メキシコの「肥満対策」、効果と課題、今後の展望
メキシコの肥満・過体重対策は、すでに他国に比較して先進的な制度(税制・ラベル・学校禁止)を導入してきており、今後さらに深化・拡大させる余地が大きい。
.jpg)
1.現状(2025年11月時点)
メキシコは成人・児童ともに肥満・過体重率が非常に高く、国民健康・社会保障・医療制度にとって喫緊の課題となっている。たとえば、成人15歳以上における肥満率は、「 経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でも第2位」という報告がある。また、成人の過体重・肥満を合わせた割合が「75.2%」というデータも示されており、肥満・過体重問題が国民の大部分に及んでいることを示している。
児童・青年期も例外ではなく、例えば5~11歳児童における肥満率が過去20年間でほぼ倍増しており、「5~11歳の約18%が肥満」という報告もある。また、学校児童の調査では、2025年8月時点で「学校年齢児童の3分の1以上が過体重または肥満」も報じられている。
こうした状況を受けて、メキシコ政府は肥満・過体重、特に児童のそれに対して、国家戦略的に対応を強化している。
2.政府による国民向けの肥満対策
政府(シェンバウム政権)を中心に、肥満・過体重の抑制に向けた多面的な対策が講じられている。例えば、国民向けに「健康的なライフスタイル(食事・運動)を普及させるキャンペーン」「学校・教育機関を核とした介入」「税制・規制を通じた食品環境の改変」「警告表示ラベル義務化」「販売制限」といった政策がある。
2025年3月には、約1,200万人の学校児童を対象に身長・体重測定などを実施する全国プログラムが開始された。政府側は「このままでは成人も含めて肥満・糖尿病・心血管疾患の負担が増大する」という認識を示しており、税収を保健プログラムに充てる意向も打ち出している。
また政府は「砂糖入り飲料の消費を減らす」「超加工食品・高カロリー食品の消費を抑制する」という明確な目標を掲げており、これを達成するための規制・税制・教育介入を総合的に進めている。
3.背景
メキシコにおける肥満・過体重の急増には複数の背景がある。先ず、栄養転換(nutrition transition)と呼ばれる、伝統的な食生活から高脂肪・高糖・高塩分の超加工食品・清涼飲料・スナック菓子などへの移行が進んでいる。例えば、5~19歳の児童・青年において、過体重・肥満率が1990年代から2022年にかけて大幅に上昇しており、社会経済的変化・都市化・ライフスタイル変化が背景にある。
また、メキシコでは成人肥満率が高いこと自体が子どもの肥満率にも影響を及ぼすとされ、親世代の過体重・肥満率が高ければ、子どもの食習慣・身体活動量・家庭環境にも影響を与える。
加えて、教育・保健サービス・住環境(遊び場の不足・運動機会の欠如)・社会経済格差も影響しており、都市部・貧困地域ともに肥満を助長する条件が存在する。「運動不足」「遊び・屋外活動場の欠如」「加工食品の過剰摂取」「果物・野菜の摂取不足」などが児童・青年期の肥満増加に寄与していると分析されている。
さらに、メキシコは清涼飲料(ソーダ)や砂糖入り飲料の世界的消費率が高く、この「甘い飲料文化」も肥満・糖尿病の増加を促進してきた。
こうした多因子的背景を有するため、単一施策ではなく包括的・多面的なアプローチが必要とされてきた。
4.肥満・過体重問題(特に児童肥満)
成人だけでなく、児童・青少年の肥満・過体重は将来の成人期の慢性疾患リスク(糖尿病、心血管疾患、脂質異常、メタボリック症候群)を高めるため、特に重要である。メキシコでは、5~11歳児童の肥満率が近年急上昇しており、例えば「5~11歳で約18%が肥満」という報告がある。また、12~19歳の青年でも過体重・肥満率が高く、「12~19歳の38.1%が過体重・肥満」というデータも報じられている。
このような児童肥満増加の背景には、上述のように高エネルギー密度食品・清涼飲料の多用、果物・野菜の摂取不足、身体活動の減少、遊び場・運動場の不足、テレビ・ゲーム等の座りがち傾向、社会経済的要因(低所得世帯・教育水準)などが指摘されている。
児童肥満の放置は、将来の医療費増加・労働生産性低下・寿命短縮・生活の質低下といった社会的コストを伴う。例えば、研究では子ども・若年層の過体重・肥満関連の生涯コストが数兆ドル規模になると見積もられている。
こうした状況を踏まえ、児童・青少年をターゲットとした対策が優先課題となっており、学校・家庭・地域を巻き込んだ介入が進んでいる。
5.主な規制
5-1.砂糖税(消費税的課税)
メキシコでは2014年1月1日から、砂糖入り清涼飲料(sugar‐sweetened beverages: SSB)に対して1リットルあたり1メキシコペソの税を導入し、それに加えて「非必須・高エネルギー密度食品(NEDF:Non‐Essential Energy‐Dense Foods)」に対して8%の付加税を課すという規制を実施している。
