ステップとして設計されている。
Artemis という名称の由来
「Artemis」という名称は、ギリシア神話における月の女神アルテミスに由来する。アルテミスは太陽神アポロの双子の妹であるとされ、NASAの1970年代の有人月面着陸計画「アポロ計画」へのオマージュとともに、次世代の月探査計画として名付けられた。
Artemis 計画の基本構造
アルテミス計画は複数の構成要素から成っている。主要なシステムは以下の通りである:
■ オリオン宇宙船(Orion)
宇宙飛行士が乗る宇宙船で、人類を月周回・月面近傍まで輸送する役割を果たす。
■ SLS(Space Launch System)
NASAが開発した大型ロケットで、高い打ち上げ能力を持つ。オリオン宇宙船を月まで運ぶための基幹ロケットである。
■ ゲートウェイ(Lunar Gateway)
月の周回軌道に建設される宇宙ステーションで、月面着陸船への中継点となる役割を持つ。
■ 人間着陸システム(Human Landing System)
ゲートウェイやオリオンから月面へ宇宙飛行士を送り、再び戻す装置である。民間企業も開発に関与している。
これらのインフラは、単発のミッションではなく継続的な人類の月探査活動を可能にするための基盤として計画されている。
Artemis のミッション概要
アルテミス計画は段階的に展開される。
Artemis I:無人試験飛行
アルテミス I は、オリオン宇宙船と SLS の統合試験として実施された無人ミッションであり、月周回を行い地球に帰還した。これはミッションに必要なシステムの安全性と性能を検証するための最初の飛行である。
Artemis II:有人月周回
アルテミス II は、有人でオリオンと SLS を使う最初のミッションであり、宇宙飛行士を乗せた状態で月まで飛行し、その周回を行って地球へ戻る予定である。これは有人ミッションとしての深宇宙能力を試験する重要な飛行となる。
最近の報道によれば、この アルテミス II は2026年初頭に実施予定で、4名のクルーが10日間程度の月周回飛行を行う計画である。
Artemis III:月面着陸
アルテミス III は、有人で月面に降り立つミッションであり、月の南極近くへの着陸が計画されている。これにより人類は1972年のアポロ17号以来、初めて月面に再び立つことになる。
Artemis IV 以降:長期滞在と拡張へ
アルテミス IV 以降は、ゲートウェイ建設や新しい宇宙ステーション構造の実装、月面での科学ミッションや持続的な活動を計画しており、長期滞在と持続可能な探査基盤の構築を目指す。
アルテミス計画の意義
アルテミス計画が持つ意義は単なる有人宇宙飛行にとどまらない。
■ 科学的価値
月は太陽系初期の記録を保存していると考えられており、そこから得られるサンプルやデータは、地球や太陽系の起源と進化を理解する上で極めて貴重である。
■ 技術と人類探査能力の向上
オリオン宇宙船や SLS、ゲートウェイ、人間着陸システムなどは、深宇宙で人類が安全に活動するための新たな技術基盤となる。これらは将来の火星探査など遠隔地での有人活動に向けた訓練と技術獲得につながる。
■ 国際協力と商業宇宙開発
アルテミス計画にはアメリカ以外にも多数の国や企業が参加しており、国際・商業パートナーシップが広がっている。これにより宇宙探査の担い手が多様化し、持続的な活動が期待されている。
■ 次世代への刺激
NASA はアルテミス計画を通じて、教育やSTEM(科学・技術・工学・数学)分野への関心を喚起し、新世代の宇宙探査者や技術者を育成することも重要な目的としている。
国際的な枠組み ― Artemis Accords(アルテミス協定)
アルテミス計画は、Artemis Accords(アルテミス協定) と呼ばれる国際的枠組みによって支えられている。これは1967年の「宇宙条約」に基づき、安全で透明性の高い探査活動を国際社会で推進するための原則を定めるものであり、既に多数の国が署名している。
Artemis 計画 年表(主要ミッションと進捗)
2019–2021:概念形成と協定の締結
