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米国の対キューバ制裁、現状と今後の展望 2025年11月

米国による対キューバ制裁は、歴史・政治・外交・経済すべてが絡み合った複雑なシステムである。1959年のキューバ革命以来、冷戦構図の中で強化されてきた制裁は、時代と政権によって緩和と強化を繰り返してきた。
1986年2月8日/キューバ、首都ハバナ、フィデル・カストロ議長(当時)とラウル・カストロ大統領(当時)(AP通信/Charles Tasnadi)
現状(2025年11月)
  • 2025年に入り、トランプ政権が発足し、就任直後に以前の制裁回帰を進めた。トランプ大統領は1月にキューバを再び国際テロ支援国家(State Sponsor of Terrorism:SST)に指定する大統領令を発出し、これにより金融取引や輸出許可の制限、制限リストの再発行などを強化している。

  • 具体的には、米国務省は「Cuba Restricted List(キューバ制限リスト)」を復活させ、キューバの軍や情報機関、治安部門などと結びつく231の法人等について、米国人や米企業が直接金融取引を行うことを禁止。

  • さらに、トランプ政権はホテルや観光関連施設(422施設)にも宿泊・予約制限をかける措置を復活。

  • 一方でバイデン政権時代の動きをめぐる調整も続いている。バイデン政権は2025年1月、キューバをテロ支援国家から外す通告を議会に出していたが、トランプ政権が直後にその決定を覆している。

  • 加えて、2025年10月29日には国連総会で、米国に対しキューバへの禁輸継続を終結させるよう求める決議が賛成165票・反対7票・棄権12票で採択されている。

  • こうした強硬と国際的な批判がせめぎ合う中で、制裁措置の継続とその社会・経済的影響が国内外で改めて注目されている。


制裁の歴史と概要
  • 米国によるキューバ制裁(経済封鎖)は、冷戦時代のキューバ革命(1959年)以降に始まる。

  • 最初は武器輸出の禁止から始まり、1960年には農産物・エネルギー分野への制裁も導入された。

  • 1963年にはケネディ大統領の下で「Cuban Assets Control Regulations(CACR、キューバ資産管理規則)」が制定され、以降、米財務省(OFAC:Office of Foreign Assets Control)が中心となって制裁を運用。

  • 1990年代以降には、民主化・人権支援を名目に制裁を強化する法制度が整えられた。1992年のキューバ民主化法(Cuban Democracy Act)や、1996年のヘルムズ・バートン法(Helms–Burton Act) が代表的。

  • 1982年にはキューバを国際テロ支援国家(SST)に指定(1982年 – 2015年)、2015年にはオバマ政権が解除。しかし、2021年にトランプ政権(第1次)が再指定。

  • また、制裁の性格は非常に包括的で、「最も厳しい制裁制度」のひとつと評価される。

  • これらは輸出・貿易制限だけでなく、金融取引、旅行・送金、資産凍結など多面的に展開されてきた。


発端
  • 起点はキューバ革命(1959年)。フィデル・カストロらが米国資本を国有化し、それまで多くの米国企業が所有していた砂糖工場、製糖所、石油精製所、銀行などを接収。

  • 革命後、キューバは社会主義体制を採用し、ソ連や東側陣営との結びつきを強め、冷戦の最前線国家となった。

  • こうしたイデオロギー対立および資本倒産・接収を背景に、米国は制裁を段階的に導入。最初は武器禁輸(1958–60年)、続いて農産物・エネルギーなどへの経済制裁が加わった。

  • 制裁はまた、米国の国内政治、特にキューバ系移民(マイアミをはじめ)の影響とも強く結びついてきた。反共主義を背景に、制裁強化を支持する声が根強くあった。


目的

米国による対キューバ制裁の目的は多岐にわたる。主なものを挙げる:

