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コラム:甲状腺の重要性、代表的な病気とケア

甲状腺は全身の代謝、心血管系、成長発達、精神機能に広範な影響を及ぼす重要な内分泌器官である。
甲状腺のイメージ(Getty Images)

日本では甲状腺疾患は臨床現場でも高頻度に遭遇される疾患群となっている。日本甲状腺学会・日本甲状腺協会の統計によると、甲状腺疾患の罹患者数は約500~700万人と推計され、そのうち治療を要する患者は約240万人と見積もられているが、実際に治療を受けている患者は約90万人にとどまっているとされる。この差は甲状腺疾患の多様な症状が他疾患と誤認されやすいこと、症状が軽微で医療受診が遅れることが背景にあると考えられている。したがって、一般市民に対する疾患認識と検査推進が重要視されている現状である。

甲状腺がんについては、日本のがん統計によれば、人口10万対での甲状腺がんの罹患率は約14.0例(男性7.7例、女性19.9例)であり、全国がん登録データとして示されている。また死亡率は相対的に低く、約1.6人程度であり、乳頭がんなど早期発見・治療で高い生存率が得られる傾向にある。


甲状腺とは

甲状腺は、頸部前面、気管の前側に位置する内分泌腺であり、蝶が羽を広げたような形状を呈する小さな臓器である。その重さは通常10~20g程度であり、全身のエネルギー代謝や成長発達の調節に不可欠なホルモン(主にチロキシンT4及びトリヨードチロニンT3)を産生・分泌する。甲状腺ホルモンは血液を通じて全身に運ばれ、ターゲット臓器で受容体を介して作用する。

ホルモン合成にはヨウ素が必須であり、血中のヨウ素を積極的に取り込んでホルモン合成に利用する。視床下部‐下垂体を介したフィードバック機構により、TSH(甲状腺刺激ホルモン)レベルが調節され、血中甲状腺ホルモンが過剰になればTSHは低下し、低ければTSHが上昇するという基本的な調節系が成立している。


主な働き

甲状腺ホルモンは全身の細胞に作用し、新陳代謝の活性化、各臓器の機能促進、成長発達の調整などを司る。具体的な作用は以下に整理する。

新陳代謝の促進

甲状腺ホルモンは細胞内の代謝過程を促進し、酸素消費や熱産生、エネルギー消費の増加に寄与する。この作用は基礎代謝の維持に不可欠であり、消化管運動や心拍数の増加、体温維持に直結している。甲状腺ホルモンが過剰になると代謝亢進状態が生じ、体重減少や頻脈、発汗過多が見られる一方、欠乏では代謝低下に伴い体重増加、寒冷不耐、便秘、易疲労感などが出現する。

各臓器の活性化

甲状腺ホルモンは心臓、消化器、筋骨格系、中枢神経系など多様な組織で受容体を介して作用し、蛋白合成・分解、神経伝達、筋肉収縮・弛緩などの生理過程を調整する。

成長・発達

特に胎児期~幼児期における脳や骨の成熟、神経系の発達に必須であり、甲状腺機能不全は重篤な発達障害につながる。先天性甲状腺機能低下症は早期発見・治療を要する代表的疾患であり、出生直後のスクリーニングが推奨されている。


甲状腺ホルモンの調節

甲状腺ホルモンの分泌は、視床下部‐下垂体‐甲状腺軸(HPT軸)を介したフィードバック機構で調節される。視床下部からTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)が分泌され、これが下垂体前葉でTSHの分泌を刺激する。TSHは甲状腺に作用しT3/T4の生成と分泌を促す。血中T3/T4が上昇するとフィードバックによりTRH及びTSHは抑制される。この恒常性維持機構の破綻が甲状腺機能異常の基盤となる。


代表的な病気と症状

甲状腺疾患は多岐にわたるが、主に機能亢進症(甲状腺ホルモン過剰)、機能低下症(ホルモン不足)、腫瘍性疾患が存在する。日本国内でもバセドウ病、橋本病、甲状腺腫瘍・がんが臨床で代表的である。


バセドウ病

バセドウ病は自己免疫性甲状腺機能亢進症であり、抗TSH受容体抗体(TRAb)が甲状腺を刺激して過剰なホルモン産生を引き起こす。臨床症状として頻脈・動悸、体重減少、発汗増加、手指振戦、眼球突出(甲状腺眼症)が典型的である。日本の一般的な有病率は人口1,000人あたり1~3人とされ、女性に多い。発症率は特に20~40代の女性に高い傾向が認められる。

