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メキシコ大統領が痴漢被害に、ジェンダー不平等や暴力根強く

メキシコにおける女性の人権状況は、法制度上は大きな進展を遂げつつも、現実には深刻なジェンダー不平等や暴力が根強く残っているという二重構造に特徴づけられる。
2024年11月26日/メキシコ、首都メキシコシティ、シェインバウム大統領(AP通信)

メキシコのシェインバウム(Claudia Sheinbaum)大統領は5日、酔っ払った男に体を触られたとして、この男を刑事告発したと明らかにした。

シェインバウム氏は大統領府から教育省まで徒歩で移動。支持者と交流していた。

SNSで拡散した動画には男がシェインバウム氏の身体に触る様子が映っていた。

シェインバウム氏は定例会見で「多くの女性がこのような嫌がらせを日常的に受けている」と述べ、男を刑事告発したと明らかにした。

またシェインバウム氏は各州政府に対し、女性がこうした暴行を報告しやすくするための法整備と手続きの見直しを求め、「女性のパーソナルスペースは侵害してはならないというメッセージをはっきりと、強く伝える必要がある」と呼びかけた。

メキシコシティ市長は男がその場で逮捕されたと報告している。警察によると、男はアルコールを摂取していた。

警察は男の身元と認否を明らかにしていない。

メキシコにおける女性の人権状況は、法制度上は大きな進展を遂げつつも、現実には深刻なジェンダー不平等や暴力が根強く残っているという二重構造に特徴づけられる。

憲法および多数の国際人権条約において男女平等が明記されているにもかかわらず、社会的・経済的・文化的背景により、女性の権利が実質的に保障されていない地域が多い。

まず法制度面を見ると、メキシコ政府は1990年代以降、女性の地位向上に関する法的整備を進めてきた。1979年に国連の「女子差別撤廃条約(CEDAW)」を批准し、2007年には「女性に対する暴力の防止・制裁・根絶に関する一般法(Ley General de Acceso de las Mujeres a una Vida Libre de Violencia)」を制定した。

この法律は、家庭内暴力、性的暴力、職場でのハラスメント、フェミサイド(女性殺害)などを包括的に扱い、国家と地方政府に対して女性保護の義務を課している。また、2019年には憲法改正により、あらゆる公職における「ジェンダー平等の原則(paridad de género)」が導入され、政治分野での女性進出が加速した。実際、連邦議会では女性議員の割合が50%近くに達しており、ラテンアメリカでも高水準にある。

しかし、これらの法的進歩にもかかわらず、現実社会では女性に対する暴力が極めて深刻である。メキシコは国際的にもフェミサイドの発生率が高い国の一つとして知られている。

政府統計によると、毎日およそ10人の女性が殺害されており、その多くは性暴力や家庭内暴力に関連している。とりわけシウダー・フアレスやメヒコ州などでは、女性の遺体が遺棄される事件が相次ぎ、警察や司法当局の捜査の不備・腐敗・無関心が批判されてきた。

被害者遺族の多くは正義を求めて訴訟や抗議活動を続けており、「#NiUnaMenos(もう一人も失わせない)」というスローガンのもとで全国的なフェミニスト運動が拡大した。

社会的・経済的要因も女性の人権状況を悪化させている。メキシコは貧富の格差が大きく、農村部や先住民コミュニティでは教育・医療・雇用の機会が限られている。特に先住民女性は、性別だけでなく民族的差別にも直面しており、性的暴力や強制的な不妊手術などの人権侵害が報告されている。また、非正規雇用の拡大により、多くの女性が低賃金かつ不安定な労働環境に置かれている。

家庭内では依然として伝統的な性役割観が根強く、家事・育児の負担が女性に集中していることも、社会進出を阻む要因となっている。

さらに、刑事司法制度の機能不全が女性の権利保護を阻害している。性暴力や家庭内暴力の被害を訴えても、警察による対応が遅れたり、被害者自身が責められたりするケースが少なくない。証拠収集の不備や裁判の遅延により、多くの加害者が処罰を免れている。このような「不処罰の文化」は暴力の連鎖を助長しており、国際人権機関からも繰り返し改善を求められている。

一方で、近年は市民社会によるジェンダー平等運動が活発化している。SNSを活用した抗議デモや芸術的パフォーマンスが全国に広がり、政府への圧力となっている。2020年には女性の権利団体や学生運動による大規模なストライキが行われ、フェミサイドの根絶や司法改革を求める声が一層高まった。政府もこうした動きを受け、専門のジェンダー平等委員会の設置や、警察官へのジェンダー研修などを進めているが、制度の実効性には課題が残る。

総じて、メキシコの女性の人権状況は「法の上の平等」と「現実の不平等」とのギャップが顕著である。制度改革が進んでも、腐敗、貧困、文化的偏見、司法の不信など構造的問題が根深いため、実質的な改善には時間を要している。

今後求められるのは、法的整備だけでなく、教育・経済・司法の各分野での包括的な改革と、女性自身が安全かつ尊厳をもって生きられる社会的環境の構築である。

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