2019 年
NASA は次世代の月探査計画として アルテミスを発表し、商業パートナーと国際協力の枠組みを提示した。
同時に Artemis Accords(アルテミス協定) が採択され、米国と複数国が「透明性・安全性・責任ある月探査」の原則で合意した。2020 年 10 月
Artemis Accords が国際宇宙会議(IAC)で公式に採択され、複数国が署名国として参加する枠組みが始まった。2021 年 1 月
NASA と日本政府(JAXA)がゲートウェイ(Lunar Gateway) への協力体制を公式化。
日本は「国際ハビテーションモジュール(I-Hab)」の環境制御・生命維持システムなどを担当する協力枠組みを合意した。
2022–2024:最初の打ち上げとスケジュール見直し
2022 年 11 月
アルテミス I を実施。無人のオリオン宇宙船が SLS ロケット によって打ち上げられ、月を周回して安全に地球に帰還した。これは有人飛行前の重要な総合試験である。2024 年初頭
NASA は アルテミス II(有人月周回ミッション)と アルテミス III(有人月面着陸)のスケジュールを見直したと発表。
アルテミス II は 2025 年 → 2025〜2026 年、アルテミス III は 2025〜2026 年 → 2026〜2027 年 に延期された。2024 年 10 月
NASA は アルテミス III の 月面着陸候補地(南極付近) を発表。候補は複数地域だが、科学観測と将来の持続的滞在を視野に選定が進んでいる。
2025 年〜2026 年:有人飛行へ向けた準備段階
2025 年 9 月予定 → 2026 年頃へ
アルテミス II は、有人で月の周囲を飛行する最初のミッションとして計画され、現在は 2026 年初頭(例:2 月頃) の打ち上げを目標にしているという報道がある。
4 名の宇宙飛行士を乗せて約 10 日のミッションを実施し、生命維持・航行・通信システムを深宇宙で検証することが目的である。オリオン宇宙船はこの飛行用に「Integrity(インテグリティ)」という名称がクルーによって命名され、搭乗技術の信頼性・人間評価試験が進められている。
2027〜2028 年:有人月面着陸およびゲートウェイ建設の始動
Artemis III(有人月面着陸)
当初は 2026 年を目標としていたが、複数の要因により 2027 年以降(ある報道では 2028〜2029 年頃とも報道) の実施が見込まれている。
着陸場所は月の南極付近で、安全性・科学的価値・光照射条件などを勘案して選定が進んでいる。Artemis IV 以降
計画では ゲートウェイ の建設・運用が始まり、月の周回ステーションとして中継と長期滞在の基盤構築が進む予定である。
これにより、将来の月基地計画や火星探査準備への一連の技術・運用蓄積が狙われている。
日本の関与と役割
ゲートウェイ協力:ハビテーションモジュールと補給
ゲートウェイ宇宙ステーション(Lunar Gateway)への貢献
日本は 2021 年に NASA とゲートウェイへの協力を正式合意し、
・I-Hab の環境制御・生命維持システム
・熱制御機能・カメラ
といった主要コンポーネントを提供する枠組みを構築した。
また、HALO(Habitation and Logistics Outpost) 用のバッテリー提供や補給船 HTV-XG の提供検討も進めている。これらは宇宙飛行士の長期滞在や補給の基盤として重要である。
有人月面着陸への貢献:宇宙飛行士・月面探査車
日本人宇宙飛行士の月面到達計画
日米の合意によると、日本人宇宙飛行士が月面へ到達する可能性が設定されている。将来的には 2028 年頃の アルテミス IV ミッションで日本人が月面に立つ計画が公式に期待されている。このミッションは月面探査車の運用と絡めたものであり、日本が提供するローバー技術による探査支援が見込まれている。月面探査車(Lunar Cruiser)の開発