  1. 政治変化の促進
     社会主義・共産主義体制を持つキューバに対し、民主化・人権尊重を促すツールとして制裁を使う。

  2. 経済圧力による体制転換
     封鎖・禁輸を通じてキューバ経済を弱体化させ、国民生活を苦しめ、政府を変える圧力をかける。

  3. 国家安全保障
     冷戦時代にはソ連との結びつき、21世紀にはテロ支援国家指定などを通じて、米国の安全保障上の脅威とみなす。

  4. 外交・イデオロギー的優位性
     制裁を通じて、反共主義を体現し、他国へのメッセージとする。

  5. 政策レバレッジ
     交渉カードとして制裁を用い、例えば人権改善や投資誘致と交換に緩和をちらつかせる。


中核法令

以下が対キューバ制裁の制度的根幹をなす主な法令・規制:

  1. Cuban Assets Control Regulations(CACR, 31 CFR Part 515)
     米財務省(OFAC)が管轄。1963年制定。米国人や米企業によるキューバとの取引を厳しく制限。

  2. Trading with the Enemy Act(敵対国取引法、1917年)
     CACRの根拠法令の一つ。戦時・非常事態を想定し、敵対国との取引を制限。

  3. Cuban Democracy Act(キューバ民主化法、1992年)
     キューバへの輸出制限強化、国際協調を促す条項を含む。

  4. Helms–Burton Act(ヘルムズ・バートン法、1996年/LIBERTAD法)
     外国企業がキューバの没収財産を商業活用することを制裁対象とし、アメリカ市民の請求権を認める。

  5. State Sponsor of Terrorism指定制度
     国務省が指定。テロ支援国家に指定されると輸出規制、金融制限、軍事支援停止などの法的枠組みが発動。

  6. 大統領令(Executive Orders)
     歴代政権が大統領令を通じて制裁強化・緩和を実施。例えばトランプ政権は制限リスト復活を大統領令で実行。


主な内容

制裁内容は多岐にわたり、以下の観点で整理できる。

  1. 貿易禁輸
     米国人・企業によるキューバへの物的輸出や輸入の制限。多くの商品・サービスが許可制または禁止。特に軍や国家権力に結びつく企業との取引が厳格。

  2. 渡航制限
     通常の観光旅行は禁止。OFAC規則(31 CFR § 515)では、特定の12カテゴリー(教育、宗教、人道支援、報道、学術交流など)に基づく旅行に対して一般ライセンス/特別ライセンスを発行
     また、2017年にはクルーズ船、プライベート航空機、法人機での渡航が禁止対象となった。

  3. 金融取引の制限
     OFAC管理下で、キューバ関連の金融取引に厳しい規制。2017年には、キューバ軍・情報・治安関係企業への「直接金融取引(direct financial transactions)」を禁止。
     銀行口座の開設・維持についても厳格管理。なお、最近(2025年)でも、「キューバ国外にいるキューバ国民」と銀行口座を持つことを部分的に許可。

  4. テロ支援国家指定
     国務省による指定により、武器輸出禁止、二重用途技術の輸出規制、金融制限、国際金融機関からの支援排除、対外援助停止などが適用される。

  5. 制限リスト(Cuba Restricted List)
     2017年にトランプ政権で作られたリスト。キューバ軍・情報・治安機関と結びつく企業・団体を列挙。金融取引や輸出の申請において、これらリスト上の企業への支払い・投資が厳しく制限される。

  6. ビザ制限・渡航者制限
     キューバ政府高官や司法・刑務所関係者などに対し、米国への入国ビザを制限・拒否。特に人権弾圧や政治犯扱いなどへの関与がある者に対する制裁。最近では2025年、ディアスカネル大統領ら主要政府高官へのビザ制裁が報じられている。


貿易禁輸の実態
  • 長期にわたる米国の禁輸措置によって、キューバの多くの産業(農業、エネルギー、観光など)は重大な影響を受けてきた。

  • 米国製品や技術の輸入が制限されるため、キューバは代替供給先(ヨーロッパ、カナダ、ラテンアメリカなど)を求めてきた。

  • また、ヘルムズ・バートン法により、第三国企業によるキューバ没収財産への投資や使用も制約対象となっており、国際企業がキューバで活動する際のリスクが高い。


渡航制限
  • キューバ旅行は米国人にとって全面解禁ではなく、特定の認可された活動(12カテゴリー)に限定されている。

  • 観光旅行(ツーリズム)は原則不可。これは観光客として行くことを禁じ、交流を制限する意図がある。

  • 加えてトランプ政権下で、クルーズ船や個人/企業の飛行機でのキューバ渡航が禁止され、商業便は限定都市(ハバナなど)への運航のみ許可、宿泊施設も約400のホテル・民泊がキューバ政府所有または管理施設として制限対象とされた。