橋本病(慢性甲状腺炎)

橋本病は自己免疫反応によって甲状腺組織が慢性的に炎症を受け、最終的に機能低下を生じることがある疾患である。日本内分泌学会によれば成人女性10人に1人程度に認められる頻度の高い病態とされ、男女比は著しく女性優位である。多くの場合は初期に甲状腺ホルモン値は正常だが、進行すると低下症状を呈する。

甲状腺腫瘍・がん

甲状腺腫瘍には良性結節と悪性(がん)があり、日本では乳頭がんが最も多い。全国がん統計によれば、甲状腺がんは全がんの中で一定の頻度を占め、女性で男女比が高い傾向を示す。


検査と診断

甲状腺疾患の診断は、臨床所見に加えて血液検査、画像検査(超音波検査)、時には細胞診・生検等を組み合わせて行うことが基軸である。

血液検査

血液検査ではTSH、遊離T4(free T4)、遊離T3が主要な指標である。甲状腺機能亢進症ではTSH低値・T3/T4高値、機能低下症ではTSH高値・T3/T4低値の傾向を示す。また自己免疫性疾患では抗TSH受容体抗体(TRAb)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPOAb)、抗サイログロブリン抗体(TgAb)の測定が診断補助として有用である。

超音波(エコー)検査

超音波検査は非侵襲的かつ痛みのない検査法として日常的に用いられる。甲状腺の形態、結節の有無、大きさ、内部エコー性などを評価でき、甲状腺腫瘍や慢性炎症の指標として極めて有用である。また超音波ガイド下での細胞診は結節性病変の鑑別に有効である。


甲状腺の重要性

甲状腺は全身のエネルギー代謝の調節、心血管機能の維持、体温代謝、消化運動、精神・認知機能など多岐にわたる生理機能を調整する重要な臓器である。以下に主要な生理的役割を示す。

全身のエネルギー代謝の調節

甲状腺ホルモンは代謝率を高め、熱産生・基礎代謝を支える。欠乏では低体温、疲労、脂質異常、高コレステロールなどの症状が生じ、心血管リスクを高める可能性がある。

体温・心拍の維持

甲状腺ホルモンは交感神経系を介して心拍数や収縮力、末梢血管抵抗にも作用する。機能亢進時には頻脈や動悸、機能低下時には徐脈や冷感が見られる。

成長と発達(特に脳や神経)

胎児~幼児期の甲状腺機能障害は知能発達・運動機能に重大な影響を及ぼしうる。先天性甲状腺機能低下症は新生児スクリーニング対象疾患とされるのはこのためである。

女性の生殖機能への関与

甲状腺機能は月経リズム、卵巣機能、妊娠維持に影響し、機能異常は不妊や流産リスクの増加と関連する。妊娠計画時や妊娠中の甲状腺機能評価は推奨されている。


甲状腺を健やかに保つためのケア

甲状腺の健康維持には栄養、生活習慣、定期的なチェックが重要である。

食生活のケア:ヨウ素の適量摂取

ヨウ素は甲状腺ホルモン合成に不可欠であり、海藻類やヨウ素強化塩などから摂取する。ただし、過剰摂取は一部の甲状腺疾患(特に自己免疫性疾患)を誘引しうるため、適量が重要である。

サポート栄養素

セレン、亜鉛、鉄などは甲状腺ホルモン代謝に関与する微量元素であり、バランスの取れた食事が推奨される。

注意すべき食品(ゴイトロゲン)

一部の食品(例:大豆、キャベツ、ブロッコリー等)にはゴイトロゲンが含まれ、過剰摂取により甲状腺機能影響が懸念されるが、多くの場合、加熱調理や適量摂取で問題は少ない。

生活習慣のケア:ストレス管理

慢性的なストレスは免疫・内分泌系に影響を与え、甲状腺疾患の発症・増悪リスクと関連する可能性がある。

禁煙

喫煙はバセドウ病の発症リスクを高めるとの報告があり、禁煙は予防戦略の一部となる。

適度な運動・良質な睡眠

運動は代謝調節を助け、睡眠はホルモンバランス維持に寄与する。

定期的なチェックと医療連携:セルフチェック

首の前面に腫れやしこり、圧痛、嚥下時の異常感がないかを定期的にセルフチェックする習慣が推奨される。

服薬のルール(治療中の方)

