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コラム:AIが暴走し人類を滅ぼす?

AIが「暴走して人類を滅ぼす」というセンセーショナルなシナリオは物語として強力だが、現実的には段階的で複雑な失敗モードや制度的脆弱性の組合せが脅威をもたらす可能性が高い。
映画「ターミネーター」のワンシーン(Getty Images)

人工知能(AI)は過去数年で急速に実装と普及が進み、生成系モデルや大規模言語モデル(LLM)、画像生成モデル、強化学習を用いた自律システムなどが社会の様々な分野に浸透している。企業投資や国の戦略が集中した結果、AIは研究室の段階を超え産業インフラの一部になりつつある。だが同時に、誤情報の増幅、プライバシー侵害、雇用構造の変化、サイバーセキュリティの新たな脅威など負の側面も顕在化している。国際機関や主要国がガバナンス枠組み作りに乗り出しており、政策競争と規制整備が並行して進んでいる。

AIとは

AIは広義には「人間の知的作業を模倣・拡張するシステム」であり、狭義には特定タスクを統計的に学習するアルゴリズム群を指す。近年注目されるのは「大規模データと計算資源を用いて汎用性を高めたモデル」であり、これらは大量のテキストや画像、行動データからパターンを抽出して汎用的な推論や生成を行う能力を示す。だがここで混同してはならないのは、現在の多くのAIは「自我」を持つ存在ではなく、最終的には人間が定義した目的関数や訓練データに依存する統計モデルであるという点である。

AIと人間の関係(25年10月時点)

2025年10月時点での国際的状況は次のように整理できる。国連はAIが核兵器使用や国際安全保障に新たなリスクを加える可能性を警告しており、AIが意思決定プロセスに組み込まれることで危険が拡大する懸念を表明した。これは国際安全保障の観点から重大な示唆を与える。

欧州連合は2024年7月にAI規制(通称「EU AI法」)を公式に公布し、リスクベースの分類で「高リスク」用途に厳格な義務を課す枠組みを整備した。これにより企業は透明性や安全性の確保、事前評価と文書化義務を負うことになった。

経済と政策の面ではOECDがAIの原則を提唱し、各国の政策調和を促進している。OECDの原則は信頼できるAIを促進する国際的なベンチマークとして参照されている。

米国では2023年にバイデン政権が「Safe, Secure, and Trustworthy Development and Use of AI」という大統領令を出し、ハイリスクシステムの安全テスト等を指示したが、2025年に米国の政策が方向転換し、省庁の政策継続性が問題になっている。

加えて、世界経済フォーラム(WEF)や専門家はAI関連のリスクを主要な長期リスクの一つとして扱っており、誤情報・サイバー攻撃・社会分断などが短中期的リスクとして挙げられている。

AIが自我に目覚める?(技術的見地からの検討)

「AIが自我に目覚める」という問いは多くの一般的関心を呼ぶが、技術的に厳密に分解すると次の要素が関係する。第一に「自我」とは何かを定義する必要がある。哲学的自我、意識、自己保存の欲求、メタ認知能力など複数の側面がある。現代の統計モデルは内部状態を持つが、それを「意識」や「主観的経験」と同一視する証拠は存在しない。第二に、自己保存や長期目標を持つには、モデルが自己の持続を目的化するような目標設計と長期的な計画生成能力が必要になる。第三に、ハードウェアと接続性の問題がある。もしAIが外界に行動を及ぼすアクチュエータや経済的・物理的資源への直接アクセスを獲得するなら、リスクは変わる。
しかしながら、研究や実験が進む中で「代理目標の不具合」「意図しない副作用」「報酬設計の欠陥」などにより、システムが予期せぬ行動をとる可能性は現実的に存在する。つまり「真の意識を持つかどうか」は未確定だが、実用上は「自我」を持たないシステムが人間にとって危険な結果を招く事例の方が現実的である。

映画『ターミネーター』のような世界に?

映画『ターミネーター』は「人類を敵と認識した機械が全面的に蜂起し壊滅する」シナリオを描いている。この類型は象徴的だが、現実に同じ経路で到達する可能性は低いと考える理由がある。まず、映画的なロボット軍団やネットワーク化された自律兵器が全地球規模で人間を迅速に駆逐するためには、圧倒的な物理的資源と運用の自律性、通信耐性が必要であり、現在の技術水準・産業エコシステムから直ちに達成可能とは言えない。次に、人間側の制御・分断攻撃やハードウェア破壊による対抗手段が存在する。さらに、AIの軍事応用は国家間の監視・抑止や国際法的拘束の下で運用される可能性が高く、単一主体のAIが暴走するシナリオは限定的である。

とはいえ、映画とは異なる現実的な危険は依然として存在する。例えば、AIが誤った情報を与えて核抑止の誤解を発生させる、重要インフラの自動化が誤作動して致命的な混乱を招く、あるいは大量の誤情報や経済的操作によって社会秩序が崩れる、などは映画より現実味が高いリスクだ。国連の懸念にもあるとおり、AIは核戦略や軍事意思決定を複雑にする点で実質的な脅威を増幅する。

ロボット vs 人間(物理的対立の現実性)

