コラム:地震相次ぐアフガニスタン、復興に向けた課題
アフガニスタンは複数の活断層と深発地震帯が重なる地震リスクの高い地域である。主要断層としてチャンマン断層系やパグマン断層があり、USGSや学術研究で活発な研究対象となっている。
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現状 — アフガニスタンの地震・活断層リスクの概況
アフガニスタンは中央アジアと南アジアの境界に位置し、インド・オーストラリアプレートとユーラシアプレート、アラビアプレートの相互作用域に近い。これにより複数の断層系が存在し、浅発地震から深発のヒンドゥークシュ深発地震まで幅広い地震活動を示している。特に国土の多くが山地や盆地で占められており、脆弱な土造住宅や老朽化したインフラが多く、中規模の地震でも被害が拡大しやすい状況にある。地震ハザード評価や断層マッピングはUSGSなどの国際的研究プロジェクトで進められており、主要断層の位置・滑り率・活動履歴が整理されている。
主な活断層と地震活動(総論)
アフガニスタンでは複数の活断層系が確認されており、代表的なものにチャンマン(Chaman)断層系、パグマン(Paghman)断層、中央バダクシャン断層やハリルード(Hari Rud)断層などがある。これらは主に左横ずれ(左横ずれ・strike-slip)を示すものや逆断層成分を併せ持つもの、さらには深部で発生する逆断層性の深発地震(ヒンドゥークシュ深発地震)など、多様な破壊様式を示している。USGSのアフガニスタン向けの報告やクワターナリー断層データベースは、主要断層の分布と概算滑り率(例:チャンマン断層は高い滑り率が割り当てられている)を示しており、地域ごとの地震危険度評価に用いられている。
チャンマン断層(Chaman Fault)
チャンマン断層系は、パキスタン南東部からアフガニスタン南東部へ延びる長大な左横ずれ断層系で、数百〜千キロメートル級に及ぶとされる。USGSの解析や現地の地質・リモートセンシング研究では、チャンマン系は国内で最も高速に滑る断層の一つと評価されており、割れ目や地形変位が顕著である。チャンマン断層の北方延長線上にはパグマン断層などが連続的に存在し、カブール盆地周辺の地形形成にも強い影響を与えているとされる。歴史記録や地形学的証拠から周期的に大規模な破壊を起こしてきた痕跡が確認されているが、詳細な矩形化(セグメントごとの破壊履歴)は未解明点も多い。
パグマン断層(Paghman Fault)
パグマン断層はカブール盆地の西縁に沿って延びる主要な活動断層で、北東-南西方向に走る長手の左横ずれ断層として最近の研究で注目されている。リモートセンシングと野外地質調査に基づく解析は、パグマン断層が数十〜数百年スケールで活動し、局所的には顕著な地形変位を生んでいることを示している。近年の学術論文では、パグマン断層とチャンマン断層の関係、断層長・滑り成分、そしてカブール近郊への震源影響が詳細に検討されてきており、都市周辺の地震リスク評価にとって重要な対象になっている。
その他の活断層
アフガニスタン北部・東部には中央バダクシャン断層系や複合的な逆断層群が存在し、ヒンドゥークシュ山地周辺では深発地震(深さ100〜300km程度の逆断層的地震)による広域震動が定期的に発生している。西部にはハリルード(Hari Rud)や他の地域断層があり、これらは地域ごとに異なる滑り様式・頻度を示す。USGSのクワターナリー断層マッピングや現地調査は、これら多数の断層を「可能性のあるQuaternary(第四紀)」断層として分類しており、国家レベルでの被害軽減策に不可欠な基礎データを提供している。
近年の主な地震(概説)
近年、アフガニスタンで被害を伴った主な地震として、2015年10月のヒンドゥークシュ域の強震、2022年6月の南東部(パクティカ)地震、そして2023年10月のヘラート州(西部)を震源とする地震などがある。これらは震源の深さ、断層のタイプ、被災地の住宅密度や建物構造の違いにより被害パターンが大きく異なる。特に2023年の西部地震では家屋倒壊が甚大で多数の死者を出し、国際的な人道対応が行われた。
2023年10月:ヘラート州の地震(詳細)
2023年10月7日(現地時間)に発生したマグニチュード6.3の地震は、ヘラート州西部の地区を中心に深刻な被害をもたらした。国連や現地保健当局の初期報告では、数百〜千名規模の死者・負傷者が報告され、数万軒規模の住居被害が生じた。被災地は山村が多く、伝統的な土壁・屋根材の住宅が多かったため、倒壊や圧死が多発した。国連人道問題調整事務所(OCHA)はフラッシュアップデートやレスポンスプランを作成し、緊急シェルター・医療支援・食料配分などを要請した。現場では水系感染症(AWD=急性下痢性疾患)や衛生状態の悪化も懸念され、WHOや国連機関が保健・衛生対策を展開した。
