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メキシコの「殺人率」、1990年~現在、やや改善も課題山積

メキシコの犯罪率、特に殺人率は、長期的には1990~2000年代初頭に比較的落ち着いた時期があったが、麻薬戦争の開始や組織犯罪の拡大を背景に2010年代に急激に悪化した。
メキシコ陸軍の兵士(Getty Images/PAメディア)

メキシコにおける犯罪率、特に暴力犯罪(とりわけ殺人)の推移を概観すると、1990年代から現在に至るまで、大きな波と構造的な悪化が見られる。以下に、その歴史的経緯と現在の状況を整理する。


1.1990〜2000年代前半:殺人率の低下基調
  • 国際統計局によると、メキシコの殺人率は1990年には約 17.7人/10万人だった。

  • その後、1990年代後半から2000年代前半にかけて、徐々に減少傾向を示す。例えば2007年には8.2人/10万人という低水準を記録しており、これは歴史的にみてもかなり低い値である。

  • この時期、麻薬カルテル間の紛争や治安悪化はあったものの、全国的な暴力の激化というよりは地域差・局地的な問題にとどまっていた。


2.2000年代後半〜2010年代:麻薬戦争の激化と暴力増大
  • 2000年代後半から2010年代にかけて、政府がカルテルとの本格的な戦いを強化。特にカルデロン大統領(2006–2012年)は、軍を動員して麻薬犯罪撲滅に乗り出した。この「麻薬戦争」が暴力を全国規模で拡散させた。

  • 結果として殺人率は再び上昇。World Scorecardなどのデータによると、2010年以降は20人/10万人を超える年が続いた。

  • たとえば、2011年には5年間で9万5000件以上の殺人が報告されたという報道もある(※ただし統計の地域差や記録方法に注意が必要)。

  • この時期、組織犯罪(カルテル)関連の殺人が暴力動態の中心にあり、市民の安全だけでなく国家レベルの治安・統治が重大な課題となっていた。


3.2015〜2019年:急激な悪化、ピークへの接近
  • メキシコ平和指数(Mexico Peace Index、Institute for Economics & Peace, IEP)の報告によると、2015年から2019年にかけて殺人率が急増。2015年には15.1人/10万人だったものが、2019年には28.2人/10万人にほぼ倍増している。

  • 月別データでは、2018年7月にピークを迎え、月間で2.52件/10万人(人口比)の殺人率を記録した。

  • この暴力の急増は主に組織犯罪(麻薬カルテルなど)によるもので、殺人事件のかなりの割合がカルテル関連と推定されている。

  • また、銃器による犯罪(殺人・襲撃)も顕著に増加した。IEP報告では、2015年以降の銃器犯罪件数は大きく悪化しており、特に銃による殺人が大きな割合を占めるようになっている。

  • 組織犯罪関連の殺人だけではなく、治安インフラや司法制度への信頼性、未起訴者の割合など構造的な問題も浮き彫りになった。


4.2020年代:やや改善傾向、その後の課題
  • 2020〜2022年頃になると、殺人率はピークからやや低下傾向に転じる。IEPの報告によると、2021年には前年よりも改善が見られ、2022年には24.5人/10万人近辺にまで下がった。

  • 2023年も継続して改善がみられ、殺人率は5.3%減少。

  • しかし、歴史的な高水準からの低下とはいえ、暴力は依然深刻なまま。2023年には3万人以上の殺人が報告されており、依然として治安上の大きな課題となっている。

  • また暴力の背景には、組織犯罪の持続やカルテルの収益構造の変化がある。たとえば、合成麻薬フェンタニル(合成オピオイド)の取引拡大や武器密輸など、新たな犯罪構造が暴力を駆動しているという指摘がある。

  • 経済的コストも深刻で、暴力はGDPの大きな割合を侵食。IEPの試算によると、暴力の経済的影響はメキシコ経済の約18~19%にも相当するとされる。

  • また、司法制度の問題も根強い。未判決者(有罪確定前の被拘禁者)が多く、司法の効率性や信頼性の改善が求められている。

  • 社会的には、国民の治安不安も大きく、OECDの調査によると、2024年時点で約7割のメキシコ人が「犯罪・暴力」を最重要社会課題とみなしている。


5.まとめと展望

メキシコの犯罪率、特に殺人率は、長期的には1990~2000年代初頭に比較的落ち着いた時期があったが、麻薬戦争の開始や組織犯罪の拡大を背景に2010年代に急激に悪化した。その後、2020年代に入ってやや改善傾向が見られるものの、依然として暴力犯罪は歴史的高水準にあり、国家的な治安・ガバナンス課題は解決の途上にある。

今後の展望として重要なのは、単なる治安対策(警察・軍の強化)だけでなく、司法制度の強化、カルテル構造の変化への対応、銃器流通の抑制、社会的な予防(貧困・教育・雇用)など多面的なアプローチである。特に、カルテルによる収益源が変化している中で、従来型の対立だけでなく、構造的な犯罪根絶への戦略が不可欠である。

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