その後、税率の調整・インフレ調整がなされた。2024年時点では1リットルあたり1.57ペソとなっている。
さらに2025年・2026年予算案においては、SSBに対する税率引き上げが提案されており、2026年には11リットルあたり3.08ペソになる見込み、約410億ペソ(22億米ドル)を保健予算に充てるというもの。
従来の研究でも、NEDFに対する課税を倍増すれば肥満率が3.2%低減、4倍にすれば8.8%低減という推計もなされており、税政策には一定の効果見込みがある。
このように、メキシコは砂糖入り飲料・高エネルギー密度食品に対する財政・課税措置を早くから導入している国である。
5-2.警告表示ラベル(前面表示)義務化
メキシコでは、2020年10月1日付で改正された「公式標準規格 NOM-051-SCFI/SSA1-2010」により、前面パッケージ(Front‐of‐Package Warning Labels: FOPWL)を義務化した。
この規格では、食品・飲料が「エネルギー」「糖」「飽和脂肪」「トランス脂肪」「ナトリウム」の規定値を超える場合、パッケージ前面に「過剰エネルギー」「過剰糖分」等の警告ラベルを表示することを義務付けており、また、子ども向けに「人工甘味料を含む ― 子どもには推奨されない」や「カフェインを含む ― 子どもには与えないでください」等のメッセージも記載が必要となった。
さらに、この基準は段階的に強化されており、2023~2025年の第2フェーズでさらに厳格な基準が実施されている。
この制度により、消費者(特に保護者)に対し、食品・飲料選択の際の「警告」情報を目に見える形で提供することを目的としている。
5-3.学校での販売禁止
メキシコ政府は学校環境を肥満対策の重要な場と位置づけ、学校における「ジャンクフード/砂糖入り飲料/高カロリー‐低栄養食品」の販売禁止を進めている。2024年には学校に販売禁止措置が通達され、違反した場合は罰金が科される制度が始まっている。また、学校内・校外における売店・販売スタンドに対して、清涼飲料・スナック菓子などを禁止するという動きがある。
このように、「学校という食環境」を変えることで、子どもたちの不健康な食品・飲料へのアクセスを制限しようという方針が明確になっている。
6.その他の取り組み
6-1.テレビ CM の規制・広告規制
メキシコでは、超加工食品・清涼飲料の広告・マーケティング規制も進められている。例えば、ラベル制度と併せて、子どもをターゲットとしたおもちゃ・マスコット・キャラクター付きのパッケージ・テレビCM等の規制が検討・実施されている。こうした広告・マーケティングの規制は、子どもの購買意思・消費習慣に大きな影響を及ぼすため、保健当局・教育機関・市民団体が注目している。
6-2.運動の促進
肥満・過体重対策には、食事改善だけでなく、身体活動量の増加、運動機会の確保も重要である。メキシコでは学校における健康プログラム(例えば身体測定・運動教育・外遊び機会の確保)や地域レベルでのウォーキング・サイクリング・公共運動施設の整備など、運動促進の施策が同時に進められている(ただし、詳細な全国統一指標の公表は限定的である)。児童・青年期において特に「遊び・運動場がない」「テレビ・ゲーム・スマホなど座っている時間が長い」という環境要因が指摘されており、これを改善する取り組みもなされている。
また、政府・自治体・学校が「健康的なライフスタイル推進キャンペーン」「家族ぐるみで運動を行う習慣づくり」などを展開しており、地域住民や保護者を巻き込んだ活動もみられる。
6-3.栄養プログラム
メキシコ政府・保健当局および教育機関では、学校給食・栄養教育・家庭向け栄養ガイダンス・地域保健促進プログラムといった栄養介入が行われている。例えば、学校での給食内容の見直し、児童に対する栄養・健康教育、家族を対象とした食行動改善ワークショップなどがある。加えて、NGO・国際機関(セーブ・ザ・チルドレンなど)とも協働して、「食事バンド(健康ブレスレット)」など創意工夫した教育用ツールも活用されている。
こうした栄養プログラムは、食環境を変えるだけではなく、個人・家庭・学校という多層的な介入を可能とする点で注目されている。
7.問題点と課題(総括)
メキシコの肥満対策には進展が認められるが、依然として多くの課題・限界が残されており、今後の取り組み深化が求められている。以下、主な問題点を整理する。
消費習慣の変化に時間がかかる
税制・ラベル・販売禁止といった規制を導入したものの、直ちに消費が劇的に減少するわけではなく、実際学校児童の測定結果では「過体重・肥満が3分の1以上」という状況が維持されているという報告もある。
また、清涼飲料・超加工食品の文化的な浸透・消費習慣・家族・地域の食環境を変えるのには時間と多層的施策が必要である。地域格差・社会経済格差
肥満・過体重の有病率は地域・社会経済的背景によって異なっており、貧困地域・農村部・先住民族集団などでは、栄養アクセス・運動機会・教育水準の制約が大きい。これが肥満対策の普及・実効性を制限する。例えば、幼児期(0~2歳)における過体重・肥満率も地域・性別・社会経済状況によって差があるという研究がある。