JAXA とトヨタ自動車が共同で開発する「Lunar Cruiser」は、乗員の居住・移動・長期探査を可能にする 4 輪駆動の月面車両であり、2030 年代初頭に アルテミス 計画内で運用される予定である。
このローバーによって、月面での大規模探査や科学観測が可能になることが期待される。
国際的枠組み:参加国と協力状況
Artemis Accords(アルテミス協定)の全球的な広がり
Artemis Accords は NASA と国際パートナーが共有する月・深宇宙探査の枠組みであり、安全・透明・平和的な宇宙利用の原則を定めるものとして広がっている。
例えば、スイスが 37 番目の署名国となるなど、世界各国が参画している。最新の署名国数は 2024 年時点でおよそ 47 カ国 が合意に参加していると報じられている。これには日本や欧州、カナダ、英国などが含まれる。
その他の国際協力
欧州宇宙機関(ESA)はゲートウェイおよび アルテミス 計画に主要パートナーとして参加しており、ロボットアームなどの技術提供や共同運用が進められている。
カナダはゲートウェイ用ロボットシステムなどで貢献しており、国際探査協力の重要な一角を担っている。
まとめ:アルテミス 計画の現在と未来
アルテミス計画は単なる有人月面探査ではなく、国際的協力の下で月探査の持続可能な基盤を構築し、火星など深宇宙探査の準備を進める壮大なプロジェクトである。
年表としては、
2019〜2020 年:計画発表と協定締結
2022 年:アルテミス I 成功
2025〜2026 年:アルテミス II の有人飛行を予定
2027〜2028 年:アルテミス III による有人月面着陸を目指す
という段階的進展であり、スケジュールは技術的・予算的要因により調整され続けている。
日本はゲートウェイへの主要技術提供、月面探査車の開発、そして日本人宇宙飛行士の月到達という形で深く関与している。 これは世界に広がる アルテミス 参加国との協力を象徴するものであり、国際宇宙探査の新たな時代を形成する要素である。
以下では、アルテミス 計画 における主要な具体的技術要素(SLS、Orion、Human Landing System(HLS)、ゲートウェイ構造)と、国際パートナー各国の役割比較 について、公式情報や信頼できる報道・資料に基づいて詳述する。
1.アルテミス 計画における具体的技術要素
1.1 SLS(Space Launch System)
SLS(スペース・ローンチ・システム) は、NASA が開発する 有人月・深宇宙ミッション向け大型ロケット であり、アルテミス 計画における主要な打ち上げ手段である。
初号機は 2022 年の アルテミス I で初打ち上げに成功し、オリオン宇宙船を月周回軌道まで運んだことが実証された。SLS は高いペイロード(貨物搭載量)と人員輸送能力をもち、今後の アルテミス II、アルテミス III などの有人飛行につながる基幹ロケットとして設計されている。
SLS は将来的には改良版(例えば Block 1B など)によってさらなる推力と積載能力を獲得し、より大型の搭載物や Gateway の構築支援にも対応できるよう計画されている。これは、NASA が有人深宇宙探査への基盤技術として位置づける重要なシステムである。
1.2 Orion(オリオン宇宙船)
Orion(オリオン)宇宙船 は、人類を深宇宙(地球低軌道にとどまらない軌道)へ安全に送るための宇宙船である。アルテミス 計画では NASA 主導で開発されており、有人・無人両ミッションに対応できるよう設計されている。
Orion は
乗務員モジュール(Crew Module):宇宙飛行士が搭乗する生活区画
サービスモジュール(Service Module):推進力、電力、生命維持機能を提供する区画
で構成されている。
サービスモジュールについては、欧州宇宙機関(ESA)提供の European Service Module(ESM) が大きな役割を果たし、推進・電力供給・空気・水といった基本的機能を提供していることが国際協力の好例になっている。
1.3 Human Landing System(HLS)