  • これにより、米国市民・企業によるキューバへの直接的な人の移動や観光が大きく制限されている。


金融取引の制限
  • CACR(31 CFR part 515)の下、米国人・企業はキューバとの多くの金融取引についてライセンスまたは禁止が必要。

  • 2017年以降、直接金融取引(送金・振込・貸付等)は、キューバ制限リスト(Cuba Restricted List)に載る軍・情報関連企業との間では禁止。

  • 2025年には新たな調整もあり、国外に居住するキューバ人が銀行口座を持つことを可能にするなど、制裁を「キューバ国内ではなく国外にいる個人への影響を緩和する」方向の改定も実施されている。

  • ただし、キューバ政府やその関連企業への資金流入、多国間金融機関との関係構築には依然として大きな障壁がある。


テロ支援国家(State Sponsor of Terrorism)指定
  • キューバは1982年に米国からSST指定を受けた。主な理由は、ラテンアメリカにおける左翼ゲリラ・武装組織(コロンビアのM-19など)への支援。

  • SST指定によって、武器・軍事技術の米国からの輸出禁止、二重用途技術の輸出規制、米国および多国間金融機関からの支援排除、米国からの対外援助停止などが科される。

  • 2015年、オバマ政権が指定を解除し、国交回復への道を開いた。

  • 2021年1月11日、トランプ(第1次)政権が再指定。再指定の根拠には、キューバが米国指名手配者やコロンビアのELN(コロンビア人民解放軍)のメンバーを匿っているとしたことがある。

  • SST指定は技術輸出、金融、外交関係における強力な制裁手段となる。


近年の動向(オバマ~第2次トランプまで)

オバマ政権(2009–2017)

  • 「キューバ・サーマ(Cuban Thaw)」:オバマ大統領は外交正常化を図り、2015年に国交回復。

  • SST指定解除(2015年)。

  • 旅行・金融制限の緩和。ある程度の個人旅行、送金が許可されるようになった。ただし完全な自由化には至らず。

トランプ政権(第1次、2017–2021)

  • 強硬路線への転換。2017年11月には米財務省・商務省が規制を強化。

  • Cuba Restricted Listを初めて導入し、軍・情報部門関係企業との直接金融取引を禁止。

  • 旅行制限を強化。クルーズ禁止、企業機/プライベート機での渡航、制限付きホテル宿泊など。

  • 2021年1月、再びキューバをSST指定。

バイデン政権(2021–2025前半)

  • 一部トランプ時代の制裁を維持。特に制限リストや金融制限は継続。

  • 同時に、一部制裁緩和の動きもあった。2025年1月(バイデン退任直前)、バイデン政権はキューバのSST指定解除を議会に通告。

  • 制裁緩和を条件として、キューバ側は政治犯553人の釈放を行うなどの合意に至った。

トランプ政権(第2次、2025年~)