こうした格差を是正するためには、よりターゲットを絞った支援・介入が必要である。産業・マーケティングの抵抗
清涼飲料・食品メーカー・スナック菓子産業は、ラベル・広告規制・販売制限に対して抵抗やロビー活動を行ってきた。規制強化にあたって、実効的な監視・罰則・制度設計が問われている。例えば、ラベル制度や販売禁止の実効性・監視体制・罰則強化といった点では課題が残る。
また、消費税(砂糖税)収入が保健プログラムに確実に回されていないという批判もある。学校・家庭・地域の連携・実施力
学校での販売禁止・運動促進・栄養教育などは進むものの、校外・家庭・地域におけるスナック・清涼飲料の流通・広告・消費が依然として高い。つまり、学校施策だけでは生活全体の環境を変えるには不十分である。例えば校外や放課後に子どもがアクセスする販売スタンド・屋台・コンビニエンスストア等の影響が残っており、学校内規制と外部環境とのギャップが指摘されている。
また、家庭・保護者への教育・支援・食環境の改善も引き続き課題である。運動機会・インフラの不足
身体活動量を増やすための公共運動施設・遊び場・安全な歩行・サイクリング環境・学校体育の充実などが、まだ十分ではない地域がある。また、都市化・交通事情・住環境等が運動を妨げる条件となっており、運動促進施策の地域格差・実効性の点で課題がある。研究レビューでも、運動不足・遊び場の欠如が児童肥満の要因と挙げられている。モニタリング/評価体制の強化が必要
政策を実施しているが、その効果を定量的に把握・評価・改善するモニタリング体制がまだ不十分との指摘がある。例えば、「税制導入後の長期的な肥満率への影響」「警告ラベル導入後の消費行動変化」「学校販売禁止の遵守状況」などについて、さらにデータを集め実証研究を強化する必要がある。研究でも、「学校年齢児童の肥満率抑制には新たな戦略が必要」との分析がある。持続可能性・多部門連携の必要性
肥満対策は保健分野だけで完結せず、教育、農業、都市計画、交通、産業政策、地域開発など多部門の連携が不可欠である。しかし、そうした横断的な仕組みづくり・資源配分・各省庁・自治体の協働が、まだ十分に制度化されていない。加えて、産業/市場/消費者行動の変化を促すためには、長期的かつ持続可能な政策設計が求められる。
8.今後の展望
メキシコの肥満・過体重対策は、すでに他国に比較して先進的な制度(税制・ラベル・学校禁止)を導入してきており、今後さらに深化・拡大させる余地が大きい。以下、主な展望を挙げる。
税制・課税強化の継続とその成果モニタリング
2026年に向けて清涼飲料に対する税率引き上げが提案されており、これが実施されれば、消費量低下・肥満率低減への追加的な効果が期待される。ただし、税収の保健プログラムへの確実な振り分け・透明な使途の確保・政策効果の定量化が鍵となる。学校・地域・家庭を巻き込んだ総合介入強化
学校での規制を超えて、地域社会・家庭・放課後環境・路上販売などを含めた「子どもの生活圏」全体の改善が求められる。特に低所得地域・農村地域・先住民族地域への支援充実、運動環境整備、食材アクセス改善(果物・野菜)などが重要となる。前面表示ラベルおよび広告規制のさらなる強化
消費者の選択行動を変えるため、警告ラベルの認知度・影響を高める教育・キャンペーンとともに、広告・マスコット・販促手法の制限をさらに拡大する可能性がある。例えば、子ども向け番組・テレビCM・デジタル媒体での超加工食品広告を制限する方向性が検討されており、これが実現すれば影響力はさらに増す。運動・身体活動促進インフラの拡充
都市・地方を問わず、安全・利用しやすい運動施設・遊び場・コミュニティ運動プログラムを整備し、座りがち行動を減らすための社会的インフラを構築していくことが期待される。こうした取り組みは将来の生活習慣病抑制に直結する。データ・研究・モニタリング体制の強化
政策効果を検証し、改善を行う実証的研究・モニタリング体制を強化することが今後の鍵である。例えば、児童・青年期介入の効果、税・ラベル・販売禁止の個別・統合効果、地域別格差の変化、長期的な健康・経済成果(医療費節減・生産性向上)等を追跡する仕組みが重要である。実際、子ども・青年期過体重・肥満への投資ケース研究では、「5つの介入で生涯コストを約7%削減可能」とする予測もある。多部門・多ステークホルダー連携の深化
肥満対策は保健・教育・産業・交通・都市計画・農業・広告規制といった多部門にまたがるため、各省庁・自治体・民間企業・市民社会の連携を強化する政策ガバナンスの構築が今後ますます重要である。特に、食品産業に対する改革(製品改良・糖分削減・マーケティング責任)や小売・流通チャネルの改善も含めて議論が進んでいる。持続可能な財源確保と政策の社会的支持醸成
税収を使った保健・教育投資を持続的に行うためには、社会的支持を得る必要がある。消費者・市民への啓発、食品・飲料企業の責任、公正な政策設計が求められ、単なる“課税”という視点から“健康促進のための社会的投資”という視点への転換が重要である。