甲状腺ホルモン薬や抗甲状腺薬は医師の指示に従い、自己判断で中断せず、定期的な検査で効果と副作用を評価する。

専門医の受診

甲状腺専門医(内分泌・内科・外科)による診療は診断精度と治療効果向上に寄与する。日本甲状腺学会認定専門医への相談は有効である。


今後の展望

甲状腺疾患は高頻度である一方、症状が非特異的で見逃されることが多い。今後の研究と臨床の重点は以下が挙げられる。

  • AI・画像解析の精度向上:超音波画像と深層学習を組み合わせた結節診断支援の開発が進みつつある。

  • 分子診断・バイオマーカーの探索:血中マーカーや遺伝的リスク評価により早期発見・個別化治療の発展が期待される。

  • 疫学的理解の深化:甲状腺がん発生率の増加傾向と過剰診断の評価、環境因子の影響、他疾患との関連性の大規模コホート研究が進行中である。

  • 患者教育・啓発強化:世界甲状腺デーなど啓発活動の継続と一般市民の疾患理解向上が望まれる。


まとめ

甲状腺は全身の代謝、心血管系、成長発達、精神機能に広範な影響を及ぼす重要な内分泌器官である。日本においては甲状腺疾患が高頻度に見られるにもかかわらず診断・治療が遅れるケースも多いため、疾患の正確な理解と積極的な検査・医療連携が重要である。適切な栄養・生活習慣のケア及び定期チェックにより、甲状腺の健康を維持し、病気の早期発見・治療へつなげることが求められる。


参考文献

  1. 日本甲状腺学会(2024).甲状腺疾患診断ガイドライン2024日本甲状腺学会
    — バセドウ病、慢性甲状腺炎(橋本病)など甲状腺機能異常の診断基準を解説.診断ガイドラインの最新版.

  2. 日本甲状腺学会(2025).甲状腺疾患啓発・検査推進運動.日本甲状腺学会.
    — 日本における甲状腺疾患の疫学・罹患数、啓発活動に関する概略.

  3. 日本甲状腺協会(2021).甲状腺疾患について.一般社団法人 日本甲状腺協会.
    — 甲状腺疾患の分類と基本的な病態(機能性異常と腫瘍性病変)について.

  4. 済生会(2025).橋本病(Hashimoto’s Thyroiditis):解説.済生会.
    — 橋本病の臨床像と自己免疫機序、疫学についての概説.

  5. 伊藤公一(監修).(202?).患者のための最新医学 バセドウ病・橋本病 その他の甲状腺の病気 改訂版.高橋書店.
    — バセドウ病と橋本病の病態・治療・患者教育に関する解説.日本国内の患者数推定も含む.

  6. 橋本貢士(2024).「コモンディジーズとしての甲状腺疾患とその最新の知見」.日本内科学会雑誌,113(3), 516–521.
    — 甲状腺疾患の臨床的最新知見と内科的視点での総括.

  7. NHK出版(2022).『病気がわかる本 甲状腺の病気といわれたら バセドウ病・橋本病・甲状腺腫瘍』.NHK出版.
    — 臨床症状、検査、治療法の一般向けガイド.

  8. National Institutes of Health (NIH) PubMed.(2021).“Iodoprophylaxis and thyroid autoimmunity: an update”.PubMed.
    — ヨウ素摂取と甲状腺自己免疫疾患の関連を系統的にレビュー.

  9. Verywell Health.(n.d.).“Iodine’s Role in Thyroid Health”.Verywell Health.
    — 甲状腺ホルモン合成におけるヨウ素の役割と過不足の影響について.

  10. EatingWell.(2024).“The #1 Nutrient to Limit for Better Thyroid Health”.EatingWell.
    — 甲状腺健康維持に関する栄養素の役割・過剰摂取の注意点についての栄養学的視点.

  11. Verywell Health.(n.d.).“What Positive Thyroid Antibodies Mean”.Verywell Health.
    — 甲状腺自己抗体(TPOAb, TgAb, TRAbなど)の臨床的意味と診断的価値.

  12. 日本甲状腺学会(2023).甲状腺ホルモン不応症診療の手引き.日本甲状腺学会.
    — 稀少疾患である甲状腺ホルモン不応症の診断と治療指針.


追加参考(関連論文・研究)

  1. Huang, H., Dong, Y., Jia, X., Zhou, J., Ni, D., & Cheng, J. 等(2022).“Personalized Diagnostic Tool for Thyroid Cancer Classification using Multi-view Ultrasound”.arXiv:2207.00496.
    — 超音波画像診断の精度向上を目指した機械学習モデル研究.

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