メキシコにおけるジェンダー不平等、性暴力、セクハラの現状
メキシコにおけるジェンダー不平等、性暴力、セクシャルハラスメントは、単なる個別の問題ではなく、国家の社会構造に深く根差した体系的な課題である。
.jpg)
メキシコのシェインバウム(Claudia Sheinbaum)大統領が今週、酔っ払った男に体を触られた。
メキシコシティ市長によると、男はその場で逮捕された。警察は男がアルコールを摂取していたと報告している。
メキシコはラテンアメリカにおいて経済的にも文化的にも重要な位置を占める国家であるが、同時に深刻なジェンダー不平等と女性に対する暴力の問題を抱えている国でもある。近年、法制度や社会意識の変化により一定の進展が見られるものの、女性の権利保障は依然として十分とは言えず、日常生活から労働現場、政治、司法制度に至るまで、構造的な差別と暴力が根深く存在している。
1. ジェンダー不平等の構造
メキシコ社会におけるジェンダー不平等の根底には、植民地時代から続く家父長制的価値観が存在する。伝統的に男性は家族の経済的支柱として位置づけられ、女性は家庭内のケア労働や子育てを担うものとされてきた。この性別役割分担は、教育、労働、政治参加の機会において長らく女性を不利な立場に置いてきた。
統計的に見ると、メキシコでは男女の教育水準の差は縮まりつつあるが、労働市場における賃金格差は依然として顕著である。国立統計地理情報院(INEGI)のデータによると、同一職種であっても女性の賃金は男性より平均20〜30%低い水準にとどまっている。また、非正規労働に従事する女性の割合が高く、社会保障や労働権の保障から排除されやすい現実がある。
政治参加においても制度上の進展が見られる。メキシコでは2014年の政治改革により、国会議員選挙における候補者の男女同数原則(パリティ法)が導入された。この制度により議会内の女性比率は大幅に増加し、現在では下院の約半数を女性議員が占めている。しかし、形式的な数値上の平等が実質的な権限の平等に結びついているとは言い難く、女性政治家が脅迫やハラスメント、さらには殺害の対象となるケースも報告されている。これは「政治的暴力におけるジェンダー差別」として国連やメキシコ政府も問題視している。
2. 性暴力とフェミニサイド(女性殺害)
メキシコにおける性暴力は極めて深刻な社会問題である。国連女性機関(UN Women)の報告によると、メキシコでは毎日10人以上の女性が殺害されており、その多くがジェンダーに基づく暴力、すなわち「フェミニサイド(feminicidio)」として分類される。フェミニサイドとは、女性であることを理由に殺害される事件を指し、性的暴力、家庭内暴力、社会的差別が背景にあるとされる。
この現象が国際的に注目を集める契機となったのは、1990年代に北部シウダー・フアレスで発生した連続女性殺害事件である。多数の女性が誘拐・強姦・殺害され、遺体が砂漠地帯に遺棄されるという残虐な事件が相次いだにもかかわらず、当局の捜査は不十分であり、多くの事件が未解決のままとなった。この事件はメキシコ社会における女性の生命権と司法制度の無力さを象徴するものとなり、国内外でフェミニスト運動が高揚する契機となった。
その後、2007年には「女性に対する暴力防止・根絶に関する一般法(Ley General de Acceso de las Mujeres a una Vida Libre de Violencia)」が制定され、連邦および州レベルでの政策対応が進められた。しかし、法整備にもかかわらず、暴力事件の立件率・有罪率は依然として低く、加害者が処罰を免れるケースが多い。司法機関における性差別的態度や、警察の対応の不備が被害者の通報意欲を削いでいる現状も指摘されている。
3. セクシャルハラスメントと職場環境
メキシコではセクシャルハラスメント(acoso sexual)も広範に存在している。特に職場や教育機関における性的嫌がらせは日常的に発生しているにもかかわらず、被害の多くが報告されていない。これは報復への恐れや、被害を軽視する社会的風潮が影響しているためである。
労働法上、セクシャルハラスメントは明確に禁止されており、企業は防止措置を講じる義務を負っている。しかし、実際には内部通報制度や調査機関が機能していないことが多く、被害者が解雇や配置転換などの不利益を被る例も存在する。特に低賃金労働者や非正規雇用の女性は、権利主張を行うことが困難な立場にある。大学などの教育機関でも教授や上級生による性的嫌がらせが問題視されており、学生運動「#MeTooUniversitario」が全国的な注目を集めた。
4. 社会運動と変化の兆し
2010年代以降、メキシコでは女性運動が大きな広がりを見せている。SNSを通じて広がった「#NiUnaMenos(これ以上、ひとりも殺されない)」運動は、フェミサイドに対する抗議の象徴となった。この運動はアルゼンチンで始まったが、メキシコでも瞬く間に拡大し、数万人規模のデモが各都市で行われた。若年層の女性たちは路上で声を上げ、壁にスローガンを描き、警察や司法の無作為を非難した。
また、教育現場でもジェンダー平等教育の導入が進められつつある。NGOやフェミニスト団体は、性的同意、暴力防止、女性の権利意識の啓発を目的としたワークショップやキャンペーンを展開している。一方で、保守的宗教団体や政治勢力からの反発も根強く、「ジェンダー・イデオロギー」と称して教育内容への介入を求める動きもある。
5. 変革への課題
メキシコにおけるジェンダー不平等、性暴力、セクシャルハラスメントは、単なる個別の問題ではなく、国家の社会構造に深く根差した体系的な課題である。法的整備や政策的介入は一定の成果を上げているが、司法の腐敗、警察の無力、教育の欠如、そして文化的慣習の抵抗が改革の障壁となっている。
真の変革には、制度改革に加えて社会全体の意識変革が必要である。女性の権利を「特別な保護対象」として扱うのではなく、基本的人権として尊重する文化の定着が求められる。また、男性を含む全ての市民がジェンダー平等を社会的責務として認識することが、暴力の根絶につながる第一歩となる。
メキシコ社会は今、深い矛盾と向き合っている。経済発展と民主化を進める一方で、女性の身体と尊厳が脅かされ続けている現実がある。だが同時に、若い世代を中心に新たな価値観と連帯の動きが芽生えている。ジェンダー平等を求める闘いは決して容易ではないが、それはメキシコ社会が真に民主的で公正な社会へと変わるための不可欠な道であると言えよう。