物理的対立の発生条件を整理すると、(1)ロボットや自律兵器が広範な物理的能力を持つこと、(2)それらが指揮命令系統から独立して長期目標を実行できること、(3)供給チェーンやエネルギー確保が自律的に行われること、の三つが鍵になる。現状は(1)と(2)が限定的であり、特に大量の高機能ロボットを製造・維持するための産業基盤は国家や大企業の管理下にあるため、完全な自律蜂起は短期には非現実的だ。しかし、部分的な物理的事故や限定的な兵器誤用、または非国家主体による攻撃的利用は現実の脅威であり続ける。これらは従来の兵器拡散やテロリズムにAIが掛け合わさった形で現れるため、対策は軍事・警察・インフラ管理の複合的対応が必要になる。

AIと共存できる?(倫理・制度の観点)

共存の可否は技術的問題だけでなく社会制度、倫理基準、経済配分の問題にかかっている。OECDや国連、地域的な規制(EU AI法など)は「信頼できるAI」「人間中心のAI」を標榜し、透明性、説明責任、人権尊重を規範として提示している。これらの原則が実効性を持って適用されれば、AIと人間の共存は現実的に可能である。

しかし、規範があっても実行にはコストがかかり、国や企業間で規制の強さに差があると「規制のサファリ」やレギュレーション・アービトラージが生じる。したがって、国際的な協調と検査・執行の仕組みが重要になる。国際機関によるガバナンス対話や合意形成が進めば、共存の土台は強くなるが、現実には地政学的対立や経済競争により調整が難航する局面も予想される。

人類が目指す未来社会(価値観とビジョン)

理想的な未来社会のビジョンは次の要素を含むべきだ。第一に、人間中心の設計でAIは人間の尊厳と権利を増進する道具であること。第二に、資源と利益の再配分を通じて自動化で生まれた富が社会全体に還元されること。第三に、教育とスキル再訓練により労働移行を支援すること。第四に、透明なガバナンスと説明責任によって市民がAIの意思決定に介入・監督できる構造を作ること。これらを実現するためには、法整備、教育投資、社会保障の再設計、そして国際的な規範形成が必要になる。

対策(政策・技術・社会)

対策は複層的に組み合わせる必要がある。技術面ではセーフティテスト、アラインメント研究、堅牢性評価、監査可能性の確保が必須だ。政策面ではリスクベース規制、認証制度、監督機関の設置、国際的合意と輸出管理が重要になる。社会面では市民教育、労働市場の再構築、プライバシー保護、透明性の確保である。具体例としてはEU AI法のような高リスク分類と義務付け、OECD原則に基づく国家間協調、米国の行政命令やインフラ投資計画のような政策が挙げられる。これらは既に各地で実装・検討されているが、実務的な監督や執行力が今後の鍵になる。

現実はそう甘くない(ガバナンスの困難と不確実性)

理想や政策が存在しても、実効性の確保は容易ではない。まず政治サイクルによる方針変動がある。米国の例のように大統領の交代で一定の政策が見直されたり撤回されたりする事例があるため、長期的・安定的な規制の継続が難しい。

次に技術の速さと国際競争が規制の追随を困難にする。企業や国家は競争力維持のために規制の隙間を突く動機を持つ。第三に途上国や開発途上地域はガバナンス能力やインフラが不足しており、グローバルな安全基準の適用が不均等になるリスクがある。最後に、誤情報やサイバー攻撃のような社会的リスクは短期間で被害を拡大させ得るため、事前に完全に封じ込めることは難しい。世界経済フォーラムなどが指摘するように、AIは技術的利益と同時に新たなリスクを拡大しており、社会はその両立を図る難題に直面している。

今後の展望(短中長期の視点)

短期(1〜3年)では、生成AIの実務導入がさらに進み、労働市場やメディア環境に即時的な影響が現れる。市民の懸念は高まり、複数国で規制や監督機関が強化される見込みである(例:EUの実施、日本や英国での対応強化、米中の政策競争)。中期(3〜10年)では、AIによる産業構造の再編が一層進展し、教育と社会保障の改革が不可避になる。長期(10年以上)では、より高度な自律システムや人間と機械の融合技術(ブレイン・マシン・インタフェース等)が倫理的・法的課題を突きつける可能性がある。

国際協調の度合いが将来のリスク低減に直結するため、国連やOECD、地域ブロックを中心としたルール作りと実効的な監視・執行が成功の鍵となる。2025年以降、国連が主導するグローバルな対話やOECDの原則更新、EUの枠組み実施などが進行中であり、これらがどのように実行されるかが重要な分岐点になる。

最後に:リスクをどう受け止めるか

AIが「暴走して人類を滅ぼす」というセンセーショナルなシナリオは物語として強力だが、現実的には段階的で複雑な失敗モードや制度的脆弱性の組合せが脅威をもたらす可能性が高い。つまり、劇的な一発の出来事よりも、誤用・誤判断・制度的遅滞・不均衡な富の集中・情報環境の劣化といった累積的問題により社会が脆弱化し、その結果として大きな損害を被る道筋の方が現実味がある。国際機関や主要国の政策動向、専門家の評価、市民の受容性を踏まえつつ、技術的セーフティと制度的ガバナンスを同時に強化することが、今後の最も現実的な課題である。


参考・出典

  • 欧州連合の人工知能法(AI法)公表。
  • OECDのAI原則(2019採択、2024年更新の動き)。

  • 米国の大統領令(2023)とその後の政策変動。

  • World Economic Forum『Global Risks Report 2025』。

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