Human Landing System(ヒューマン・ランディング・システム) は、月周回軌道から月面まで宇宙飛行士を安全に送り届け、再び軌道に帰還させるための「月面着陸機」である。アルテミス III 以降の有人月面着陸に不可欠な要素であり、NASA は 商業パートナーシップ方式 で複数の企業と開発を進めている。
代表的なものとしては、以下のような事例がある:
■ SpaceX Starship HLS
SpaceX は NASA から アルテミス に向けて Starship HLS を受注しており、これを アルテミス III での有人月面着陸機として開発している。Starship HLS は超大型ロケット Starship を基盤にした月面着陸船であり、将来的な月面長期滞在支援や大量物資輸送への応用も視野に入れた構造になっている。
■ Blue Origin を含むチーム
Blue Origin は自前のランドシステム案(例:Blue Moon 系)を提供するチームを編成していた。これらは NASA の複数 HLS コンペティションに応じた開発例であり、異なる機構・技術を模索する動きとして注目された。
複数企業が競争・協調しながら技術開発を進める点は、アルテミス 計画が「NASA 単独開発」ではなく 民間宇宙産業との連携 を重要視している戦略である。
1.4 Gateway(月周回有人拠点)構造
Gateway(ゲートウェイ) は、月の周回軌道に建設される 有人宇宙ステーション であり、アルテミス 計画における中継基地として極めて重要な役割を果たす。
Gateway の基本的な構成要素は次の通りである:
■ PPE(Power and Propulsion Element)
電力供給・軌道制御の中核となるシステムで、宇宙ステーション全体の安定的運用を支える。
■ HALO(Habitation and Logistics Outpost)
宇宙飛行士が滞在し、荷物や実験機器を保管する居住・ロジスティクス区画。
■ Lunar I-Hab(国際居住モジュール)
国際パートナーが共同で開発する居住モジュール部分。宇宙飛行士が長期滞在する際の生活・実験機能を提供し、アルテミス ミッションを支える。
■ Lunar View / 通信・燃料補給モジュール
高帯域通信や燃料補給機能を提供するモジュールで、ステーション全体の運用効率を高める設計になっている。
ゲートウェイは 月周回軌道(NRHO=近直線ハロ軌道) に配置され、月面探査機とオリオンとのランデブー、物資・科学機器の中継・実験プラットフォームとして機能する。将来的には 月面基地や火星探査へつながる橋渡し役 を担う計画である。
2.各国・機関の役割比較
アルテミス 計画は、NASA が主導するものの、国際パートナーの貢献 によって成り立つ巨大プロジェクトである。以下に主要国・機関の役割を整理する。
2.1 NASA(アメリカ航空宇宙局) — 主導機関
NASA は アルテミス 計画の総指揮・主要技術開発機関であり、以下を担う:
SLS ロケットの開発と運用
宇宙船 Orion の主要機体設計・統合
Human Landing System(HLS)の選定・ミッション契約管理
ゲートウェイ構造全体の統合調整
アルテミス ミッションの打ち上げ・運用計画全般
NASA は計画の中心的な役割を果たし、国際協力を取りまとめてミッション運用を進める役割を担っている。
2.2 ESA(European Space Agency:欧州宇宙機関)
欧州宇宙機関(ESA)の主要な貢献は以下である:
Orion 宇宙船用 European Service Module(ESM) の提供
→ 推進力・電力・空気・水の供給など基幹機能を担う。ゲートウェイ用モジュール群の提供
→ Lunar I-Hab の居住区提供や、Lunar View モジュール、高帯域通信(Lunar Link)などを ESA 主導で支援。
ESA の貢献は、単なるハードウェア提供にとどまらず、国際宇宙ステーション(ISS)で培った共同運用経験を アルテミス 計画にも活かすものである。