2022年6月:南東部の地震(パクティカ・ホスト)
2022年6月に発生した地震はアフガニスタン南東部、主にパクティカ(Paktika)とホースト(Khost)州を襲い、多数の死傷者と大規模な建物被害を出した。被害は山岳地帯の集落に集中し、道路寸断や救援物資の輸送困難が発生した。保健機関やWHOの報告によると、地震直後に急性下痢性疾患(AWD)や衛生関連疾患の発生が観察され、保健・水衛生の緊急対策が必要となった。また、数千世帯が家を失い、緊急の避難所・生活支援が求められた。
2015年10月:北東部(ヒンドゥークシュ)地震
2015年10月26日に発生したマグニチュード7.5のヒンドゥークシュ地震は、深さが深い(数百キロメートル級)深発地震であったが、広域に強い揺れが伝播したため周辺国を含め多数の被害をもたらした。深発地震は浅発地震に比べて断層破壊の直接的な地表の破壊は少ない場合もあるが、広域で長周期の揺れを引き起こし、建物損壊・二次災害を通じて甚大な被害を生むことがある。この地震ではアフガニスタン国内でも多数の家屋が損壊し、数十〜数百名が死亡したと報告されている。
復旧状況(総括)
急性期の救援フェーズから復旧・再建フェーズへの移行は場所ごとにばらつきが大きい。先のヘラート地震(2023年)では国連や国際NGO、日本など各国の支援によりシェルターや緊急物資の配布、医療・保健サービスの提供が行われたが、被災世帯の恒久住宅再建や生活再建には多額の資金と長期的な支援が必要であることが明らかになった。国連のレスポンスプランは数十万ドル〜数千万ドル規模の資金を想定しており、段階的なニーズ評価に基づいて実施されている。
人道支援継続中
地震被害を受けた地域では国連機関(OCHA、UNICEF、WFP、WHOなど)や国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)、NGOが継続的に支援を展開している。食料配給、緊急シェルター(テント・タープ等)、医療支援、心理社会的支援、冬季対策(毛布、暖房関連)などの分野が優先されている。とくに女性・子ども・高齢者など脆弱層に焦点を当てた支援が優先課題となっている。
国際機関による支援
国連は緊急予備基金(AHF:Afghanistan Humanitarian Fund)からの緊急配分を行うなど迅速な資金配分を行っている。また、国連機関は各種アピール(レスポンスプラン)を立ち上げ、パートナー団体を通じ物資・サービスを配布している。WHOは保健・感染症対策、ユニセフは子ども向け支援と教育・保健物資、WFPは食料支援を担当し、現地NGOとも連携して活動を継続している。
資金・物資の不足
一方で、援助は不足しているという報告が繰り返されている。国際社会の関心や資金提供は世界的な複数の同時災害や政治的要因に左右されるため、継続的な資金供与が途切れがちである。特にタリバン政権下にあるアフガニスタンは国際的な政治的孤立が援助の流れに複雑さを与えており、資金の使途や配分に関する安全保障上・コンプライアンス上の配慮から、支援の受け皿となる団体の選定や実行が難航することがある。報道でも援助が「滴るようにしか届かない」とする指摘がなされている。
長期的な影響
地震による長期的影響は物理的被害だけでなく、社会経済、保健、教育など多面的だ。住宅喪失は住民の貧困継続や移住を招き、学校や医療施設の破壊は教育・健康指標の悪化を誘発する。冬季に向けてシェルター不足が死亡率を押し上げるリスクも高い。さらに、建物の非耐震性が改善されないまま再建が進むと将来の地震リスクは残存する。復興計画は“より耐震的で持続可能な再建”を目標とする必要がある。
主な課題
住宅の再建と耐震化:多くの被災家屋は土壁や簡易構造で、耐震性能が低い。短期的な仮設シェルターだけでなく、耐震設計を組み込んだ恒久住宅の支援が必要である。
インフラの復旧:道路、橋、送電・水供給施設の復旧が遅れると生活再建と経済活動の再開が阻害される。山間部ではアクセス改善が最優先課題となる。
水系感染症のリスク:被災地では上下水道が損傷し、AWDなどの下痢性疾患が増加する傾向があるため、保健・WASH(飲料水・衛生)の迅速な対策が不可欠である。WHOや現地保健機関は監視と治療体制の強化を進めている。
住宅の再建(詳細)
住宅再建は被災者の生活回復の中核であり、短期・中期・長期の段階ごとに計画する必要がある。短期はテントやタープ、シェルターパッケージの配布、中期は半恒久的なシェルター(シェルターハウス、改良テント)、長期は耐震設計を取り入れた恒久住宅の建設である。資材の調達・運搬費用、技能者の不足(耐震工法の知識)、土地所有・権利問題(避難先の法的地位)などが実務上の障害になりやすい。国際援助はこれらのギャップを埋めるが、資金の継続性が鍵となる。