  • 就任直後の1月、公約通りSST再指定

  • 制限リスト(Cuba Restricted List)の復活。以前よりもさらに厳しい制限が再導入された。

  • 特に軍関連企業送金処理会社(例:Orbit S.A.など)を標的に、金融取引を制限。

  • 2025年6月、トランプ大統領は追加の制裁強化の大統領令を発令。ホテル、観光、宿泊施設への制限を復活。

  • バイデン政権による緩和を巻き戻す方向に明確にシフト。


影響と課題

経済的打撃

  • キューバの経済には深刻なダメージが続く。貿易制限、外貨獲得機会の喪失、観光収入の減少などにより、国民生活は圧迫されてきた。

  • 外国企業(特に米国系)はリスクを恐れてキューバ参入を控える。ヘルムズ・バートン法による投資リスクが常に存在。

  • 送金(レミッタンス)に関する制限は、キューバ国内の住民にとって重要な収入源を断つ可能性がある。これは特にキューバ系アメリカ人の家族にとって問題。

  • 制限リストへの企業登録により、軍関連企業の収益源が制限されるが、それがキューバ経済の軍-国営セクターを持続可能にするかどうかには議論がある。

国際的批判

  • 国連総会は長年にわたり、米国のキューバ禁輸を非難し、解除を求める決議を採択してきた。2025年10月29日にもそのような決議が採択されている。

  • 多国間金融機関(国際通貨基金、世界銀行など)もキューバへの制裁の長期化が開発と成長を阻害するとする批判がある。

  • 人権団体や学者からは、制裁が一般市民に過度な負担を強いており、政治体制への変革よりも苦しみを増やすだけとの指摘もある。

政治的対立

  • 米国内では、特にキューバ系移民(マイアミ等)の政治影響力が大きく、制裁強硬派(共和党保守・亡命者コミュニティ)と、緩和派(外交政策重視・民主党など)との間で攻防が続く。

  • トランプ政権(第2次)による制裁強化は、バイデン政権時の緩和を覆すものであり、両政権間のイデオロギー対立を象徴している。

  • キューバ側も米国制裁を「経済戦争」「不当な封鎖」と位置付け、国際舞台での同情を集めようとしている。


今後の展望
  • 制裁継続の可能性高い:トランプ政権(第2次)は就任直後に強硬措置を戻しており、しばらくは制裁強化傾向が続く可能性がある。

  • 国際圧力の高まり:国連などによる制裁解除要求は引き続き強く、米国が完全な孤立を避けるためには外交的調整を迫られる。

  • 国内改革との連動:キューバ側も経済困難を改善するために限定的な改革を進める必要がある。制裁緩和と国内改革を両にらみする交渉が鍵となる。

  • 将来的な指定解除:理論上、将来また別の政権が緩和政策に戻れば、SST指定解除や制限リストの見直しが再び議論される可能性はある。ただし、過去の経験から容易ではない。

  • 市民・非政府主体の役割強化:人道支援、民間交流、リモート技術などを通じて、市民レベルでの架け橋構築を目指す動きも今後重要となる。


専門家/データからの示唆
  • 米議会調査局(CRS)の報告書によると、バイデン政権もトランプ時代の制裁を多く維持しており、政策の根本的な再構築は限定的だと指摘されている。

  • 米国会計検査院(GAO)の報告によると、キューバに対する制裁は米国の制裁体制の中でも最も包括的かつ長期的なものであり、人員や優先度の競合がある中で施行・運用の難しさもある。

  • また、財務省の発表(2025年)では、制裁緩和の一部として「国外に住むキューバ人個人」向けの口座開設を許可するなど、柔軟化の試みがある。

  • 法律専門家(ホーガン・ラヴェルズ法律事務所など)は、制限リスト復帰が大統領令によって迅速に行われた点を指摘。これは制裁が行政命令を通じて容易に強化・回帰可能であることを示す。


総括

米国による対キューバ制裁は、歴史・政治・外交・経済すべてが絡み合った複雑なシステムである。1959年のキューバ革命以来、冷戦構図の中で強化されてきた制裁は、時代と政権によって緩和と強化を繰り返してきた。

2025年現在、トランプ政権は制裁強化に舵を切っており、特に軍関係企業・金融取引・テロ指定などの分野で厳しい措置を再導入している。一方で、国際社会、とりわけ国連からは封鎖解除への圧力が根強く、またキューバ国内も経済苦境にあえいでおり、市民生活への直接的影響が顕在化している。

今後は制裁の硬直化と国際的な批判、キューバ側の改革圧力、市民レベルの交流などが複雑に交錯する中で、政策の柔軟化・戦略転換の可能性が注目される。米キューバ関係は単なる二国間問題を超えて、国際制度、地域政治、経済開発、そして人道問題が交差する領域であり続ける。

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