2.3 JAXA(宇宙航空研究開発機構/日本)
日本の貢献は次のように整理できる:
Lunar I-Hab モジュールの生命維持・環境制御システム(ECLSS) の提供
同モジュールの熱制御・撮影カメラなどの機能提供
HALO・Lunar View 用バッテリー の提供
HTV-X(補給船) による Gateway への物流補給機能の提供計画
→ 宇宙ステーションへの補給のように、ゲートウェイにも物資・機器を運ぶ役割。
日本はゲートウェイ建設の最初期段階から重要な技術貢献国であり、有人滞在の生命維持基盤に関わるコア部分を担っている。
2.4 CSA(カナダ宇宙庁)
カナダ宇宙庁(CSA)の特徴的貢献はロボット技術である:
Canadarm3(カナダアーム 3) の提供
→ ゲートウェイでのロボットアームとして宇宙飛行士支援、機器操作、補給物資の取り扱い支援などを担う。
この貢献は 国際宇宙ステーション(ISS)での Canadarm と同様の役割 を、ゲートウェイで再び展開するものである。
2.5 UAE(アラブ首長国連邦宇宙機関など)
アラブ首長国連邦(UAE)宇宙機関の寄与としては:
Crew and Science Airlock(乗員・科学エアロック) の提供
→ 宇宙服での活動や月面試験機器の出し入れを可能にするモジュールとなる。
これは国際パートナーの中でも比較的ユニークな寄与であり、ゲートウェイ全体の科学利用と活動領域を広げる基盤として期待されている。
3.まとめ:技術と国際協力の構造
アルテミス 計画は NASA の主導で進められる有人月・深宇宙探査プロジェクト であるが、その実現は 多国間の技術分担と協力 によって成立している。
SLS と Orion は有人宇宙飛行の「打ち上げ基盤」と「乗り物」として中心技術だが、Orion のサービスモジュールの一部を ESA が提供 するなど、国際的な役割分担が進んでいる。
Human Landing System(HLS) は NASA が商業パートナーと共に開発しているが、この方式は新たな宇宙産業育成のモデルでもある。
ゲートウェイ は国際パートナーによるモジュール提供・運用協力で構成され、NASA だけでなく ESA、JAXA、CSA、UAE などが重要な技術貢献 をしている。
このような多国間分担は、アルテミス 計画が単なる一国家の宇宙計画にとどまらず、次世代の有人宇宙探査における協力モデル を築きつつあることを示している。
以下では、アルテミス 計画の主要技術(SLS・Orion・Human Landing System・Gateway)についての詳細仕様と、アルテミス III を例とした Orion–Gateway–HLS の運用シーケンスを、専門的観点から体系的に解説する。。
1.主要技術の詳細仕様(専門的解説)
1.1 SLS(Space Launch System)の技術仕様
基本構成
SLS は「使い捨て型の超大型有人ロケット」であり、アポロ計画のサターンV以来の打ち上げ能力を持つ。アルテミス III までで使用される主構成は SLS Block 1 である。
主な仕様(Block 1)
全高:約98 m
打ち上げ重量:約2,600トン
低軌道(LEO)投入能力:約95トン
月遷移軌道(TLI)投入能力:約27トン
構造要素
コアステージ
液体水素・液体酸素を推進剤とする
RS-25 エンジン ×4基(スペースシャトル由来)
固体ロケットブースター
5 セグメント固体燃料ブースター ×2本
離昇時推力の約75%を担当
上段(ICPS)
月遷移軌道投入(TLI)を実行
SLS は再使用性を犠牲にする代わりに、高信頼性・有人対応・一発で月へ送る能力を最優先した設計思想を持つ。
1.2 Orion(オリオン宇宙船)の詳細仕様
全体構成
Orion は 深宇宙用有人宇宙船 として設計され、地球低軌道外での長期滞在と高速再突入に耐える能力を持つ。
主要要素
Crew Module(CM)
直径:約5 m
最大搭乗人数:4名
耐熱シールド:アブレーション型(再突入速度 約11 km/s)