インフラの復旧(詳細)
被害が大きい道路・橋の復旧は救援物資の流通と経済活動再開に直結する。さらに電力・通信・医療施設の復旧は地域の社会サービス確保に不可欠である。UNOPSなどは緊急物資配達や中小インフラの修復プロジェクトを日本などの資金で実施した事例があり、国際資金と地元の労働力を組み合わせるハードとソフトの復旧が必要である。
水系感染症のリスクと保健対応
被災地では飲料水の汚染や衛生設備の破壊により下痢性疾患の発生が増える傾向にある。2022年南東部地震後にもAWDの発生が報告され、WHOは早急な水と衛生の回復、オーラル補液や基本的医療の提供を呼びかけた。ワクチン接種や衛生教育、トイレの設置、浄水供給の確保が被害拡大防止に重要である。
タリバン暫定政権の対応
タリバン暫定政権は災害直後に現地で救援活動を行ったと報告されており、国際社会との協力や物資受け入れの調整を行っている。ただし、2021年以降の政治的孤立と制裁リスクを理由に、多くの国・機関はタリバンと直接協力することを避け、国連機関や国際NGO経由での支援が中心になっている。これにより支援のチャネルや実施体制が複雑化し、女性の活動参加制限など社会的制約が支援提供の効果に影響するケースもあると報道されている。
日本からの支援(実績と課題)
日本政府は緊急援助物資や資金拠出を行っており、2023年ヘラート地震時にはテント・毛布等の緊急物資提供、JICAや外務省を通じた資金支援(数百万ドル規模の拠出や国連機関への支援)を実施した。WFPや国連機関を通じた食料供給支援、UNOPSによる物資配布プロジェクトへの資金協力など、いくつかの具体的支援実績がある。課題としては、政治状況に起因する支援ルートの限定、継続的資金の確保、現地での女性のアクセス制限などがあり、援助のデザインに工夫が必要である。
課題(まとめ)
地震監視と情報発信の強化:国内の地震観測網や早期警報システムは限られており、改善が求められる。国際協力による観測網強化とデータ共有が重要である。
耐震復興と技術移転:単純な物資支援ではなく、耐震建築技術の移転や地域社会のレジリエンス向上が必要である。
資金の持続性と運用の透明性:短期支援で終わらせず、長期の復興資金とモニタリングが不可欠である。
社会的脆弱性への配慮:女性・子ども・高齢者を含む脆弱層に対するアクセス確保と保護が重要である。
今後の展望
科学的調査の継続:チャンマンやパグマンなど主要断層の詳細なセグメント化・年代測定・滑り率評価を進めることで、より精緻な確率論的地震ハザード評価が可能になる。USGS等の公的データベースを基盤に、地域に適した耐震基準を導入することが望まれる。
耐震再建モデルの導入:国際支援は「よりよい再建(build back better)」の原則を採用し、耐震性と生活環境の向上を両立させることが重要である。
地域コミュニティの強靱化:地域レベルでの防災訓練、被害想定の共有、避難経路・避難場所の整備、地元技能者の育成など、コミュニティを核としたレジリエンス強化が必要である。
国際協力の持続化:日本を含むドナー国は、政治的制約がある中でも人道支援を継続するためのチャネル(国連・国際NGO・赤十字等)を維持し、資金・技術供与を継続することが重要である。実際日本は2023年のヘラート地震時に緊急援助を実施し、WFPらを通じた食料支援やJICAの物資供与を行っている。
まとめ
アフガニスタンは複数の活断層と深発地震帯が重なる地震リスクの高い地域である。主要断層としてチャンマン断層系やパグマン断層があり、USGSや学術研究で活発な研究対象となっている。
2015年、2022年、2023年の地震はそれぞれ異なる震源特性と被害パターンを示し、特に2023年ヘラート地震では多数の死傷者と家屋被害が発生した。人道支援と復興は継続課題であり、資金・物資・技術の不足が復旧のボトルネックになっている。
日本は緊急援助や国連機関を通じた資金支援、物資提供を行っており、今後も“より良い再建”を目指す国際協力が求められる。
参考にした主要資料(抜粋)
USGS:Map and Database of Probable and Possible Quaternary Faults in Afghanistan(OFR 2007-1103)、Preliminary Earthquake Hazard Map of Afghanistan(OFR 2007-1137)等。
学術論文:Chaman and Paghman Faults に関する地質学的・地形学的研究(Shnizaiほか)。
国連・OCHA、ReliefWeb、WHO の現地報告(ヘラート 2023、パクティカ/ホースト 2022 など)。
各種報道(AP、Reuters)と国際機関の報告書。
日本政府(外務省、JICA)および国連機関・WFPの援助発表。