European Service Module(ESM)
ESA 提供
主機能:
推進(メインエンジン 1基 + 姿勢制御スラスター)
電力供給(太陽電池パネル)
空気・水・温度管理
Launch Abort System(LAS)
打ち上げ異常時にクルーを瞬時に退避させる
技術的特徴
地球圏外放射線環境に対応した遮蔽設計
ISS 以上の自律航行能力
ゲートウェイや HLS との自動ランデブー・ドッキング対応
1.3 Human Landing System(HLS)の詳細仕様(アルテミス III)
基本思想
HLS は 月周回軌道 ↔ 月面往復専用の着陸システム であり、地球再突入能力を持たない。
アルテミス III 用 HLS(SpaceX Starship HLS 概念)
全高:約50 m 級
推進方式:液体メタン・液体酸素
再使用前提設計
月面上で数日間の滞在を想定
特徴的技術
大型内部空間による物資・装備輸送能力
月面用ラダー(長尺)
月面専用姿勢制御エンジン(レゴリス巻き上げ防止)
運用上の前提
Starship HLS は 事前に複数回の燃料補給ミッション によって月周回軌道に配置される。有人飛行時には、すでに燃料満載状態で待機している。
1.4 Gateway(ゲートウェイ)の構造と軌道設計
軌道特性
NRHO(Near Rectilinear Halo Orbit)
月の南北極を縦断する楕円軌道
燃料効率が高く、常時地球通信が可能
初期構成モジュール
PPE(Power and Propulsion Element)
電気推進(イオンスラスター)
軌道維持・姿勢制御の中枢
HALO
宇宙飛行士の短期滞在区画
物資・実験機器保管
I-Hab
国際居住モジュール
長期滞在用居住・実験環境
Gateway の役割
Orion と HLS の中継
月面探査の指令拠点
将来の火星探査訓練プラットフォーム
2.アルテミス III におけるミッションシーケンス(運用フロー)
以下は、アルテミス III(有人月面着陸) における Orion–Gateway–HLS の標準的運用フローである。
フェーズ1:地球から月周回軌道へ
SLS 打ち上げ
Orion(クルー4名)を搭載
地球低軌道投入
TLI(Trans-Lunar Injection)
上段が燃焼し月遷移軌道へ
月到達・NRHO投入
Orion 単独で月周回軌道へ
フェーズ2:Gateway とのランデブー
Orion–Gateway ドッキング
クルーが Gateway に移動
システム確認・休息
数日間の準備フェーズ
フェーズ3:HLS への移乗と降下
HLS への搭乗
月面に降りる 2 名が HLS に移乗
Gateway から分離
降下開始
軌道制御 → 減速 → 月面降下
月面着陸
南極域
フェーズ4:月面滞在・探査
月面活動(EVA)
科学観測
サンプル採取
機器設置
滞在期間
数日間(将来は延長予定)
フェーズ5:上昇・帰還
月面離脱
月周回軌道復帰
Gateway 再ドッキング
Orion に再搭乗
フェーズ6:地球帰還
Orion 離脱
地球遷移軌道投入
大気圏再突入
太平洋へ着水回収
3.技術的意義と統合設計の特徴
アルテミス III のシーケンスは、アポロ計画とは本質的に異なる。
アポロ:
「一体型ミッション(地球→月→地球)」アルテミス:
「分散型・再利用・国際協力型ミッション」
Orion、Gateway、HLS を分離することで、
再利用性
柔軟なミッション設計
長期探査への拡張性
が飛躍的に向上している。
4.まとめ
アルテミス 計画における各技術は、単独ではなく システム・オブ・システムズ として設計されている。
SLS:高信頼な地球脱出手段
Orion:深宇宙用有人輸送船
HLS:月面専用着陸・滞在システム
Gateway:国際協力型の月周回拠点
アルテミス III の運用フローは、人類が月に「戻る」だけでなく、月に滞在し、次の目的地へ進むための技術実証である点に最大の意義がある。
この統合構造こそが、将来の 月面基地建設、火星有人探査、深宇宙居住 へとつながる基盤となる。
